2011年2月5日土曜日

la forme entière


『本は、これから』という岩波文庫を読んでみました。
タイトルそのまま、「本」の未来について、37人の見方が示されています。

示唆に富む、とは、こういう本のことをいうのかもしれません。
1人1人が書く枚数は少ないので、
複雑な論理が展開する、ということはありませんが、
それぞれの書き手の基本的なものの見方がにじんでいます。

おもしろい見方は色々あったんですが、
中で、わたしなどにはまったく気づきようもない事情を紹介してくれたのは、
中野三敏という先生です。
(九州大学名誉教授、とあります。)
以下要約するなら……

明治以前の木版本、写本類について話そう。
それら、過去1200年間に蓄積された日本人の経験と思弁の総体は、
おそらく、100万点を超える著作として存在している。
それらを電子化すること自体は、それほど問題はないかもしれない。

問題は、誰がそれを読むか、より正確には、読めるか、である。
というのは、これら100万点のうち、活字化されたものは1万程度であり、
それ以外の99%は、「くずし字」で書かれているからである。
これを読める人は、今の日本人の、0.003%だろうと推察される。

一般に、必要な「古典」はすべて活字化されていると
考えられていないだろうか? それは全くの誤解だ。
日本人は、自らの「古典」の99%を利用していないのだ……

う~ん、そう言われれば、完全にそうです、
活字化されていない日本の「古典」など、1文字たりとも読んでいません!
なんだか、目の前に、開けていない箱がたくさん並んでいたことに、
唐突に気づいた気分です。どうしましょう……

ところで37人の最後を締めくくるのは、宮下志朗先生です。
その文章の中で、いくつか印象に残る一節が引用されているのですが、
1つ挙げるなら;

「わたしは、つましく、輝きもない生活を披露するわけだが、
それはそれでかまわない。(……)
人間はだれでも、人間としての存在の完全なかたちをそなえているのだから」
(モンテーニュ『エセー』 3・2 「後悔について」)

Je propose une vie basse, et sans lustre : C'est tout un.
( On attache aussi bien toute la philosophie morale,
à une vie populaire et privee, qu'à une vie de plus riche estoffe : )
Chaque homme porte la forme entière, de l'humaine condition.
(Montaigne, Essais 3-2 Du repentir )

宮下先生はこれを、
「わたしたち凡人を勇気づけてくれ」る文章だ、と書かれています。