2020年2月26日水曜日

『スナップショット ―写真の輝き』

写真集を作っていて、
自分ではほとんど無自覚に(無意識に?)、
あとで写真集を作るなんて考えもせず、
嘱目の対象を撮ってきたわけですが、
とはいえ、やっぱり、
スナップショットってそもそもなんだろう、
ストリート・フォトって……
と、今になって思うわけです。
で、
あの本をまた読もう、
と思って今読んでいるのが、

『スナップショット ―写真の輝き』

です。
これは、日本の写真批評のトップランナーであり、
総合芸術系の同僚でもある倉石さんが、
ちょうど10年前に発表された本です。
もちろんその時も読みましたが、
今、初めての写真集を作りながら読んでいくと、
一つ一つの言葉が刺さってきます。
ところどころ、
かなり集中して読むことが必要にもなりますが、
それは、
そこに凝集された意味、論理、があるからにほかなりません。
読んでいて、
ほんとにスリリングでおもしろいです。
写真に興味があるなら、
この本は必読だと思います。

Taking Pictures of Strangers in Tokyo

これ、どこかでやってみたい!

https://www.youtube.com/watch?v=4V_2zQyW9Fg&feature=emb_logo

『メビウス』

ジャン・デュジャルダンとセシル・ドゥ・フランス、
フランス映画界のスターが共演する、

『メビウス』(2013)

を、(Amazon Prime の「無料」につられて、つい)
見てしまいました。

https://www.youtube.com/watch?v=phP140H4gJg

が、
イマイチ。というかイマサンくらい。
まず、お話が分かりづらい上に、
説明もうまくない。
セシル演じるアリスは、
リーマン・ショック後アメリカから追放され、
今はCIAのスパイをやっていて、
その彼女が、ロシアのスパイにスカウトされ、
引き受ける。
で、ロシアの諜報員であるモイーズは、
彼女を監視しまた保護するのだけれど、
結局アリスと恋に落ち……
という、まあベタな話です。

この映画、そこそこヒットしたらしいのですが、
それは二人の俳優見たさでしょう。
映画としては、凡作だと思います。

Shéhérazade

Amazon France で物色していて、
これはおもしろそう!
と期待していたDVD、
到着して見てみました。
(そして今探して気づいたんですが、
ネトフリで見られるようです!)

Shéhérazade   (2018)

https://www.youtube.com/watch?v=UXgr89fF0zk

https://www.netflix.com/jp/title/81012340

これ、最近見たフランス映画の中では、
一番印象的で、わたしはかなり好きでした。

17歳の少年ザカリは、刑務所を仮釈放されたばかり。
新しいカレシができた母親には、
実家に戻ることを拒まれ、お金もなく、
ワル仲間に会いに行くも、
あまり歓迎されず……。
ただ、出所祝いとして、
「ダチ」が娼婦を奢ってくれると言い出します。
で、その中にいた少女が、シェエラザード。
彼女もまた、母親に疎まれ、
Place Alexandre Labadie (サン・シャルル駅のすぐ近く)で、
娼婦をしながら自活しているのでした。
ただし彼女は、弱々しい女性ではありません。
自分に敬意を払わない者に対しては、
媚びたりはしません。
そしてこの二人(と、もう一人のトランスジャンルの娼婦/夫)は、
一緒に暮らし始め、
そのままザカリは、シェエラザードのポン引きになります。
それは、(「ノーマル」な目から見れば)
屈折した恋愛の始まりでした……

二人の若者は、
親から愛されていません。
シェエラザードは、寝るときに親指をしゃぶるのです。
そしてある夜、
さびしくなったザカリは、
安物のベッドを彼女のベッドの横にピタリと押し付けます。
やさしく腕を伸ばシェエラザード。
でもその時、ザカリは彼女に背を向けるのです。
この、アンビヴァレントな感情の表現は、
素晴らしかったです。

もう一か所。
ある時、つらくて眠れないでいるザカリの枕辺に、
幻想のシェエラザードが現れ、
彼に顔を寄せて囁くのです、

―T'es beau.

ぐっときました。

(そういえば、『伊豆の踊子』にも、
似たシーンがありました。
あれは現実ですが。)

二人はあまりに幼くて、
自分たちが何を失っているのかにまったく気づかない。
そこが、切ないです。
マルセイユの街のいかがわしさも、
存分に味わえます。
ザカリは途中、当然、OMのシャツも着ています。

フランス語でおもしろかったのは、
暴力的な仕返しに対して、

Ça, c'est la rue, ça.

という場面。
「それ、それは通りである、それは」
ですが、
「そんなのはストリートの流儀でしょ」
くらいでしょうか。
言葉は文脈だ、というのを再認識させられます。

音楽のリストです。


"Sad Disco" - Keli Hlodversson

"Liberta" - NOR

"Marabouté" - NOR

"Tony Montana" - Moolah SKWAD

"Les quatre saisons : l'été" - Vivaldi

"Eyeyo Breto" - Ilan Abou, Sylvain Lux, Zoubida Benabi

"Sakakini" / "Renounce" - Jacub Stambach

"Milano" - Soolking

"Tu deuh" - Moolah SKWAD

"Vem Novinha" - Puzzling

Soolking の Milano はよかったです。

それにしても、やっぱりシェエラザードというのは、
響きのいい名前ですね。
ちなみに、R-コルサコフなら、
わたしはゲルギエフ版の濃厚さが好きです。

2020年2月24日月曜日

『義兄弟 secret union』

『タクシー運転手』のチャン・フン監督が、
ソン・ガンホを起用した映画、

『義兄弟 secret union』(2010)

を見てみました。
(またも Amazon Prime 無料です。
別に宣伝する気はありませんけど!)

https://www.youtube.com/watch?v=Qbl1L6GEsNo

結論から言うなら、
これもかなりよかった。
韓国映画、層が厚いです。

国家情報院で、
北朝鮮の対スパイ工作を担当するイ・ハンギュ。
南に入り込んでいて、
送り込まれたヒットマンとともに、
「裏切り者」を殺しに行くソン・ジウォン。
そしてある犯行において、
作戦は失敗します。
その結果、ジウォンは「裏切り者」となり、
もう北に帰ることもできず、
かといって家族がいるため、
「亡命・転向」することもできません。
またこの犯行は、
死者を出した情報院側にとっても失敗でした。
その責任を取らされたハンギュは、
解雇されてしまいます。
そして、6年後、
この二人は出会い、
互いに気づきながら、
互いにそれを隠し、監視し合う関係になってゆきます。
そしてやがて彼らは、
それぞれにとって状況が大きく変わっていることを知ります……

この映画のいいところは、
まず、北朝鮮を、単なる「悪」のように描いていないこと。
そんな単純ではないですね。
そして、主人公ハンギュが、
自らの落ち度によって離婚され、
またリストラも経験した、
いわば負の部分を背負っていること。
ほかの映画では、妻の病気など、
不可抗力による状況の厳しさ、というものはありましたが、
自らの失敗で、という設定はあまりなかったように思います。
これは、アメリカ映画でもヨーロッパ映画でもふつうのことですが、
やはり大事なことでしょう。
「勝ち組」の映画なんて面白くないし。
(ハンギュはまた、
北に対して差別的な言葉を使っています。
監督は、主人公の狭量さも含めて表現しているのでしょう。)

1つ興味深かったのは、
ベトナム系の、
マフィア、
そして移民してい来る花嫁たちが登場すること。
彼らは、たとえば、
ベトナム人女性たちを、
韓国の農村部に斡旋する仕事をしています。
(これ自体は違法ではないのでしょうが、
人身売買的に連れてきたり、
密航させたり、は違法です。)
またこの花嫁たちに対するDVは、
韓国の社会問題だとも言われているようです。
このマフィアのボスはサッカー狂いで、
マフィアのメンバーたちと建設現場のようなところで中継見ているときには、
「ベトナム・ホーチミン」が合唱されたりもします。
(そして、ベトナムと北朝鮮は仲がいいよね、
という指摘もあるようです。)

チャン・フン監督、いいです。

『FLU 運命の36時間』

『アシュラ』がよかったので、
同じキム・ソンス監督のパンデミック映画、

『FLU 運命の36時間』(2013)

を見てみました。
(Amazon Prime の無料映画の中にありました。)


結論から言うと、
とてもよかった。
Le Flic de Belleville の10倍はよかったです。

密航してきた移民たちが、
コンテナの中で死んでいるのを、
斡旋業者の男たちが発見。
どうやら、ウイルス性の伝染病のよう。
しかも、男の一人はいきなり感染してしまい、
もらったウイルスをあちこちでばら撒きます。
パンデミックの始まりです。
恐ろしいのは、
感染から36時間で死んでしまうこと。
そして、致死率が100%であることです。
ただ、
あのコンテナの中には、
たった一人だけ、生存者がいました。
彼はどうやら、抗体を持っているらしいのです。
とにかく、彼を見つけ出さなければならないのですが、
感染は恐ろしい勢いで拡大しています。
物語の主人公である救急隊員のジグにも、
彼が恋している医師イネにも、
彼女の娘のミルにも、
危険が迫ります……

もちろんフィクションですから、
そのまま現実にはならないでしょうが、
比喩としてなら、とてもとてもリアル。
「国家」や「国民」、「大国」の描き方も、冷静です。
ウイルスを持ち込んだのが不法移民だという点だけは、
やや引っかかりますが、
その後の物語においては、
移民を排斥する、
ないしスティグマ化するような点はまったくなかったので、
今回は批判しないことにしておきましょう。

ジグの先輩役として、ユ・ヘジンが出演していて、
相変わらずいい感じ。
また、マ・ドンソクも登場して、
こちらも画面に不穏な感じを波立てる役どころで、
よかったです。

また、医師イネも、その幼い娘も、
「生意気な女性」という設定で、
しかも活躍するので、
今回はミソジニーじゃなくて、
その点もほっとしました。
こんなに男性中心の社会なので、
女性たちは「(男から見て)生意気」に見えなきゃだめだと、
それくらいでちょうどいいと、
わたしは思っています。

『アシュラ』

キム・ソンス監督のクライム映画、

『アシュラ』(2017)

を見てみました。


映画の冒頭にある主人公の独白、
この街には「人の面をかぶった獣」ばかりというのが、
中心モチーフと言えるでしょう。
おもしろかったです。

これは偶然なんでしょうが、
『生き残るための3つの取引』と構図が似ています。
つまり、
刑事、
検事、
ワル、
の三角形が中心にあるのです。
で、違うのは、
今回のワルは市長で、
刑事の部分が二人、
つまり、重なり合う2つの輪のようになっている点です。
そして『生き残る~』のほうでは、
3人ともがゲスだったんですが、
今回は、
はっきりゲスなのは市長で、
刑事Aは日和見的傾向があり、
刑事Bは、Aを兄貴と慕うゆえに、
Aに導かれ、そしてAより深く堕ちて行ってしまいます。
そして検事は、
今回は「善」なのですが、
どこかで「獣」に飲み込まれるようです。
(もちろん、ほんとうの獣は、
こんなんじゃないでしょうから、
獣には失礼な比喩です。)

韓国のクライム映画には、
どこかこの、
「結局人間なんて」的なニヒリズムがあるようです。
ある作品はそれに対抗し、
別のものはそれを(結果的に)肯定します。
ではこの『アシュラ』はどうか?
これはまた別の意味でニヒルなのです。
(あえて言えば、無常、とも通じているかも。)

一番のゲスである市長を演じるのは、
ファン・ジョンミンです。
彼の演技はさすがです。

暴力的なシーンもわりとありますが、
「猟奇的」ではありません。
で、お馴染みのミソジニーはと言えば、
これはやっぱり感じられるのでした。

『チェイサー』

『哀しき獣』の監督ナ・ホンジンが、
それに先立って制作していた作品、

『チェイサー』(2008)

を見てみました。
主演の二人もまた、
『哀しき獣』と同じです。
が……

いわゆる「猟奇的連続女性殺人事件」も、
ここまで陰惨な場面が多いと、
わたしはもう見たくないです。
実話がどうのなんているのは、言い訳だし。
深くミソジニーだと感じます……



『生き残るための3つの取引』

ファン・ジョンミンと、
へ・ユジンが激突する刑事もの、

『生き残るための3つの取引』(2011)

を見てみました。

https://www.youtube.com/watch?v=0fSM7tiZH8M

ファン・ジョンミンが演じるのは、たたき上げの刑事。
彼は、同じたたき上げ組の精神的リーダーですが、
軟弱な高学歴の刑事が先に出世していくのには、
我慢なりません。
へ・ユジンが演じるのは、ゼネコンの社長。
とはいっても、彼が率いる組織は実質やくざです。
この二人に、
若く、コネがあり、ジコチューな検事が加わり、
駆け引きと武闘が繰り広げられてゆきます。

ジョンミンもユジンも、
さすがの存在感で、
これはとてもよかったです。
特にユジンは、そのオーヴァーで、
どこか自己批評的な演技に惹かれます。

この映画の特徴は、
「勧善懲悪」とはかけ離れていること。
というのも、上記の3人が、
3人ともクズなんです!
で、クズ同士の戦いに勝利したかに見えるのは、検事です。

見終わった直後は、
クズばかりだしなあ……、
とも思ったのですが、
こういう利己的な「現実感覚」みたいなものが、
韓国社会にわりと広がっているのかな、とも想像しました。
あるいは、そうした広がりが批判されている、
ということもあるのかもしれません。
また、ストーリーとして、
勝ち残ったのが検事だというのは、
これは悪くないかも。
曲がりなりにも、
検察が機能してるってことですからね。
そうです、
検事長の定年延長などと言う茶番が目の前で展開してる国の人間としては、
特にね。

というわけで、
この映画を見ての感想は、
三権分立は壊さないでね、
ということでした(!?)

2020年2月23日日曜日

Le Flic de Belleville

ラシッド・ブーシャレブ監督、
そして主演がオマール・シーで、
共演にビウーナとくれば、
これは期待しないほうが無理というもの。
しかも!
タイトルが

Le Flic de Belleville (2018)

『ベルヴィルの警官』ですから、
これは期待しないのがむりというもの。
この作品、今日、やっと見ることができました。

https://www.youtube.com/watch?v=3yxUy3DemOc

で、残念な報告があります。
なんと、わりとどっちでもいい映画でした!
まあ、完全なB級映画で、
麻薬取引や、殺人事件も起きるのですが、
全体は軽い「お話」で、
ベルヴィルからアメリカのマイアミへ、
そして架空のアフリカの国へ、
と移動はするのですが、
別にどうということはありません。
アクション場面も、
韓国映画に慣れている今、
お遊びにしか見えません。

あえて言えば、
オマール・シーの恋人がアジア系の女性で、
母親が、アラビア語を使うアラブ女性(もちろんビウーナ)という設定が、
奇妙なおもしろさです。
ビウーナが、ブラック・アフリカ系男性との間に、
子どもをもうけたということでしょうか。
まあ、そうなんでしょう。
その点では、彼はここでも
(『最強のふたり』や『サンバ』の時と同様に)
セネガルの徴をまとっています。
潜入捜査をするシークエンスで、
彼が名乗るのは「セネガル・エクスプレス」なのです。

ブーシャレブ監督、
どうしちゃったんでしょう?
彼の作品は好きでほとんど見てますが、
今回のが、一番内容がなかったです。
残念!

*1つだけ。
内容と関係ないですが、
すぐに使える今風のフレーズがありました。

Je peux faire un petit selfie avec vous ? 「一緒に自撮りしてもらっていいですか?」

旅先で、誰かと一緒に自撮りしたいとき、
このフレーズで訊けばいいですね。

『哀しき獣』

このところ、
朝鮮族が登場する韓国映画を何本か見ましたが、
今回、

『哀しき獣』(2010)

を見て、
まず最初にこれを見るべきだったな、
と感じました。


朝鮮族自治州の延辺。
タクシー運転手で、
博打好きのグナム。
彼の妻は、韓国に出稼ぎに行き、
幼い娘は、彼の母親が育てています。
ただ、妻の出発のためにした借金と、
博打の負けによる借金で、
グナムはもう首が回りません。
しかも妻は、男でもできたらしく、
一切送金してい来ないのです。
そんなとき、金貸しのボスが仕事を持ちかけてきます。
韓国に行き、ある男を殺してくれば、
借金はチャラにしてやる、
奥さんにも会ってこい、と。
グナムには、もう選択肢はありません。
彼は、手配された韓国への密航船に乗り込みます……

140分という長めの映画で、
4部構成です。
わたしは特に、1部と2部がいいと感じました。
アクションが多くなる後半は、
心理の深まりはやや控えめで、
もちろんアクションそのものと、
謎ときに重点が置かれていくようでした。
その分、やや説明的な場面が増えてゆきます。
前半を終わったところでは、
これは今まで見た韓国映画ではトップクラス、
と思っていたのですが……。
とはいえもちろん、全体としてもなかなかよかったです。

朝鮮族については、
当たり前ですが、
大きな経済格差が背景にあるわけです。
映画はそれを、
たとえば街並みを映すだけで、
きわめて明瞭に語ってしまうわけですね。
もちろん、この映画の物語全体が、
そうした背景の下にあります。

主演のハ・ジョンウは、
『1987』で公安部長を、
また、
朝鮮族のワルのボスを演じていたキム・ユンソクは、
やっぱり『1987』で強面の警察官を、
それぞれ演じていました。
二人ともよかったです。

「出ていけ!」

今朝テレビで、これが(一瞬)紹介されていました。


Dégage !

出ていけ、というよりは、
(この場所から)どけ! どっか行け!
というニュアンスですね。
差別したくてウズウズしていた人たちにとっては、
格好の理由ができたというわけなんでしょう。

まあ、同じではないですが、
日本国内でも、
日本人同士で、
似たようなことが起きているわけです。
もちろん、問題外。

2020年2月22日土曜日

『映画ノベライゼーションの世界』


総合芸術系の若き同僚、
波戸岡景太さんの新刊、

『映画ノベライゼーションの世界』

が刊行されました。
しかも、御覧のとおり、
かっこいい表紙です!

この本は、
タイトルを見ればピンと来るのですが、
この本の続編です。
(波戸岡さんは、「応用編」と書かれています。)

http://tomo-524.blogspot.com/2017/10/blog-post_8.html

これはとてもおもしろかったので、
今回も期待が高まります。

で、
(同僚であるとか抜きにして)
やっぱりおもしろい!
これは前著の時もそうだったのですが、
とても豊富な素材があり、
それを出し惜しみせずどんどん投入し、
そのおいしいところを味わわせてくれて、
これもっと食べてもいいなあと思っている内、
もう次のおいしい料理が始まる、という具合です。

ここに版元の紹介ページがあって、
取り上げられている作品がわかります。

http://tkns-shobou.co.jp/book/b487997.html

ね、この多様さがすごいです。
わたしにとって、まず目が行ってしまうのは、
『ゴジラ』
『勝手にしやがれ』
『かいじゅうたちのいるところ』
でしょうか。
これらの作品には馴染んできたけれど、
「ノベライゼーション」との関係で注目したことはなかったので、
とても新鮮でした。
もちろんこれら以外の章も、
たくさんの鱗が目から落ちました。
このところの波戸岡さんの文章はいつもそうなんですが、
内容的には論文でいける内容が、
深さはそのまま、
読みやすく書かれています。

それにしても、
アダプテーションといい、
ノベライゼーションといい、
それ自体たしかに興味深いことではあるものの、
その先にはなにがあるんでしょうか?
それは、大げさに言えば、
創造の秘密、ということなのでしょう。
この創造するという行為を微分して、
その傾きの接点から、
行為の内側に侵入しよう、
そんなダイバーのような研究者の姿が浮かんできます。

本書の中でも、
「読んでから見るか、見てから読むか」
という往年のキャッチコピーが紹介されていましたが、
それは、この本自体にも当てはまるのでした。
お勧めします!

*1つ、アメリカ小説からフランス映画へのアダプテーションを
思い出しました。

http://tomo-524.blogspot.com/2015/12/serie-noire.html

時代も場所も変えて、
同じ物語を展開させたわけですね。

2020年2月21日金曜日

『愛人』(マンガ)

さっき、クルマで France Culture を聞いていたら、
日本人のマンガ家、
高浜寛さんのインタヴューが始まり、
おもしろかったです。
これです。

https://www.franceculture.fr/emissions/le-reveil-culturel/kan-takahama

読んでみようと思います。

(インタヴュー中、
ポルノ映画の「ぼかし」が話題になる場面があり、
通訳の方はなんて訳すのかと思って待っていたら、

 ( petit ) nuage

と言っていました。
なるほどね。)

" C'est horrible. "

岩田健太郎先生へのインタヴューです。






(つい先日、ある人から、
あの岩田先生が、twitter で、
「まいにちフランス語・応用編」についてコメント(2/11)してるよ!
と教えらました。
見てみると、とてもありがたいコメントで、
もちろん嬉しかったのですが、
ただ、こんなに重要なお仕事があって、
申し訳ないような……)