ブラピが主演の
『ワールド・ウォーZ』
を見てみました。
きっかけは、
『アメリカはなぜイスラエルを支援するのか』
を刊行された佐藤雅哉先生のインタヴューを聴いていたところ、
ハリウッド映画におけるイスラエルのプロパガンダ、
という指摘があり、その一例として、この映画が上がっていたからです。
ゾンビ映画って、
それほどたくさんは見てませんが、
例えば『ゾンビ革命』では、
ゾンビは、社会主義の中で、
ダメ人間(=働かない)になってしまったキューバ人の比喩だったように、
何か「比喩」を含んでいることが多い印象です。
で、そのレベルとは少しズレるんですが、
佐藤先生の指摘を踏まえていうと、
確かに「問題」となるシークエンスがあります。
世界中でゾンビが都市を飲み込む中、
唯一「うまくやっている」のがイスラエルで、
その方法が、「高く長い壁」を作ったから、というのです。
しかもイスラエルは、アラブ系の人たちも、壁の中に匿っているのです。
そしてその壁の映像は、どう見ても「分離壁」です。
つまりここでは、イスラエルは賢い&温情ある国として、
そしてアパルトヘイト的な分離壁は、
価値あるものとして描かれているわけです。
プロパガンダそのものと言えるでしょう。
ただこの後、判断が難しいシークエンスが続きます。
この壁は、結局ゾンビたちに乗り越えられてしまうのですが、
(ゾンビ映画なので、そうならないと話が進まないわけですが)
その理由は、ゾンビが音に反応すること、
そして壁の中では、ユダヤ人とアラブ系の人たちが、
一緒に大声で歌っていたからなんです。
で、解釈1。
重なった歌声がゾンビを呼び寄せたことは、「共存は無理」だと示している。
解釈2。
歌の中心にいたのはアラブ系の女性たちだったので、
「アラブ系は災いをもたらす」ことを示している。
解釈3。
今回はゾンビに襲われてしまったけれど、
両者は同じ歌を歌っていたので、
「共存できる」ことを示している。
歌われているのは、Mosh Ben Ari の Salaam で、
調べてみたらこれは、わたしたちすべて、そして世界全体に、
やがて平和が訪れる、という内容でした。
わたしの印象では、2のニュアンスの入った1かな、というところです。
(3だったら良かったんですが。)
監督や、脚本担当の3人などの中に、
ユダヤ人がいるかどうか調べたのですが、
いろんな書き込みはあるものの、
真実は分かりませんでした。
また原作は読んでないんですが、
ずいぶん違う内容のようです。
ただ、この映画が、佐藤先生が指摘するレベルでプロパガンダであることは、
間違い無いだろうと感じました。





















