2013年12月1日日曜日

「東京ヘテロトピア」へ

快晴の東京、
この師走の初日に、行ってきました、
「東京ヘテロトピア」へ。

http://www.festival-tokyo.jp/program/13/tokyo_heterotopia/

これはねえ……
新しいです。とてもとても新しい。
というか、初めての<   >なんだと思います。
そして問題は、この<   >にどんな語を入れたらいいのか、
よくわからないこと。

演劇? たしかに、参加型というなら。
インスタレーション? そう、音になった言葉が、街に佇んでいます。
でも、
どんな語を入れても、
そこから溢れてしまうものがあるようです。
それが、新しさなんでしょう。

そしてこの試みは、わたしには、
まず「東京」の物語の一部に見えます。
ほとんど気に留めていなかった物語、
こんなに足元にあったのに。
そして語られる言葉は、わたしには、
「詩」に聞こえます。
東京の胸深く隠されていたものが、今、
言葉に連れられて、わたしたちの前に出現したかのよう。
(特に、「わたし」である「ベンガル語」が語りだす、
池袋西口公園のテキストは、グッときます。
まさか、声が声を持つとは!)
ヘテロトピア=「現実の中の異郷」は、わたしには、
それでも「東京」なのだと思えます。
それも東京。

それにしても、
この頃の管さんが参加しているさまざまなことは、
「新しい」ものが多くて、眩暈がします。
そしてその中で、いろんな境界線がどんどん消えていって。
いったいどこまでいくんでしょう!?