2008年6月5日木曜日

「洒落男」のその後


俺は村中で一番
モボだといわれた男
うぬぼれのぼせて得意顔
東京は銀座へと来た
 

 
今週の「<東京>詩」のゼミでは、
昭和初期の大ヒットソング、「洒落男(しゃれおとこ)」が登場しました。
震災後の、復興していく東京の息吹を感じることと、
「意気込んで東京(都会)に出てきて失敗する」という「物語」の、
原型の1つを確認してもらうこと、が狙いだったのですが……

まず第1に、ゼミ生9人、誰1人この歌を知らなかった!
(ちなみに「モボ」は「モダンボーイ」ですね。)
もちろんいいんです、75年も前の歌なんですから。
(考えてみれば、なぜ自分の世代まで知っているのか、
不思議なくらいです。)
でとにかく、なんだか思いつきっぽいんですが、
授業では、1969年のアメリカ映画、「真夜中のカーボーイ」に関連付けて話をしました。

NYの「くず」として生きるダスティン・ホフマンと、
テキサスから自分の肉体を頼りにNYにやってくるジョン・ボイト。
この2人の「友情」と挫折を描いたこの映画は、わたしももちろん大好きな作品の1つです。
で、東京でもNYでも、1930年でも69年でも、
こうした都会的な「神話」が成立しうるのですね~、
みたいな話だったわけです。

ただ、なんとなく引っかかっていたのは「洒落男」の歌詞。
で、少し調べてみると……

この「洒落男」は、坂井透の「作詞」とされることも多いけれど、
実際は The Gay Caballero という歌を訳したものでした。
作曲の Frank Crumit(図像) にとっては、これが最大のヒット曲だったよう。
そして作詞は Lou Klein。2人とも、1880年代生まれのアメリカ人でした。
で、ここまで分かると、原曲の歌詞と、坂井訳を比較してみたくなるのが人情ですね? 
で、やってみました。

Oh I am a gay caballero
Coming from Rio Janeiro
With nice oily hair,
And full of hot air,
I'm an expert at shooting the bull-o


caballero はスペイン語で「(陽気な gay )紳士」。
彼は、なんとリオからやってきたのでした!
(ただし、どこにやってきたのかは、はっきりと書かれていません。NYなんでしょうか?)
ちなみに最後の行の -o は、韻を踏むためのものでしょう。

ずっと見ていくと、なるほど坂井訳は、
「リオから」を「銀座へ」に、公爵を村長に、
キャバレーのダンサーをカフェーの「妾(めかけ。ただし歌詞の中では「わたし」と読ませています。)」に換えながらも、
とてもうまく原曲の雰囲気を伝えていました。
ただ最後の、せっかくいいムードになったと思ったら、
女の亭主が帰ってくる場面。
原曲ではcaballero が亭主に片耳をかじりとられる(!)ことになっているのですが、
そこはそう、日本的に「気絶」程度で済ませてはいますが。

ところでアメリカには、この歌の続編、The Return of the Gay Caballero が作られていました。その中でも「洒落男」は、捲土重来を果たすことはできず、結局地元で結婚し、7人の子供に囲まれています。ただしその子供たちは…… 歌の最後の1行はこうです;

And each one was born with one ear-o.

全員片耳! あの時かじられた呪いが、まだ生きていたとは!(でも曲の感じは、アカル~イんですけどね。)

*追記:この歌を含む、東京をテーマにした詩を集めた本、
     それが『東京詩』(左右社)です。よろしければ!