2008年8月19日火曜日

おお 季節よ!


今日はもう、みなさんの予想通り、ランボーに触れないわけにもまいりますまい。テキストに一部を挙げた詩、とりあえず全文を。

Ô saisons ô châteaux,
Quelle âme est sans défauts ?

Ô saisons, ô châteaux,

J'ai fait la magique étude
Du Bonheur, que nul n'élude.

Ô vive lui, chaque fois
Que chante son coq gaulois.

Mais ! je n'aurai plus d'envie,
Il s'est chargé de ma vie.

Ce Charme ! il prit âme et corps.
Et dispersa tous efforts.

Que comprendre à ma parole ?
Il fait qu'elle fuie et vole !

Ô saisons, ô châteaux !

Et, si le malheur m'entraîne,
Sa disgrâce m'est certaine.

Il faut que son dédain, las !
Me livre au plus prompt trépas !

- Ô Saisons, ô Châteaux !


う~ん、これはとっっっっっても難しいです。仏文科の学生だった時授業でやりましたが、その時もとっっっっっても苦しんだ記憶があります。で、ここは助っ人に登場願いましょう。小林秀雄訳です。

季節が流れる、城砦が見える。
無傷な魂が何處にある。

俺の手懸けた幸福の
魔法を誰が逃げよう。

ゴオルの鶏の鳴くがごとに、
幸福にお礼をいふことだ。

ああ、何事も希ふまい、
生は幸福を食ひ過ぎた、

身も魂も奪われて、
意気地も何もけし飛んだ。

季節が流れる、城砦が見える。

幸福が逃げるとなつたらば、
あゝ、臨終の時が来る。

季節が流れる、城砦が見える。


(小林訳は、上のフランス語とは別のヴァージョンを訳しているので、行数が違います。)
……はっきり言いましょう。ランボーは分かりにくいです。1回読んで全部分かるなんてことはありません。さらに言えば、「正しい解釈」なんてものもないんです!

じゃあどういう「意味」なの、いったいこれは? と思いますが…… たとえばこの詩が収録されている本のタイトルは、Une saison en enfer と言います。『地獄の季節』。(あるいは『地獄の一季節』)いったい「地獄」って何で、「季節」って何なんでしょう? たくさんの、たくさんの解釈があるでしょう。実際、専門の研究者の間だけでも、実に多くの見方があります。そして Une saison en enfer の「意味」は、それらすべてを合わせたもの、と以外言いようがないのです。ランボー自身、そうした「ミラーボール」のようなものとして、詩を捉えていたと思われます。

でも、これは詩のゼミなどでも言うのですが、詩は、いわば「音楽」のようなもので、端から端まで分からなくていいと思います。たとえばピアノ曲を聴いて、悲しそうだ、とか、楽しそう! とか思いますよね? それと同じ、と言ってしまっていい気がします。もちろんいつか、「言葉」が「言葉」として立ち現れるなら、それはやはり悪くないとはおもいますが。

なんだかマジメな話になっちまいましたが、最後に1つだけ。上には小林秀雄訳を挙げましたが、もしもランボーに興味のある方がいらしたら、わたしなら「ちくま文庫」版(写真)をお勧めします。1100円で、ランボーがあなたのお部屋に!