2012年3月16日金曜日
吉本さん逝く
吉本隆明さんが、亡くなりました。
これから、色んな雑誌などで、吉本さんの追悼号が企画されるでしょう。
個人的には、『東京詩』の帯を書いて頂いたこと、
吉本さんの『父の像』の、文庫版解説を書かせて頂いたこと、
この2つが宝物です。
吉本さんの仕事全体からすれば、
それはまったく0.0001%程度のことであるのは、重々承知していますが。
実はつい最近も、 『吉本隆明 50度の講演 』(CD)の中の、
「現在について」を聞き直したばかりでした。
そこでは、「重層的な非決定」の重要さが語られています。
聞きながら、この考え方に影響を受けているなあ、と思っていたのでした。
つまり、
「現在」というものを捉えようとしたら、
どこか1つの地点にとどまって全体を眺めるだけでは不十分で、
さまざまな「層」に身を置き、
「重層的」に捉えるしかない……
自分にそれができているとはまったく言えませんが、
そのようにありたいとは思っていた気がします。
それ以外にも、『言語にとって美とはないか』をはじめ、
影響を受けた本は少なくありません。
吉本さんの、御冥福をお祈りいたします。
◆
異数の世界へおりてゆく 吉本隆明
異数の世界へおりてゆく かれは名残り
おしげである
のこされた世界の少女と
ささいな生活の秘密をわかちあわなかったこと
なお欲望のひとかけらが
ゆたかなパンの香りや 他人の
へりくだった敬礼
にかわるときの快感をしらなかったことに
けれど
その世界と世界との袂れは
簡単だった くらい魂が焼けただれた
首都の瓦礫のうえで支配者にむかって
いやいやをし
ぼろぼろな戦災少年が
すばやくかれの財布をかすめとって逃げた
そのときかれの世界もかすめとられたのである
無関係にたてられたビルディングと
ビルディングのあいだ
をあみめのようにわたる風も たのしげな
群衆 そのなかのあかるい少女
も かれの
こころを掻き鳴らすことはできない
生きた肉体 ふりそそぐような愛撫
もかれの魂を決定することができない
生きる理由をなくしたとき
生き 死にちかく
死ぬ理由をもとめてえられない
かれのこころは
いちはやく異数の世界へおりていったが
かれの肉体は 十年
派手な群衆のなかを歩いたのである
秘事にかこまれて胸を ながれる
のは なしとげられないかもしれない夢
飢えてうらうちのない情事
消されてゆく愛
かれは紙のうえに書かれるものを恥じてのち
未来へ出で立つ