2016年10月30日日曜日

Rendez-vous à Atlit

ジェラルディン・ナカシュのことは、
もちろん彼女が女優として活動していることは知ってるし、
そこそこ追いかけてもいるんですが、
どうしても、
大好きな Tout ce qui brille の監督、
というイメージで見てしまいます。
そのあとの Nous York は、素晴らしいとまではいかなかったけれど。

今日見た

 Rendez-vous à Atlit (『アトリットで会いましょう』)  2015

は、イスラエルのアトリットが舞台で、
彼女はユダヤ系3姉妹の末妹の役です。
結論から言うなら、
彼女、役者として一皮抜けた印象です。
これまでの作品に比べると、
存在感、というんでしょうか、感じました。

https://www.youtube.com/watch?v=c61kwJ22r30

祖母が、1910年にシベリアから徒歩で(!)やってきて、
イタリア系の男性と暮らし始めた、
このアトリットの家。
彼らの娘は、この家で3人の娘を生みますが、
やがてフランスに移住。
(中東戦争のゆえなのでしょう。)
で、それまで住んでいた家は、
その後は、年に一度里帰りするだけの家となっていました。
そして娘たちの両親が亡くなり、
アトリットにある古い家をどうするか、
3人の娘たちが集まったわけです。
若いジェラルディン演じるカリは、
パリにアパルトマンを買って、生活の基盤を得たい。
でも長女は、この家を売るのが忍びない。
そんな駆け引きの中、
なんと、両親が彼女たちの前に現れるのです。
ただしそれは、彼女らそれぞれにしか見えず、
二人以上が同時に見ることはないのです。
そう、映画ですから、完全にそこにいるのですが、
これは幻想なのです。
そしてやがて、娘たちの意見は変わってゆきます……。

この「幻想」の感じが、とても不思議な味わいで、
この映画の最大の特徴でしょう。
ただもう1点、とても重要なのは、
時代が、1995年の秋に設定されているということです。
オスロ合意の2年後のこの年の11月4日に、
ラビン首相は暗殺され、
せっかく手繰り寄せた和平への契機が、
またするりと逃げてしまうのです。
こうした、イスラエルに暮らすことの安全さの問題が、
家を売る売らないにも、影響してきます。
家の売値にも影響するでしょう。
つまりこの映画は、
単なる家族映画ではなく、
イスラエルという土地の問題と深くかかわった作品なのです。

監督のShirel Amitay は、
イスラエルの女性ですが、
フランスで育ったようです。
日本で公開されることはないでしょうが、
なかなかいい映画だと思いまいした。

「管啓次郎さんインタヴュー」

『あたらしい野生の地ーリワイルディング』(マルク・フェルケルク監督)が、
昨日から、
渋谷のアップリンクで公開されています。

https://www.cataloghouse.co.jp/yomimono/161025/?sid=top_main

「人間には希望が必要だし、
他の動物たちの生命は直接それを与えてくれます」


2016年10月29日土曜日

どちらのファンでもないけれど・3

というわけで、
ファイターズには、2試合連続で満塁ホームランが飛び出し、
優勝をもぎとりました。
おめでとうございました。

ただ、こんなにスリリング試合なら、
もっと見ていたい1ファンとしては、
明日の、真の決戦の、
黒田 vs. 大谷 が幻になってしまったのが、
とても残念です。
見たかった!
やれば必ず、語り草になる試合だったはずなのに!

とてもおもしろいシリーズでしたが、
あと1試合、見たかった……

2016年10月27日木曜日

どちらのファンでもないけれど・2

しびれる、という定型の表現が、
こんなにぴったりくる試合もあまりないんじゃないでしょうか。
サヨナラ満塁ホームランとは!

このシリーズを見ていて、
岡大海という選手に魅力を感じています。
しかも(たまたまですが)明治大学出身だし。
やっぱり、スピードがあってパンチもあるっているのは、
いいですね。

「内弁慶シリーズ」、
でも最後は、
外弁慶が現れるのでしょうか!?

どちらのファンでもないけれど

今年の日本シリーズ、
おもしろいです。
ファイターズが巻き返してくれたおかげで、
たくさん楽しめてラッキーです。
「内弁慶シリーズ」という表現も見かけますが、
たしかに、そんな印象もあります。

日本シリーズは、
小学生のころ、
学校を早退して後楽園球場に行きました。
それも、何度か。
懐かしいです。

2016年10月26日水曜日

déguisement halloween


また着せてみました!

2016年10月24日月曜日

「ジャングル」解体へ

これは大きなトピックですね。

http://mainichi.jp/articles/20161024/dde/007/030/019000c

例年授業で取り上げる
『君を想って海をわたる』
は、まさにカレが舞台です。

「ピアノ界のビヨンセ」

といえばやはり、
カティア・ブニアティシヴィリ、
ということになるのでしょう。

https://www.youtube.com/watch?v=3tmqhbuvc6k

ジョージア出身の彼女は、
「プーチンの前では演奏できない」のですね。
それで、「政治的な」存在ともなっているのでしょう。
単に「セクシー」なだけじゃなく。

http://www.mplant.co.jp/Profile-khatia.html

彼女の新譜の「展覧会の絵」も、
聞いてみるつもりです。
ただvolcanique「火山みたい」なだけ、
ではないだろうと思っています。

*ちなみに、ヴィデオの中で彼女がジョギングしているのは、
モンソー公園ですね。
ここに出てきた場所です。

http://www.jiji.com/jc/v4?id=hssfranse-003-16060001


2016年10月23日日曜日

クロスプレー

日本シリーズ第2戦は、
第1戦に似て、
ファイターズの自滅に近い負けでした。
昨日はバッテリーの守備のミス、
今日はいろいろ……。
素人の感想ですが、
キャッチャーの差があるように感じました。
ファイターズの場合、
昨日のミスといい、全体的なキャッチングの甘さといい、
配球(これはベンチの指示かもしれませんが)の融通の利かなさといい。

で、
今日のテレビ解説者は、
3人の内2人がキャッチャー出身だったのですが、
(大矢氏、達川氏)
今日の試合の、誰が見ても大きなポイントであった、
本塁上のクロスプレーについての彼らのコメントが、
意外で、
ちょっと面白かったです。
というもの、
判定はアウト、見てる感じでもアウト、
そもそもバックホームの返球が驚異的に素晴らしい、
という状況だったのですが、
いわゆるリプレー検証により、
セーフと訂正されたのですが、
(で実際、スローで見るとセーフのようなのですが)
これに対し2人は、
「これはアウトでいいでしょう、素晴らしいプレーなんだから」
と言うのです。
特に達川氏は、広島出身なわけですが、
そんなことは全然関係なく、
目の前のプレーの素晴らしさでしゃべっているわけです。

現行のルールでは、セーフはセーフなのです。が、
なんとなく、
たしかにアウトでいいかも、
と思ってしまいました。

黒田龍之助「あなたの知らない語学書1ダース 」

黒田さん、
B&B に登場です!

http://bookandbeer.com/event/20161029b_bt/

『寝るまえ5分の外国語』、早くも3刷決定! だそうです。
すごいですねえ。

黒田さんに会いたい人は、
急いで予約!

2016年10月22日土曜日

「詠むこと、編むこと」

昨日は、
大学の図書館に併設された小さなホールで、

「詠むこと、編むこと~詩集の魅力を語りましょう~」

というイベントに参加しました。

https://gunosy.com/articles/acT1u

出版社「港の人」の代表である上野さんはわたしと同世代です。
上野さんの、詩、そして詩集というものに対する、
誠実で真摯な思いは、
参加してくれたみなさんの胸を打ったと思います。
また、すでに4冊(Agend’Ars1~4)の詩集によって、
日本の詩のシーンに新生面を開いた管啓次郎さんが、
飛び入りでピリッとした発言をしてくださり、
話が立体的になってとてもよかったです。
詩の話をするっていうのは、楽しいです。

ところでこのイベントは、
大枠では、

「文字ノ音――ことばの配列と印刷の技」

という、とても意欲的な企画展の一部です。
これは、若き同僚の波戸岡さんが構想&実現させたものです。
波戸岡さんのように、
アカデミックなことからオタク文化まで、
また、
象牙の塔から現場まで、
フットワーク軽く行き来する研究者なんて、
ほとんど見たことがありません。
そしてこの企画展もまた、
「文字との関わり」の表現の一つになっていることに、
驚かされます。
こうした表現もあるわけですねえ。

「ふらんす」11 月号、発売

そして「ふらんす」は、
11月号が発売されました。
今回「映画の向こうにパリが見える」で取り上げたのは、

『パリ未成年保護特別部隊』

です。

https://www.youtube.com/watch?v=QWmunfLaEj4

フランスで大ヒットしたこの群像劇、
日本でももっと見られていい作品だと思います。
(マリーナ・フォイスとカリン・ヴィアールの姿を見るだけでもいいし!)

「ふらんす」にも書きましたが、
ラスト近くのシャトー・ドーのシークエンスは、
とてもいいです。
厳しい映画ですが、パリを語る上では、
外せない作品です。

2016年10月20日木曜日

「映画の向こうにパリが見える」配信開始!

「ふらんす」に連載中の、

「映画の向こうにパリが見える」

が、時事通信から配信されることになりました、今日から!

時事通信のトップページ、

http://www.jiji.com/

の、中段あたりの、「編集者セレクション」の中に、
バナーがあります。
で、行き着くのはココ。

http://www.jiji.com/jc/v4?id=hssfranse-007-16100001

これは10月号掲載の分ですが、
4月号分からここまで、すべて読むことができます。
(各ページの下のほうに、バックナンバー・リストがあります。)

この配信のこと、「拡散希望」です。
周りの方にもお知らせいただければ嬉しいです。
どうぞよろしくお願いします!!



「植民地のように」

http://ryukyushimpo.jp/news/entry-377737.html


「植民地のように扱ってきた沖縄への
構造的差別が問題の根源にある」

2016年10月16日日曜日

『兵隊やくざ 殴り込み』

というわけで、シリーズ第7作。
実質的な完結編を見ました。
(もう1作、戦後のお話があります。)

例の、主人公に弾は当たらない、は、
ここでも炸裂していますが、
この第7作は、
なんといっても敗戦が織り込まれ、
他とは違うニュアンスを帯びています。
印象的だったのは、
敗戦の判明の仕方。
世話になった少尉が率いる小隊が、
きわめて不利な状況に陥ったと知るや、
義理堅い大宮一等兵は、たった一人で駆けつけます。が、
すでにその小隊は完全に玉砕。
そして彼は、敵軍に対して、「一世一代の殴り込み」をかけ、
それを奇跡的に成功させます。
そして少尉が失った「栄光の」軍旗を取り返すと、
兵舎に戻るのですが、そこで彼は知るのです、
戦争は、「終わっていた」ことを。
映画はまったく強調しませんが、
軍旗を守ろうと玉砕した小隊は、
そして「殴り込み」で死んだ日本兵も、
まったく無駄なことだったわけです。
誠実で将来ある少尉の死も、犬死にだったのです。
ここに、制作者の一つのメッセージを見出すことができるのでしょう。
戦争ほど、馬鹿げていて、おそろしい無駄は、ないでしょう。

大宮一等兵も、有田上等兵も、
たしかに戦わざるを得ない場合はありました。
でも二人は、決して、
お国のために戦ってはいませんでした。
封建主義の中で腐敗した陸軍こそ、
彼らの敵でした。
そうした基本的スタンスがあるからこそ、
つい、第7作まで見てしまったわけです。
(でもやっぱり、第1作がベストでしょうか。)

アラビア協奏曲

カタール・フィルと、ロリン・マゼール。

https://www.youtube.com/watch?v=wGW88GVbQes

Marcel Khalife: Arabian Concerto (13分頃から)

は、初めて聞きましたが、
なかなかいいですねえ。

同じ作曲者による、この弦の曲もステキ。

https://www.youtube.com/watch?v=AtOG_85QnUI

18世紀のパリ、ヴィデオ!

18世紀、革命前のパリが、動画で見られます!

https://www.youtube.com/watch?v=YP__1eHeyo4

やっぱり、「テュルゴの地図」(1739)がもとなんですね。

これ、火曜の「パリを歩く」の授業で見せる予定です。
(もちろん、現代のGoogle Map と重ねながら。)

2016年10月15日土曜日

『兵隊やくざ 俺にまかせろ』

シリーズ第6作です。
もう、顔なじみの二人が主人公なので、
おもしろいとか、おもしろくないとか、
そういうのじゃなくなってきています。

(ただそれにしても、ちょっと……
主人公にだけ弾が当たらない、
というのは、
とてもアリガチな不自然さですが、
ここまで当たらないのは、珍しいんじゃないでしょうか。)

孟家屯(もうかとん)という地名は、
この映画と一緒に記憶に残るでしょう。
主人公たちを含む部隊は、
参謀の悪意によって、
孟 家屯で玉砕させられるのです。
(もちろん、我らが二人は生還しますが。)

次は第7作ですが、
そろそろ(物語の中で)戦争が終わりそうです。

ハロニャン


本人は、特に興味がないようでした!

2016年10月13日木曜日

やっぱり半纏が好き


早くも、Manon は半纏にくるまっています。
やっぱり好きです。
(上のほうに、ぎりぎりエッフェル塔(の半身)が入ってました。)

2016年10月12日水曜日

山場

日本のプロ野球は、
山場に差し掛かっています。
(個人的には、このあたりが、
「山場」感が強いです。)

ベイスターズを応援しています。
ただし、クライマックス・シリーズ登場と言っても、
ペナントレースを負け越しているわけで、
多くは望めません。
先日のジャイアンツとの試合でも、
なかなかの貧打線を見せられました。
両チームとも、選手層が薄いというか。
両チームとも、日本一というチームには、
到底見えませんでした。

それでも、ベイスターズは、
若々しくて、魅力あるチームではあります。
このまま選手が伸びて行って、
あと一人ずつでも、投打に補強されれば、
かなりのチームになれると思います。
数年後に、どうかな!?

2016年10月10日月曜日

また『サンバ』

また『サンバ』を見ました。
この映画、いろんな読みを誘うので、
なにか新しい読み思いつくと、
それが理にかなっているかどうか、
確かめたくなって、
見てしまうのでした。

監督インタヴューも、
二つ読みました。
どちらも、おもしろい内容でした。

http://tempsreel.nouvelobs.com/culture/20141014.OBS2050/samba-ce-film-met-un-visage-sur-des-statistiques.html

http://cinealain.over-blog.com/article-samba-124793086.html

travail というテーマは、
考えてみたら、
普遍的テーマですね。

「アメリカ人は、すべて(の映画)を自分たちの歴史を通して見る。
フランスの歴史のことなんか考慮する気もない」
というところ、
ちょっとウケてしまいました。
たしかに、アメリカにおける映画評って、
少しそういう傾向を感じます。
ただ、その見方自体は、
それなりに面白くもあるのですが。

2016年10月8日土曜日

2016年10月7日金曜日

紅玉

2週間前ほどからでしょうか、
スーパーなどでもリンゴが並ぶようになり、
最初は、つがる、でした。
これは、ふじ、なんかに比べると、
薄味で、わずかにやわらかめだと思いますが、
上品で、もちろんおいしいです。

秋映も並びだしましたが、これは高くて食べてません!

昨日は、早生ふじ、を見かけましたが、
となりに紅玉があったので、
それを買って、チョー簡単デザートを作りました。

まずは紅玉を薄切り(16分割くらい)。
それを並べて、ハチミツをかけて、レモンを絞って、
ラップをかけ、レンジへ。
時間は適当ですが、800ワットだと3分程度。
要は、透き通ればいいわけです。
で、
それを皿に並べて、
熱いうちにバニラを乗せれば出来上がり。
総調理時間、7分?くらい。
こういう、甘酸っぱいのは、好きです。

調子に乗って、今日も作っちゃいました!
(もちろん、リンゴは紅玉限定です。)

2016年10月6日木曜日

Stromae bientôt papa ?

http://www.public.fr/News/Photos/Photos-Stromae-bientot-papa-Coralie-Barbier-fait-grossir-la-rumeur-1148026#xtor=CS1-36

もしほんとなら、
子どもを持った後のストロマエの音楽が、
どんな風に深化するのか、
とても楽しみですね。

2016年10月3日月曜日

Ryunosuke @ B&B

『寝るまえ5分の外国語』(白水社)刊行記念。

http://bookandbeer.com/event/20161029b_bt/

黒田さん、B&Bに登場です!

Divines

フランスで、
8月末に公開されたこの映画、
おもしろそう!

https://www.youtube.com/watch?v=0VKNHB7WBHA

実は昨日の発表でも、
異民族間の女性の友愛、
をテーマにしたのですが、
これもまたそうした視点から見られるかも?
とにかく、早く見たいです。

2016年10月2日日曜日

『芸術照応の魅惑2』

日仏会館で、注目のシンポジウムがあります。

芸術照応の魅惑Ⅱ
両大戦間期のパリ:シュルレアリスム、黒人芸術、大衆文化

http://www.mfj.gr.jp/agenda/2016/10/30/30oct_colloque_surrealisme/index_ja.php

昨日、同窓会でお目にかかったばかりの、
永井敦子先生も登壇します。

先日見た『赤い手のグッピー』にも、
「パリと言えば、植民地博覧会の時行ったよ」
と語る、校長先生がでてきました。
映画は43年ですから、
博覧会は12年前ということになります。
(内容は別にして、
わたしにとっての感覚だけに限って言えば、
大学院生の頃に、
大阪と言えば万博の時に行ったよ、
と話す感じなのでしょう。
ちょっと遠いけど、
忘れるほどじゃない、というか。)

camouflage


カモフラも、ここまでくると……

創立50周年

昨日は、わたしの出身大学で、
フランス文学科創立50周年を祝う会が催されました。

http://sophia-futsubun-50eme.com/%E3%82%A4%E3%83%99%E3%83%B3%E3%83%88/?preview

記念シンポジウムでは、
わたしも少し発表させてもらったのですが、
とてもいい雰囲気で、やりやすかったです。
あと発表したのは、
寺田寅彦先生と、吉川順子先生。
寺田先生のお話は、
フランスや日本などで使われていた映画の教科書の、
テキストはもちろんその挿絵に注目し、
そこに現れたオリエンテーションを探るという、
とてもおもしろい着眼点に立つものでした。
吉川先生の発表は、
テオフィル・ゴーチエの娘であるジュディットによる、
『蜻蛉集』のフランス語訳を通して、
彼女が抱く東洋への思いを可視化するというものでした。
まったく匠気のない、清潔な発表でした。

同級生たちとも久しぶりに顔を合わせ、
懐かしい時を過ごすことができました。
当然ながら、みな同じ年代なので、
抱えている問題(?)に共通点があり、
そこは妙にリアルでした。
次はいつかな?

2016年9月29日木曜日

Alain Delon

アラン・ドロンの名は、
わたしが高校生の頃は、
まさに「スター」そのものの響きがありました。

でもここしばらくは、
極右だと批判されたり、
あまりいい評判は聞きません。

今回の彼のニュースは、
サルコジに見限られて、
ジュペに投票するつもり、
というもの。

https://fr.news.yahoo.com/alain-delon-d%C3%A9laiss%C3%A9-sarkozy-votera-jupp%C3%A9-075700873.html

2016年9月28日水曜日

「今日の宿題」

B & B によるこの企画、なかなか面白いです。
いろんな人が、順番に、
「宿題」を出してゆきます。

http://pinsagram.com/photo/BK4xv_xBDYJ

福岡の書店です。

Merci !

杉並区の、
『フラ語』シリーズの読者の方から、
応援のお葉書をいただきました。
Merci beaucoup !

今更言うまでもないのですが、
日本語と英語だけでアクセスする世界は、
もちろん「世界」ではありません。
もちろん、そこにフランス語が加わったところで、
「世界」に到達できるわけではありませんが、
それでも、
やはり、
日・英だけで見る世界とは、
違うものが見えると思います。
どうぞ、楽しんで&がんばってください!

*1級を目指すなら、
まずは基礎固めとして、
『フランス語初級卒業講座―文法が好きになる1200問』
のなかの、
1200問すべてをやりつくすというのはいかがでしょうか?
全部やれば、かなり力が付くことは保証します。
で、そうして基礎が固まったら、
そこからさらに高みを目指します!
(その頃には、映画でも、小説でも、
ニュースなどでも、
お気に入りの方法で勉強できるレベルに、
近づいているでしょう!)


2016年9月27日火曜日

「ペルソナ ―奇妙なほど人間的な」

今、ケ・ブランリ博物館で開催されている、

「ペルソナ -奇妙なほど人間的な」

は、おもしろそうです、
見られないけど(涙)。

せめで紹介の動画を。

https://www.youtube.com/watch?v=zguah18D8ds

「生命のないものは、どうすれば、
生き生きとしたものになるのか? 
人々はモノとの間で、どのようにして、普通ではない関係、
あるいは親しい関係を、築くのだろうか?」


2016年9月26日月曜日

Je peux pas fermer la porte.


あなたがずっとそこで寝転んでるから、
ドアが締められないんですけど。

アルキに対する謝罪

これは、かなり大きなニュースだと思います。

http://www.lemonde.fr/politique/article/2016/09/25/francois-hollande-reconnait-la-responsabilite-des-gouvernements-francais-dans-l-abandon-des-harkis_5003061_823448.html

選挙にらみ、ということがあるにせよ、
フランスの大統領が、アルキに正式に謝罪しているわけですから。
今後これが、正式な文書になるかどうかも、重要です。

*アルキ:アルジェリア独立戦争時に、
  フランス側に協力したアルジェリア人たち。
  戦後、アルジェリアに残ったものは多く虐殺され、
  フランスに渡ったものも、劣悪な環境に放置された。

  『アイシャ』など、
  多くの映画に登場していて、
  彼らとFLN(独立派)は、
  今も険悪です。
  両者の子どもが結婚するのは、
  とても考えられないと、
  以前メディ君も言ってました。

レイラ・ベクティが娘役をやった、
そのものずばりの映画もありました。

https://www.amazon.fr/Harkis-Sma%C3%AFn/dp/B00120S9F0/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1474851629&sr=8-1&keywords=harki

今彼女は人気女優ですが、
こうしたアイデンティティがあることも事実です。

2016年9月25日日曜日

Les Chevaliers blancs

ヴァンサン・ランドンとレダ・カテブが出ているというので、
これは見なくてはと思って見始めたのは、

Les Chevaliers blancs (2015)

です。

https://www.youtube.com/watch?v=N5nvxDEqX0Y

「白い騎士」ないし「白人の騎士」というタイトル、
そして、アフリカの戦災孤児を救い出しに行くという内容から、
白人中心主義のエンタメだったらいやだなあと思っていたのですが、
なんともいえず消化不良な感じの残る映画でした。

実はこれ、2007年にあった、
「ゾエの箱舟」事件に取材しています。

http://www.afpbb.com/articles/-/2343407?pid=2571150

つまり、フランスのNGO団体が、
ダルフール当たりの戦災孤児をフランスに連れ帰り、
養子を欲しがっている家庭に託そうとする話です。
ただ映画でも、孤児たちを連れてくる際は、
NGOが建てた孤児院で預かると嘘をつき、
ある朝、逃げるように旅立とうとします。

現実の事件では、
子どもたちは孤児ではなく、
ダルフールではなくチャド人でした。
どうも、うさんくさい事件で、
それを映画にするのもどうなのかとも思いますが。

消化不良感の残る作品でした。

『寝るまえ5分の外国語』

わたしの周りでは話題の、
そしてとても評判のいいこの本、
堀江さんの書評が出ました。

http://mainichi.jp/articles/20160925/ddm/015/070/025000c

ほんとに、堀江さんの言う通り、
語学書が書評の対象になることはほぼまったくありません。
ただ、黒田さんが連載していたコラムだけが例外なのでした。
だからそのコラムは、
語学書を書く人間にとっては、
とてもうれしい&励みになるものでした。
それがついに、本になったわけです。めでたい!
(ありがたいことに、
『フラ語デート会話』
『フラ語入門』
の2冊も、取り上げられています。)

語学書の書評を読ませるなんて、
よっぽど書き手でじゃなければできません。
黒田節、ここにありです!

『赤い手のグッピー』

<古典>第14弾は、
ずっと気になっていた1本、

『赤い手のグッピー』(1943)

https://www.youtube.com/watch?v=qoND_z6R4yU

です。
以前挙げたジャック・ベッケルの作品例をもう一度。


1943  赤い手のグッピー
終戦
1947  幸福の設計
1949  7月のランデヴー
1951  エドワールとカロリーヌ
1952  肉体の冠
1953  エストラバード街
1954  現金に手を出すな
1958  モンパルナスの灯

で、今回の映画は、比較的比喩があからさまで、
やはりこのジャック・ベッケル監督は、
こうしたことを考えたいたんだなと、
あらためて思わされました。

その「あからさまさ加減」は、
登場人物たちの名前(あだ名)にも感じられます。
彼らはみんな、グッピー一族です。
(表記としては、「グーピ」のほうがよかったと思いますが。)
これはgoupil(人を騙すキツネ~反権力)から、
語末の l を取ったもの。

アンペルール(皇帝):106歳:唯一、宝の隠し場所を知っている。

ラ・ロワ(法律):アンペルールの息子~始終、銃の手入れをしている。

ラ・ロワの子どもたち4人(ラ・ベル以外は50歳代)
ラ・ベル(美女~かつての「マリアンヌ」):19歳の時、赤い手との結婚を反対され自殺。
ティザンヌ(煎じ薬~病気):独身のガミガミ屋。殺される。
レ・スー(ケチ~拝金主義)
ディクトン(ことわざ~固定した古い知識)

カンカン(悪口~不満):レ・スーの後妻

ムッシュ/クラヴァット(ネクタイ~都会的消費生活):レ・スーと前妻の子。若い。

ミュゲ(すずらん~メーデーの花・労働者):ディクトンの娘。若い。

マン・ルージュ(赤い手~労働者):瀕死の皇帝から、宝の在りかを教えられる。

トンカン(ハノイ~植民地)

「宝」とは、「皇帝」の父が見つけ、
彼に託したもの。
(それは、フランス革命の理念なのでしょう。
映画内では、ゴールドのこと。)
そして「法律」は、19世紀を通じて、
革命精神(=共和制)を敗北に導きます。
(7月王政、第二帝政、パリ・コミューン……)
だから「皇帝」は、大事な「宝」を、
息子ではなく「赤い手」に託します。
「赤い手」もまた、かつて「法律」により、
「美女」(=フランス)との結婚を禁じられた過去があります。
(→労働者は、フランスを動かす主体になれない。ここ大事。)
で、現在のフランスは、
病気でケチで思考停止。
そして未来のフランス(「すずらん」)は、
だれの手によって運営されるかと言えば、
それは「ネクタイ」。
デパートのネクタイ売り場で働く青年です。
(植民地主義は、彼女を幸福にしない。)
人民が死に絶えたフランスで、
マリアンヌ(フランス)を支えるのは、
こうした小市民なのだ……

たしかに、そんな風に見えます。
なんと、一族の物語の中に、
革命以来のフランスの歴史が組み込まれています。
ジャック・ベッケル監督、おそるべし!

2016年9月23日金曜日

ふらんす10月号


10月号、明日発売です。

今回の「映画の向こうにパリが見える」は、
おそらく、あまり知られていない映画、

『セリ・ノワール』(1979)

を取り上げました。

https://www.youtube.com/watch?v=P7QbCk4IU38

この、クレテイユを舞台にしたフィルムについては、
以前、ここでも取り上げましたが、
とにかく、パトリック・ドヴェールの演技を見るだけでも、
見る価値があると思います。
監督のアラン・コルノーは、
実は何度か、このクレテイユを舞台として使っています。
原作小説(『死ぬほどいい女』)も、とてもいいです。(すさみ方が。)

2016年9月22日木曜日

『兵隊やくざ 脱獄』

授業が始まって2日、
久しぶりに声を出す(90分× 3)ので、
やや喉が疲れます。
でも、やっぱり大学の雰囲気はかなり好きです。

で、帰ってきて見たのは、

『兵隊やくざ 脱獄』(1966)

です。
これはシリーズ第4弾にあたり、
監督は3人目の森一生です。
これは、よかったです。
撮影、特に画角が、わたしは好きでした。
また、脚本も優れていると思いました。
遊女と二人の兵隊が会話する場面など、
3人の言葉のかみ合わなさ具合など、
感心しました。
ストーリーも引き締まっていて、無駄がないし。
第1作の次によかったです。

2016年9月19日月曜日

『パレードへようこそ』

直前の投稿で上げたリンクの中に、
見ようと思って見逃していたイギリス映画がありました。
で、見てみました。

『パレードへようこそ』(2014)

とってもおもしろかった!
まさに「笑いあり涙あり」で。

https://www.youtube.com/watch?v=qas9Qd5QwPM

舞台は1984年、
サッチャーが新自由主義的な
(つまり格差拡大に直結するような)
政策をごり押ししていた時代です。
彼女の意向で、
赤字の炭鉱は閉鎖、と決まりましたが、
実際当時のイギリスには、
数十万人の炭鉱夫がいて、
彼らの多くを一気に失業させる勢いでした。
(マーケットに任せる、というわけですね。)
http://www.newsweekjapan.jp/joyce/2013/04/post-65.php
で、
やはり当時官憲に虐げられたいたLGBTのあるグループが、
炭鉱夫を応援しようと立ち上がります。が、
ゲイの支援なんかいらない、
と彼らは言うのです。
でも、とある村の炭鉱夫組合だけが、
支援を受け入れるというのです……

イギリスでは、1967年まで、
同性愛行為は違法でした。
(驚きですが。)
また、映画の舞台である84年当時になっても、
20歳以下(未満じゃありません)のそれは違法でした。
(驚きですが。)

そういえばドナ・サマーって、
(少なくともある時期までは)
ゲイのアイコンでしたね。
彼女の名前も、ちらりと出てきます。
エルトン・ジョンのポスターも。

#女性映画が日本に来るとこうなる

これ、わかっていたことですが、
こうして並ぶと、ちょっとスゴイですね。

明日から始まる後期の授業、
「映画」関係のガイダンスでは、
これをみて唖然とすることにします。

http://matome.naver.jp/odai/2147384561028197701

『あたらしい野生の地』

http://rewilding.mejirofilms.com/comments

この映画を上映のためのクラウドファンディングに、
微力ながら参加しています。
「コメント」の部分を読んでいただければ、
きっと見たくなると思います。

https://motion-gallery.net/projects/rewilding

よろしければ!

2016年9月18日日曜日

『現金に手を出すな』

<古典>第13弾は、

『現金に手を出すな』(1954)

https://www.youtube.com/watch?v=1wGE4QVFsos

です。
これはジャック・ベッケル作品の中でも、
とりわけ有名なものですね。
(おもしろいのは、この作品、
『ゴジラ』第1作と同じ年の公開であること。)

有名作ですが、その理由の第一は、
ジャン・ギャバンがこのフィルムによって、
スターダムに帰ってきたことなのでしょう。
戦前、労働者を演じてスターになった彼は、
戦中、アメリカに避難し、
戦後、フランスに戻り、いくつかの作品に出ましたが、
それらはヒットに至らず、彼の人気も復活しませんでした。
が、
このフィルムにおける、「嘘つきマックス」の役は当たり、
その後のジャン・ギャバンの役柄に、
決定的な影響を与えたわけです。
(この映画は、フランス映画史全体にも、
大きな影響を与えたとされています。)

それにしても、
誠実で、頼れる労働者を演じていたスター役者が、
時を経て、というか、
観客が実質的な敗戦を経験した後で、
「嘘つき」なギャングを演じて復活するというのは……
観客が求めるものが変化した、
と言ってしまえばそれまでですが、
落差が大きいですね。
(やはり敗戦と、その後の世の中のあり方が……)

この映画のジャン・ギャバン、
めちゃめちゃ貫禄あるんですが、
彼は1904年生まれですから、
この時点で、なんとまだ50歳!
驚きです。
ジャンヌ・モロー、リノ・ヴァンチュラも出ています。

『幸福の設計』


<古典>12弾は、

『幸福の設計』(1947)

やはりジャック・ベッケル監督です。
原題は、主人公夫婦の名前から、
Antoine et Antoinette。

この映画の話に入る前に、

ベッケル監督の作品を少し整理するなら;

1943  赤い手のグッピー
終戦
1947  幸福の設計
1949  7月のランデヴー
1951  エドワールとカロリーヌ
1952  肉体の冠
1953  エストラバード街
1954  現金に手を出すな
1958  モンパルナスの灯

(これ以外にも 5 作品ありますが、
それはちょっと措いておいて。)
つまり『幸福の設計』は、
『7月のランデヴー』の直前の映画ということになります。

若夫婦がいます。
まじめ人のいい夫は製本工場(→文化)で、
活発な妻はデパート(大型スーパー?)で働いています。
メトロの La Fourche 駅近くの小さなアパルトでの「貧乏暮らし」ですが、
若くて愛し合っている二人は、楽しそうです。
ストーリーとしては、
この二人が宝くじに当たるのですが、
換金に行く途中、なんとくじをなくしてしまう、というものです。

まず大事なのは、主人公たちが労働者であること。
というのも、戦後2年、そういう映画は少なくなっているからです。
(この時代に人気があったのは、ジェラール・フィリップだったわけです。
騎士だの貴族だのが、彼の当たり役でした。)

妻アントワネットは魅力的で、
いろんな男たちが狙っています。
隣人のパラサイト青年、
そして、彼らのアパルトの、
通りを挟んで向かいにある食料品店の、
金だけはある、痩せたオヤジ。
アントワーヌは、こアントワネットアントワネットを守ります。
ただ、
二人に対する攻撃は、
こうしたものだけではありません。
最も強烈なのは、「消費財」です。
彼らは、洗面所のあるアパルトも、
スーツも、コートも、バイクも、欲しいのです。
戦後たった2年ですが、ここにはすでに
「消費」
が出現しているわけです。
強欲オヤジは、こうした現実の権化でもあるわけです。

この映画は、
しかしヒットしませんでした。
もう、労働者がブルジョワを倒す映画は、
時代が要求しなくなっていたのです。

そしてベッケルは、こうした結果を踏まえて、
『7月のランデブー』に向かうわけです。

『くちづけ』

増村保蔵のデビュー作は、
1957年のこれでした。

『くちづけ』

80分に満たない短めの映画で、
主演は、翌年の『巨人と玩具』同様、
川口浩と野添ひとみです。

大学生の欣一。
バイト代は月8000円ほど。
父親は今、3度目の選挙違反で、
小菅拘置所に収監中。
当初、10万円(今の200万程度)あれば、
と言われていたが、
後にまだ申請できないことが判明する。
母親は、3年前に離婚して出てゆき、
今は宝石商として、
豪華なマンション暮らし。

画家のヌード・モデルとして働く章子。
月給は6000円ほど。
章子の仕事先には、有名画家もいる。
その息子は、彼女を金で買おうとするが、
うまくいかない。
父親は公務員で、ただし公金を使い込み、
今は小菅拘置所に入り、病気で苦しんでいる。
使い込んだ10万円を返せば、不起訴になるのだが、
その金はない。
母親は結核で、清瀬の療養所に入院中。
入院費は、(父親の逮捕に伴い健康保険を抜けたので)
月に12000円ほどかかる。

この映画には、産業ブルジョワは登場しない。
中で経済的に豊かなのは、まずは画家。
彼は、章子から搾取していることに頓着はしない。
芸術の中に閉じている。
そして、宝石商として成功している欣一の母もいる。

つまり欣一は、
商売人として成功したプチ・ブルジョワである母と、
政治思想を生きることを最優先させている父を持っているのだ。
そして欣一自身は、どちらにも共感してはいないものの、
どちらかといえば母親の側と親和性があるように見える。
将来のプチ・ブルだ。

章子の状況は、ほとんど戯画的だ。
病気の親を抱えて身売りする娘、といった、
あまりに紋切り型の設定に近い。
横領を犯した父親については、
ほとんど描写がなく、
旧いステレオタイプが使われていると言わざるを得ないだろう。
母についても、むしろステレオタイプな造形に思える。

こうした中で、欣一と章子が接近する。
学生である欣一の周りには、
ダンス、バイク、ジャズ、ビーチ、
などがあり、
章子は、欣一と付き合う中で、
こうしたものに出会ってゆく。
章子の個性は、それらを貪欲にむさぼるようだ。
ヌード・モデル、つまり彼女には、
裸以外に売るものがない。
なにか技能があるようには見えない。

エンディングにおいて、
章子は、欣一の母親にリクルートされそうである。
経済的に追い込まれた娘は、
やがてプリ・ブルに成り上がるだろう。

増村はここで、
なにを提示したかったのだろう?
アメリカ化、政治の無効宣言、搾取的芸術……
でもそれは、新しい日本、ということなのだろう。
つい10時間ほど前に見た、
『7月のランデヴー』1949と、似ていなくもない。
これは当時、日本公開されていないのだが。
ただはっきり違うのは、
『くちづけ』の主人公たちは、
結局、プチ・ブルになるだろう、という点だ。
(アフリカに研究に向かう若者たちとは、
かなり隔たっている。)
『巨人と玩具』でも、一応の資本主義批判はあった。
しかしそれでも彼は、
将来の資本主義の勝利と、
「勝ち組」としてのプチ・ブルを遠望していたように思える。
もしそうだとしたら、
それは、大きな限界だということになるのだろう。

2016年9月17日土曜日

『7月のランデヴー』

<古典>第11弾は、

『7月のランデヴー』(1949)

ジャック・ベッケル監督です。

https://www.youtube.com/watch?v=4ORER0VyEZ4

(日本版DVDで見たのですが、長さが96分。
フランス版は95分。
ところが、ciné-ressources の表記では、112分。
なんと、15分ほども違います。
しかもわたしが本で読んだ内容が、
今回の映像にはなかったので、どこかに、112分版があるのだと思われます。
というわけで、
不完全なものしか見てないのですが……)

主な登場人物は ;
           フランソワ(兄)脚本家→テレーズ💛ロジェ(トランペット)

リュシアン(探検家)💛クリスティン(妹)

            ↑
           ルソー(演出家)       ピエロ(肉屋の息子)

探検家、と言われていますが、
今風に言うなら、
民族学者に近いかもしれません。
アフリカの奥地に行って、
そこに住む人たちの生活を映画にしようとしています。

ブルーの文字の人たちは、
みんな演劇関係。
美人のクリスティンは、
兄が脚本を書いた芝居に出られることになりますが、
演技がまずく、自己嫌悪にもなります。
彼女は、中年の俗物演出家ルソーに言い寄られますが、
何とかかわし、リュシアンと婚約します。が、
結局ルソーに奪われ、
それを知ったリュシアンは去ってゆきます。
ただテレーズのほうは、
フランソワのアタックをかわし、
ロジェとのラヴラヴは保たれます。

彼らのたまり場は、
ロジェが出演するライブハウス(?)で、
そこではジャズが演奏されます。
また、ピエロが乗り回すのは、
なんと軍の払い下げらしい水陸両用車で、
これもアメリカ製。
この、戦後4年という時代にあって、
フランスの若い世代の、
熱烈なアメリカ礼賛がよくわかります。
(彼らは、今生きていれば、90歳代です。)

リュシアンは大ブルジョワの出で、
その家は、コンコルド広場に面しています。
内装もチョー豪華。
ロジェの父親は、まじめな教員。
家はサン・ジャック通り沿いの、
現実にはパリ1がある場所です。
(ソルボンヌの図書館の斜め前。)
クリスティンに父親はなく、
テレーズの両親は美容室を営んでいます。
場所は、ノートルダムまで数百メートルの、
ガランド通りと、サン・ジュリアン・ル・ポーヴル通りがぶつかるところ。
そしてピエロの実家は(羽振りのいい)肉屋です。

リュシアンは、
父親が押し付けてくる、
資本主義的&功利主義的価値観、労働観、道徳観を拒否し、
民俗学の研究に向かいます。
この構図は、
リュシアンの仲間たちも大同小異で、
彼らは、現実主義の父親たちに反発します。
ロジェは、映画学校を卒業したのに、
それに関する仕事を探しもせず、
トランペット吹きのバイトに精を出しています。

この映画の1つの図式は、
父親たちと息子たちの対称です。
それは、ブルジョワ的価値観と、
もっと自由な精神の対立とも言えるし、
現実主義的権威と、
理想主義的甘ったれ、とも言えそうです。

トランペットを吹いているロジェも加えるなら、
ワカモノのうちリュシアン以外は全員、
芸能関係に進もうとしているわけです。
これは、上で触れたアメリカ化と繋がりがあるのだ、
という指摘もあります。
そうなのだと思います。

女性はテレーズとクリスティンがいます。
前者は、若く自由で、ただ一方では自立していない、
ロジェと結ばれます。
彼女は、ブルジョワの誘惑に負けなかったのです。
(ロジェが守った、とも言えるでしょう。)
ただ後者は、
結局ブルジョワの誘惑に負け、
リュシアンにフラレテしまいます。

この映画で問題になっていることの1つは、
モラルなんでしょう。
戦後4年目、
監督は、ドイツに降伏した「フランス」を作り直すためには、
ワカモノの力が必要だと感じていたはずです。
未熟で誠実な彼らと、
彼らそれぞれの階層を覆うさまざまなモラル。

エンディングで、
リュシアンたちはアフリカに旅立ちます。
それは、
旧い世界を離れていくという、
暗喩なのでしょうか。