2026年3月30日月曜日

イラン理工大学

テヘランのイラン理工大学が空爆され、
イランは、報復として、
中東の2つの大学への攻撃を宣言し、
学生や教員に退避するよう求めています。

イランでは、多くの子供を含む1600人以上が亡くなっており、
アメリカとイスラエルが始めた狂気が、
罪なき人々に襲いかかっています。
そして今は、双方の大学まで巻き込まれ。

もちろん、始めるべきじゃなかった。
プーチンもトランプもネタニヤフも。

2026年3月29日日曜日

『ブリジット・バルドー自伝  イニシャルはBB』

去年の暮れ、
ブリジッド・バルドーが亡くなりました。
91歳でした。

彼女の代表作『素直な悪女』が1956年の作品で、
わたしでさえ生まれてないことを思うと、
フランスでどれほどすごいアイコンだったとしても、
(というか、実際そうなんですが)
日本での受け止めは、やや弱いのかもしれませんが。
何しろ、1973年には女優業から引退しいているし。

標記の本は、原著が1996年刊行で、
翌年には日本語訳が出ています。
これを訳したのは、
わたしを可愛がってくれた渡辺隆司先生です。
出来上がった訳書をくださったのが、
もうほぼ30年前。
昨日のこと、のようではありませんが、
それほど昔にも思えません。

この本、フランスでは2020年に再刊されています。
読者がいるわけですね。
確かに、BBファンは必読だと思います!

La Petite Dernière

帰りの飛行機で見た映画、1本はこれ;

La Petite Dernière


「小さな最後のもの(人)」というのは、
主人公である、3姉妹の末っ子のことでしょう。
パリ郊外のアルジェリア系の家庭に育ったファティマは、
「パリ」の大学に進学します。
郊外映画のパターンだと、
ここで彼女は内と外との価値観の違いに出会い、
となるんですが、
この映画は大きく違う要素があります。
というのも、ファティマは敬虔なムスリマであり、
同時に同性愛者なのです。

彼女は、マッチング・アプリを使って、
何人かと出会います。
そしてある時、そのアプリ上で見かけたアジア系の女性と偶然出会い、
二人は急速に惹かれ合い……

このアジア系女性を演じるのは、
(BTSの彼と同姓同名の)パク・ジミンです。
彼女は、『ソウルに帰る』に主演していました。
(これはアマプラにあります。)

パク・ジミンも良かったし、
主演のナディア・メリッティも良かった。
そして監督は、『クスクス粒の秘密』で主演していたアフシア・エルジです。
と言っても、彼女の監督作はもう4作目。
(『君は愛にふさわしい』は、日本でも配信されています。)

飛行機のラインナップにこんな映画があるなんて、
ちょっと油断してました。
もっと見とくべきだった!?

2026年3月28日土曜日

『ホステージ:陰謀の行方』

ウィーンへの行き道、
DLしておいて飛行機で見たのがイギリスのドラマ、

『ホステージ:陰謀の行方』(2025)

です。
これ、おもしろかったです。


主人公はイギリスの首相。
そのパートナーが誘拐され、
犯行現場がフランス領ギアナだったこともあり、
フランス大統領も登場し……

というわけなんですが、
首相も大統領も女性であり、
大統領の方を演じるのはジュリー・デルピーです。
(キャラ的には、マリーヌ・ル・ペンをモデルにしているのでしょう。)

やっぱり、ドラマに必要なのは、
キャラの魅力と、サスペンス、そして速度、
なのかなと感じます。
このドラマも、何度も触れた
『ザ・ディプロマット』も、あの『ペーパー・ハウス』も、
それらが揃っていました。

帰ってきてから、イタリアのドラマ、
『サラ 闇をまとう女』
を、エピソード2まで見たんですが、
ここで離脱、かな。
3要素のどれも、中途半端なんですよね……

イースター・マーケット

ウィーン滞在中、
市内の真ん中近い2つの広場で、
イースター・マーケットが行われていました。


すごい量、そしてさまざまなデザインの卵たち。
おそらく、ここに写っているものの10倍以上あったと思います。
値段は、10個で8.99€。
というわけで、カゴを手に10個選んでいる人たちがあちこちに。


もちろん、卵を運んでくるうさぎちゃんもいます。
この時期は、有名チョコレート店も、スーパーも、
卵とうさぎちゃんだらけでした。

そう、このマーケットで、
ハンガリーのバウムクーヘンを食べてみました。
と言ってもそれは日本のものとは似てなくて、
なんというか、渦巻きの円筒形の、砂糖まぶしのパン、という感じ。
木型に、くるくると生地を巻きつけ、
それを焼いて、砂糖を振るわけです。
まあ味自体は、日本のものの方がわたしは好みでした。
もちろん焼きたてなので、そういう意味では美味しいんですけどね。

Nava

イラン。
現体制を支持しているのは20%ほどで、
多くはもっと自由な、政教分離した国家を望んでいると言われています。
ただ、そうした勢力が幾つにも分かれ、
1つにまとまれていないのが、ずっと課題でした。
そしてそれは今も。

そんな中、歌手の Nava が、求心力を持つかも、
という指摘を読みました。
彼女です。


イランでは、女性が人前で歌うことは禁じられ、
しかもこれは反政府的な内容なので、
Nava はあっという間に逮捕されてしまう、ところですが、
それはできません。
彼女は、ロンドンに亡命したイラン人アーティストがAI で作った歌手だからです。

今イラン国民は、
国家の弾圧と、
アメリカ&イスラエルの爆撃という、
二重の苦難に晒されています。
ガソリン価格が上がるのも嬉しくないですが、
Nava のことも忘れないようにしたいです。


2026年3月27日金曜日

『ドン・キホーテ』初版本!




ウィーンでの宿から徒歩で数分、
国立図書館に行ってみました。
中はこんな感じで、壮麗そのもの。


ただわたしにとって嬉しい驚きだったのは、
大好きな『ドン・キホーテ』の初版、1605年版が展示されていたこと。
(上の画像)
まったく予想していなかったので、これにはびっくり。
入場料もそれなりに高いんですが、
これを含めて貴重本がずらり。
まあ仕方ないところでしょう。
(wiki の「ドン・キホーテ」の項目には、
これと同じ画像が上がっていました。)

ちなみに、『薔薇物語』の写本もありました。


これは、1360-70, Paris  と表示されていました。



2026年3月25日水曜日

ウィーン/パリ



これは、wiki にある、
1858年のウィーンの地図です。
ということは、
ウィーン3月革命(パリでは2月革命)の10年後、です。
フランス革命を経験した後、
またヨーロッパは、帝政や王政に戻って行きましたが、
それには耐えられない民衆が蜂起したのでした。
ただ、ウィーンでは、王政は倒れませんでしたが。

そして、ちょうどこの地図が作られた頃から、
ウィーンでは、城壁の取り壊しが始まりました。
上の地図の、中心を囲む城壁です。

ただ地図を見ると、
この城壁の周りに、
ドーナツ状の「空白」があります。
これは、第1次ウィーン包囲(1529)のあと、
守りを固めるために作られた「堀」です。
そしてこの堀は、第2次ウィーン包囲の際、効果を発揮しました。

ウィーンでは、この城壁の跡地に作られた環状道路、
リングシュトラーセが、都市の境界を形作っているようです。
この辺は、とってもパリと似ています。
つまり、ティエールの城壁を壊した跡地が、
今はペリフェリックになり、
「パリ」の内部と外部(郊外)を切り分けているわけです。

ただ、大きな違いも1つ。
それは、ウィーンの場合、
このリングシュトラーセに沿った「外側」も、
実質「内部」に見える点です。
ホーフブルグ王宮やシュテファン大聖堂、
そしてモーツァルトが住んでいた家などは、確かに城壁の「内部」にあります。
ただし、
楽友協会も、
美術史美術館も、
国会議事堂も、
ウィーン市庁舎も、
みんなこの「堀」の跡地にあるのです。
これらは、意味上は「内部」だと言えるでしょう。
パリで、ペリフェリックの外側に、
そうした施設があるというのは、ほとんど想像できません。

革命を経験したことのあるパリは、城壁(の跡地)の内部に、
権力、伝統などを囲い込み、
危険なもの=革命に繋がりそうな要素、は、
その外側に追いやっているように見えます。
それに対して、
革命が未遂だったウィーンでは、
市民的なものと、公権力的なものを、いわば並置し、
本来対立しても良さそうなものを和解というか、調停し、
なんというか、対立を制度化することで、
飼い慣らしたようにも見えるわけです。

ウィーンとパリは、
とても似ている部分と、
まったく似ていない部分があって、
比較するととても興味深いです。

2026年3月24日火曜日

「ふらんす」4月号、発売!

そして「ふらんす」です。
日本で唯一無二、フランス最新情報を届けてくれる貴重な雑誌ですが、
とりわけお得な4月号、発売されています。


今、カフェで読んでたんですが、
そうだ、お知らせしなくては!
と思い、写真を撮りました。

この表紙の写真は、有名なドアノーの1枚ですね。
いつ見ても可愛い❤️
そして見た瞬間に、ここはリヴォリ通りだと分かりますが、
実際タイトルは、

Les tabliers de Rivoli

です。
1978年の作品です。
ということは、わたしが大学に入った年です。
もう少し古い感じがしますが、
そうなんですね。

ちなみにこの4月号でも、
「フラ語入門 決定版」の紹介を兼ねた文章を、
書かせてもらっています。
やっぱり、4月号は外せないでしょう!


明日(今日)発売!

今日配本、明日発売、と聞いていましたが、
今、近所のマルゼンで見たところ、
おお、並んでました!


長く可愛がってもらえますように!

ヤクルト



ウィーンから無事帰国しました。
けっこうツメツメにしたので、
いつもよりややハードでしたが、
わたしにとっては初ウィーン、
やはりいく価値がありました。

初日に、たくさんの種類のサンドイッチがある店に行った、
と書きましたが、その店は、

Zum Schwarzen Kameel です。

紹介記事です。


これはお店からもらってきたカード。



店名は、「黒いラクダ」なんですが、
正確には、「ラクダ」は kamel であるのに対して、
お店は Kameel で、e が1文字多い。
Kameel というのは、実は創業者の名前なんだそうです。
(同僚が調べて教えてくれました。
質問すると、答えてくれます。さすが研究者!)
でも音が同じだから、こんなマークにしてるんですね。
このマーク入りの紙袋を持った人を、何度も街で見かけました。

とてもいい店でしたが、
おや、と思ったのは、メニューにヤクルトがあって、
実際、隣のグループの、
派手はエトロのジャケットを着ている男性も飲んでいました。
で……

数日後、
スーパーで買い物をしていて、
生クリームがどれか分からなくて、
(ドイツ語表記のみなので)
近くにいた女性に訊いてみると、
一緒に探してくれたんですが、
う〜ん、これだと思うけど、わたしもオーストリア人じゃなので、
と言いながらも、
でもこれだと思う、
ということになりました。
で、オーストリアじゃないからどこから?
イタリア来て、仕事してるの。あなたは?
日本から。
ああ! わたしこの会社で働いてるの、
と言いながらトートバッグを見せてくれると、
そのには  Yakult   の文字が! 
ああ、この前レストランでも、メニューにヤクルトがあってびっくりしたの。
それってどこのレストラン?

Zum Schwarzen Kameel だったかな。

そうなの! その店のオーナー、わたしの前のボスだったの!
え? それで店でもヤクルト出してるの?
そうだと思う!

まさかこんなスーパーの一隅で、
こんな繋がりが浮き上がるとは!
これが旅行ってものですね。

2026年3月23日月曜日

シューベルト/マーラー

ウィーンの中心、
シュテファン大聖堂から徒歩数分のところに、
モーツァルトが住んできた家があります。
超高額所得者でありながら、
遊びまわり、賭博に明け暮れた結果、
収入を大きく上回る借金に苦しんだモーツァルトらしく、
繁華街から歩いて帰れる場所だと思えます。
ただそれはそれとして、
窓からの眺め(と言っても向かいは別の建物なのですが)は、
同時と変わっていない、という解説を読むと、
ちょっとしみじみします。

一方シューベルトの家は、
そこから外側に20分ほど歩いたところにありました。




中には入れないのですが、
一応、ドアだけは触っておきました!

で、ここから市内に向かって歩いていくと、
マーラーが10年ほど使っていた家と、
彼がアルマと結婚式を挙げたカールス教会があります。
通ったのが夜だったので、
どの建物だかよく分からずウロウロしていると、
あるお母さんと子供が通りかかったので聞いてみると、
「ああ、知ってますよ。だって住んでるから!」
というお返事。
なんでも親子は4階で、
マーラーは2階(日本でいう3階)に住んでいたとか。
で、一緒に連れて行ってもらうと、
入り口には銘板が。



そして入り口はこんな感じ。


この感じは、
マーラーの時代と変わっていないだろうと思います。
このドアを押して入ってたんですね。

シューベルトの眼鏡

シューベルトのメガネ、
というものがあって、
日本で調べるとそれは、「シューベルトの家」にあると。
ただ。そこは今改装中で見られない、と書かれていました。
残念!

ところが、
「音楽の家」という、いわば博物館があって、
なんとそこに、「借り出し中」として展示されていました。


自筆楽譜はもちろんおもしろいですが、
シューベルトがかけていたメガネって、
なんだか親戚のおじさんになったような気がします。
(もちろん、気がするだけ!)

2026年3月21日土曜日

ウィーン・フィル


夜、今度はウィーン・フィルを聞いてきました。
あの楽友協会の、あの黄金の間です。
黄金でした!

席から振り返るとこんな感じ。


指揮は、89歳のメータが登場。
曲目は、
「オベロン」の序曲、
ブルッフのヴァイオリン協奏曲1番(ズーカーマン)、
そして最後は、
当初ベートーヴェンの8番だったんですが、
割と早い段階でドボルジャークの7番に変わったので、
これ、みっちり予習してたんですが、
公演の前々日に、
ベートーヴェンの7番に変更するというお知らせが!
まあ、メータがそう言うなら……
そしてベートーヴェン7番なら、よく知ってるし、
予習の必要もないし、まあいいでしょう!
と言うか、あの第二楽章は、格別だし。

今回は安い席で、
前から三列目だったので、
音はやや頭上を行く感じもありましたが、
メータから4メートル、
ズーカーマンから5メートルくらいで、
演奏中も、2人が微笑んでアイ・コンタクトするのがよく見えて、
なんだか仲間になっているような錯覚さえありました。




演奏は……  ウィーン・フィルです。
暖かみがあって、寸分の狂いもない、
そしてベタですが、シルクのような音の手触り。

またズーカーマンは、
もっと甘い、ロマンティックなヴァイオリニストだと思ってましたが、
意外にも、
いい意味で荒々しく、
若々しく、
よかったです。

ウィーン、演奏会が多くて好き❤️です!

2026年3月19日木曜日

ありがたし


そう言えば、
そもそもウィーンの空港に到着した時なんですが、
まあなんとかなるだろうと、
市内中心部のアパート近くの駅までの行き方を十分把握してなかったんですが、
空港のある駅が、
なんだか恐ろしく殺風景で、
何がどこにあるのかよく分からない。
で、ちょっとまごまごした後、
通りかかったおじさんに尋ねると、
なに、まだ切符も買ってないの??
という感じで、まずは券売機まで連れて行ってもらって、
操作してもらって、
一緒にホームまで行って、実は同じ方向だったようで、
同じ電車に乗る、
というところまで手伝ってもらえて、
すご〜く助かりました。
で、お陰様で助かったし、
ウィーンの人の印象がとっても良くなりました!
と(英語で)言ったんですが、
イマイチ、まあねえ、みたいな感じで、
謙遜してるんだろうなと思ってたんですが、
乗り換え近くなると、
また教えにきてれたので、
その時はそのまま話していると、
実は自分はウィーン人ではなく、フランス人なんだと。
わたしは驚いて、実はフランス語の教員をしていて、
っとここからはフランス語になって、
急に会話の速度も上がり。
彼はフランスで今のオーストリア人のパートナーと知り合い、
結婚して以来23年、ウィーンで暮らしているのだと。
そうだったんですねえ。

ウィーンに着いて、
いきなりフランス語を使うことがあるとは思ってなかったので、
なんだかおもしろかったです!
でもとにかく、
ほんとに助けられました。
Merci beaucoup !

2026年3月17日火曜日

2日目、夜



夜、ウィーン交響楽団による、
マーラーの3番を聴きに行きました。
コンツェルトハウスです。

席は、2階の最前列が取れたので、
申し分なく堪能できました。
演奏は丁寧で、音はクリア。
やはりらいぶで見ていると、
今までに何回も聞いてきたのに、
気づいていなかった音が隠れていたのを発見することも。
また、マーラー的な管が止み、
弦だけになる部分では、
ライブでしか味わえない音場の広がりに痺れました。
3番なので、
アルト独唱もあり、
ウィーン少年合唱団を含む合唱もあり、
100分の曲なのですが、
あっという間でした。
ウィーンでマーラーが聴ける日が来るなんて思ってなかったので、
翌朝の今もまだ、余韻が残っています。

ウィーン到着



ウィーン、無事到着しました。
予約が直行便じゃなければ、キャンセルだったでしょうけど。

もともと15時間かかる予定だったんですが、
火山が爆発し、その火山灰を避けるために迂回したとかで、
さらに1時間余計にかかりましたが。
どこの火山かはわからず。

ウィーン中心部は、
想像をはるかに超えて壮麗。
圧縮度が高くて、
パリとは違う圧倒感があります。
ちょっと値段の高いオープンカフェでサンドイッチもたべましたが、
このサンドイッチ、20種類くらい? あって、
そこから選んだんですが、
どれもおいしかったし、
雰囲気もかなりよかったです。
午後には、オペラ座の正面にある有名カフェで、
ウィーン名物のザッハートルテも試してみましたが、
思っていたよりはるかにおいしい。
このカフェは、オペラ座内のカフェにもケーキを下ろしているんだとか。
実はウィーン在住の同僚に連れて行ってもらったんですが、
本家のカフェ・ザッハーより味は上かも、とのことでした。

ヴォティーフ教会。
高い2つの尖塔に ♾️ の形のライトが付けられていました。
なかなかいい。
これは飾りじゃなく、
人々の繋がりを思い出させるリマインダーなんだ、
という説明がありました。
Wifi の調子が良くなったら、写真を挙げますね。

2026年3月13日金曜日

見本、到着


ウィーンへ出発の前日、
タイミングよく「決定版」の見本が届きました。
部屋の明かりなので、赤っぽく写っちゃっていて、
実際の色とは違いますが、
でも、帯の色も含めて、とても気に入りました。
デザイナーの白畠さんと編集者さんのおかげです。

またさらに今回は、紙も変えたので、
厚さの割に軽くなっています。
これも、束見本を何通りも作り、
丹念に仕事をしてくれた編集者さんのおかげです。
(まあどっちにしろ、彼女なしでは、この本はできませんでした。)
ありがとうございました!

あとは、より多くの読者に可愛がってもらえますように!

2026年3月12日木曜日

カリフォルニア攻撃

イランが、カリフォルニアを奇襲する可能性があったというニュース。
あった、ということは、ある、ということにもなるでしょう。
そしてカリフォルニア州には、老朽化した原発が。
もしもこれにドローンが当たったら……

カリフォルニアの人たちがパニックに陥っているとも聞きました。
鳥肌が立ちました。

以前から言われていることですが、
原発を狙われたら、
それは実質、核爆弾を落とされたようなもの。
日本にあるターゲットの数は……

それにしても、
何百人もの小学生を殺したアメリカのトマホーク。
何がなんでも戦闘をやめる気のないイスラエル。
ほとんど沈黙している「国際社会」とやら。
「調査中」なので判断を差し控える一国の首相。

微かな希望は、
アメリカの「国際法学会」の会長が、
これは明らかに国際法違反だ、とコメントしていたこと。
でも、マーケットの動向以外に、
大統領を止めるものはないとしたら。

2026年3月7日土曜日

ウィーン

来週、ウィーンに行く予定です。
で、せっかくなので、
ウィーン・フィル(ドボルジャーク7番など)と、
ウィーン交響楽団(マーラー3番)のチケットも取りました。
ウィーンで聞くマーラー、なんて、
最初で最後になるでしょうけど、
とても楽しみです。

とりあえず、
『サウンド・オブ・ミュージック』
を見直しました。
いろいろ問題がある映画で、
(そもそも史実と全然合ってないし)
wiki によれば、20世紀にはオーストリアでは上映されなかったと。
まあ、時代が、ナチによるオーストリアの併合を、
オーストリア自身が歓迎しているという事情が背景にあり、
国家は黒歴史は隠したがるものなので、
そういうことになるのは分かりますが。

イランの「戦争」

イスラエルとアメリカがイランに吹っかけた「戦争」が、
今日も続いています。
これん関しては、
たくさんの記事を読んだり聞いたりしました。
それぞれに教えられる点がありましたが、
この動画は、ちょっと違う視点から、状況を説明してくれています;


このまま鵜呑みにしていいのかわかりませんが、
イランという戦場が、
最新鋭兵器の見本市になっている、という指摘は、
他では聞いたことがありませんでした。

ちなみに、アメリカ政府は、
今まで契約していたクロードを、
締め出そうとしています。
クロードのCEOが、
戦争での使用法に制限をかけようとしたからです。
ここでのCEOは立派だと言っていいんでしょうが、
結局、テック右派系のAI 会社が参入して終わり、
ということにしかならない気も。
とりあえずはオープンAI のようですが。

AI は、レポートも論文もカウンセリングも、
そして戦争も変えてしまうわけですね。
いや、もう変えてしまったのでしょう。

午前3時

木曜日、ある短い原稿(2200字)の締め切りでした。
なので、その夜の、24時は過ぎても、
翌日の朝にはメールで届いているようにしておきます、
という約束で書いていました。
で、
3回ほど、よし、書けた、
と思ったんですが、
そのちょっと後に読むと、
やっぱり違う、
という感じで。
そして24時を回って書いていて、
25時半ごろ、つまり午前1時半頃に、
また、できた、と思ったんですが、
さて、送る前に最後に読んで、
と思って読んでみたら、気に入らない……
でまた直し始めて、
2時40分ごろ、今度こそこれでよし、と思って、
編集者にメールしました。
やれやれ……
そして歯磨きなどしていると、
ちょうど午前3時ごろ、メールが。
受け取りました!
と編集者から。
ええ? 起きてた!?
わたしは翌日遅くまで寝てるからいいですが、
編集者はそうもいかないだろうし。

驚きの、午前のメールのやりとりでした。

2026年3月1日日曜日

『ナイト・エージェント』シーズン3

このドラマ、シーズン1はとてもおもしろかったです。


で、シーズン2はまあまあで、
今回のシーズン3では、完全に持ち直し、
シーズン1のレベルに戻ったと感じました。
かなりおもしろかったです。
ただ、話はシーズン2から繋がっているので、
3から見始めることはできないんですが。

もちろん、「ベタ」な点を挙げようと思えば、
それはできます。
でも、それは問題ないですね。
どんな作品にも、そういう、
過去作を踏襲する部分は必ずあるわけなので。

カメラワークも、
回想シーンの入れ方も、
屈折した人物の描き方も、
アクションと内省のバランスも、
俳優たち(全員ではないにしろ)の魅力も、
あります。

このレベルのドラマをネトフリでやられたら、
とてもじゃないけど、
日本のテレビのドラマは勝ち目がないと思います。
そのうち、ネトフリにはない、
昭和的な「ヴァラエティー」に特化し、
やがては消えていくんでしょうか?

イラン/イスラエル・アメリカ

不確かな情報も混ざっているのでしょうが……

アメリカとイスラエルがイランを攻撃することは、
もう、数日前から見え見えで、
専門家たちも「70%以上」などとコメントしていました。
(なので週末にかけて、日経平均が上がっていくのは、
不思議な思いで眺めていました。)

イランの女子小学校が攻撃され、
50人以上の子供たちが亡くなったという報道があります。
50人……
イランの人たちは、
これを忘れないでしょう。

アメリカにいるイラン系住民の中には、
今回のイラン攻撃、そしてハメネイ師の殺害を、
好意的に受け取っている人たちもいるようです。
気持ちはわからないではないですが、
だからと言って、暴力的な行動を肯定することはできません。

また、おそらくはイランの攻撃によって、
ドバイ空港が封鎖されていると。
ドバイ経由でヨーロッパ方面に向かう予定だった人は、
とてもたくさんいるはずです。
日本にも、直接影響しています。
もちろん今後原油が上がれば、世界中に。

専門家は、長引く可能性は高くない、と言います。
確かに去年も、2週間以内に「終わって」います。
ただ、ハメネイ師が殺された今回、
同じようにいくんでしょうか?
イランに資金提供を受けている、ハマスやヒズボラもいます。

イスラエルが掲げる、
「ユダヤ人による民主国家」
というのは、語義矛盾でしょう。
すでに20%のアラブ系住民がいます。
彼らを追い出すことでしか成立せず、
その行為は「民主」的ではないからです。

ガザに対する攻撃も静かに続いています。
ウエスト・バンクの支配も、法的に確立しようとしています。
イスラエルという「国家」のやり方には、
賛成できません。