2008年7月11日金曜日

拾ったバラを


昨日の終わりに、ついに you tube に「東京行進曲」がアップされた、ということを書きました。こんな曲だったんですね。でもどうして、この昭和4年(1929年)の曲が特に気になっていたのかというと……

この曲は、4番まであります。長くもないので、全部引用しちゃいましょう。

昔恋しい 銀座の柳
仇(あだ)な年増(としま)を 誰が知ろ
ジャズで踊って リキュルで更けて
あけりゃダンサーの 涙雨

恋の丸ビル あの窓あたり
泣いて文(ふみ)かく 人もある
ラッシュアワーに 拾ったバラを
せめてあの娘(こ)の 思い出に

広い東京 恋ゆえせまい
いきな浅草 忍び逢い
あなた地下鉄 私はバスよ
恋のストップ ままならぬ

シネマ見ましょうか お茶のみましょか
いっそ小田急(おだきゅ)で 逃げましょか
変わる新宿 あの武蔵野の
月もデパートの 屋根に出る

ね、なかなかかわいいでしょ? この1929年というのは、関東大震災で東京が壊滅したあと、もうかなり復興してきて、ただし太平洋戦争まではまだちょっとあるという、東京にとっては一つの「青春時代」だったようです。

そしてこの歌詞。上手ですね? 当時華やかだった「銀座」、震災にも耐えた「丸(の内)ビル(ヂング)」、かつては東京1華やかだった「浅草」、そしてついに登場する新しい街、「新宿」。たしかに「東京行進曲」です。おそらく、東京の1つの顔として「新宿」が切り出されたのは、これが最初ではないでしょうか?

もう1つの注目点。それは「ラッシュアワー」と「小田急」でしょう。つまりこのころ、東京で私鉄が発展し始め、「ラッシュアワー」というものが出現するわけです。こんなに「時代」が詰まっている曲は、数すくないでしょう。

そしてこれを書いたのは、あの西條八十です。(といっても、若いあなたにはピンとこなかもしれません。わたしもまた、リアル・タイムで聞いたわけではありませんが、西條のヒット曲はいくつか知っています。『青い山脈』、とかね。)フランス文学専攻だった西條は、もともと象徴詩を書いていたのですが、途中から「歌謡曲」の作詞に力を注ぐようになりました。これは、幸福な転向だったといえると思います。(ボードレールや朔太郎のあとに、象徴詩を書くっていうのは……)

というわけで、歌詞だけはよく知っていたこの曲、こうして聞けてスッキリしました!


ちなみにこの曲、日本の「映画主題歌」第1号だそうです。