2026年6月21日日曜日

久々の『初恋のきた道』

チャン・イーモウの『初恋のきた道』、
大学院のゼミで、
中国人留学生3人と見てみました。
(日本人学生はお休み。)

この映画、
授業でも何度か見ているので、
もう10回近く見ていると思いますが、
久しぶりに見て、
こんなによくできてたっけ?
と思うくらい、いい映画でした。


⬆全編見られます!! 字幕あり!

映画の背景には、反右派闘争があって、
一度だけ映るカレンダー(1958年1月)によって、
それが分かる仕掛けです。
あくまで背景ですが。

留学生たちに訊くと、
ココに描かれているような「中国」は、
今も完全に消えてしまったわけではないようで、
都会育ちの彼らも、
ある種の懐かしさを感じるようでした。

前景に恋愛、
中景に郷土愛、
後景に国家権力。
この案配が絶妙で、
その映像的表現も卓越しています。

何度も見て、知識としては分かっていたけれど、
今回見ながら強く想像したのは、
1939年生まれと推定できるヒロインが、
1958年(19歳)時点で、字が読めないこと。
留学生たちにも、
「想像できる? 19歳で字が読めないってどういう感じなのか?」
と言ってみましたが、
もちろんわたしも本当には分かりません。
ただ、そういう状況にあって、
でも知的な好奇心がある女性がいたとして、
その人が、都会から来た大学出のワカモノに、
憧れに近いものを感じるのは、不思議じゃありません。
このワカモノを演じる俳優は、
いわゆる「グッドルッキング」に、わたしには見えないのですが、
その点を留学生たちに訊いてみると、
同じ意見でした。
だからこそ、
ヒロインが求めたのはビジュではなく、
知的なるもの、だった可能性もあると思います。
彼女は、授業する男性の声を愛しました。