バルベス第2弾です。
バルベス駅からほんの少し離れたところ,
つまりシャトー・ルージュ駅周辺では、
土曜日の午前、アフリカ市も立つようです;
そしてその辺りからは、
アフリカ系の店も増えてきます;
かつら屋さんですね;
きれいな公園も;
公園には、こんな落書き。「静かに眠れ」;
これも落書き。「バルベス・チーム」は、いつだって圧勝です;
同じ公園です。これから市に向かうのでしょうか;
パリは「厚い」ですね。
2010年8月27日金曜日
Barbès・1
パリの北東に位置するバルベスは、
以前から活気のある場所として知られています。
(観光案内書にはほとんど記述がありませんが。)
ここで見るべき、あるいは感じるべきものは、
アラブとアフリカ系の混交の熱気でしょう。
(アジア系は多くありません。)
今日はアラブ的な面をご紹介しますね。
まずは、メトロ・バルベス駅前の混雑から。
ここからマルシェが始まります;
アフリカ系の女性たちもお買い物に突入!
そしてものすごい混雑の中、物乞いのおじいさんも;
オリーブ、わたしは好きです;
これはね、ここでしか売ってるのを見ませんでした。
(ちゃんとしたお店もあるんでしょうけど。)
イランなどでは、ムスリムじゃなくても、
女性は着用が義務付けられているそうです;
マルシェを出ても、アラブ系のお店があります。
ここは「ハラル」の表示のある肉屋さん;
マグレブの人でしょう;
生地屋さんですが、よく見るとアルジェリアの国旗も;
アルジェリアのお菓子たち。
ただ売っている人は、
「おれはモロッコ人。主人はアルジェリア人だけどね」
とのことでした。
ためしにいくつか買って食べてみました。
おいしかったです!
以前から活気のある場所として知られています。
(観光案内書にはほとんど記述がありませんが。)
ここで見るべき、あるいは感じるべきものは、
アラブとアフリカ系の混交の熱気でしょう。
(アジア系は多くありません。)
今日はアラブ的な面をご紹介しますね。
まずは、メトロ・バルベス駅前の混雑から。
ここからマルシェが始まります;
アフリカ系の女性たちもお買い物に突入!
そしてものすごい混雑の中、物乞いのおじいさんも;
オリーブ、わたしは好きです;
これはね、ここでしか売ってるのを見ませんでした。
(ちゃんとしたお店もあるんでしょうけど。)
イランなどでは、ムスリムじゃなくても、
女性は着用が義務付けられているそうです;
マルシェを出ても、アラブ系のお店があります。
ここは「ハラル」の表示のある肉屋さん;
マグレブの人でしょう;
生地屋さんですが、よく見るとアルジェリアの国旗も;
アルジェリアのお菓子たち。
ただ売っている人は、
「おれはモロッコ人。主人はアルジェリア人だけどね」
とのことでした。
ためしにいくつか買って食べてみました。
おいしかったです!
2010年8月26日木曜日
2 musées
今日は大学で、高校生向けの授業をしました。
といっても、生徒さんは4人ほど。
中に、去年のこの企画でも見えた顔があり、
なんだか懐かしい感じ。
90分なので、あまり細かくメニューを決めることもできず、
あちこち脱線しながら、
なにか1つでも記憶に残ってくれれば、という感じで話しましたが、
さあ、どうだったでしょう。
参加してくれた生徒さんたち、Merci beaucoup !
◇
その後大学で、DVDで映画を見ました。
『17 Rue Bleue」という作品です。
これがなんと、暗い!
パトロンに急死されたアルジェリア人の若い女性が、
2人の息子を抱えて、どんどんどんどん堕ちてゆくという、救いのない話。
タイトルだけに惹かれて見ましたが、
(『イブラヒムおじさんとコーランの花たち』の舞台と同一の場所なので)
ハズレでした。
◇
パリの写真、まだ全部見てさえいないのですが、
とりあえず、2つの美術館の写真を、いくつか紹介させてください。
まずは、ケ・ブランリの「The River」。これは、スロープを文字が流れてゆきます;
そして企画展の「コンゴ河」から;
次の作品は、その素材一覧の中に、「人間の死体」がふくまれていたもの;
次は、釘を打ち込まれた後ろ姿;
親子も;
そして;
「コンゴ河」、恐るべき迫力。(作品のほとんどは、ベルギーの個人蔵。)
そしてルーブル。お出迎えはいつもこれですね;
そして今回は、なんだかこんな人たちと目が合いました;
紀元前の人たちと目が合うって、不思議な感じですね。
そして夜間開館だったので、外に出たのは、10時少し前でした;
といっても、生徒さんは4人ほど。
中に、去年のこの企画でも見えた顔があり、
なんだか懐かしい感じ。
90分なので、あまり細かくメニューを決めることもできず、
あちこち脱線しながら、
なにか1つでも記憶に残ってくれれば、という感じで話しましたが、
さあ、どうだったでしょう。
参加してくれた生徒さんたち、Merci beaucoup !
◇
その後大学で、DVDで映画を見ました。
『17 Rue Bleue」という作品です。
これがなんと、暗い!
パトロンに急死されたアルジェリア人の若い女性が、
2人の息子を抱えて、どんどんどんどん堕ちてゆくという、救いのない話。
タイトルだけに惹かれて見ましたが、
(『イブラヒムおじさんとコーランの花たち』の舞台と同一の場所なので)
ハズレでした。
◇
パリの写真、まだ全部見てさえいないのですが、
とりあえず、2つの美術館の写真を、いくつか紹介させてください。
まずは、ケ・ブランリの「The River」。これは、スロープを文字が流れてゆきます;
そして企画展の「コンゴ河」から;
次の作品は、その素材一覧の中に、「人間の死体」がふくまれていたもの;
次は、釘を打ち込まれた後ろ姿;
親子も;
そして;
「コンゴ河」、恐るべき迫力。(作品のほとんどは、ベルギーの個人蔵。)
そしてルーブル。お出迎えはいつもこれですね;
そして今回は、なんだかこんな人たちと目が合いました;
紀元前の人たちと目が合うって、不思議な感じですね。
そして夜間開館だったので、外に出たのは、10時少し前でした;
2010年8月25日水曜日
2010年8月24日火曜日
最後の夜
今日のパリは、朝曇り、その後しとしと降り、
いったん止み、昼前に豪雨。
で午後からは太陽が出て、さっきまた降り、今は曇り!
変わりやすいですね~
そういえば、ホテルのお兄さんの一人と仲良くなりました。
彼はマリ出身で、モデルみたいな青年です。
二人で、アマドゥーの話をしたのでした。
で今日、パリで過ごす最後の夜は、
またまたお言葉に甘えて、
大学都市の中にある中村さんのところでごちそうになりました。
大学都市(通称シテ)は、パリの中心から15分ほど。
広い広い敷地の中に、日本館やスイス館やブラジル館などが、
留学生や研究者を迎え入れています。
で夕食のメインはムール貝。
しかもこれを、2種類の味で出してくれ、
最後はそのスープを使ってパスタまでゴチになりました。
もちろん白ワインと一緒に。
パリの最後の夜にふさわしい、
落ち着いた、おいしい夜となりました。
というわけで、パリ滞在は終わろうとしています。
今回の旅は、わたしとしては、
かなり充実したものになりました。
(その多くは、中村さんのおかげなんですが。)
パリに来たのは、初めてというわけではないけれど、
ほんとに、初めて、パリと出会ったような気がします。
こんな短い旅行で、こんなことをいうのは気が引けますが、
そんな感じです。
では今度は、また東京で!
いったん止み、昼前に豪雨。
で午後からは太陽が出て、さっきまた降り、今は曇り!
変わりやすいですね~
そういえば、ホテルのお兄さんの一人と仲良くなりました。
彼はマリ出身で、モデルみたいな青年です。
二人で、アマドゥーの話をしたのでした。
で今日、パリで過ごす最後の夜は、
またまたお言葉に甘えて、
大学都市の中にある中村さんのところでごちそうになりました。
大学都市(通称シテ)は、パリの中心から15分ほど。
広い広い敷地の中に、日本館やスイス館やブラジル館などが、
留学生や研究者を迎え入れています。
で夕食のメインはムール貝。
しかもこれを、2種類の味で出してくれ、
最後はそのスープを使ってパスタまでゴチになりました。
もちろん白ワインと一緒に。
パリの最後の夜にふさわしい、
落ち着いた、おいしい夜となりました。
というわけで、パリ滞在は終わろうとしています。
今回の旅は、わたしとしては、
かなり充実したものになりました。
(その多くは、中村さんのおかげなんですが。)
パリに来たのは、初めてというわけではないけれど、
ほんとに、初めて、パリと出会ったような気がします。
こんな短い旅行で、こんなことをいうのは気が引けますが、
そんな感じです。
では今度は、また東京で!
2010年8月23日月曜日
タイとキューバ
パリは薄曇り、時々晴れ、という感じでした。
日曜日なので、街は比較的静かです。
午前中ちょっと歩いて、ついに発見、
『イブラヒムとコーランの花たち』の撮影現場は、
作品の中で(言葉で)言及されているブルー通りではなく、
画面に映りこんでいるクレリー通りのほうでした。
2つの世界をつなぐ短い階段も、まちがいなくここです。
それにしてもなぜ、わざわざ舞台をかえたのでしょうか。
おそらくポイントは、「2つの世界」ということなのでしょう。
2つの通りを繋ぐ階段は、まさにその通路という感じ。
今日の昼ごはんは(と食べる話ばかりですが)、
あるフランス人へのインタヴューによれば、
「パリで1番おいしいタイ料理」を目指しました。
ベルヴィルです。
この店、「1番」かどうかはともかく、
すごくおいしかったです。
緑のパパイヤのサラダには、
店の人の話だと、魚を細かく切って揚げたものがトッピングされ、
カニのニンニク炒めも深いスパイシー味。
店主さんと話すと、なんでも新宿や渋谷で店を出したこともあったそう。
残念ながら今はないそうですが。
Reuan Thai という店です。11区です。
午後はポンピドゥーを覗き、
近くの活気あるゲイ・タウンを歩き、
その後、人身事故のため11番線が使えなかったため、
ちょっと遠回りしてホテルに戻りました。
途中、Tシャツ屋さんのおじさんとだべったら、
キューバ出身とのことでした。
ハバナで出会った彼女について、
9年前にパリに来たんだそうです。
そんなこともあるんですねえ。
日曜日なので、街は比較的静かです。
午前中ちょっと歩いて、ついに発見、
『イブラヒムとコーランの花たち』の撮影現場は、
作品の中で(言葉で)言及されているブルー通りではなく、
画面に映りこんでいるクレリー通りのほうでした。
2つの世界をつなぐ短い階段も、まちがいなくここです。
それにしてもなぜ、わざわざ舞台をかえたのでしょうか。
おそらくポイントは、「2つの世界」ということなのでしょう。
2つの通りを繋ぐ階段は、まさにその通路という感じ。
今日の昼ごはんは(と食べる話ばかりですが)、
あるフランス人へのインタヴューによれば、
「パリで1番おいしいタイ料理」を目指しました。
ベルヴィルです。
この店、「1番」かどうかはともかく、
すごくおいしかったです。
緑のパパイヤのサラダには、
店の人の話だと、魚を細かく切って揚げたものがトッピングされ、
カニのニンニク炒めも深いスパイシー味。
店主さんと話すと、なんでも新宿や渋谷で店を出したこともあったそう。
残念ながら今はないそうですが。
Reuan Thai という店です。11区です。
午後はポンピドゥーを覗き、
近くの活気あるゲイ・タウンを歩き、
その後、人身事故のため11番線が使えなかったため、
ちょっと遠回りしてホテルに戻りました。
途中、Tシャツ屋さんのおじさんとだべったら、
キューバ出身とのことでした。
ハバナで出会った彼女について、
9年前にパリに来たんだそうです。
そんなこともあるんですねえ。
2010年8月22日日曜日
バルベスと13区
昨日今日、パリはますます暑くなってきました。
特に今日は、ジリジリと照りつける日差しに、
つい水を買う回数も増えました。
昨日は、ユダヤ人街をハシゴ。
パリ1といわれるヴィクトワールのシナゴーグから、
いくつかの小さなシナゴーグまで。
そしてロジエ通りでは、
人気のファラフェルという揚げ団子だけでなく、
イディッシュ料理にトライ。う~ん、なるほどね。おいしいです!
で夜は、ルーブルの夜間開館へ。
空いてます。これいいかも。
そして今日土曜日、またもや中村さんにおつきあい願って、
狙っていたバルベス地区のアフリカ市場へ。
まずはバルベス駅前から続くマルシェに行ってみたのですが、
これがまあ、今回最大の驚き。
声も匂いも人ごみも、なんというか……
そしておそらくはこれが「アフリカ市場」だという場所もわかり、
とても刺激的な午前でした。
で午後は、
(友達とはぐれて途方に暮れている日本人女性を、
中村さんが助けてあげたあと)
サン・ミッシェルのCDショップと本屋へ。
これも、中村さんの行きつけという、ちょっと見つけられないような店で、
おかげでいい「資料収集」ができました。
そして夜、13区のアジア人街まで足を伸ばし、
アジアの同胞に紛れて散策。
それからこれも中村さんに連れられて、
行列のできるフォーの店に。
この店、行列ができるだけのことはあります!
うまくて安いです。
(「フォー14」、という店です。)
今日は、アフリカ地区と、アジア地区両方を歩けて、
またまた収穫の1日でした。
どうも、中村さんに手伝ってもらえる日は、
収穫が多いのでした。Merci !
さて、明日は日曜日。どこに繰り出そうかな?
特に今日は、ジリジリと照りつける日差しに、
つい水を買う回数も増えました。
昨日は、ユダヤ人街をハシゴ。
パリ1といわれるヴィクトワールのシナゴーグから、
いくつかの小さなシナゴーグまで。
そしてロジエ通りでは、
人気のファラフェルという揚げ団子だけでなく、
イディッシュ料理にトライ。う~ん、なるほどね。おいしいです!
で夜は、ルーブルの夜間開館へ。
空いてます。これいいかも。
そして今日土曜日、またもや中村さんにおつきあい願って、
狙っていたバルベス地区のアフリカ市場へ。
まずはバルベス駅前から続くマルシェに行ってみたのですが、
これがまあ、今回最大の驚き。
声も匂いも人ごみも、なんというか……
そしておそらくはこれが「アフリカ市場」だという場所もわかり、
とても刺激的な午前でした。
で午後は、
(友達とはぐれて途方に暮れている日本人女性を、
中村さんが助けてあげたあと)
サン・ミッシェルのCDショップと本屋へ。
これも、中村さんの行きつけという、ちょっと見つけられないような店で、
おかげでいい「資料収集」ができました。
そして夜、13区のアジア人街まで足を伸ばし、
アジアの同胞に紛れて散策。
それからこれも中村さんに連れられて、
行列のできるフォーの店に。
この店、行列ができるだけのことはあります!
うまくて安いです。
(「フォー14」、という店です。)
今日は、アフリカ地区と、アジア地区両方を歩けて、
またまた収穫の1日でした。
どうも、中村さんに手伝ってもらえる日は、
収穫が多いのでした。Merci !
さて、明日は日曜日。どこに繰り出そうかな?
2010年8月20日金曜日
夜間開館
今日はついに快晴のパリ。
さわやかに眩しい光。影は濃いです。
今日のランチは、これぞ定番、ステック・フリット。
フランス~、という感じです。
夕方からは、オペラ近くのスタバで休憩した後、
オルセの夜間開館へ。空いてるし安いし。
「草上の昼食」、「オランピア」、「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」、
そしてゴッホの「自画像」。
「オランピア」が、わたしはオルセでは1番インパクトを感じます。
そしてゴッホは、やはり何かが壊れている感じ。
生きるのが大変だったろうな、と思ってしまいます。
新規購入の作品の中には、「剣を持つ若い黒人」(1850)が。
19世紀の絵画に現れる植民地の風景展、
なんて企画展、どうでしょう? ドラクロワも、マネも入れて。
それにしても、張り切り過ぎて少し疲れてきましたが、
明日はとっておきのユダヤ関係巡りの予定です。
どうなるかな?
さわやかに眩しい光。影は濃いです。
今日のランチは、これぞ定番、ステック・フリット。
フランス~、という感じです。
夕方からは、オペラ近くのスタバで休憩した後、
オルセの夜間開館へ。空いてるし安いし。
「草上の昼食」、「オランピア」、「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」、
そしてゴッホの「自画像」。
「オランピア」が、わたしはオルセでは1番インパクトを感じます。
そしてゴッホは、やはり何かが壊れている感じ。
生きるのが大変だったろうな、と思ってしまいます。
新規購入の作品の中には、「剣を持つ若い黒人」(1850)が。
19世紀の絵画に現れる植民地の風景展、
なんて企画展、どうでしょう? ドラクロワも、マネも入れて。
それにしても、張り切り過ぎて少し疲れてきましたが、
明日はとっておきのユダヤ関係巡りの予定です。
どうなるかな?
2010年8月19日木曜日
収穫の1日
今日はついに太陽が!
そして気温は20度台なので、歩くのにはもってこいの日。
でまた、よ~~く歩きました。
あのMokobeのBeyonce Coulibaly のヴィデオ・クリップには、
ちらりと、メトロのChateau d'eau の駅が映ります。
で今日はまず、その周辺を探検。
やや怖くもあったけれど、収穫は大。
フィールドワークの甲斐がありました。
昼食はインド人街で子羊カレー。
それからついにケ・ブランリへ。
特集は「コンゴ河」。見応え十分。すごいです。
そして夜は、モンマルトルのクレオール料理。
こじんまりとした可愛いお店で、うまい!
なんだか、パリの厚みを感じています……
で今日は1日、中村さんに付き合ってもらいました。
おかげさまで、充実した1日を送ることができました。
(夜のレストランも、中村さんが予約してくれました。)
ありがとうございました!
そして気温は20度台なので、歩くのにはもってこいの日。
でまた、よ~~く歩きました。
あのMokobeのBeyonce Coulibaly のヴィデオ・クリップには、
ちらりと、メトロのChateau d'eau の駅が映ります。
で今日はまず、その周辺を探検。
やや怖くもあったけれど、収穫は大。
フィールドワークの甲斐がありました。
昼食はインド人街で子羊カレー。
それからついにケ・ブランリへ。
特集は「コンゴ河」。見応え十分。すごいです。
そして夜は、モンマルトルのクレオール料理。
こじんまりとした可愛いお店で、うまい!
なんだか、パリの厚みを感じています……
で今日は1日、中村さんに付き合ってもらいました。
おかげさまで、充実した1日を送ることができました。
(夜のレストランも、中村さんが予約してくれました。)
ありがとうございました!
2010年8月18日水曜日
2010年8月17日火曜日
驚きの
Coucou, c'est moi !
というわけで、無事パリ到着。
それにしても、寒い!
今日16日は降ったりやんだりで、体感的には11月。
ダウン・ジャケットやウールのコートを着てる人も。
で雨だし寒かったししたので、
なんだかレ・アールのfnac で過ごす1日と相成りました。
晩御飯は、レ・アール近くの、
元中央市場のレストランだったらしい店で買ったパテをメインに、
ホテルの部屋でテレビを見ながら。
パテ、驚きの安さ&驚きのうまさ。
Comptoir de la Gastronomie という店です。
パリは10年以上ぶりなのに、違和感ゼロ。不思議です。
パリにはやっぱり、都会のにおいがありますね。
というわけで、無事パリ到着。
それにしても、寒い!
今日16日は降ったりやんだりで、体感的には11月。
ダウン・ジャケットやウールのコートを着てる人も。
で雨だし寒かったししたので、
なんだかレ・アールのfnac で過ごす1日と相成りました。
晩御飯は、レ・アール近くの、
元中央市場のレストランだったらしい店で買ったパテをメインに、
ホテルの部屋でテレビを見ながら。
パテ、驚きの安さ&驚きのうまさ。
Comptoir de la Gastronomie という店です。
パリは10年以上ぶりなのに、違和感ゼロ。不思議です。
パリにはやっぱり、都会のにおいがありますね。
2010年8月14日土曜日
A bientôt !
さっき、初めてネットでチェックインしました。
これでもう、いきなり荷物を預けに行けばいいらしいです。
なんだか変な感じです。
昨日、本棚にあった古い本を拾い読みしました。
『コレアン・ドライバーは、パリで眠らない』(ホン・セファ)です。
奥付を見ると、1997年。わたしもそのころ読んだのですが、
ああ、そういうことなのね、と、今頃気づく一節もありました。
読んだんですが、読めてなかったんですね。
それから、駆け込みで読んだのが;
『大人も子どももわかるイスラム世界の『大疑問』」です。
これは、今をときめく池上彰著。
わたしが買ったのは去年ですが、初版は2002年なので、
やや記述が古い部分もあります。
でも、j'avoue, 知らないこともたくさんありました!
この本は800円なので、お買い得です。
今回はモバイルを持っていきますが、アナログ・ネイティブなわたしとしては、
ココをパリで更新できるかどうかわかりません!
とりあえず、25日には帰る予定です。
(来週の水曜日には、「ナミ恋」9月号が発売です。ついにラストです!)
A bientôt,
Mes amitiés,
tomohiko
2010年8月13日金曜日
ハイチ、その後
地震から7ヶ月経ったハイチを取材していました。
この番組にしては珍しく(?)、黙って見入ってしまう内容でした。
ほとんど、ほとんど7か月前のままなのです。
もちろん、避難所によっては、
清潔な水が(一応)供給されているところもありましたが、
マンホールから溢れる下水で体を洗っている地区もあるし、
なにより、瓦礫がほとんど撤去されていないのです。
倒壊した、そのまま。
例の国会議事堂も、つぶれたままだし。
自作の四畳半ほどのテントで、親子3人が暮らしています。
テントの中は40度。食事は1日1回。
学校も倒壊したままで、再開されていません。
勉強したそうな子もいて、彼は、クルマのリアを机に勉強しています。
立ったまま。
人々は、それでもなんとか暮らしているようです。
(その「なんとか」は、「文化的最低限度」を下回っているように見えますが。)
明らかに問題なのは、「国」が機能していないこと。
あんなことやこんなことをしてきた「国」が、1番役に立てる場面なのに。
個人ではどうしようもない、いわゆるインフラ整備が、今こそ必要なのに。
もちろん予算ものこともあるでしょうが、それにしても……
外国の救援受け入れ問題にしても、
アメリカやフランスをはじめ「大国」は、こんなときくらい、
自らの「国益」をいったん脇に置いてくれればいいのに。
(こんなナイーブなこと言っても、バカみたいに聞こえるでしょうけど。)
◇
明後日、15日、同僚の倉石さんが、普天間基地の隣に参上したします;
http://sakima.jp/
もしお近くの方がいらしたら、ぜひ。
2010年8月12日木曜日
ワイクリフ
ハイチの大統領選挙に!
http://music.jp.msn.com/news/article.aspx?articleid=363208
でも、報道機関によって、そのトーンはさまざま。
「当選確実」というものから、
「候補者として認められないだろう」とか、
「ショーン・ペンはジョンを批判している」とか、
それでも「現大統領の後ろ盾がある」とか。
要は、今後のことはよくわからない、という感じです。
ミュージシャンとしてのワイクリフ・ジョンはかなり好きですが、
彼が政治家としてどれほどなのか、まったくわかりません。
(これはたぶん、誰にもわからないでしょう。)
ただ彼なら、「客寄せパンダ」のはなってくれるかもしれない。
それでハイチに注目が集まるなら、それも悪くないかも。
去年の秋、フランコフォニーの集まりの時、
次期大統領はワイクリフだという噂がありますが?
とハイチ大使に(半分冗談で)質問した時、
大使は戸惑ったような様子で、それはないでしょう、という答えでした。
でもあの時と、状況は変わっています。なんといっても、地震があったし。
ちょっと目が離せないニュースです。
http://www.youtube.com/watch?v=9pq_3OheqzU
2010年8月10日火曜日
Mange du kebab !
わたしが所属している理工学部ともう1つ、農学部もあります。
その農学部の唯一のフランス語の先生、高瀬さんから教えてもらったパリ情報、
ケバブが売りの、18区にある Restaurant Diyar 、
その店員のお兄さんが、こんな面白い歌&Video Clip を作り、
なかなか受けたそうです;
http://www.youtube.com/watch?v=TCBSqYOZzPM
そうだ、今週は「復習」なんでしたね?
余裕のあるあなたに、この歌の歌詞を贈ります;
Toute la journée je fais du kebab
Salade tomate oui c'est mon taff
Derrière le comptoir je prépare le pain
Je le caresse de mes deux mains
J'suis le rappeur du sandwich grec
Mayo, ketchup, sauce blanche, côtelettes
C'est tout un art de cuire le mouton
De faire des brochettes mais pas de cochon.
Chez nous y a des odeurs d'orient
Qui resteront sur tous tes vêtements
Des petits gateaux bien remplis d'huile
Pour digérer c'est plus facile !
Tous les jours c'est kebab party,
Y a de l'ambiance, y a de la musique
Y a des clients qui kiffent les boulettes
Et d'autres !
Mange du Kebab ×4
T'es chiche? Kebab !
On a la classe en chemisette
Aussi sexy qu'un cheapen dell
On tourne la broche qu'est-ce qu'on transpire
Les filles aiment ça, on les attire
Moi je veux le rêve américain
Faire du kebab pour les ricains
Avoir une chaîne de restaurants
Et mon nom en lettres d'argent
En attendant, il faut que j'astique
La cuisine et toute la boutique
Le fond de la cuve ou baignent les frites
Et les jolies nappes en plastiques
Si un jour tu cherches une adresse
Ici c'est le royaume de la graisse
Retiens ce nom restaurant "Diyar"
Spécialités turques et kebab
Hadi be hadi be beni bekletme
isim var gucum var beni deli etme
Ne duruyorsun?
O elindeki paket ne
Ye Ye
調べてみたら、3年くらい前にそこそこ話題になってたんですね。知りませんでした!
2010年8月8日日曜日
『原色パリ図鑑』
そして予習すればするほど、パリという街の、
深さ、というか、
記憶の厚さ、というか、
多層性、というか、
そういうものを感じます。
ただそれは、『東京詩』を準備していた頃、
東京に対して感じたことでもあります。
江戸から「東京」になり、それが育っていく過程だったわけです。
パリの予習、と言いましたが、
たとえば19世紀以前の文学者の家などはパスしています。
(まあたまには、マダム・ポンパドゥールの家だったところが
ユダヤ人街になっていたりすると、やや面白い感じはしますけど。)
ユダヤ人街は、規模の大小はあれ、3つ4つにはとどまらないようです。
たとえば、ブルジュア地区として知られる16区にもシナゴーグはあるようだし。
数日前、ユダヤと言って思い出す2つの作品を挙げましたが、
もう1つありました。それは『原色パリ図鑑』です。
(原題は、La vérité si je mens !)
これは、メトロのSentier 近くを舞台とする、ややB級の香りのする映画ですが、
パリのユダヤ人のことを考えるにはいい映画です。
http://www.youtube.com/watch?v=a9lWDPyW82I
主役のRichard Anconina は、実生活ではユダヤなのに、
映画の中では、ユダヤのふりをする異教徒の役です。
Alain Delon の息子のAnthonyや、Richard Bohringer も出ています。
(『イブラヒムおじさん~』で、とても陰鬱なユダヤの父親役を演じたGilbert Melki が、
こちらでは、陽気で金持ちなユダヤ人として登場しているのも、ちょっと面白い。)
アンコニナを初めて見たのは、もう随分前(1983)、
『チャオ、パンタン』という作品でした。
これは典型的なフィルム・ノワールで、濡れた石畳が美しいんです;
http://www.youtube.com/watch?v=l4NbsXJNLNc
これを見た時は、彼がユダヤ人かどうかなんて、
考えもしませんでしたが。
さて、今週も暑いのでしょう。
(わたしは毎日枝豆を食べてます。)
乗り切りましょう!
2010年8月7日土曜日
Passi
Passi の曲でした。これはね、VC がなかなかいいので、ぜひ;
http://www.youtube.com/watch?v=tx6xImK7Fvo
この曲が入っている Evolution というアルバム、わたしは好きです。
上にご紹介した Chambre de Gosse は、中では「おセンチ」なほうです。
バリバリのラッパーですから、そういう曲ももちろんあります。
最近、若い友人の赤ちゃんを抱っこする機会があったのですが、
ほんとに、可愛い❤子でした。ニコニコして、目がキラキラして。
20年後、彼女が20歳になった時、
「むかし、おじさんは抱っこしたんだよ~~」
と言ってイヤな顔されるのが、今から楽しみです!
(そうだ、それを目標に生きるっていうのは!?)
世の中に、赤ちゃんほど可愛い存在はないですね。
2010年8月5日木曜日
カデ界隈
小さな用事で大学によると、
「まいフラ」のリスナーの方からお手紙が。(Merci !)
そして彼女もこの夏パリに行く予定があり、
その日程がわたしとややかぶっているそうです!
会うかも!?
実はもう一人、ちょうどわたしと同じ日に出発する知り合いがいます。
彼女は、1か月ほどフランスにいる予定だそうです。
(ていうか、日本に住んでるフランス人なんですね。)
彼女とは、今わりと大きな仕事を進めています。
できれば、彼女ともちょっと会えるといいんですが。
パリの移民、と言った時、まっさきに浮かぶのは、
昨日も書いた beurs の人たちですね。
でもそれ以外にも、アフリカ系の人や、ユダヤ系の人もいます。
(フランス以外のヨーロッパや、東洋系の人たちも少なくありませんが。)
ユダヤ系、と言ってすぐに思い出すのは、わたしの場合はこの2本の映画です;
『サンドイッチの年』と『イブラヒムおじさんとコーランの花たち』。
前者は、第二次大戦直後のパリを舞台にした、
これは思いっきりユダヤ人の物語です。いい映画です。
後者は、ここでも何度か触れた、1960年代のパリを舞台にした作品。
ユダヤ人の少年の成長が縦糸です。
そしてこの2作、実はパリの中でも、ごく近い界隈を舞台にしています。
メトロで言うと、Cadet 駅近く。周辺にはシナゴーグもあります。
パリのユダヤ人地区と言ってまっさきに浮かぶのは、でも、
ここではなく、バスチーユの近くのようなんです。
この文章が詳しいです;
http://www.lang.nagoya-u.ac.jp/proj/sosho/3/tadokoro.pdf#search='ユダヤ パリ 映画'
どうしてここがユダヤ地区になったのか、それははっきり分からないようです。
カデ地区については、まだ調べがそこまでいっていません。
答えがあるのかどうか……
でもこのカデ界隈は、宿泊予定のホテルから、十分歩けそうです。
何度か、行ってみるつもりです。
2010年8月4日水曜日
ロイターより
白水社の語学書・フランス語担当のカンケさんとお目にかかり、
ある本の改訂版の話をしました。
そういえば去年の今頃も、『フラ語入門』の改訂版を進めていたような。
たしか夏の暑い日に、築地のスタジオで録音があり、
かなり楽しかった記憶があります。
今回の改訂も、やはりCD を付けることになりそうです。
目標は…… 年内!(か来年の1月!)(か2月!←「それはダメ!」by Kanke san)
がんばります!
◇
昨日のニュースによると、レバノンとイスラエルの間で衝突があり、
4人死亡ということでした。
とても不謹慎ですが、イスラエルがらみで4人というと、
そんなに大きな数字ではない印象があります。
が、
もちろんそんなことはないわけで、特に、現場の写真などを見ると、
とても「4人は少ない」なんて言えません。
ワールド映画ゼミに参加していた学生は、このニュースを聞いて、
たとえば『キャラメル』を思い出したでしょうか。
あんな愛すべき日常のとなりに、こんな危機が口を開けているわけですね。
そういえば1週間ほど前には、アルカイダのN.2 が、
フランスのブルカ禁止法案が可決されたのを非難していました。
そして今日は、9.11 の跡地近くにモスクを建設する計画に対して、
NY市が認可を出した、というニュースがありました。
どうなるのかな、と思っていたのですが、これはよかったと思います。
ちなみに arabe の verlan (さかさま言葉)は beur で、
これは北アフリカ系の移民の、特に2世、3世を指すようです。
(彼らのうちで、成功してお金持ちになった人は、
「ブルジュワ」bourgeois ならぬ beurgeois。)
この beur という語の面白いところは、それ自体 verlan であるにもかかわらず、
そのまた verlan である rebeu という語が存在すること。
意味は変わらないみたいですけど。
つまり、arabe という語が「フツー」だった頃、くだけた表現として beur が生まれ、
後にこの beur が「フツー」になってしまうと、もう1度ひっくり返して rebeu が、
ということなんでしょう。
フランスにおけるアラブ勢力の大きさが、よく分かる気がしますね。
2010年8月2日月曜日
コロンブスの夢
クリストファー・コロンブスは、パロス港の
「桟橋に立って、
最後の水夫たちと他の探検隊員がデッキに上がって行くのを見ている。
夜11時きっかりに全員乗船していること、というのが彼の指令である。」
出帆するのは翌 3 日。なのになぜ、こんな異例な時刻に集合がかかったのか?
「スペイン王フェルディナンドとイサベラの勅令によれば、
この日(8 月 2 日)の真夜中以降、いかなるユダヤ人ももはやスペインの地に
留まってはならないのだ。」
「コロンブスは、(11時から)正確に 1 時間後にスペイン警察、市の民兵部隊、
異端審問の手の者が(ユダヤ人の)捜索に乗り出すのを知っている。」
それはつまり、コロンブスの船の乗組員は、大半がユダヤ人だったということ?
コロンブス自身がユダヤ人だというのは、何度か聞いた話だけれど。
コロンブスは、ユダヤ人が住むための土地を見つけたかった?
あるいは、伝説の「ユダヤの国」を発見したかった?
南米大陸には、その後たくさんのユダヤ人が入植し、
プランテーション経営に乗り出すものもあらわれた。
するとヨーロッパから追手が伸び、ユダヤ人たちはそれを逃れ、
今度は北米に、ニュー・アムステルダムを建設する。それは、
今のニューヨークのことだ。
ところで、ヨーロッパでは迫害されたユダヤ人たちだが、
彼らが南米に入植する時、彼らもまた、先住民を迫害した。
ヨーロッパの内と外で、レイシズムが生まれる……
◇
このごろ、よくテレビの語学番組を見ると言いましたが、
先日のスペイン語講座には、フェルディナンドとイサベラ、
2 人の王もちらっと登場しました。
番組内では、ネイティブの若い男性が、
古いお城にはスペインのワビ、サビがある、と、
なかなか興味深い発言。そういうものなんですかねえ?
当時のスペインのユダヤ人迫害のすさまじさは、
20世紀のナチを彷彿とさせるものがあります。
戦費調達のためもあり、裕福なユダヤ人を次々拷問にかけ、
火あぶり、あるいは八つ裂きにし、財産を没収する。
もちろんこの財産については、キリスト教会を奪い合いになったわけですが。
(現世の権力と宗教界が争うというのは、日本でもどこでも、
いくらでもあったことですね。)
レコンキスタが終わり、コロンブスが出港した1492年。
すごく大きな節目ですね。
*引用は『希望の帆 ― コロンブスの夢、ユダヤ人の夢』
(ヴィーゼンタール著)新曜社
*参考文献は『スペインのユダヤ人』(関哲行著)山川出版社
ジャック・アタリの『1492 西欧文明の世界支配』(ちくま学芸文庫)なんかも、
そのものズバリですね。
アタリもまた、コロンブスはユダヤ人だと「考えたい」と書いています。(P.183)
*画像は「コロンブス」ですが、実はどの肖像画も、
ほとんど「想像上の」ものでしかないそうです。
2010年8月1日日曜日
詩人たちの
ぶらぶら見てたら、鈴木志郎康さんが twitter を始めているのを発見;
http://twitter.com/shirouyasu_0wl
でそれを知ったのは、清水哲男さんの twitter ;
http://twitter.com/sekihan
それにしても、2 月のジュンク堂でのトークは楽しかったなあ。
あれ、どこかで活字にして欲しいけど、ムリだろうなあ。
テープはあるんだけどなあ。(とねばってみる。)
そして清水さんの twitter を読むと、「まいフラ」を聞いてくださってるみたいです。
なんだか、恐れ多いです!
そういえば、73課から、つまり8 月16日から、オープニングで、
La vie scrète de la jeune fille amoureuse 「恋する娘の秘密の人生(!)」
が始まります。これはノーマル・スピードですから、
聞き取るのはか~な~り大変ですけど、
レナさんの心地よい声に漂うにはぴったりです。
お楽しみに!
2010年7月29日木曜日
アマチュア
今回は、午後3時から、打ち合わせを3つ、という感じ。
でも、新鮮な情報満載だったので、楽しみながらできました。
放送局の仕事には、ああそうだったのねえ、ということが、山ほどあります。
お気楽な視聴者として、お茶の間から突っ込みを飛ばしていたわたしも、
ほんの少しずつその仕事特有の気遣いの存在に、気づきつつあります。
大変なんですねえ。
ただ、まあどんな場面でも、
素人が素人らしく何かに気づくというのはあるもので。
たとえばわたしが、フランス語の授業で、
自分なりに工夫した、それなりにまとまった(はずの)説明さらっとして、
あとから、もっと素朴で本質的な質問をされてしまうことがありました。
慣れている目で見て、これでいいはず、と思っても、
素人の素朴な疑問には、必ずしもヒットしないわけですね。
(極端な話、「机上の空論」という表現を、
「絵に描いた餅」という表現と比較して説明していた時、突然、
でも、どうして「机」は「机」っていうんですか?
と訊かれたら…… という感じかな?
これは、一番の基本に帰って、言葉とモノの関係は恣意的 arbitraire なんだ、
というところから、ソシュールに倣って、話さなければならないんでしょうね。)
NHKがプロ集団として、
高い技術と経験知を蓄積しているのはまちがいないでしょう。
ただだからこそ、素人的感覚と完全には一致しない場合もでてくるようです。
で、わたしとしては、そこはバリバリの素人代表として、
素朴な疑問を投げかけてみる場合もあるわけですね。
とはいえ、NHKにはやっぱり優秀な人が多くて、
彼らはほとんどみんな、ちゃんと話を聞いてくれ、わかってくれます。
少なくともわたしの周りはそうです。
(というと、ちょっと大げさでかな? そういう「場合」は、まあ 1 / 20 くらいで、
ほとんどは、みなさんの仕事ぶりに感心する、という具合です。)
そしておかげさまで、打ち合わせも昨日で一段落です。
わたしは、実はあんまり働いていなくて、ただ参加していただけなんですが。
ま、これから働きます!
◇
先日ご紹介した『パリ ノ ルール』、ラジオ仲間のナオコさんからも、
これはいいです! のメールをいただきました。(Merci, Nao !)
そして、こんなブログもあることを教えてくれました;
http://www.fr-dr.com/paris/index.php
なるほどねえ!
2010年7月27日火曜日
Paris-Plage
予約してあった本を図書館で受け取ったり、PC を調整してもらったり、
成績表を作ったりしました。
今は試験中なので、図書館はミョーに混んでいます。
ま、この時期だけ!?
8 月の半ばから、10日ほどパリに行く予定です。
ほんとは、コルシカにしたかったんですけど、
諸事情により、今回はパリでお茶を濁すことに。
といっても、パリも随分久しぶりですから、もちろん楽しみです。
この前までマルチニックにいた中村さんも、今はパリにいるので、
少し付きあってもらう約束もしました。
こういう人がいると、心強いですね。
久しぶりなので、何冊かガイドも買ってみました。
その中で「これは良さそう」と思ったのは、
『パリ ノ ルール』(メディアファクトリー)という、四角い本です。
もちろん、まだ現実と対応させてはいないわけなので、
紹介されている情報の信憑性は未知数なのですが、
書き振りや視点が、なんというか「食い込んでいる」感じ。
ただしこの本は、今回買ったのではなく、
1年ほど前に、本屋で見かけて買ってみたものを、
今になって読みこんでみた結果、上のような感想になったわけです。
今回残念なのは、なんと言っても夏なので、
ジンガロをはじめサーカスの興行がないこと。
サーカスというのは、基本冬のものなので、仕方ないですが。
その代りにはなりませんが、恒例の「パリの砂浜」は今年もやるようですね。
セーヌ河沿いに砂浜を作るっていうアレです。
サーカスには負けるけれど、夏の一齣としてはいいかもしれないですね。
2010年7月25日日曜日
into the water
ただプールと言っても、クルマで5 分の市民プールです。
お客さんの8 割は中学生以下、という感じ。
実はわたしはプールが好きで、
5,6 年前などは、ほんとに週2 回くらい行ってました。
それもやっぱり市民プールでしたが。
以前よく行ったプールは、大きな体育館の最上階にあり、
高いガラス窓から陽が差し込むので、
泳いでいる間も、水中の光の揺らぎがほんとにきれいでした。
今日行ったプールは、残念ながら陽は入らないので、
そうした楽しみはありません。
でも、水は水。気持ちがいいです。
泳ぎに行く人なら誰でも知っていることですが、
夏のプール上がりは、しばらく涼しいです。
日本人は風呂好きだと言われますが、感覚的には、
プールも通じるものがあるように思います。
それにしても思うのは、やっぱり仕事が一段落したんだな、ということです。
「まいフラ」の収録が続いていた半年間は、
「お出かけ」するのは勇気が要りましたから。
実は8 月の半ばに旅行を計画してもいるのですが、
それも一段落したおかげです。
でもとりあえず明日(か明後日)には、成績表を出しに大学に行きます。
これでさらに、一段落が強化されます!
2010年7月24日土曜日
世はいかにして
お茶の水の白水社まで行ってきました。
なぜか、たくさんの警官が角々に配置されていました。
土曜の白水社は人も少なく、さすがに静かでしたが、
大事な大事な最終装幀決め、わたしのテンションは高いです。
やがて今回のデザイナーである、矢萩多聞さんが到着。
多聞さんとは初対面ですが、いい評判は色々伺っています。
ちなみに、多聞さんのブログはこちら;
http://tamon.in/
色んな仕事をなさってるんですね。
マリー・ンディアイの本もそうだとは、知りませんでした。
とても柔らかくて、いい感じのデザイナーさんです。
で、ラフです。
ヴァリエーションをつけながら、10通り以上、作ってくださいました。
中島さんも、白水社の渋谷さんもわたしも、
大いに悩んでしまいます……
ブログの途中ですが、ここで重大発表!
今装幀を選んでいるこの本、ついにタイトルが決定しました。
これです;
『世はいかにして昭和から平成になりしか』
う~ん、なが! でもね、これ以上のものはありませんでした。
(作ったのは須山さんです。)
話を戻しましょう。
みんななかなか選べないので、
「とりあえず、『これはないな』ってやつをはずしましょうか」
とは言ったものの、その外すやつが決められません!
でも、なんとか5 つに、3 つに、2 つに絞り、
最後は満場一致で1つに決定。パチパチパチ!
これ、いいと思います。
多聞さん、ありがとうございました!
でそのあと、休日出勤していた白水社の「激辛王」も一緒に、
近くの沖縄蕎麦屋へ。
みんなでランチ・ビールを(2 杯ずつ)飲み、
装幀決定を祝いました。
やっぱり本は好きです。
Allez, Ola, Olé
http://www.youtube.com/watch?v=4acm3gcWhAE
歌手のJessy Matador は、コンゴ人だそうです。
元気が出ますね!
登録:
投稿 (Atom)















