2022年3月3日木曜日

Российское правительство должно немедленно прекратить агрессивную войну!

Народ Японии приветствует российский народ за его готовность выступить против агрессивной войны своего правительства под угрозой ареста.

『パリのスキャンダル』

フランスの有名犯罪者と言えば、
どうでしょう、
最初に思い出すのはジャック・メスリーヌ(メリーヌ)ですが、
古いところでは、
フランソワ・ヴィドックも忘れられません。
彼は、革命期を跨いで生き、
数え切れない犯罪を犯したあげく、
その経験を生かして(!)、
警察幹部になった人物です。

2001年に公開された

『ヴィドック』

は、ジェラール・ドパルデュー主演で、
当時、何度か授業で見せたりもしました。
(今思うと、その選択? という気もします。
当時の学生諸君、すみません!)

で、
このヴィドックを主人公に据えた別の映画もあります。
あのダクラス・サークの、

『パリのスキャンダル』(1946)

です。
今日は、これを見てみました。
学生時代に見たはずですが、
ひとかけらも記憶がなく、
DVDを買っておいたのでした。
が!
なんとYouTube に全編版がありました。


そう、英語なんですね、
おもにパリでの話なんですが。
ヴィドックが、まさに、
警察署長に起用される流れを描いています。

印象深いのは、
本筋とは別の箇所。
実は、ヴィドックの前任者の美貌の妻は、
よりによってヴィドックを愛してしまうのですが、
それを疑った夫は、
いくつもの積み上げた鳥籠を背中に背負い、
そんな変装で妻を監視します。
そしてそのあげく、
ヴィドックと待ち合わせしていたことを知り、
彼女に発砲してしまいます、鳥籠を背負ったままで!
ここは、シュールでした。

映画、切りがありませんね。

limitation de vitesse と「フェミニスト・シティー」

フランスの都市部で、
クルマの速度制限が厳しくなっている、
つまり、
制限時速が引き下げられている、
というニュース。


これはボルドーの話ですが、
似たような施策が、
多くの都市で取られています。
もちろん、パリも。

これは、歩行者のリスクを下げる効果があるのは自明でしょう。
ただしちょっと広めに言えば、
これは、いわゆる

「フェミニスト・シティー」

の考え方にも接しているようです。
近代都市は、
男たちが使いやすいようにデザインされてきたわけです。
都市管理者も、デザイナーもデベロッパーも、
み~~んな男だったわけですから。
でも、それじゃいけない。
というわけで、
ウィーンなどでは、もう20年以上前から、
フェミニスト・シティーが目指されてきた経緯があります。
買い物したり送り迎えしたりする
(というような、無報酬労働を受け持つ)
時に使いやすい都市、ですね。
(無報酬でいい、と言っているわけではありません。)


また、道路の名前なんかも、
男ばかりじゃなく、
女性の名前もどんどん増やしていく。
いわゆる、
「都市のナラティヴ」
も変えていく。
これも大事でしょう。

もう、都市なしには生きてゆけません。
だから都市を、作り替える必要があります。

『追憶と、踊りながら』

ロンドンを舞台にした、
カンボジア系中国人の物語、
と聞けば、
それだけで見たくなります。
で、
買っておいたDVDを見てみました。

『追憶と、踊りながら』(2014)

(原題は Lilting)


ジェンは60代のカンボジア系中国人で、
今は介護施設にいます。
彼女の楽しみは、一人息子カイとの面会です。
本当は、息子と暮らしたいのに、
息子は「友だち」と暮らしていて、
自分はこんなところに……。
そして息子のカイはゲイで、
一緒に暮らしているのは「友だち」ではなく恋人なんですが、
カイはそれを母親に言えていません。
で、意を決して言おうと思っていた日、
カイは事故に遭い、亡くなってしまうのです……

最大のテーマは、
言ってしまえば、移民一世と二世の齟齬、
ということになるでしょう。
これ自体は、決して珍しいテーマではありません。
ただこの映画の独自性は、
その齟齬を、
息子の同性愛、
そしてそれをカムアウトすることと結びつけた点にあるのでしょう。
もちろん、それは映画ですから、
登場人物たちの魅力や、
画面の雰囲気などが重要なのは言うまでもなく、
そちらは、なかなか成功していると思いました。

基本的には静かな映画です。
登場人物も少ないし、
少し、「演劇」的でもあります。
でも、
なんというか、
あっさりした、でも食べ続けたくなる料理のようで、
さくっと最後まで見られてしまいます。

これは単にわたしの好みですが、
ロンドンらしさをもっと出すと、
(というか、今はほとんどありません。)
いろんな点でよかったのかなと思いました。

2022年3月2日水曜日

持ちこたえる

ウクライナ関連のニュースをよくチェックするので、
新聞を読んだり、
ネット記事を見たりする時間が長くなっています。
いろいろ思うことはありますが……

ウクライナ軍、そしてウクライナの市民たちが、
力強く立ち向かい、
ロシア軍の侵攻を食い止めている、
これに、プーチンも激しく苛立っている……
というようなニュースがあります。
これを読むと、その瞬間は、
ああ、えらい、がんばれ、
と思うものの、
次の瞬間には、
でもちがう、死んでいるのはプーチンではなく、
現場のロシア兵たちだ、
故郷で家族が待っている兵士たちだ……
と思ってしまいます。
もちろん、
どちらにも死んで欲しくはない。
そもそもわたしは、
「国家」のために命を投げ出すことを美しいなんて思っていません。
「国家」は、家族でも故郷でもない、
それは虚構であり、
本来「国民」の利便のために立ち上げたもの。
だとしたら、
そのために「国民」が死ぬなんて、
まったく矛盾しています。

アメリア、EUなどが、武器を供与しています。
ウクライナ軍は、これがないと戦えない。
でも、武器って、
要は人殺しの道具です。
かえすがえす、
こんな侵略、始めるべきではなかったと思います。

でも……
今目の前に進行しています。
ロシアの兵士たちが次々に投降し、
戦意を喪失し、
戦争を否定し、
その波が、ロシア国内にも波及し、
プーチンを引きずり降ろす……
という流れがいいと思うんですが。

残念ながら、
ロシアにはもちろん、
アメリカにもEUにも、
この戦争で大儲けしているしている企業が、人が、
いるわけです。
戦争は儲かりますから。
そして彼らと、
ロシア政府、アメリカ政府などは、
さまざまに繋がっている。
政治的にも、
中東とも、アジアとも、
さまざまに繋がっている。

そういえば、
ゲルギエフは、ミュンヘン・フィルを解任されましたね。
彼は、プーチン批判を受け入れなかったようです。
一方、ペトレンコは、今回の侵攻を否定しました。
ほかにもロシア系のミュージシャンはたくさんいて、
その動向も気になります。

(テニス界。
メドヴェージェフは、それにしても、
せっかくランキング1位になったのに、
可哀想でした。
でも彼は、プーチンを応援したりしないでしょう。)

『マネーボール』

というわけで

『マネーボール』(2011)

を見てみました。
この映画のことはもちろん知っていましたが、
なかなか「見る」のリストの上位には来なくて、
今日初めて見ました。
映画としては、
特に言うことはない感じでした。

セイバーメトリクスは、
野球ファンにとっては今や常識です。
ラミレス監督の野球は、
それに近かった気がします。
2番に強打者を置いたり、
バントはほとんどしなかったり。
まあ、意見の分かれるところですが、
わたしは、
「2番オースティン」
にはワクワクしました。
打席が見られる回数も多いし。
ただたしかに、終盤、
1点をとりにいくスモールな野球は、
苦手でした。
オールド理論の信奉者は、
そのあたりをチクチク言ってくるわけですね。
(もちろん一理はあるわけですが。)

で、ロビン・ライトですが、
たしかに出てましたが、ほとんどチョイ役で、
参考にはなりませんでした。

そして、なんといっても一番驚いたのが、
この2時間超の映画が、
とても短く感じられたことです。
さすがに、
70時間を越える「ハウス・オブ・カーズ」のあとでは、
たいていの映画が短く感じられそうです。

Robin Wright

「ハウス・オブ・カーズ」シーズン6では、
ついに大統領にまで上り詰めた女性、クレア。
そのキャラクターは特異で新しい、
と昨日書きましたが、
彼女が「愛」と無縁だったわけではありません。
劇中、彼女は、
夫以外の「恋人」を持つ時期があります。
一人は写真家で、
もう一人は作家です。
そう、政治とは違う世界にいて、
クレアの中に、「野心」以外のものを見出してくれる人です。
ただそうは言っても、
それは単純な「やさしさ」だとか「献身」だとかではないんですが。
なんならそれは、
いわゆる「野心」などを遙かに凌ぐ、
もっとドロドロで煮えたぎるエネルギーかもしれません。

ただこの二人の「恋人」も、
クレアにとって「かけがいがない」存在ではないのです。
たしかに「癒やし」ではあったでしょう。
けれども、
彼らがクレアの邪魔になると、
彼女はほとんどためらいなく彼らを「排除」するのです。
それもかなり冷酷な方法で。

キャラクターとしてのクレアの魅力は、
この矛盾にあるのでしょう。
もちろん、
演じるロビン・ライトの美貌もありますが。
秘めた激情と、
何を言われても微笑んで突き放すクールさと、
それにマッチした明晰な知性と、
男性社会に対する深い倦怠と、
奔放に性を楽しむ姿と。

ロビン・ライトは、
とても多くの映画に出ていますが、
ここで取り上げたものでいえば、


←あのセリフを言う、アメリカ人調査員です。


←主人公の叔母です。

そう、『マネーボール』にも出てるようなんですが、
これ、見てません。
見てみましょうか。

2022年3月1日火曜日

「ハウス・オブ・カーズ」・最終シーズン

シーズン6は、
いつもの半分の6話しかなくて、
あっという間に見終わりました。
でも、長かった!
今まで見たドラマで1番長かったんじゃないでしょうか?
トータル時間は、
『スターウォーズ』シリーズより、
『X-Men』シリーズより長いはずです。
たぶん、70時間くらい?

南部の、貧しい家の出身で、
能力と野心の塊であるフランシス・アンダーウッド’=フランク)は、
ユダヤ系(←終わり近くに判明)で、
大金持ちの家に育ったクレアと結婚します。
クレアに求婚するものは他にもいましたが、
二人の中にある「野心」が激しく共鳴し、
前代未聞のカップルが誕生することになりました。
そう、
二人は、1つになった炎のように、
野心だけを駆動力に、
権力の階段を駆け上がっていくのです。
もちろんそれは、簡単な道のりではなく、
駆け引き、脅迫、殺人さえある世界なのです。
そしてやがて、フランクは大統領の座をつかみます。
けれどその頃から、
1つの炎と見えたものが、
徐々に別れ始めるのです。
それは妻クレアが、
自分の誤解に気づいたからでした。
自分たちは一心同体だと思っていたのに、
実は、フランクが主で、自分は従だったのです。
そこからの、覚醒したクレアの「強さ」は見物です。
というのも彼女には、
一般的な「強いヒロイン」が持つ理想や大義がないからです。
彼女は、「人に優しい世界」も、「多様な社会」も、
「インクルーシブなアメリカ」も、望んではいません。
彼女が望むものは1つ、大統領の椅子だけです……

だからクレアは、
新しいヒロイン像を提出していることになるでしょう。
(それが「いい」か「悪い」かは今は措くとして。)
しかも彼女が野望を達成する時、
傍らに「男」はいないのです。
にもかかわらず彼女は妊娠していて、
しかも赤ちゃんは女の子。
そして彼女が招集した閣僚は、全員が女性……
ここには、
かなり強烈な、
男性中心主義社会へのアンチ・テーゼを読み取ることができます。
「愛」や「理想」と結びつけられ、
そうしたものを背負うことで男性社会に対抗していた多くのヒロインたち。
クレアは、彼女たちとは違うのです。

……それにしても、
この政治ドラマはリアルに感じられます。
明らかにプーチンを模した人物も登場し、
その造形も真に迫っています。
(クリントン元大統領は、
「99%本当だ」
と言ったらしいです。)
このところ連日、
サキ報道官の顔を見ますが、
このドラマを見た後では、
あの場面もいままでとはまったくちがって感じられます。
あの会場のすぐ裏にどんな部屋が続いているか、
そこでどんな会話が交わされ、
どんな情報が飛び交い、
どんな風にして発表原稿ができあがっていくか。
ドラマの中では、
何度となく、そんなシーンが出てくるのです。

とにかく長いので、
見るのを勧めることはできませんが、
大河小説を読む気持ちで
(わたしはそうでした)
見続ければ、
得られるものは多いと感じました。

欧明社、さよなら……

ついに、欧明社が閉店しました。


学部1年生の頃、
「欧明社」の名を初めて聞いた時には、
なにか光り輝いて聞こえたものです。
フランスへの扉、
という感じで。

いろんな本を買ったし、
「フラ語」シリーズを並べていただいたりもしました。
そう、
店内で、
たまたま来ていたフランス人の作家と話せたこともありました。

今回の閉店セールでは、
「ふらんす」2月号がかなり売れたとか。
みなさん、
想い出に買ってくださったのでしょうか。

長い間、お疲れさまでした。

(上の記事の写真、
よく見ると、よ~く知っている白水社の編集者も写ってました!)

「ふらんす」4月号から

「ふらんす」の4月号から6ヶ月ほど、
フランスのワカモノにインタヴューし、
そのスクリプトと和訳を紹介する予定です。
(メインはレナさんで、わたしはアシスタントです。)
で、
ウリは、
そのインタヴューが動画で見られることです、
何回でも!
(このために新たにフランスで撮影してもらいました。)

また、ワカモノの生活と意見を聞く、
というのも大きなテーマです。
もちろん、研究者たちの話もおもしろいですが、
こうした若い声は取り上げられる機会が少ないので、
価値があるかなと。
(撮影したのも、若いオリヴィアです。)

どうぞ期待していてください!

「ハウス・オブ・カーズ」・シーズン5

やっとシーズン5が終わり、
そのままシーズン6に突入しています。
いよいよ最終シーズンです。

シーズン1~3あたりに比べて、
4,5あたりがやや物足りなく感じるのは、
「弱い人間」
がいないからじゃないのか、
と思うようになりました。
「弱い人間」は物語から消え、
迷いを抱えていた人物たちも、
いつか、あつ1つの方向を向くようになりました。
そこが、物語に浅さを与えてしまっているというか。
まあそれでも、
ドラマ作りはとてもうまいので、
「ふつう」のドラマ以上にはおもしろいんですけどね。

今年の修士論文の中に、
「第四の壁」
を扱ったものがありました。
これはもともと演劇用語だそうで、
たとえば、舞台上で、
ひとつの部屋の場面が展開しているとします。
するとその部屋は、
たしかに3つの壁で囲まれていますが、
第四の壁、
つまり観客との間にあるはずの壁は、
実際にはないわけです。
ないのに、
演者も観客も、
それが「ある」という体で演劇を演じている/見ているわけです。
でも、
ある瞬間、
登場人物の一人が舞台から、観客に向かって、
そんなとこで何見てんだよ!
と言ったらどうでしょう?
これは、
ないんだけど「ある」ことになっていた第四の壁が、
やっぱりほんとはないんだということを明らさまに示しているという意味で、
第四の壁を壊す行為だと言えるわけです。

ただ思い出してみると、
そういう演劇も映画も、
たくさんありました。
とりわけ珍しいわけではありません。
ただ、
映画より「日常」に近い「ドラマ」においては、
そんなになかったんじゃないでしょうか?
実は、「ハウス・オブ・カーズ」もそうだということは、
すでに触れました。
主人公が、
わたしたちに向かって話しかけてくるのです。
そして……

シーズン5になると、
なんと、別の人物が、
そしてシーズン6では、
さらに別の人物も、
わたしたちに話しかけてくるのです。
なんというか、
わたしたちもまた、もう逃げられない感じなのです。

結末はいかに……

2022年2月27日日曜日

戦争

第二次世界大戦以来、
ヨーロッパにおけるもっとも大きな戦闘、
との指摘がありますが、
まさにそういうことなのでしょう。
自分が生きている日常と地続きの空間で、
今、
戦争が起こっている、
という事実に、驚愕します。

シナリオ
(なんて言い方自体、いいとは思いませんが)
は、ほぼ見え見えで、
NATOもアメリカも出て行かないなら、
その通りになってしまうでしょう、残念ながら。

本来なら、国連軍に期待したいところですが、
こちらも機能不全。
世界の助けを待っているはずの人たちのことを思うと、
言葉もありません。
でもたしかに、
もしアメリカ軍が出ていったら、
はるかに大ごとになるのは明白で、
それはできない……
核で互いに牽制し合う中で、
局所的に侵略が成立してしまうという「安定・不安定の逆説」は、
わがままな権力者にとってはおいしい抜け穴なのでしょう。

大義なき戦争。
ロシアは、彼の暴走を止められないのでしょうか?

ハールズデン


(Google Map から)


イースト・ロンドンの多民族タウン、ハールズデン。
『ホワイト・ティース』
(←絶賛読書中!)
にハールズデンが登場し、ちょっと検索してみると……

おもしろかったのは、
ここハールズデンの小学校で、
かつてあのヴィヴィアン・ウェストウッドが美術の先生をしていた!
という記事。


ヴィヴィアンと(ピストルズと)『ホワイト・ティース』の登場人物たちが、
ハールズデンで繋がりました。
そう、ハールズデンに住んでいるのは、
若い音楽の女性教師です。
まさかと思うけど、
意識してる!?

ゲルギエフよ!

ゲルギエフ、降ろされたんですね。
「シェヘラザード」の指揮は彼が最高だと思っているものとしては、
残念です。


一般論で言えば、
政治的信条を理由に降板させるというのは、
筋違いだと感じます。
とはいえ今回は、戦争、侵略。
それを支持するとなると、
明らかに、いわゆる「政治的信条」の範疇を越えていて、
許容できなかったんでしょう。
テロリズムもそうですが、
越えられない「一線」はあるでしょう。

できれば、ゲルギエフ本人が、
プーチン批判をしてくれればよかったんですけどね。

2022年2月26日土曜日

核兵器

もしウクライナが核兵器を廃棄しなければ、
あるいは、
自前で作っておけば……
という点が話題になっているようですが、
Nobu Akiyama(秋山信将氏?)の twitter が興味深かったです。

*******************************

94年の時点でウクライナの残置されていた核兵器
宇政府単独で管理・運用不可能が不可能だったというのが、
研究及び政策当事者の間のオーソドックスとして定着しているので、
それを覆す論を張る側がまずは論拠を示すのが順番だよなー

例えば、ドイツなどNATOの核共有のメカニズムでは、
米国の核を置いていますが、
核兵器使用の決定は単独で行うことができないので、
NPT上は非核兵器国として扱われています。
もちろん、そこに条約違反だ、というクレームを出す国はいますが。)

さらに、
ブダペスト・メモランダム(覚書)を通じた安全の保証(保障ではない)と引き換えに
ロシアに核を引き渡したというのも、
外形的にはそのように見えるが、正確ではありません。
ウクライナは1990年の憲法で非核化を定め
1992年調印のリスボン議定書でNPTに非核兵器国として加入することを国際法上

ウクライナの場合も、
ソ連邦のウクライナ・ソビエト社会主義共和国に配備されていた核兵器は、
ウクライナ独立後に物理的にウクライナ共和国に置かれたままでしたが、
その核兵器を使用する権限も発射のためのキーもありませんでした。
これは、「核保有」とは言えないでしょう。

ウクライナと核に関して、
なぜか「ウクライナは世界第三位の核保有国だった」という表現が飛び交っていますが、
こういう乱暴な議論はやめた方がいいんじゃないかなと思います。
核保有とは何を意味するのか?
核兵器が所在していたというだけでは必ずしも保有とは言えません。



2022年2月25日金曜日

東京ドーム1136個分の杉林

どさくさまぎれ、
というつもりだとは思いたくないですが。


また見つかった、
何が?
時代錯誤の人たちが。

Tchernobyl など

ウクライナにはチェルノブイリがあります。
観光地化している地域もあるようですが、
まだまだ立ち入り禁止区域もあります。
危険は、完全に取り除かれてはいません。
ロシア軍が、何をするやら……


それにしても、
これっていつの時代?
というロシアのやり口。
もう全部、どこかで見た、聞いたような、
見え透いた作戦。
そしてそれが見え透いていることは重々承知の上で、
なおロシアは侵攻しました。

そして……
NATOもアメリカもそれを止められない。
止められないことを、プーチンは知っている。

アメリカは、ほんとにロシアを SWIFT から締め出すんでしょうか?
プーチンは以前、
「SWIFT からの締め出しは、宣戦布告と同じ」
と言ってましたが。
現時点では、もう遅いのかもしれませんが、
またクリミアのように、
うやむやにされてしまうんでしょうか。
先日も書いたことですが、
中国までこれを真似し出すと、
混乱は世界各地で起きることになるでしょう。

核兵器を持たない国は、独立国家じゃない……
と、プーチンは考えていると言われています。
核廃絶は、人類にはムリなんでしょうか?
理想主義が、マッチョに勝てないなんて。

(そして……
夕方の民放のニュースを見ていましたが、
一通りウクライナ関連の情報を報じた後は、
いつもの「うまいもの巡り」だの、
「激安ショップ」だの……、でした。
それ、今日やる必要ある?)

2022年2月23日水曜日

Poutine "est dans une forme de dérive autoritaire préoccupante"

先日はロシアに渡り、
米ロ首脳会談を実現させたと自画自賛していたマクロン大統領ですが、
あのプーチンに、
あっという間に反故にされ、
まあはっきり言って赤っ恥をかかされることになりました。
大統領選前のせっかくのパフォーマンスを台無しにされ、
今度は激オコ!
それでも自分で言うのはグッと堪えたんでしょう、
Le Drian 外務大臣に言わせました、

Poutine "est dans une forme de dérive autoritaire préoccupante"


欧米(の首脳)は、
世界を、
民主主義と権威主義の対立、
という構造で見ていると言われますが、
autoritaire という単語が使われているあたりに、
それが如実に出ていると感じます。
しかも dérive autoritaire ですから、
「権威主義的漂流状態」→方向を見失った権威主義 
という感じでしょうか。
で、「耐えがたい隣人」なのでしょう。

きわめて緊迫しているウクライナ問題ですが、
もちろん、米ロだけでなく、
独仏、そして中国などの思惑も深く絡み、
目が離せません。
それにしてもロシアは、
19世紀!?
という感じです。
今は静観している中国が、
いつかこれに続かないことを祈っています。

that shake って

今日は、
ネトフリと読書だけで1日を終えました。
いいですねえ、こういうのは。

『ハウス・オブ・カーズ』は、
シリーズ5に突入しています。
さすがにここに来て、
やや展開のスピード感が落ちている気がします。
基本、物語の展開が、ということですが、
今思うと、
人物の掘り下げもまた、
やや立ち止まっているようです。
つまり、
水平的にも、
垂直的にも、
ですね。

で、このドラマを見ていると、
英語ではなんて言っているんだろう、
と気になる箇所がいくつもあるんですが、
英語字幕を出せるので、
つい確認してしまいます。
知らなかった言い回しも多く、
おもしろいです。
つい昨日も、
品がなくて、150%セクハラなんですが、
ある男性が、立ち去ろうとする女性の後ろ姿に向かって、
「いいケツだな」
と言う場面がありました。
そしてその英語が、
この字幕から類推できそうなものにはまったく聞こえないのです。
で、確認すると、

How about some fries with that shake ?

なのでした。
「そのシェイクと一緒にポテトはどうだい?」
くらいなんでしょうが、
この shake、
おしりの「揺れ」と、
飲み物の「シェーク」がかかってるんでしょう。
Mmm...
聞き取れないわけだし、
もしも聞き取れても、
二重の意味だってすぐに気づくのは、
わたしには難しいです……

2022年2月22日火曜日

Fuji

昨日、ちょっと遠出して……


やっぱり、存在感がありますねえ。

2022年2月19日土曜日

『砂漠が街に入りこんだ日』

韓国系のグカ・ハンが、
外国語であるフランス語で書いた小説、

『砂漠が街に入りこんだ日』(リトルモア)

を読んでみました。
薄い本なので、あっという間に読めます。

これは短編集で、全部で8作。
最初は「ルオエス」というタイトルなんですが、
これって……?
と思っていたら、解説によると、
これはソウル(Seoul)のアナグラムで、
となると言ってみれば、
ソウルに似た架空の街、くらいなのでしょう。
(が、読んでいると、
どことなくパリも感じさせるのですが……。)
この短編集全体もまた、
基本的に韓国時代の記憶に基づいているようです。
そしてこれらの作品群は、
これが実に「文学」なのでした。

フランス語で、
こんなふうに韓国のことが書かれたというのは、
それ自体画期的なんでしょう。
ただ、
これは完全に無い物ねだりなんですが、
わたしとしては、
パリやフランスを描いたものが読みたかったです。

『アポカリプス・ベイビー』

ヴィルジニー・デパントの、2010年の小説、

『アポカリプス・ベイビー』(早川書房)

を読んでみました。
シスターフッド小説を読みたかったからです。
(レティシア・コロンバニの作品でお馴染みの、
斉藤可津子訳です。)

この小説のストーリーはシンプルです。
パリの、そこそこ知られた白人男性小説家の娘が、
ある日失踪。
そこで家族が、探偵を雇って探させる、というものです。
ただ、このストーリーには、
とくに変化も、
いわゆる「深まりゆく謎」もありません。
では読みどころは何かといえば、それは、
捜査の過程で登場する、
さまざまな階層のさまざまな人たちの、生活と意見、
これに尽きるでしょう。
経済資本がある層もない層も、
右も左も、
ヨーロッパ系もアラブ系も、
ネオリベも反グローバリズム主義者も、
ホモセクシャルもヘテロも、
ワカモノも老人も。
そして彼らのほとんどが、
社会に対して、あるいは彼らが置かれた状況に対して、
きつい毒を吐きます。
わたしたちは日本でそれを読み、
ああ、こういう屈折、こういう怨嗟がありえるのね~、
という発見があります。
こうした箇所は、たしかにおもしろいし、
フランスに興味があるなら、
読む価値はあると思います。

ただし、小説としてどうかとなると、
ちょっと微妙な気もします。
とても饒舌なんですが、
それが、ただ横滑りして、
深まらない部分も見受けられます。
また、一人称がさまざまに換わるのですが、
となるとやはり、そこに「作家の手」が見える時もあります。
もう一つ、実質の主人公である二人の女性が、
あくまでわたしにはですが、残念ながら、
それほど魅力的に感じられないのです。
ステレオタイプというか、
やはり作家の作り物っぽいというか。

でもたしかにこれは、
シスターフッド小説ではあるのでしょう。
それが読みたかったわたしとしては、
満足しています。

「ハウス・オブ・カーズ」・シーズン3

というわけで、シーズン3まで見終わりました。
半分まで来たことになります。

今回の3は、
後半、ほんの少しだけ重くなりますが、
それはそれでいい感じ。
主人公である、大統領のフランクと、
ファースト・レディーであるクレアの関係が、
いわば、薄皮が剥がれていくように、
その「正体」を現わし始めています。
彼ら自身さえ、それに気づいていなかったのです。
そして、3の最後では、
ついにクレアが「覚醒」したかのように見えます……

もちろんこれだけの長さがあるドラマなので、
第2、第3のストーリーも同時に流れていて、
そのそれぞれがスリリングで、
ちゃんとメインのストーリーにも絡んでいるところが、
この作品の優秀さです。

こんなに長いドラマ、
おそらく2度見る時間はないでしょうから、
じっくり味わって見ています。

2022年2月17日木曜日

公聴会

というわけで、修士論文公聴会、
無事終了しました。
今年は4人が発表したんですが、
そこで扱われていた題材は;

・ベンヤミンと建築
・『北京的西瓜』(大林宣彦)と『書を捨てよ街へ出よう』(寺山修司)
・村上春樹と大江健三郎
・藤枝静男

でした。
これらを、それぞれに工夫された角度から切って見せてくれたわけです。
力作揃いで、よかったです。

それにしても、なんというか、
わたしたちの世代にとって、
懐かしい顔ぶれが揃った感があります。
(ベンヤミンだけは、「懐かしい」なんておこがましいですが。)
とりわけ『書を捨てよ街へでよう』は、
1971年の作品で、
当時わたしは中学生。
で、たまたま買った映画雑誌で、
この映画と、
『闇の中の魑魅魍魎』が特集されていて、
子ども心に「なんだかすごいな~」と思った記憶があります。
もちろん、
その時は雑誌で眺めただけで、
見てはいないんですが。

藤枝を始め、いわゆる私小説は、
学生時代かなり読みました。
(まあ、当時の文学部の学生は、みんなそうだったと思います。
藤枝が私小説作家かどうかはともかく。)
葛西善蔵、好きでした。
もちろん大江も読みました。
『われらの時代』には、かなりショックを受けたのを覚えています。
今はスレテしまったので、
あの頃のようには感じないんでしょうけど。

なんだか、ワカモノたちが、
彼らの時代、のものではなく、
わたしたちが馴染んできたものを研究しているのは、
不思議な感慨があります。

院生のみなさん、お疲れさまでした。

2022年2月16日水曜日

2016の「ふらんす」

「webふらんす」の twitter が、
この写真をアップしてくれていました。



2016年。
この連載、わたしもとても楽しくて、
毎号張り切って書いていました。
とはいえ、いつもうまく書けたわけではなかったのですが、
ある時、
自分としては「これはうまく書けた!」と思った回がありました。
で、
そのときは、
いつもは厳しい同僚(というか、先輩ですが)が、
「今回はいいねえ!」
と言ってくれて、
今でも覚えているくらい嬉しかったです。

修士論文

先週は、
大学の雑用がぎっしりで、
なかなか落ち着いて何かをするということができませんでしたが、
今週は、
というか明日ですが、
今度は修士論文公聴会があり、
ずっとその準備にかかっていました。
準備、といってもそれは、
つまり論文を読んでおく、ということなんですが、
言及されている映画なども確認するので、
おもしろいですが時間もかかります。
で、
やっとさきほど準備ができました!


2022年2月15日火曜日

『ハウス・オブ・カーズ』・シーズン2


まで終了して、
今もう、
シーズン3の途中まで来ました。
Mmm...
これ、なかなかすごいです。
ぜんぜん緊張感が下がらない。
長くかかる、うねるような物語が複数あって、
それに絡まるような感じで、
比較的短い物語も次々語られていきます。
新たな人物が投入されたり、
あるいは、あの時のあの人がここで復活したり。

たしかに登場人物たちは、
それぞれに「問題」がありそうです。
でもそれは、
いわば計算された設計で、
決して彼らを高く掲げようということではないのでしょう。
その冷静な演出にも好感を抱きます。

このどらまの特徴の一つは、
折に触れて、
主人公であるフランクが、
カメラに向かってつぶやきかけることです。
「せっかく狼になれるチャンスだったのに、
彼が羊を選ぶとはね」
とか。
そして場合によっては、
単に目配せだけのことも。
もうこれはあからさまに、
視聴者に共犯関係を迫ってきているのです。
そしてわたしたちは、
なにか自分が特別な場所にいるかのような錯覚に陥り、
それはそのまま、
ドラマに没入することにも繋がっていくのです。
もちろん、
この手法自体は、すごく特殊というほどではありませんが、
ここでは、
それがとてもうまく機能しているように思います。

先は長いですが、楽しみです。

2022年2月14日月曜日

「異なる人々と接触し、それを通じて自分自身も変わっていくような生き方」

この記事、おもしろかったです。


正直なところ、
かつては、そんなにピンと来なかった思想家なのです。
が、
この記事はおもしろいと感じました。

2022年2月12日土曜日

『PARADISE TEMPLE』刊行記念 [管 啓次郎 朗読会]

YouTube で見られるなんて!!

Manon est en forme.

マノンは元気です。
午前中は窓辺で、


日向ぼっこしたり、
そのあと、クローゼットに隠れたり。

で、夜になると、
ソファで一緒にドラマを見て、
そのままそこでうたた寝です。


可愛いです♥

2022年2月11日金曜日

子音と母音とギター

中途半端な話なんですが……

先日、若い「音(信号)」の研究者と話していて、
(彼は、エド・シーランやスピッツ(!)が好きだって言うんですが)
おもしろいなと思ったこと、
それは、
人の声は言葉なので、子音と母音があり、
それは「音」として違うわけだけど、
たとえばギターの「音」は、
ぜんぶ母音。
つまり、
歌う時の抑揚や揺らぎみたいなものは、
子音と母音の分離を基礎にしているので、
それはギターの場合とはまったく違う、
というのです。

何の気なしに歌ったり弾いたりしてますが、
「音」で言えば、
そんな感じなんですね。

「で、音ってなに?」
「う~~~ん、粗密波ですかね、3Dの」
なるほど……

2022年2月6日日曜日

『ハウス・オブ・カーズ 野望の階段』・シーズン1

このところ、アメリカ・ドラマ

『ハウス・オブ・カーズ 野望の階段』

を見ています。
さっき、シーズン1を見終わったところです。
監督はデヴィッド・フィンチャーです。


このドラマ、
ある記事で触れられているのを読んで、
おもしろそうと思って見始めたら、
ほんとにおもしろいのでした。
ただ、
記事を書いたライターとわたしでは、
「おもしろい」と感じている点が違うようではありますが。


ホワイトハウスとその周辺を舞台にしているので、
基本、権力闘争ものであるのは間違いないでしょう。
中心にいるのはある上院議員フランク(ケヴィン・スペイシー)と、
ある団体を率いているその妻クレアです。
そこに、野心ある女性ジャーナリストや、
彼女のことが好きな同僚、
アル中気味の新人議員やその恋人、
フランクの右腕、
クレアにスカウトされた環境保護活動家、
そしてもちろん大統領や広報官なども関わってきます。

このドラマを見ていて、
そもそもドラマを見るということは、
映画を見ることよりも、
むしろ小説を読むことに近い気がしてきました。
ドラマの時間は、映画のそれとはまったく異質。
(そういえば、山田太一もそんなことを言ってましたが、
つくづくそう思います。)
ネトフリがこんな値段で見られるとなると、
小説はなかなか厳しい競争を強いられていることになります。
もちろん、言うまでもなく、
小説にはそれ固有の価値があって、
そのまま「等価」なわけではまったくありませんが。

『ハウス・オブ・カーズ』は、
シーズン6まであります。
先が長~~~~~いです!

『覚醒するシスターフッド』

今日の午後、近所のマルゼンに行って、
十数冊、本を買いました。
『バグダードのフランケンシュタイン』とか、
韓国人女性がフランス語で書いた小説、
『砂漠が街に入りこんだ日』とか、
カナダの大物、マーガレット・アトウッドによる、
『侍女の物語』のスピンオフ、『覚醒』とか。
そしてそれ以外にも、
『わたしたちに手を出すな』、
ネトフリにドラマもある『クイーンズ・ギャンビット』、
パリを舞台にした『アポカリプス・ベイビー』
なども買ったんですが、これらは、
この本を読んだ影響もあります。

『覚醒するシスターフッド』

これは、日本&海外作家による短編のオムニバス。
全部で10編あり、
1冊の本として、
とてもおもしろいと感じました。
ちなみにわたしは海外の3編、
「リッキーたち」、
「ケンブリッジ大学地味子団」、
(アトウッドの)「老いぼれを燃やせ」、
が特におもしろかったです。

なぜか昔から、
「シスターフッド」
には惹かれてきました。
ここ2年くらい?でしょうか、
「シスターフッド」という言葉を見る機会が増えて、
わたしにとっては、情報も増え、
喜ばしいことです。
先日読んだこの詩集、


の中にも、
まさにそういう、いい詩もあったし。

さて、どれから読むかな……

2022年2月4日金曜日

「わきまえない女」は今

このインタヴュー、よかったです。


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日本という社会は、女性の類型を

「何でも許してくれるお母さん」か「何にも知らないお嬢ちゃん」

しか認めない。

「声をあげるおばちゃん」が本当に疎ましいんだと思う。

これまで発言の機会を奪っておきながら、

みんなが声を上げ始めれば

「なにムキになってるの?」「それはジェンダーの問題じゃないよ」

と議論をすり替える。

 男を赦(ゆる)し、癒やすだけの存在でいては、

アホな女のふりをしていては、

何も解決しないから、

私たちは怒りを言語化するようになった。

***************




2022年2月3日木曜日

『イカした人生』

MFFF 5本目、

『イカした人生』(2020)

を見てみました。
ベルギー映画です。
(原題は La vie démente 。
dément は意味が多様ですが、
オックスフォードによれば、
基本は mad, insane で、
文脈によっては fantastic や amazing にもなると。
Petit Robert には、familier として、
extraordinaire もあるので、
ここではその方向で訳しているのでしょう。)


夫婦がいて、そろそろ子どもをもとうとしている矢先、
夫の母親の「ぼけ」が始まり、
しかも急速に悪化していく中で、
夫アレックスは、子どもを持つ自信をなくしていき、
もう、生活の大部分が母親の世話に当てることで、
そのほかを顧みなくなり……
というお話。

もちろん、死と生を巡る物語で、
ほどけていく生としての死、
はリアルに伝わってきます。
アレックスは、視野は狭いけれども善人で、
その妻ノエミは聡明な人。
彼女が、この映画を救っているように感じます。

1つ、これは日本とは違うなと思ったのは、
ノエミとその両親が待っているところに、
病状が進んだアレックスの母親が、
紙パンツだけ付け、
上半身は裸で現れる場面。
この事態に、ノエミも両親も、
さらにはアレックスも、
なんだか、微笑ましいいたずらでも見つけたみたいな反応をするのです。
あわてて怒ったり、
極端に恥ずかしがったり、
隠したりとかいうのではなく。
もちろん、
これによって周囲の心理状態も表現されてはいるのでしょうが、
なかなか日本だとこうはならないような。

佳作、という感じでしょうか。

La Fracture

これ、見たいです。


思えば、fracture sociale という言い回しが聞かれ始めたのは、
もう20年も前のこと。
この頃、「社会的分断」とは、
グローバリズムの恩恵を受けられる層と、
受けられない層の「分断」だったわけです。
そして基本的構図は、
今も変わらないのでしょう。

フランスでは、3月16日、DVD発売です。

2022年2月2日水曜日

Jeanne CHERHAL : "Je vais faire mon cinéma"

RFI のニュースによれば、
Jeanne Cherhal が、
映画音楽だけを集めたコンサートを開いたと。

彼女は言っています。

« Je me suis rendue compte que j'avais un film intérieur, 
des images qui me reviennent. 
Certains films donnent à des musiques une autre dimension. 
C'est fou à quel point cette mémoire sensorielle est très forte. » 

インタヴューと、演奏場面(ちょっとだけですが)がありました。


フラ語の「ゴッドファーザー」。
初めて聞きました!

2022年2月1日火曜日

『スキャンダル』

ちょっと気分転換にアメリカ映画を。
というわけで見たのはこれ。

『スキャンダル』(2019)

公開時は、
カズ・ヒロの特殊メイクが話題になったのでしたね。


FOXニュースを舞台とした、
経営者ロジャーたちのセクハラと、
それを告発するに至る女性アナウンサーたちの物語です。
ロジャーとトランプが仲良しなのが、
現代的な装いをもたらしています。

見終わった時の印象は、
煮え切らない……
でした。
女性たちの訴えは認められ、
それなりの結果も出るのですが、
あくまでそれは「それなりの」であり、
なにか、革命的な変化ではまったくないのです。
それをリアルと呼べば呼べるのかもしれませんが、
この映画を作るなら、
そこが着地点じゃないようにも感じます。

そして物語に入っていきづらいのは、
基本、<FOX>的価値観に貫かれた世界の話だから。
登場人物はほぼ全員、保守系で共和党寄りなわけで……。
(もちろん、政治的立場の如何に関わらず、
セクハラを受けてもいいなんてことは、
1000%ありませんが。)

また、この手のアメリカ映画に「あるある」の、
機関銃のようなセリフ回しもやや気になりました。
まあ、それほど重要な内容を持ったセリフでもないのですが、
スピード感を出すためなのでしょう、
必要以上に速くて、
聞かせる気がないんじゃ? とさえ感じました。

アナウンサーたちを演じた3女優はみんな大物。
シャーリーズ・セロン、
ニコール・キッドマン、
マーゴット・ロビー。
マーゴット・ロビーはこの翌年、
ハーレイ・クインになるわけですね。
彼女らは、それぞれに存在感がありました。
(ただやっぱり、脚本そのものが弱い……)

2022年1月31日月曜日

『アンオーソドックス』

ネトフリ初の、イディッシュ語をメインにしたドラマ、

『アンオーソドックス』(2020)

を見てみました。
4話で完結なので、一気に。


ブルックリンの有名なユダヤ人地区であるウイリアムズバーグ。
この街の、超正統派のコミュニティで育ったエスティは、
17歳で、言われるがまま結婚し、
けれどもその生活は息苦しいばかりで耐えられず、
ついに19歳の時、
ある事件をきっかけにコミュニティを離れ、
ベルリンに逃げてゆきます。
そこには、かつてコミュニティから追放された、
彼女の母親が暮らしているのです。
そしてその後エスティは、
ベルリンの音大の学生たちと仲良くなり、
なんとか新たな生活を切り開こうとしますが、
そこにブルックリンから、
夫と、そのやさぐれたいとこが彼女を探しに来て……

とても引き締まったきれいな映像で、
まずは、とても正確に再現されたという(←メイキングも見ました)
超正統派の生活、とりわけ結婚式など、興味深かったです。
いままでにも、
少なくない「ユダヤ映画」を見てきたので、
すべてが初めてというわけではありませんが、
それでも、やはり新鮮でした。

(これもウイリアムズバーグでした。

ドラマの骨格は、
アンオーソドックス(=異端)であるコミュニティと、
その外の世界の対立です。
それはもちろん、価値観の、慣習の、
過去や未来に対する態度の、違いでもあります。
超正統派のラビは、
出エジプトの時代から、ポグロム、ナチスまで、
どれほど自分たちが苦難を生きねばならなかったかを語ります。
明らかにこうした認識が、
彼らのアイデンティティーの根本にあります。

また、このドラマにおける超正統派コミュニティは、
「古い」コミュニティの代表であり、
その意味では比喩的な価値も帯びているでしょう。
「子どもはまだか? ちゃんとセックスはしてるのか?」
としつこく訊いてくる姑は、
韓国ドラマなどでもおなじみのキャラだし、
マザコン男はどこにでもいるでしょう。

で実は、このドラマの2つの世界を股にかけているのは、
モシェという人物です。
ギャンブルや「女遊び」にも精通した彼は、
一方で戒律をきちんと守ろうとする部分もあります。
妻子とは離ればなれで、借金を抱え、
「嘘つき」で、執拗で、銃さえ扱うのですが、
分析対象としては、
一番おもしろい存在かもしれません。

デジタル・デトックス

を敢えてやろうと思ったわけでもないのですが、
今日は、
午前中はリビングのソファで本を読み、
午後はやはりリビングのディスプレイ(=テレビ)でネトフリのドラマを見、
それから近所のカフェに散歩に行って、
午前とは別の本を読み、
ここで少しスマホを使って新聞を読みましたが、
本屋によって帰ってきて、
晩ご飯の後はまたネトフリで続きを見て、
そうだ、
今日はまだPC立ち上げてもなかった!
と気づいたのが午後9時過ぎ。

というわけで、
ナチュラル・デジタル・デトックス、
でした。

2022年1月29日土曜日

『ナディア、バタフライ』


MFFF の4本目、

『ナディア、バタフライ』(2020)

を見てみました。


とてもシンプルなストーリーです。
カナダのオリンピック女性競泳のメンバーであるナディア。
彼女は10歳頃に才能を見出され、
17歳の今、オリンピアンとして東京五輪に臨んでいます。
が、これは彼女の引退試合。
水泳以外何も知らない自分に気づいた彼女は、
医学を学ぶため、
大学に進学することを決めているからです。
ただ、もちろんそこには葛藤もあり……

広く言えば、
将来に迷うワカモノの物語です。
ただそれがオリンピアンであるという点に、
この映画の独自性があるのでしょう。
その迷いの描写も、悪くないと思います。
新鮮か? と問われると、
まあ特別なことはない気もしますが、
好感が持てるのはたしかです。

そしてその好感の核にあるのは、
主演のカトリーヌ・サヴァールでしょう。
わたしは知りませんでしたが、
彼女はリオ五輪のメダリストで、
だから泳ぎの場面とか、
ストレッチの場面とか、
「本物」の雰囲気が漂っています。
速いし。


見終わって思うのは、
監督もまた、
彼女をこそ撮りたかったんだろうな、ということ。
その意味では、
カトリーヌはとてもチャーミングに見えるので、
成功だったと言えるのでしょう。

(ケベックのフランス語です。
人にもよりますが、
全体的に聞き取りにくいです。
中ではかなり聞き取りやすいアナウンサーの場合でも、
「フランスのフランス語」とは、
違う音が混じっています。)

2022年1月28日金曜日

『強い男』

今日は、午前中にテニスに出かけ、
いつものコーチが濃厚接触者になり休んでいることを知り、
別のコーチからバックハンドについてのいいアドヴァイスをもらい、
控え室では、元裁判官のHさんから、
「東名あおり事故」の差し戻しについて解説してもらい、
その後帰宅して昼食(肉まん、あんまん、クラムチャウダー)
を済ませてすぐ大学に向かい、
いくつかの業務を無事こなしてきました。

で……

MFFF で短編を1つ。

『強い男』(2020)

を見てみました。
わたしは好きでした。


雨の夜、ムラッド(アラブ系)とアリソン(アフリカ系)が、
クルマで乗っている。
そして運転しているアリソンも一緒になって動画を見始め、
スピードは出ていないものの、
誰かをはねてしまう。
ムラッドは逃げようと言うけれど、
アリソンにはそれができず、
体を起こした老人の元へ。
結局二人は、ヴェトナム系の老人を乗せ病院に向かう。が、
老人は警察に行けと言い出して……

やさしい映画です。
決してウエットでもセンチメンタルでもありませんが、
いい余韻が残ります。
ただ、敢えて言うなら、
深さは、もっとあってもいい気もしました。

2022年1月27日木曜日

『プレイリスト』

MFFF の3本目、
BD作家として知られるニーヌ・アンティコの、
初めての長編監督作、

『プレイリスト』(2020)

を見てみました。



(←監督インタヴュー。おもしろいです。)

いわゆる「ストーリー」があるわけではなく、
ヒロインの日常の葛藤が、
エピソードの連鎖として描かれてゆきます。
ソフィ(サラ・フォレスティエ)は28歳。
イラストレーター志望ですが、
美術教育は受けておらず、
ホールスタッフとして働く今、
この夢を追い続けていいのかどうか、
深く迷っています。
また一方では、
同じビストロで働くシェフと1年付き合い、
妊娠して別れ、
その後も恋人探しは続きます。
タイトルの「プレイリスト」は、
第一義的には、
彼女が関わった男たちのリストだと言えるでしょう。

MFFFの紹介に、
「ヌーヴェルヴァーグへのオマージュ」とあり、
ちょっとイヤな予感がして、
それは部分的は当たってしまったのですが、
トータルとしては、
すんなり最後まで見られました。
その最大の理由は、
サラ・フォレスティエ魅力です。
わたしはとても好きな俳優です。

ラスト近く、
ソフィがカレシ(?)とPCを見ている場面があります。
どうやら映画のようなんですが、
注意して聞くとそれは日本語で、
さらに注意して聞くと、
この映画でした。


溝口ファンなんでしょうね。

それから1つ、字幕に関して分からないことがありました。
ソフィが男と別れることになるシークエンスです。
ソフィが男に向かって、
「Je t'aime. って言ったでしょ?」
というと、男は、
「おれは J'éteins.(わたしは消します) て言ったんだ。
で、電気を消したんだ。」
と返すのです。
別に問題ないように見えるんですが、
この J'éteins. の部分の字幕が、
「ゴミに虫が」
となってるんです。
これは、なにかモトネタがあるんだと思いますが、
それが分からないので、驚いたわけです。
なんなのでしょう?

そう、字幕についてはもう1点。
ソフィがまた別の男と話すシーン。
ここで、男は言うのです……
codes de la bienséance「礼儀」は大事、
ナディーヌ・ドゥ・ロスチャイルドも言ってるとおり。
ところで、
galanterie はどう?
ドアを開けといてあげる、とか。
女性たちはイヤな顔して、そんなの macho だって言うけど。
これって、misogyne なのかな?……
ここはそれなりに論理的に展開し、
かつてフランス女性に、荷物を持ちますよ、と言った時、
あら、machoなんですね、と、
からかう感じで言われたのを思い出したりしたんですが……。
すごく工夫して訳されてるとは思うんですが、
このへんは特に、フランス語のほうがすっきりしてた気がします
(もちろん、字幕はそもそも限界があるわけですが。)

『9人の翻訳家』

昨日触れたサラ・ジロドーが出ていて、
アマプラ無料というアクセスしやすい作品がありました。
これです。

『9人の翻訳家』(2020)

あるベストセラー小説の翻訳を巡って、
9言語の翻訳者が一箇所に集められ、
缶詰になって翻訳をすることになるのですが、
あれほど厳重に管理していた原稿がネット上に流出し、
そうなれば、当然、
翻訳家たちが疑われ……というお話。

一口で言って、おもしろくない。
いわゆる「どんでん返し」も、
流出の経緯も陳腐だし。
フレデリック・チョーや、
オルガ・キュリレンコなど、
知った顔も出てるんですが、
わたしはぜんぜんダメでした。

あまりにおもしろくないので、
フランスでの評価が気になって確認すると、
まあ、Le Figaro だの Le Parisien だの、
たいていわたしとは合わないメディアは褒めてるんですが、

un ratage complet「完全なる失敗」(Les Inrockuptibles)
un scénario complètement invraisemblable「まったく嘘くさいシナリオ」(Première)

とあって、
それな、という感じ。
なんだか、ハズレが続いてます!

2022年1月25日火曜日

『パリ、夜の医者』

エリ・ワジュマンと言えば、
この2作を見ました。



特に前者はよかったので、
第3作も期待しました。
これです。

『パリ、夜の医者』(2020)


(実はアマプラにもあります。有料ですけど。)

ミカエルは「夜の医者」、
つまり、夜、手当てを必要としている人を訪問診療する医者です。
人道的、と言っていいでしょう。
彼には妻と、とても可愛い幼い娘が二人います。
が、あまりに夜家にいないので、
妻とはギクシャクしています。
ユダヤ人であるミカエルには、
いとこのディミトリがいます。
彼は薬局を経営しながら、
裏では、ジャンキーのためにクスリを流しています。
で、このクスリに必要な処方箋を、
ミカエルに書かせています。
ディミトリの背後には、マフィアがいるようです。
また彼の薬局で働く女性ソフィアは、
ミカエルの愛人でありながら、
ディミトリのプロポーズを受けるのです……

ミカエルは善人で、行動力もある。
ただ、優柔不断で自己チューなせいで災いを招き、
それに苦しむわけです。
ただ、このミカエルに、
感情移入するのは難しかったです。
となると、映画自体に入り込むのが難しくなり……

ワジュマンの作品としては、
イマイチだったということになるでしょう。
ミカエル役のヴァンサン・マケーニュは、
もともとあまり好きな俳優じゃありません。
でも、今回はいいかな、と最初は思ったんですが、
やっぱり……

ただ、ソフィア役のサラ・ジロドーだけは印象的でした。
他の作品も見てみたいです。

****************

追記:
この映画のことを考えていて、
少し評価が変わりました。
さっきふと、
この主人公は「キリスト」がモデルなのかも、と気づきました。
彼の、善人としての側面が、です。
で、
彼の、きわめて俗な側面、
これが「人間」なのだとすると、
ミカエルは、「キリスト」であり「人間」であるという、
二重性を象る人物だということになります。
この解釈は、外れていないように感じます。
ここから、さまざまなシーンの意味づけもできるでしょう。

映画としておもしろいか、と言われるとビミョーですが、
なかなかチャレンジングな作品なのかもしれません。
ラストでは、聖と俗がぶつかり……

『ハニー・シガー 甘い香り』

MFFF 第1弾として、

『ハニー・シガー 甘い香り』(2020)

を選んだのは、
設定に惹かれたからです。
主人公は17歳のセルマ。
パリの高級住宅地ヌイイに生まれ育ち、父親は弁護士。
一家は、ベルベル系の移民です。
そして時代が、なんと1993年。
『パピチャ』と同じ、
アルジェリア内戦を背景にしているのです。
これはおもしろそう、ですよね。


ところが!
結論から言うなら、
ぜんぜんおもしろくありませんでした。
無駄に性的な描写が多く、
それも全体に陳腐で時代遅れな感じ。
アルジェリア内戦という背景も生かし切れず。
最近見た映画の中では、
一番の駄作だと感じました。

2022年1月24日月曜日

DECATHLON x GAËL MONFILS

テニスにおいてはミーハー……

(待てよ、この「ミーハー」って、
差別語の臭いがしますね。
「ミーちゃん」と「ハーちゃん」は、
「みよ」と「はな」という女性の名前からきたはずですから、
仮に今は男女区別なく
「彼(女)はミーハーだ」
というように使うとしても、
語源的には明らかに差別的なわけですから。
というわけで、
もう一度初めから。)

テニスにおいては、
俗なことにも興味を持つわたしは、
モンフィスが着ている見慣れないウェアが気になりました。
まあ、ちょっと調べればすぐに分かるんですが。

新たにモンフィスと契約を結んだデカトロンが、年初に、
こんな tweet をしていました。

On est très fiers de vous annoncer que jouera avec nos produits Artengo pour les 5 prochaines années (raquette, chaussures et textile) ! Bienvenue Gaël Handshake


この marque 、
わたしは知らなかったんですが、
今HPを見たら、
他に比べたら随分値段が安く設定されていました。
モンフィスがいきなり活躍して、
宣伝効果ばっちりでしたね。

2022年1月23日日曜日

モンフィス、ベスト8!

これは驚きました。
アクロバティックなプレーがウリのモンフィス、
35歳にして、
全豪のベスト8に入ってきました。
しかも4回戦は3-0。
積極的だし慌てない。
素晴らしいです。

それはそれとして……

この次の、
ナダル vs. シャポバロフ。
このサウスポー対決は見物です。
わたしはシャポバロフのバックハンドが美しくて好き。
今回はズベレフに勝ってるわけなので、
期待できる、かな?

(でもし、モンフィス vs. シャポバロフなんてのが見られたら、
サイコー!)

それからバーティーは、
やっぱり強いですね。

ジョコがいないけど、
盛り上がってきました。

『パピチャ』

昨日話題にしたシリン・ブーテラが出演している

『パピチャ』(2019)

を見てみました。
これ、授業で使えるかもと思って、
DVD を買ってありました。



日本で公開されるのは珍しい、アルジェリア映画です。
舞台はアルジェ。
ただ、時間的舞台は1990年代。
つまり、アルジェリア内戦のまっただ中で、
それは「内戦」である分、
「アルジェリア独立戦争」よりも陰惨な部分もあります。
監督のムニア・メドゥールは1978年生まれで、
公式サイトによれば、
アルジェリアで育ち、内戦時にフランスへ移住した、
ということのようです。

物語はシンプルです。
ネジュマはファッション・デザインに興味がある大学生で、
寮で暮らしています。が、
夜には、仲間たちと寮を抜け出してクラブに行ったり、
そこで、洋服の注文を受けたりしています。
ただ、内戦のテロルはすぐそこにあって、
ジャーナリストである彼女の姉にも、
危険が迫っています。
そんななか、ネジュマと仲間たちは、
寮でファッション・ショーを開こうとします。
けれどもこれは、もしイスラム過激派に見つかったら、
ただではすまない危険な賭けでした……

女性たちの友情も描かれていますが、
やはり中心にあるのは、
内戦の不気味さと対峙するネジュマの姿なのでしょう。
たかだか20数年前のこととは思えないほど、
現実が歪んでいます。
(でも人間社会は、いつでも、すぐにでも、
こういう社会に変貌しうるのでしょう。)

上に貼り付けたインタヴューで、
「浜辺のシーン」
が挙げられていますが、
ここは、女性の友情映画に特有の
(と言っていいでしょうか?)
何かが弾けるような美しい場面になっています。
(思い出すのは、この映画の「ダイヤモンド」です。

シリン・ブーテラは、
あの特徴ある微笑みをすでに浮かべています。
主演のリナ・クードリともども、
今後の活躍が楽しみです。
ちなみにリナ・クードリは、
この映画にも出ていました。


(それから、
これは実際上仕方ないとは思いますが……
映画内では、フランス語とアラビア語がランダムに、
つまり、二人の会話でも、
2つの言語が交互に使われたりするのですが、
それが、字幕にはまったく表示されません。
あたかも、ずっと1つの言語を使っているかのよう。
まったくちがうんですけどね。)

「音楽する社会」

小川博司先生の最終講義。
明日聞きます。
おもしろそう。


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追記
で、聞きました。
おもしろかったです!