2018年1月26日金曜日

『アヴァ』


今日は、2時間50分(!)という会議を含め、
業務もろもろをこなした日でした。
まあ、そんなことはともかく。

MFFFの3本目を、昨日から今日にかけて見てみました。

『アヴァ』

です。

https://www.youtube.com/watch?v=6jv1Ab6bx1I

「海辺でヴァカンスを過ごす13 歳の少女アヴァ。
視力の低下が思いのほか早く進行していること、
失明する日も近いことを、医師から宣告されている。
母親は、人生でいちばん美しい夏を過ごそうと、
まるで何事もなかったかのように振る舞う。
アヴァは自分なりのやり方で運命に向き合う。
そして、逃走中の若い男が飼っていた、
大きな黒い犬を連れ去る…。」

これ、とてもよかったです。
若い女性監督の、
長編第1作ということですが、
瑞々しく、鮮烈、と言っていいと思います。
映像もいい感じ。
撮影は、Montalivet です。

https://www.youtube.com/watch?v=3T3DLRPm4og


ヒロイン・アヴァを演じる ノエ・アビタ は、
役どころは13歳なんですが、
現実には、撮影当時、18歳だったようです。
(見終わるまで知らなかったので、
完全に13歳のつもりで見ていました。)
なんと言っても、この少女、
「意地悪なのでカレシができず」(←本人曰く)、
「冷たい」(←母親曰く)この少女が、
魅力的でした。

1つのストーリー・ラインは、
この少女の眼が、どんどん見えなくなってゆくその過程、
そしてそれに対する彼女の態度です。
そしてもう1つが、
彼女と、ロマの少年(18歳) Juan の、
「恋」とは言えないある関係の深まり、です。
(さらにサブ・ラインとしては、
母親との関係も重要でしょう。)

Juan は、少しだけかつてのアラン・ドロンを彷彿とさせる俳優で、
女性を巡る三角関係に起因する喧嘩から、
ロマのキャンプを追い出された身です。
この追い出された Juan と、
進んで家庭を離れたアヴァが、
頼りない逃避行を試みるわけです。
そりゃまあ、おもしろくなりますね。

民族的に言うと、
アヴァの母親はヨーロッパ系に見えますが、
アヴァ自身は、非ヨーロッパ系の血が入っているように感じます。
(映画に、父親は登場しません。)
そしてアヴァの母親のカレシ・テテは、アフリカ系。
Juan と、彼を取り巻く人間たちは、ロマの人たちです。

そして……

逃避行の真っ最中、
ある時アヴァが、陽光の降りそそぐ、
でも人気のない道端で、
大きな石に登って踊る場面があるんですが、
これが切ない。
また、踊るアヴァを見ている Juan の表情もとてもいい。


そして、この場面で流れるのが、
おお、Amadou & Mariam の、これなんです。

https://www.youtube.com/watch?v=NRtQmqqfdoc

アヴァは、歌詞に合わせてこう言います。

Cherie, je m'adresse à toi.      ねえ、あなたに言ってるの
Avec toi, cherie la vie est belle.    あなたといれば、人生って素晴らしい

でも Juan は、この歌を最後まで歌わせてはくれないのです……

こんな風に、少女が踊る場面て、
実はけっこうありますが、
これは印象に残るものの1つになりました。

(ちなみに、1番印象に残っているのは、
このときの「ダイヤモンド」です。

http://tomo-524.blogspot.jp/2015/06/bande-de-filles.html )

次回作が楽しみな監督です。

2018年1月24日水曜日

『クラッシュ・テスト』

MFFFの2本目は、

『クラッシュ・テスト』

です。

https://www.youtube.com/watch?v=bMFlatfKf1M

https://www.myfrenchfilmfestival.com/ja/movie?movie=40911

若き女性労働者アグラエの生きがいはたった一つ、
自動車の衝撃耐性実験工場での勤務だ。
ある日、工場が海外移転されることを知ったアグラエは、
なんとしても仕事を続けるために、
移転先のインドへ転勤を希望する。
はるか遠くインドに向けて、
同僚二人とともに車に乗り込んだアグラエ。
女たちの波乱万丈なロードムービーが始まる。」

そう、たしかにこれはロードムーヴィーなんですが、
その最大の特徴は、
その旅の目的が、
「クソ仕事(le job de merde)を続けること」にある点です。
インドに行っても、
給料はすごく下がるし、
うまくやっていけるかどうかもわからない。
でも、この「クソ仕事」が、
彼女はどうじても必要なのです。

冒頭では、
グローバリズム系企業の身勝手さがコミカルに描かれますが、
いったん「旅」に出ると、映画の様相は変わり、
さらに、終わりに近づくにつれて、
ヒロインの顔つきも変わってゆきます。
もちろんこの「旅」は、
現実的でない部分も含まれますが、
見ているときは、そんなことは感じませんでした。
ヒロインのひたむきさが、
そうした印象を越えていたのだと思います。

旅芸人、兵士、医師……
みんな魅力的で、
好きな作品でした。

『ジャングルの掟』

MFFFで最初に見たのは、

『ジャングルの掟』

これはDVDも買い、
見る気満々だった映画です。

https://www.youtube.com/watch?v=rgx6MQsVyV4

https://www.myfrenchfilmfestival.com/ja/movie?movie=41010

ヒロインを演じる Vimala Pons は、
好きな俳優の一人です。
今回も、なかなか痛快で、
彼女はよかったと思います。
ただ、主演のヴァンサン・マケーニュは、
わたしが見ている範囲では、
頼りないダメ男を演じることが多いのですが、
こちらはあまり……です。
で、今回も、まさにそれ。
ドタバタ系のコメディで、
仏領ギアナのジャングルを舞台としているのですが、
そして「フランス」的な開発のやり方を批判してはいるのですが、
全体として、あまりピンときませんでした。

2018年1月23日火曜日

表参道

今日はなかなか「スキ」のない1日でした。

まず12時前に表参道に到着し、
そこから画廊MUSEE F を目指します。
今ここで、
われらが総合芸術系の院生の一人が作った映画が、
上映されているのです。
で、見てみたら……
おお、意外に(と言ったら失礼ですが)おもしろい!
ある若いカップルが、
月島らしきアパートに住んでいます。
そこに、男の子の兄が、数年ぶりに、
突然現れ、行くとこがないからいさせてくれ、と。
で、おいおい分かるのですが、
実はこの兄、少年院(か刑務所)から出てきたところなのです。
しかも彼は、またここでも、
似たようなことを繰り返し、
それを見た弟は……
というお話。
1時間にしては、横に展開する物語部分の駆動感がやや弱く、
心象風景に頼りがちな気もしましたが、
最初の作品としては、ちゃんとできていると思いました。

でその後は、
新人監督とランチをして、
まあ上に書いたような感想を伝え、
その後、
あの『パリのすてきなおじさん』の著者、
金井真紀さんと打ち合わせをしました。
予想通り、「話す」ということがとても上手な方で、
あの本が生まれたのもむべなるかなと思いました。
(下北沢でのイヴェントは、3月10日の3時、になりそうです。)

で!
実は昨日、金井さんがNHKラジオに出演されていました。
1週間だけ、ここで聞けます!(10時台)



でそのあと家に帰り、
例のマイフレンチフィルムフェスティバルで、
2本の映画を見たのですが、それは
(以下明日に続く)

今日の東京は、天気予報通り、雪でした。

先日作った箱庭は、
順調に成長し、昨日はこんな感じでした。


ニワトリさんが、花に埋もれています。
で、今日は、
小さなかまくらを4つ。

2018年1月21日日曜日

Cherchez la femme

イラン系フランス人である若い女性監督、
Sou Abadi の、
初めてのフィクション映画である

Cherchez la femme (2017) (『その女性を探せ(犯罪の影に女あり)』)

を見てみました。

https://www.youtube.com/watch?v=_WmpSTj-rjE

わたしとしては、
パリに住むイラン系フランス人が主人公、
というだけで興味深く、
なかなか面白かったです。
ただ、「コメディ」として作られているのですが、
そういう funny な面白さは、それほどでもない、かも?

恋愛中のカップル、レイラとアルマンは、
パリの名門シアンス・ポの、修士の2年目。

アルマンは、本名はArmandjun。
彼の両親は、イラン革命(1979)のとき、
フランスに政治亡命したインテリカップルです。
(当時、インテリや共産主義者が、多く殺されました。
2人は亡命したことで難を逃れましたが、
一方では、イランの現状に対して、
罪悪感をも抱いています。
自分たちが行動しなかったから、
イランはこんな風になってしまった……と。)
母親のほうは、筋金入りのフェミニストなんですが、
なぜか、親戚の女性と息子を結婚させることにこだわるという、
はっきりした矛盾を体現しています。
そしてそのせいで(?)、
アルマンは母親にレイラを紹介できないでいます。

さて、レイラとアルマンの2人は、
これから、国連がNYで行う研修に参加する予定で、
張り切っているのですが、
そんなとき、
レイラの兄が10か月ぶりに帰国します。
実はこの兄、妹たちには秘密で、
イエメンの過激派組織で訓練を受けていたのです。
(この辺が、コメディにしてはドキッとさせ過ぎ?)
まったく様子が変わってしまった彼は、
資本主義的な価値を否定し、
やがては妹レイラを、部屋に軟禁します。
スマホは、シムカードを抜かれ、
しかも兄はそれを飲み込んでしまうのです。
で、
物語が本格化するのはここからなんですが、
レイラに会いたい一心のアルマンは、
ヴォランティア活動しているセンターで、
アフガン出身の難民からの提案を採用し、
なんと、チャドルで目以外は隠し、
女性として、レイラの家を訪ねることにしたのです。
そして、この訪問を重ねるために、
アルマンはコーランを猛勉強し、
兄の質問にも、
美しく答えてゆきます。すると……
なんとこの兄が、アルマン扮する女性、シエラザードに、
恋してしまうのです……

この映画の背景にあるのは、
もちろん「過激化」の問題です。
ただ、この映画が目指しているのは、
その解明や告発ではなく、
それを抜け出た新たな地平の提示なのでしょう。

でも人物として一番複雑なのは、
アルマンの母親なのでしょう。
政治亡命者で、インテリで、
フェミニストで、伝統主義者で、
学歴と、フランス社会での成功に価値を置き、
79年当時の熱狂は遠い……。
彼女を主人公にした作品も、
ぜひ見てい見たいと思いました。
(つまり、監督の母の世代を描くということですね。)

2018年1月20日土曜日

開幕!

マイ・フレンチ・フィルム・フェスティバル、2018年、
ついに開幕しました。

https://www.myfrenchfilmfestival.com/ja/

ドキュメンタリーの『スワッガー』、
(DVD買ったのにまだ見てなかった)『ジャングルの掟』、
パキスタン系ベルギー人がヒロインの『婚礼』など、
おもしろそうな作品が並んでいます。

楽しみましょう!

「制裁が効き始めている結果」

https://www.jiji.com/jc/article?k=2018011800331&g=use

北朝鮮に対する「制裁」についての、
外務大臣のコメント。

「食糧不足のため、
冬にもかかわらず燃料が不十分な船で出漁を命じられた」結果、
「(昨年)100隻以上の漁船が日本に漂着し、
乗組員の3分の2が死亡した」のは、
「制裁が効き始めている結果」である、と。

じゃあもっと「死亡」すれば、
もっと効果が上がっていることになるわけですね?

これが、「お・も・て・な・し」の国?
(「ひ・と・で・……」?)

2018年1月19日金曜日

市電

今日は院生と一緒に、
ランチを挟んで、
2本の映画を一緒に見ました。
1本は、ブニュエルの、

『幻影は市電に乗って旅する』(1953)

もう1本は、

『ゾンビ革命』

両方とも、以前ここで紹介したことのある映画です。

前者は、廃車になることが決定した市電、133号を、
夜中、酒に酔ったその運転手と車掌が、
勝手に街中を走らせる、というお話。
そしてそこに、まあいろんな人が乗り込んできて、
いろんなことが起こる、というわけです。
そしてこの「いろんな人」の中には、
労働者も、資本家も、信心深い老女も、
孤児も、公爵も、警官もいます。(屠殺された牛も。)
さらには、背景にある経済的格差の中で、
トウモロコシを密輸するマフィアも登場し、
さながら社会の縮図となっています。
ただ、こうした「現実」が、
夜中に街を走る市電という、
全体として1つの「夢」のような場で生起し、
それがほんとに現実なのかそうじゃないのかわからなくも感じられる、
ということになります。
この、超現実に盛られた現実、という構造は、
とてもブニュエル的だと感じました。

2018年1月18日木曜日

いつも

ふだん、「金言」的なものは、
あまり好きではないんですが、
今日、あるエッセイでたまたま読んだ言葉は、
今の時代、
重要なことだと思ったのでした。

「だれも悪をもって悪に報いないように心がけ、
お互いに、
またみんなに対して、
いつも善を追い求めなさい」
(新約聖書テサロニケ人への第一の手紙、第五章十六節)

そしてこの後、こう続くのだそうです。

「いつも喜んでいなさい」

これができれば、いいですね。

2018年1月17日水曜日

「人は豚に生まれるのではない、豚になるのである」

先日、アディーチェの書いた

『男も女もみんなフェミニストでなきゃ』

という本を読みました。
で、
ここしばらく、アメリカを中心に、
MeToo運動が広がっていて、
それはどうしてもやらねばならないこと、
日本でも早くやればいいことだとわたしも思っていますが、
ご存知の通り、
かのカトリーヌ・ドヌーヴら100人のフランス人女性たちが、
それに反対する、まさに反動的な声明を、
ル・モンド紙上で発表しました。
これが、4日ほど前のこと。

でも、
このドヌーヴたちの反動に対し、
すぐに否定する意見が、
フランスでも現れています。

↓ これが、今日本語で読めるベストな記事でしょう。

http://pepecastor.blogspot.jp/2018/01/blog-post_13.html

の原文は、ここで読めます。

www.liberation.fr/france/2018/01/12/un-porc-tu-nais_1622145


とてもいい文章ですね。

2018年1月16日火曜日

意識と更新

今日、わたしが担当している授業は、
試験を含めてすべて終了しました。
(パチパチパチ!)
あとは試験の採点などがありますが、
これも来週には終わるでしょう。

今年の授業で印象に残ったのは、
まず、大学院の授業で、
久しぶりに「東京詩」を取り上げたこと。
7人のクラスで、その内5人が建築系、
2人が総合芸術系だったのですが、
やはり、ちがう専攻の院生がいると、
見方も感じ方も違うので、
刺激があっていいと思いました。

またこの「東京詩」では、
今までは、
20世紀、つまり明治時代の後半に入り、
詩の対象が拡大してゆく過程で、
都市(ここでは東京)もまた、
そうした対象になってゆく、
みたいな言い方をすることが多かったんですが、
今回は、(まあ大して違わないんですが)
都市というものはすでにあって、
でもそのことと、
人がそれを「都市」だと意識することの間にはちょっと差があって、
この「意識」の始まりの一つの現われが、
詩の中に呼び出された「東京」(の断片)なのではないか、
みたいな言い方をしてみました。
これはたとえば、
A子さんはずっと近くにいて、
「わたしは」そのことに特別な意識はなかったのだけれど、
ある事件をきっかけに、突然、
彼女が女性であることを意識し始めた、
みたいなことなんでしょう。
もしろんA子さんは、
初めからずっと女性だったわけです。

そしてもう1つ。
これはとても単純なんですが、
「ワールド映画ゼミ」で、
『わたしは、ダニエル・ブレイク』や『パレードへようこそ』を通して、
イギリスを取り上げたことです。
これはわたしには新鮮でした。
今までは、
ロンドンのエレファント・キャッスルなど、
ごく一部の地域に触れるだけでしたから。
授業時間が限られているので、
新たな要素を次々に増やすことはできないんですが、
やっぱり更新は必要ですね。

2018年1月14日日曜日

『パリのすてきなおじさん』

この前の秋に出たこの本、

『パリのすてきなおじさん』

いい本だと思って、
学生のブック・レポートに出したりもしてたんですが、
今アマゾンを見たら、すごく売れてます!!
やっぱりね!

https://www.amazon.co.jp/パリのすてきなおじさん-金井-真紀/dp/4760149112/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1515931873&sr=1-1&keywords=%E3%83%91%E3%83%AA%E3%80%80%E3%81%8A%E3%81%98%E3%81%95%E3%82%93

まだもろもろ未定なんですが、
この本の著者の金井真紀さんと、
小さなイヴェントをするかもしれません。
それについては、
決まり次第またご報告しますが、とにかく、
この本はおもしろい&ためになるので、
お勧めします!


2018年1月11日木曜日

「おれはすべてを見たよ」


アラン・ドロンと言えば、
悪魔的なまでの美しさがもてはやされたのも今は昔、
最近では、「右翼のオジーチャン」という印象が強いです。

その彼が、Paris Match のインタヴューで、
こう言っているようです。

"La vie ne m'apporte plus grand-chose.
J'ai tout connu, tout vu.
Mais surtout, je hais cette époque, je la vomis"

おれの人生には、もはや大したことは起きない。
おれはすべてを経験したし、すべてを見たよ。
でもとにかく、おれは今の時代が大嫌いさ。
吐き気がするよ。

https://fr.yahoo.com/news/alain-delon-vomit-époque-quittera-090700820.html

また別のところでは、
自分がいかにハンサムだったかについて、
これはむしろ淡々と、
周りの人々の様子を語っています。
美貌こそが、すべてを自分にもたらしたのだと。

http://www.parismatch.com/People/Alain-Delon-La-beaute-elle-etait-la-1436126#utm_term=Autofeed&utm_campaign=Echobox&utm_medium=Social&xtor=CS2-14&utm_source=Twitter&link_time=1515603594

まあたしかに、
若い頃のアラン・ドロンのハンサムさ加減は、
ちょっと現実離れしたいましたね。
このインタヴュー、
全部読んでみたいです。

2018年1月10日水曜日

フランス人は「陰謀論」がお好き

Fake news という表現が、
すっかり定着してしまった今日この頃。
もちろんほんとは、
とりわけ政治の世界では、
こんなもの問題外なのですが。

(そういえば、もう1か月ほど前ですが、
あの大統領が、
「おれは、『今年の顔』にどうだというTIME紙の打診を断った」
と言いましたが、
TIMEの編集部は、
そんな打診など、いまだかつてしたことはない、
とコメントしました。

http://www.bbc.com/japanese/42133684

彼のナルシシズムは、病的ですね。)

で、これは、フランスでのちょっと変わったアンケート。

https://www.rollingstone.fr/theories-complotistes-les-francais-de-plus-en-plus-credules/

フランス人の79%が、
少なくとも1つの「陰謀論」を信じ、
25%が、5つ以上の「陰謀論」を信じているという結果です。
また、若ければ若いほど信じる傾向があり、
また、前回の投票で、
メランションかルペン(つまり両極)に入れた層が、
信じやすい傾向だと。
そしてこの背景には、メディア不信があるという指摘もあります。

「陰謀論」というのは、つまり、思考停止でもあるわけです。
もうそれ以上考えなくてもいいわけですから。
結論を先延ばしにして、
わからないことをたくさん引き連れて歩くのは、
たしかに骨の折れることですが、
まあ、それをする以外にないのでしょう。

2018年1月8日月曜日

最初のラスト

さて明日から、
また授業が始まります。
とはいえ明日は「補講のみ」の日で、
通常の授業はないのですが、
わたしはまさにその「補講」 × 2なので、
明日からばっちり授業です。
しかも、大学院の「東京詩」を2コマ。
これは楽しいですが、
予習の時間もかかります。

たとえば、池袋を扱った詩に、
「想い出はサンシャイン60で」(山本博道)があります。
この詩の中には、
サンシャイン60から俯瞰されたもろもろ、
筑波山から伊豆半島から、
雑司ヶ谷公園、六つ又交差点、水道橋……
などが登場します。
で、以前は、これを地図ないし写真で確認していたわけですが、
今や、グーグルアースがあるので、
なんとも心強いです。
明日の授業では、この池袋と、
佃島が重要ポイントです。
佃島は、もちろん、あれです。

********************************************

佃渡しで            吉本隆明



佃渡しで娘がいつた
〈水がきれいね 夏に行つた海岸のように〉
そんなことはない みてみな
繋がれた河蒸気のとものところに
芥がたまつて揺れてるのがみえるだろう
ずつと昔からそうだつた
〈これからは娘に聴えぬ胸のなかでいう〉

水は 𪐷(くろ)くてあまり流れない 氷雨の空の下で

おおきな下水道のようにくねつているのは老齢期の河のしるしだ
この河の入りくんだ掘割のあいだに
ひとつの街がありそこで住んでいた
蟹はまだ生きていてそれをとりに行つた
そして沼泥に足をふみこんで泳いだ

佃渡しで娘がいつた
〈あの鳥はなに?〉
〈かもめだよ〉
〈ちがうあの黒い方の鳥よ〉
あれは鳶だろう
むかしもそれはいた
流れてくる鼠の死骸や魚の綿腹(わた)を
ついばむためにかもめの仲間で舞つていた
〈これからさきは娘にきこえぬ胸のなかでいう〉
水に囲まれた生活というのは
いつでもちよつとした砦のような感じで
夢のなかで掘割はいつもあらわれる
橋という橋は何のためにあつたか?
少年が欄干に手をかけ身をのりだして
悲しみがあれば流すためにあつた

あれが住吉神社だ
佃祭りをやるところだ
あれが小学校 ちいさいだろう〉
これからさきは娘に云えぬ
昔の街はちいさくみえる
掌のひらの感情と頭脳と生命の線のあいだの窪みにはいつて
しまうように
すべての距離がちいさくみえる
すべての思想とおなじように
あの昔遠かつた距離がちぢまつてみえる
わたしが生きてきた道を
娘の手をとり いま氷雨にぬれながら
いつさんに通りすぎる

********************************

そんなことはない みてみな……

いいですね。

2018年1月6日土曜日

『ラスト・アサシン』

メラニー・ロランとチェッキー・カリョの組み合わせで、
DVDのジャケ写にエッフェル塔が写っいてるので、
それほどつまらなくはないんじゃないかと思って、
見てみたのが、

『ラスト・アサシン』(2011)

https://www.youtube.com/watch?v=mDnq089ePLw

原題は、Requiem pour une tueuse で、
「女殺し屋のためのレクイエム」です。

その「女殺し屋」はメラニー・ロラン、
彼女に仕事を与えるエージェントがチェッキー・カリョ、
というわけで、
やや『ニキータ』を思わせます。

なんというか、「ふつう」のエンターテイメントで、
特に「フランス映画」風のところもなく、
言ってしまえば、
見ても見なくてもどっちでもいいような映画でした。
メラニ・ロランはもきれいなので、
彼女を見せる映画だと考えれば、
まあそういうことなんでしょう。

2018年1月4日木曜日

Bamako

アイサ・マイガ繋がりでもう1本、

Bamako(2006)

を見てみました。

https://www.youtube.com/watch?v=K1tjoAOfeD0 ←全編版

これもまた、「ふつう」ではない映画でした。
主人公は、一応、メレという女性。
彼女はバーで歌う歌手です。
夫と、幼い子供がいますが、
夫とはうまくいっていません。
……とここまで書くと、「ふつう」の映画に見えるんですが、
実はちがいます。
この一家が、他の家族たちと一緒に暮らしている家、
その広い中庭は、なんと「法廷」になっています。
(比喩でも夢でもありません。)
で今日も、そこで裁判が行われているのですが、
訴えられているのは、
「世界銀行」と「IMF(国際通貨基金)」なんです。
なんだか、すごいです。
で、訴えの内容は、わたしには、共鳴できるものでした。
つまり、訴えられている2団体は、
金融グローバリストであり、
ネオリベであり、
ハゲタカであり、
新植民地主義者である、
そして彼らは、アフリカの富を奪い、
それをアフリカに還元するどころか、
奴隷状態的な労働条件を押し付け、
見殺しにする、と……。

映画では、ドキュメンタリー風に撮られたこの法廷闘争の場面が、
時間の大半を占めます。
明らかに、主題はこちらなのです。

この映画は、公開時、
フランスでの評価は高かったようです。
この作品は、法廷モノ、のつもりで見れば、
映画史上最大の「敵」を相手にしている、
とも言えるのでしょう。

Quand la ville mord

アイサ・マイガ主演の、

Quand la ville mord

を見てみました。

https://www.youtube.com/watch?v=3_mJPPxKEoI

原作は、Suite Noire という叢書(セリ・ノワールの弟という位置)
の内の一冊で、
映画のほうは、
この叢書から何冊かがテレビ映画化されたときの内の1本です。

コートジヴォワール人で、
マリのバマコから到着した若い女性二人、
サラといとこのジーナ。
サラは、バルベスで仕事をしながら、
画家になる夢を持っています。が、
2人が連れていかれたのは、
モントルイユの酒場。
そこで、パスポートを取り上げられ、
娼婦にさせられてしまいます。
そして3か月後、
すっかりヤク漬けになったジーナは、
親玉のオマールに殴り殺され、
それを知ったサラは、なんと復讐を誓い、
実際、オマールを殺してしまいます。
で、組織に追われる身となったサラは、
今度はほんとにバルベスに行き、
叔父を頼りますが、
パスポートなしでできるのはやはり娼婦だけ。
ただ、絵を通じて知り合った友達もできますが、
なかなかその世界には入ってゆけません。
そうこうするうち追手が現れ、
ただしまた今度も、半ば幸運から、
追っ手を殺してしまいます。
そしてさらに、自らアジトに乗り込み、
ワルたちをやっつけます……

この物語は、いわば新移民を食い物にする旧移民、
という構図です。
問題は、人種の対立ではなく、
同じアフリカ系の、新旧の間の搾取です。
こういう問題も、当然あるわけですね。

アイサ・マイガはきれいで、たくましく、
よかったです。
映画もまあ、おもしろいのですが、
1時間という短さなので、
説明不足も感じました。
印象的だったのは、
ヒロインがバスキアに憧れていたこと。
「彼はアフリカ人じゃない。
お母さんはプエルトリコ、
お父さんはハイチ出身でしょ?」
と友達に言われても、
そんなの関係ない、同じなの、
と答えます。
バスキアって、アフリカ系の画家志望のワカモノからは、
そんな風に見えることもあるんですね。

原作を読んでみようと思いました。

2018年1月3日水曜日

Ma caméra et moi

今年2本目は、
ジネディーヌ・スアレム主演の、

Ma caméra et moi (『わたしのカメラとわたし』)(2002)

を見てみました。


これはちょっと変わった映画でした。

主人公マックスは、生まれた時から、
撮影することに憑りつかれています。
とにかく、女の子も、神も、すべてを撮りたい。
周りからは、医者に行け、と言われながら、
でも大人になると、
撮影代行業を始め、
これで撮り続けても不自然じゃなくなります。
そんな時出会ったのが、盲目の女性、リュシー。
撮られていることに気づかない彼女は、
最高の被写体でした。
やがて、二人は恋に落ち、
さらに撮影は親密なものになりますが、
ある日、マックスは、彼女の変化に気づきます。
リュシーに、やはり盲目のカレシができたのです。
マックスは、二人のデートを撮影します。
ストーカーになって、部屋に忍び込み、
2人を撮影し続けるのです……

撮影するということ、
そして、撮影されるということについての映画、
を期待してみたんですが、
ストーリーは、やや情緒的でした。
それでも少しおもしろかったのは、
映像作家の究極の夢(?)であろう、
すべてを記録する、という行為に、
果敢に挑んでいる点。
そして、「食べる」という行為を、
撮影することのアナロジーにしているらしい点です。
まあたしかに、すべてを撮る(記録する)ことは、
食べることに似ているかもしれません。

主役がスアレムだという一点で見たのですが、
こういう映画もあるのね、という感じでした。
ちなみに、リュシー役を演じたジュリー・ガイエは、
以前、オランド大統領の愛人であることが発覚した女優さんです。

1970年

こういうのを挙げるのも、
ちょっとためらいますが、
まあ、懐かしさ優先ということで。

https://imagelink.kyodonews.jp/web-Sales/web/04_result_panel.html?command=search&viewtype=1&keyword=%E8%8A%A5%E5%B7%9D%E8%B3%9E%E5%8F%97%E8%B3%9E

下から3段目の、右端。
父親の受賞会見の時だったと思います。
新橋の、第一ホテルだったような。

2018年1月2日火曜日

『エリックを探して』

2018年最初の1本は、
ケン・ローチ監督の

『エリックを探して』

です。

https://www.youtube.com/watch?v=BTQSLn0c_7k

ワークング・クラスの中年ダメ男エリックが、
仲間の助けを借りて、
ふたたび人生に戻ってくる、という物語。
スリリングだし、
ハートウォーミングでもありますが、
根本的には、
solidarity の物語なのだろうと思います。
さまざまな仕掛けや、
大人の恋の行方や、
チンピラの動静など、
目を奪われる要素の多いのですが、
それでもやっぱり。

個性的で、おもしろい映画と思いますが、
あえて言うなら、
ちょっとおもしろ過ぎるかも?

(それにしても、
カントナのカリスマぶりには、
驚かされます。
奥様は、あのラシダ・ブラクニなんですよねえ。
不思議……)

2018年1月1日月曜日

Bonne année !

さあ始まりました、2018年です。
今日は午後にちょっとだけ外に出ましたが、
まあ混んでいること!
正月の雰囲気は味わえました。

そして今日の朝日新聞の「折々のことば」は、

『万葉集』は、何と「雑」の分類から出発する。(中西進)
でした。
そして、これに対する鷲田先生の解説によると、
この「雑」というのは、古代中国では、そもそも
五色の彩りが一つになる」とか、
「第一のもの」とかを意味するそうです。
決して、「その他もろもろ」みたいなことではないんですね。

出発点から「雑」であるというのは、
いいですね。

2017年12月31日日曜日

大晦日

さて、大晦日です。
17年の最後は何にしよう、と思って、
昨日からの「東京」つながりで、

Tokyo fiancée

を見てみました。

https://www.youtube.com/watch?v=RgZDeDSeAvU ←全編版!

ヒロインの女優さんは、
とても可愛らしい。というか、
「愛くるしい」とでもいうか。
ただ、冷静に映画として見ると、
レディーメイドな審美基準と、
ブルジョワ的趣味に終始している印象でした。
これから、
もう1本見るかな……?

そして今日、白水社からいいお知らせが。
『フラ語動詞、こんなにわかっていいかしら?』
『ぜんぶ話して!』
『ル・フランセ・クレール』
の3冊の、重版のお知らせでした。
今年もまた、白水社にはお世話になりました。
ありがとうございました!

さて今年もあと4時間。
みなさま、どうぞよいお年をお迎えください!

2017年12月30日土曜日

Les délices de Tokyo

今日は、

Les délices de Tokyo

という映画を観たんですが、実はこれ、

『あん』

の、フランス語字幕版です。

https://www.youtube.com/watch?v=t4OhrkllRsM

とてもいい映画でした。
もちろん原作もいいですけど。


なんとなく、フランス語字幕をそのままにして見たので、
いくつか、
セリフと字幕の関係で、
おもしろいなあ、と感じることがありました。
たとえば、「あん」が煮あがって、

こんな仕上がりになるんですね。
Ils donc prennent cet aspect.

こなれた訳ですねえ。
それから、やはり「あん」について、

蜜になじんでもらわないと。
Ils doivent se familialiser avec le sucre.

なるほど。
そして、おいしいどら焼きを食べた後に、

こんなの初めてです。
Je n'en ai jamais mangé d'aussi bons.

そして逆に、
やっぱりこれはフランス語にならないよねえ、
と思わせるのは、

世間て怖いよ。
La rumeur est effrayante.

これは「世間」ではないですが、
そもそもフランス語に、そんな概念がないのですね。

2017年12月28日木曜日

10枚

われらが総合芸術系では、
この暮れに来て、
急遽冊子を作りましょうという話になり、
5人の教員は全員、
原稿を用意することになりました。
(ほかに、卒業生などで、
すでに各方面で活躍している人たちなどにも、
お願いする予定です。)
わたしの担当は、10枚(4000字)。
で、せっかちなので、
一昨日から書き始め、
思いのまま書いていたら、
今日までに5000字ほどになっていて、
ああ、ちょっと長過ぎた……

テーマは「セネガル」で、
いくつかの映画から「セネガル」的要素を抜き出し、
その比較をする、という感じです。
いわゆる商業雑誌ではなく、
純粋な論文集でもなく、
こうして自由に書けるというのは久しぶりで、
年末に張り切って、ちょっと楽しかったです!
(でも、1000字削るのは、大変そう。
ほんとは、できれば削りたくないんだけど……)


2017年12月25日月曜日

Django

昨日に続いて今日も、
レダ・カテブの主演作を見てみました。

Django (2017)

これは、実在したロマ人ギタリスト、
ラインハルト・ジャンゴの物語です。
(日本では、『永遠のジャンゴ』というタイトルで、
現在公開中です。)

https://www.youtube.com/watch?v=EqkkBtApPIw

舞台は1943年、ナチ占領下のパリ。
ロマ人であるジャンゴに対しても、
ナチの監視が次第に厳しくなり、
ついには、ドイツに来て演奏しろと言いだします。
ただ、これに応じれば、
戻ってこられる保証はない……

ジャンゴの音楽を中心に、
占領下のフランス、および
ナチの非道さを描いている、のですが、
どうも歴史認識が単純過ぎるというか、
もしかしたらこういうウケ狙いもあるの? 
とも思いますが、
構図があまりに図式的だと感じました。
まずナチが、もう徹底的に非人間的に描かれていて、
あまりに類型的。
一方フランス人たちは、
(予告編でも出てきますが、)
ナチの映像をチマチマ改変して揶揄い、
それで留飲を下げているだけ。
たしかにレジスタンスの人たちも登場しますが、
これも浅い。
で、
映画の中で1番印象的だった人物は、
セシル・ド・フランス演じるルイーズだったのですが、
彼女は完全にフィクショナルな人物だそうで、
なんだかなあ……という感じ。

映画としては、イマイチでした。

*セシル・ド・フランスといえば、
これですね。

http://tomo-524.blogspot.jp/2015/04/blog-post_26.html

2017年12月24日日曜日

Les Derniers Parisiens

レダ・カテブ、スリマヌ・ダジ、
そしてメラニー・ロランも出ているとなれば、
それだけでも見ないという選択はないのに、
ましてやその映画のタイトルが、

Les Derniers Parisiens (2016)(『最後のパリジャン』)

とくれば、これはもう、見るだけです。
(この映画は、東京国際映画祭において、
『パリ、ピガール広場』というタイトルで公開されました。
わたしはDVDで見ました。)


舞台は、邦題にもある通り、モンマルトルのピガール広場。
この、ジェントリフィケーション進行中の街に、
刑務所帰りのナスが戻ってきます。
彼は、兄アレズキに、いわば身元引受人になってもらい、
彼が経営するバーで働き始めます。が、
ナスはそんな仕事には満足できません。
そもそもこのバーの開店資金を、
自分もかなり負担したわけだし。
で、このバーを使って、
大きなパーティーの開催を決行し、
それはうまくいくのですが、
兄のほうは、弟のこうした活動を、
快く思ってはいません……

このあたりまで、
映画は意外に淡々と進みます。
(パーティーなど、音楽を多用するシークエンスは、
いい感じに時間がたっぷりとってあります。
2人組の監督は、ともにラッパーです。)
でも後半、やや「家族の秘密」的物語が表面化してから、
単なる街のチンピラ映画から、
もう少しリアルな物語へと様相が一変します。
そしてナスは、ワル仲間に嵌められてしまい……

モンマルトル、ピガール広場と言えば、
最近取り上げたこの映画が思い出されます。

http://tomo-524.blogspot.jp/2017/09/blog-post_77.html

今回の映画にも、
『並木道』のときに何度も登場した噴水が、
繰り返し映し出されます。

で、「最後のパリジャン」というタイトルですが、
まず今回の映画の主人公は、
アラブ系の兄弟であり、
彼らの友人のほとんどは移民系です。
ということは、彼らこそ「最後のパリジャン」ということになります。
(「最後の」というのは、「最新の」ということでもあるのでしょう。)
また、人物たちのうごめく世界が、
いかにも旧来のギャング的なものであり、
そういう意味では、やっぱり、
(失われつつある世界の)「最後の」人たち、でもあるのでしょう。
もちろんわたしとしては、
前者の「意味」を重く見たいと感じます。

*街のジェントリフィケーションを背景にしているギャング映画、
という点では、
メニルモンタンを扱った、
『友よ、裏切りの街に眠れ』
と比較することもできそうです。

*両監督が所属しているラップ・グループLa Rumeurには、
18区を舞台にしたものが多く含まれるようです。

https://thebackpackerz.com/les-derniers-parisiens-premier-film-hame-ekoue-la-rumeur/

2017年12月23日土曜日

Chopin


ショパンというのは、
若い頃聞くと、
美しいのはわかるのですが、どこかで、
なにナヨナヨして!
と感じてしまったりもしました。
だから、もちろんそれなりに聞きましたが、
そして好きな曲もありますが、
やっぱり「甘い」印象は持っていました。

でも……

これは誰かが書いていたのですが、
歳を取ると、ショパンが良くなる……
そう、たしかにその通りで、
あの甘さも、気にならなくなってくるのでした。

で、先日、
YouTube をうろついていたときに、
ルビンシュタインによる、
ピアノ協奏曲1番が目に飛び込んできました。
で、ちょっと聞いてみると……
おお、これはなんと、昔よく聞いた盤です!
懐かしい!
で、
この(オケが単なる伴奏になっていると批判されることもある)協奏曲、
他のピアニストで聞いてみたのですが、
これ、気に入ってしまいました。

https://www.youtube.com/watch?v=2bFo65szAP0&t=456s

Olga Schepsというピアニストのことは、
実はあまり知らなくて、
調べてみると、
ブレンデルに指導を受けているとか。
たしかに、テクニックはすごいのに、
(ブレンデル風に?)コントロールが効いていて、
リストなんかを弾く方向には行かない印象があります。

この1週間、毎日聞いてしまいました!

『最愛の子ども』が

20日の東京新聞の夕刊で、
佐々木敦氏と小澤英実氏が、
「今年の10冊」を選んでいるのですが、
その両者の第1位が、
『最愛の子ども』
でした。
この小説は、たしかに傑作だと思ったのでした。

http://tomo-524.blogspot.jp/2017/03/blog-post_63.html

そしてこのお二人が第2位に選んでいるのは、
またも両者とも、
『ホサナ』
です。
この大部の本は、
春休みに読むことにします。
楽しみです!


2017年12月22日金曜日

仕事納め

今日22日、
今年は日付の巡り合わせ的に、
ちょっと早めの仕事納めとなりました。
で、今日はゼミ×2で、
ルイス・ブニュエルを2本、

『小間使いの日記』
を見ました。
実は昔、
この2本と『欲望のあいまいな対象』を合わせて、
「あいまいな女たち」という論文(?)を書いたことがあります。
院生にそれを読んでもらって、
一緒に確認したのでした。
わたしも久しぶりに見ましたが、
楽しかったです。

それからいくつか書類提出などの業務をこなし、
今年は仕事納めとなりました。
毎年のことながら、
たくさんの方々のお世話になり、
なんとか無事に今年も授業を終えられ、
感謝感謝です。

帰り道……。


2017年12月21日木曜日

うぐいす!

今日の午後です。


うぐいす、いるんですね。

by iPhone

朝。

夕方の交差点。


工事中。


双子の……

2017年12月20日水曜日

この漫才、きてます!

https://www.youtube.com/watch?v=TSuTqdwqKyU&t=2s

巷で話題のこの漫才、
これはいい! 
もっと!

2017年12月17日日曜日

Hausse des inégalités

各国で広がる格差。
その実態を、あのピケティーらの研究者がまとめ、
発表しました。

https://m6info.yahoo.com/hausse-des-inegalites-dans-le-monde-le-rapport-qui-inquiete-140446134.html

日本語では「格差」ということになるのでしょうが、
フランス語では

inégalités (「不平等」)

しかもここでは複数の s が付き、
具体的な「不平等」を指しているのでしょう。

このニュース、
日本でも報道すればいいのにと思います。

2017年12月16日土曜日

箱庭とノラ

家人が作った箱庭です。







初挑戦にしては、上出来?

おまけは、上野にいたノラネコちゃん。


Trop mignon !

2017年12月15日金曜日

ペーパーレスへ

今日の金曜日は、
今年最後の「会議 DAY」でした。
いつも通り、10:30から4つの会議。
いつも通り、長かった!

ところでこれらの会議、
最近急激にペーパーレス化が進んでいて、
ついに今日は、
ほんとにペラッと1枚だけの会議もありました。
先月までは、あんなに分厚い紙束だったのに!
でもやってみればできるわけで、
もっと早くやればよかったのにと、
今は思っています。

今年の授業も、あと1週間。
なんとか風邪休講もせず、乗り切れそうです!

2017年12月13日水曜日

リバティー・アカデミー、秋期終了!

もう、かれこれ数年続いているリバティー・アカデミー講座。
開始当初は、
生田でも始めたいのでお願いできませんか?
という担当者の呼びかけに協力する形で始まったので、
こんなに長く続くとは思っていませんでしたが、
良き生徒さんたちと巡り合い、
なんとかここまで続けてこられています。

先日の授業では、
ちょっと教科書を離れ、
ボードレールの詩(「美」「旅への誘い」)をみんなで読んだのですが、
ふつう、この手の韻文の詩は、
敬遠されることが多いのです。
(たとえボードレールでも!)
でも、その時も、
生徒さんたちの反応はとても生き生きしたもので、
このとき改めて、
この講座の生徒さんたちの吸収力の強さに驚きました。

まあわたしは、ふつうのことしか言っていないのですが、
生徒さんたちの吸収力に支えられて、
今日まで到達できたという感じです。
(と言ってもまだ終わったわけではなく、
来年度も開講の予定です。)
生徒さんたちの、
勉強への「愛」を見習って、
わたしもちゃんと勉強しないと!
と思うのでした。

生徒のみなさん、お疲れ様でした!

Nous nous verrons au printemps !

2017年12月11日月曜日

50 villes à visiter au moins une fois dans sa vie

一生に一度は訪れるべき都市、50! 

みたいな記事は時々見かけます。
これもその1つなんですが、
つい、ぜんぶ見ちゃいます。

www.yonder.fr/les-tops/destinations/50-villes-a-visiter-au-moins-une-fois-dans-sa-vie/athenes-grece

これはもう、
掛け値なしで、
ぜんぶ行ってみたいです。
(まあ、ムリでしょうけれど……)

で、注目の第1位は、なんと……!

2017年12月9日土曜日

『わたしは、幸福(フェリシテ)』

12月16日(土)に、
待望の映画が公開されます。
これです。

『わたしは、幸福(フェリシテ)』

https://www.youtube.com/watch?v=yQNfyUYlgSM

とても魅力的な映画でした。

舞台は、コンゴのキンシャサ。
歌手でシングルマザーのフェリシテは、
息子が事故に合ったという連絡を受けます。
急いで行ってみると、
ああ、けっこうな怪我です。
しかも、手術が必要なんですが、
前金で支払わないと手術はできないと。
彼女は、キンシャサ中を横切って、金策をします。
それは空間の移動ですが、
同時に、時間の移動でもあります。
一方、壊れた冷蔵庫の修理に現れた巨体の男は、
フェリシテに(静かに)言い寄ります。
でも彼女は、今はそれどころではなく……

ドキュメンタリー風のカメラも、
音楽も、
俳優も、
乾いたキンシャサの街の風景も、
わたしには「アフリカ的」と感じられるセリフも、
みんないいです。
映画内のすべての要素を理解できるわけではないのですが、
それさえもむしろ魅力的な謎といった感じ。
アラン・ゴミ(ス)監督らしい、
なんというか、にぎやかな静けさといったものが、
映画全体に漲っています。

そして、この映画を推薦したいもう1つの理由は、
出演者が全員アフリカ系であること。
それ自体はもちろん、
アフリカ映画では珍しいことではありませんが、
日本で公開される作品に限って言えば、
やっぱりかなり珍しいのだと思います。
「アフリカ映画」を日本で見る、数少ない機会でしょう。

監督のアラン・ゴミ(ス)の作品としては、
以前、これについて書きました。


アイサ・マイガ目当てで見たら、
映画自体のデキが良くて驚いた、
ということを思い出しました。
(残念ながら、これ以外の作品は、
DVDが入手できませんでした。)

また Félicité ですが、
一見 féliciter の過去分詞(「祝福されているもの/人」)
に見えるのですが、
ここではヒロインのことなのに女性形にはなっていない、
つまり名詞だと考えられるので、そうすると、
(ロワイヤルによれば)
「至福、浄福 /(主にpl.で)(文)幸福、喜び」。
(ちなみにリトレでも、「混じりけのない幸福」が第一義です。)

ここで思い出されるのが、
『ロミュアルドとジュリエット』(1989)です。
この映画に出てくる黒人の子どもたちは、

Félicité
Aimé
Désiré

というのでした。
こう並ぶと、過去分詞感がありますね。
祝福される人、
愛される人、
望まれる人……

もしあなたが映画ファンなら、
とにかく、
この『わたしは、幸福(フェリシテ)』は、
見ておいたほうがいいと思います!

*こんな記事もありました。

www.sankei.com/world/news/171209/wor1712090001-n1.html

中間発表

今日は、修士論文の中間報告の日。
院生たちは緊張の面持ちで、
でも、思ったより堂々と発表してくれて、
よかったです。
とはいえ、相手は院生ですから、
こちらも、つい本気になって、
やや厳しいことも言いましたが、
期待の裏返しだと思って欲しいところです。
今日中間報告された論文が、
来年の今頃、
どんな風に仕上がっているのか、
楽しみにしたいと思います!

2017年12月7日木曜日

『トランスアメリカ』

先日の Bread and roses に続いて、
ロスを舞台とした映画をもう1本見てみました。

『トランスアメリカ』(2005)

です。
ただこの映画の場合、
「ロスを舞台」というのは不正確で、
ロードムーヴィーの始まりと終わりがロスだ、
と言うべきでしょう。

https://www.youtube.com/watch?v=tK9LsGXTw9I

これは、設定を聞いただけで、
ちゃんと作れば面白くなるのは間違いなし、と思いました。

ロスで一人暮らしをしているブリーは、
1週間後に性転換手術を控えています。
ついに、生まれてこのかた願い続けてきた、
女性になれる日です。
でも、そんな盛り上がっていたブリーのもとに、
NYの警察から一本の電話があります。
あなたの息子さんを預かっているんですが……?
ああ、なんと。
それはまだブリーがスタンリーだった頃、
1度だけ付き合った夜にできた子だったようなのです。
しかも、その子の母親は亡くなっていて……。
ブリーは当初スルーしようとしますが、
彼(女)の手術にハンコを押すべきセラピストが、
その子に会ってこないならハンコは押せない、というのです。
仕方なく、ブリーはNYへ。
でも、もう身も心も99%女性になっているブリーには、
自分が父親だとはどうしても言えず、
そして二人は、やがて、ロスを目指すことになるのです……

もちろん、肝にあるのはLGBTの問題です。
でも、そればかりでなく、
先住民のことや、ユダヤ人のこと、
つまり「アメリカ」のさまざまな顔が見え隠れします。
(トランスアメリカ、とは、だから、
トランスジェンダーのアメリカ、と、
アメリカ横断、の、
二重の意味を背負っているのでしょう。)

アメリカ映画ですが、消費的でなく、
いい映画だと思いました。
(でもだから、アカデミー賞は候補どまりだった!?)

2017年12月4日月曜日

『ブレッド&ローズ』

1984年の、イギリスでの炭鉱デモを題材に、
労働者の問題とLGBTの問題を扱った映画、

『パレードへようこそ』

のことは、以前書きました。

http://tomo-524.blogspot.jp/2016/09/blog-post_99.html

先週初めて、「ワールド映画ゼミ」でこの映画を見て、
もう一度この映画ことを調べる気になりました。

まずは歌。
この映画の中で歌われる、
感動的と言っていい歌が、

Bread and roses

です。
わたしたちに必要なのは、パンだけじゃない、
バラもまた必要なんだ……

https://www.youtube.com/watch?v=qNQs6gSOkeU

As we come marching, marching in the beauty of the day,
A million darkened kitchens, a thousand mill lofts gray,
Are touched with all the radiance that a sudden sun discloses,
For the people hear us singing: “Bread and roses ! Bread and roses !”

私たちは行進する 行進する 美しい昼間の街を
100万の煤けた台所が 数千の屋根裏の灰色の製粉部屋が
きらきらと輝き始める 突然の日の光に照らされて
人々が聞くのは私たちの歌 「パンと薔薇を! パンと薔薇を!」
(ブレイディみかこ訳)

この歌は、もとはと言えば、
1912年の、マサチューセッツでのデモの時歌われたものだそうです。
ほとんどが女子工員だった織物工場で、
そのデモは起こり、勝利しました。
その歌が、
1984年のイギリスでも歌われたわけです。

で、今日見たのは、ケン・ローチ監督の、
その名もずばり、

ブレッド&ローズ』(Bread and Roses) 2000年

です。
DVDがやっと手に入り、
見ることができました。

https://www.youtube.com/watch?v=5JdI9sCUP2s

舞台はロサンジェルス。
メキシコからの不法移民たちが、
清掃員として多く働く、とある巨大ビル。
そこでは、ひどい搾取が長年行われていたのですが、
それに対して、移民たちが立ち上がる物語です。
ただ、
そこはケン、ローチ、
単純でベタな、階級闘争のお話で終わりはしません。
移民たちそれぞれの「物語」の中には、
内臓を鷲掴みにされるようなものもあるのです……

いい映画でした。

2017年12月3日日曜日

Text and the City

昨日はシンポジウム、

「火山のめぐみ」

が開催され、
各スピーカーが入念に準備した発表が行われ、
<ここでしか聞けない>感じの話が満載で、
刺激的な一夜になりました。

また、シンポジウム後の懇親会では、
カリフォルニア大学アーヴァイン校の先生とお話しする機会があったのですが、
まずは、それぞれ太平洋に面した某大国と某小国の、
大統領と首相の態度についてから始まり、
あれこれ話している中で、
なんとその先生が、
わたしにとっては「運命の本」とも言うべき一冊、

『都市空間のなかの文学』(前田愛)

の、英訳版の編者であることを知りました。
これは驚きでした!
(そもそもわたしは、英訳が出ていることすら知らず……)

帰ってから、
さっそくAmazon USA で調べてみると、
ありました、これです。

https://www.amazon.com/Text-City-Japanese-Modernity-Asia-Pacific/dp/0822333465/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1512309882&sr=8-1&keywords=ai+maeda

とてもサンパな先生で、
ほんとに、お目にかかれてよかった、
と思ったのでした。

2017年12月1日金曜日

Radicalisation

昨日の投稿を書いていて、
思い出した記述があります。
それは、

Radicalisation(『世界はなぜ過激化するのか?』)

という本の一節です。

「市民であることを、
その社会へ経済的、社会的に統合されることと同義だと定義するならば、
過激化とは、
真の市民権を欠いた世界で生きる一部の人間たちが不満をぶつけ、
演じる場の一つということができよう。
そして過激化の最も明白な表現、
それがテロということになる」

そして現在、
「真の市民権を欠いた世界」
が、際立った形で前景化してきたことの背景には、
グローバル資本主義があると言えるのでしょう。