2024年7月31日水曜日

「イスラエルに「厳罰」を与える」

このタイミングで、
ハマスの最強指導者が、イラン領内で殺害されました。


別のニュースによると、ハメネイ師は、

「シオニスト体制(イスラエル)は我々の家で客人を殉教させ、
自ら厳しい処罰への下地を整えた」

と語ったとされています。

イランが攻撃してくる可能性が高いことは、
何もモサドに聞かなくても分かります。
分かった上で、(おそらく)イスラエルはやったと。
となるとその意図は?

イランに攻撃させて、
自分たちの正当性を主張する?
ガザを占領する理由を作る?
解決しないのをハマス側のせいにする?

なんにせよ、嘆かわしい限りです。

トルコ大統領、イスラエルの戦争に介入示唆

もともとイスラエルに批判的だったエルドアンですが、
ここまで言うとは。


パレスチナ問題、
拡大する一方です……

ハリスに期待できるんでしょうか……?

2024年7月28日日曜日

マジュダルシャムス村

今見かけたこのニュース、

イスラエル占領のゴラン高原に攻撃で11人死亡 



ヒズボラに爆撃された(とイスラエルが主張する)のは、
ゴラン高原にあるマジュダルシャムス村。
ここは、あの『シリアの花嫁』の舞台になった村です。


もう10回以上は見た映画なので、
知らない場所である気がしなくて、特に切ない気持ちがします。
ただ、
確認しておかなければならないのは、
この村を含むゴラン高原は、
1967年以来、イスラエルによって「占領」されている土地だ、ということです。
イスラエルは、
あたかも自分の領土が攻撃されたかのように話していますが。

『シリアの花嫁』は、RakutenTV で配信中のようです。
(登録料なし。レンタル料だけ。)

追記:

マジュダルシャムスの地元当局は28日、
死亡した子ども12人はいずれもイスラエルの市民権を持っていなかったと指摘した。」

つまり、全員アラブ系の子供たちですね。
彼らをヒズボラが攻撃するんでしょうか?
ヒズボラはイスラエルの誤爆だとしています。
真相はまだわかりません。
ただ、イスラエルはヒズボラの拠点への空爆を開始しました。


2024年7月26日金曜日

The Obama call Kamala

オバマ夫妻から、カマラ・ハリス副大統領への電話。


いい雰囲気になってきたと思います!
あとは、ガザへの態度ですが……。

クーリエ・ジャパンによれば、
ネタニヤフとの会談後、
彼女は……

ハリスは会見で、ハマスを糾弾し、
イスラエルには自衛権があると認めつつも、
ガザの惨状は看過できないとし、こう述べた。 「その苦しみに対してわれわれが無感覚になることはできず、
私は黙っていません」

早く早く、イスラエルを止めて。

 『座頭市物語』『座頭市 地獄旅』

先日見た「座頭市シリーズ」17作、
『座頭市 血煙り街道』(1967)が素晴らしかったので、
シリーズの中でも、
同じ三隅研次監督&牧浦地志撮影、の2作品を見てみました。

『座頭市物語』(1962)第1作
『座頭市 地獄旅』(1965)第12作

中学生の頃以来なので、何年振り……?
でも、
特に『地獄旅』の方の、
成田三樹夫扮する浪人と座頭市の「目隠し将棋」のシーンは、
記憶の中の映像とほぼ同じでした。
(ただし、白黒だったような気がしていました。
というか、白黒の小さなテレビで見たのかも。
自分用の、ほんとに小さなテレビ、持ってたんですね。)
この映画では、ショットの奥行きが、
度々強調されていました。
また、女性が好意を示した時、
「俺は泥なんだ。俺に近づくと泥を浴びる……」
と言う座頭市は、
幸福を禁じられた存在として、際立つものがありました。

『座頭市物語』は62年ということで白黒で、
なんというか、レンブラントみたいな陰影でした。
ここでも(というかこちらが先ですが)、
やはり女性が好意を示しますが、
市はそれを跳ねつけます。
もちろん、相手を思ってのことです。

そして!
この両作に登場する女性はともに「おたね」です。
そこには、遠い響き合いが(はっきり)あります。

ただ、ここまで見た3作の中では、
『血煙り街道』が一番良かったかな。
もっと見たいです。



Bose QuietComfort Ultra Earbuds

新しいイヤフォンを買ってみました。
今までは、
SONY の、真鍮の、BA方式のものを使っていて、
それはそれで気に入ってたんですが、
周囲にノイズがけっこうある場合、
それがかなり邪魔になるのが難点でした。

で、
初めて、
ノイズ・キャンセリングのイヤフォンを買ってみようと思い、
どうせならいいものをということで、
「世界最高レベル」のノイキャン、
を謳っている、

Bose QuietComfort Ultra Earbuds

を買ってみました。
(高いです。3万円越え!)

このイヤフォンのノイキャン、
想像以上でした。
ノイキャンが始まった瞬間、
す~っと、周囲の音のレベルが下がります。
自宅の部屋の引き戸を開けたとき、
まったく音がしなかったので、びっくりしました。

もちろんゼロにはなりません。
カフェなんかだと、
しゃべってるな、とは分かるんですが、
何を言っているのかは全然聞き取れないくらい、音は小さいです。
特に低い音をキャンセルするのが得意だということですが、
たしかにそうでした。
逆に言うと、
たとえば、隣の席の人が、
スプーンで、ざらざらのお皿を擦る音なんかは、
すごくはっきり聞こえます。
そういうタイプの音もあるわけです。
でも概して、
3段階くらい、音が下がる印象です。

値段は高いなあとは思いますが、
この技術はすごい、とも思いました。
そういう意味では、高くないとも言えそうです。

2024年7月22日月曜日

前期授業終了

ふ~という感じで、
(まあ暑いからっていうのも大きいですが)
前期の授業が終了しました。
この後も、いくつか大学の業務はありますが、
一応一区切りです。
(で、採点が終わればもう一区切りですが、これはまだ先。
というのも、レポートの締め切りを遅めに設定したので、
提出されるのがその分先になるからです。)

ある授業で、
こちらが説明していても、
顔を上げる学生がすごく少ないクラスがあったんですが、
(といって寝てる学生もほとんどいないんですが)
いざ試験をしてみたら、
わりといい成績で、うれしい驚きでした。
聞いてはいたのね、と今さら思いました。
そういうのが、時代のスタイルなんでしょうか?
それとも、もっと黒板にいろいろ書くといいのかな?

でも成績がよかったから、
よしとしましょう!

2024年7月18日木曜日

『座頭市 血煙り街道』

ちょっと趣向を変えて、

『座頭市 血煙り街道』(1967)

を見てみました。

座頭市シリーズの中でも、
(おそらく)名作に数えられる、
三隅研次監督作品です。
ラストの、近衛十四郎との勝負が見せ場、なんですが、
今回見直してみて、
あまりのデキの良さに驚きました。
美しいショット満載で、
うまい緩急もあり、
一切だれることなく、
87分終わります。
素晴らしい。

座頭市シリーズは、
小学校高学年から中学生にかけて、
テレビの深夜放送でよくやっていて、
よく見ていました。
特に長い休みの期間などは、
毎晩のように見ていた記憶があります。

その頃見たもので一番記憶に残っているのは、
『座頭市 地獄旅』
です。
中学生のとき将棋部だったわたしは、
街道を歩きながら座頭市たちが行なう「目隠し将棋」に痺れました。
で、
友人と(授業中に!)やったものですが、
最後に近づくと、
なかなかうまくいかなかったです。
もちろん、二人の棋譜の認識に違いが出てしまうのです。

この『座頭市 地獄旅』も、
三隅研次監督です。
これ、見たいです。
アマプラにないので、買いましょう!

2024年7月17日水曜日

コロナ

わたしの回りでは、
急に増えています。
男性の同僚、
彼とは別の同僚のパートナー、
院生、
学生何人も……

注意いたしましょう!
(今日発症した院生と、
昨日、結構長く廊下で立ち話したのが、
やや不安……)

『キャロル』

レズビアン映画として知られる

『キャロル』

を、大学院ゼミの、前期最終回に見ました。

この映画は、
わたしも院生たちも見たことがあったのですが、
『クィア・シネマ』(菅野優香)
という本で取り上げられていて、
それを読むと、
ええ、そうだったったの!?
という点がいくつもあったので、
見直したというわけです。

本に書いてあった点、
たとえば「ブッチ/フェム」が一瞬登場するとか、
原作小説にはないアイゼンハワー大統領の名前が聞こえるとか、
その通りでした。
(ぜんぜん気づいてませんでした!)
そしてその2点の「意味」が、
本の中で説明されているんですが、
なるほどなあと、勉強になりました。

ただ、
「物語世界の人物とは関係のない視点から撮られたショット」によって、
「現在からの視線」が表現されていると書かれているのですが、
それがどこを指しているのか、よく分かりませんでした。
そういうショットは、一般的にあるものだし、
『キャロル』の中に、
そういう一般的なものとは明らかに違う、
と感じられるショットは見つけられず、
それがちょっと残念でした。
(もちろん、とても勉強になる本であるのは間違いありません。)

同じ章にで、
ヒッチコックの『見知らぬ乗客』も取り上げられています。
もちろん見たことはありますが、
これもまた、もう一度見る必要がありそうです。

そして『キャロル』ですが、
とても好きな映画でしたが、
今回見ても、やっぱり好きでした。

2024年7月13日土曜日

「ドラァグ」

今、たまたま見かけたサイトにあった文章。
備忘のためにコピペします。
「呼びかけ」について検索していて、出てきたものです。

*********************

ルイ・アルチュセールが定式化したイデオロギーの「よびかけ」という考え方です。
アルチュセールは、
警察官が歩いている人に「おい、お前」と呼びかけるという例を使います。
自分のことかなと思ってふりかえることで、
その人は警察官の持つ法の権威に従う主体として位置付けられます。
このふりかえりは強制されたわけではありませんが、
自発的に従属化されるというわけでもありません。
その間のあいまいな行為です。

   ◼︎

『ジェンダー・トラブル』で説明されたのは、
男性が女性としてドラァグを演じるとき、
女性性が模倣であることが強調されるということです。
この効果は、もともと女性が女性を模倣して演じているにすぎないことを、
明示的な「模倣」によって暴くという意味で、
男女の力関係の批判を超えて、
ジェンダーの構造全体を批判をしているわけです。
これに付け加えて、ここではバトラーは、
ドラァグは、異性愛のメランコリー、つまり同性愛をありえないものとして排除し、
排除され哀悼できないという形式で保持し、
異性愛の規範をより強固にしてきた構造を暴いていると言うのです。
つまり、排除されているために絶対に表に出せないものを表現するという意味で、
その政治性はかなり危険でラディカルなものとなっているのです。
ジェンダーはもともとパフォーマンスにすぎないのですが、
同時にパフォーマンス不可能なものとして排除されたものを、
あえてパフォーマンスしてみせるという二重の批判があることになります。


内容そのものが複雑ですが、
分かりやすく書かれていると思いました。
(「ドラァグ」、好きです!)


2024年7月7日日曜日

『さらば愛しきアウトロー』

アマプラにあった、

『さらば愛しきアウトロー』(2018)

を見てみました。
このデヴィッド・ロウリーという監督は、
今までスルーしていたのですが、
完全に間違いでした。
とてもいい映画で、
2回続けて見てしまいました。
そしてもちろん2回目の方が、
より味わい深く感じられました。


原題は、The old man and the gun 『老人と銃』で、
まあ明らかに、『老人と海』を連想させるタイトルです。
(邦題、どうにかならなかったんでしょうか……)

ロバート・レッドフォードの引退作で、
彼が、74歳の銀行強盗を演じます。
ただしこの強盗、紳士的で「ハッピー」に見えるます。
そしてタイトルからの予想に反して、
彼は1度も銃を撃ったことがないのです。

見ていて、
ものごとが連鎖していくのですが、
その連鎖の受け渡しの感じが、とても魅力的。
そして楽しそう。
2度目に見たときには、
そこここのカメラ・アングルに意味があったことにも、
何度も気づかされました。

この監督の、
他の作品も見ることにします。

2024年7月5日金曜日

『アルゴ』

そう言えば見てなかった

『アルゴ』(2012)

が、たまたまBSで始まったので、
そのまま見つづけてみました。
ベン・アフレックが製作・監督・主演をこなしています。
オスカーも取っているので、きわめて有名な作品と言えるんでしょう。


1979のイラン革命。
その流れで起きたイランのアメリカ大使館襲撃事件、
をもとにしたストーリーです。
ほとんどの職員は捕虜になりましたが、
6人だけは逃げだし、
カナダ大使の私邸に匿われました。
その6人を、
イラン側が特定して探し出す前に救出する、という作戦です。

映画としては、「おもしろい」です。
サスペンスがずっと続き、
こちらも緊張しますが、
まあ、そういうものですよね。

ただ、イランの人々の描き方が、
どうなんだろうという気がします。
揃いも揃って、
暴力的で、強圧的で、頭も悪い、単細胞、
という印象です。
そこには、ほとんどなんのグラデーションもありません。
(申し訳程度のものならあります。)

そもそも、1953年のイラン=クーデタは、
CIAが石油資本と組んだものだとされています。
その後アメリカは、パフレヴィー2世と組んで、
甘い汁をたくさん吸ったはずなんですが、
その辺のことは一切触れられていませんでした。

『水の中のつぼみ』 8年振り

大学院ゼミで、

『水の中のつぼみ』

を見ました。
わたしにとっては8年振り。


当時よりは、
セクシャリティーについての言説がずいぶん多く出回っていると感じる中、
やっぱり、その「クィア」さは、
今回の方がより触知できた気がします。
とはいえこれは、思春期の少女たちの話なので、
「わかる」というところまでいってないかもしれませんが、
それでも、映画としてはおもしろかったです。
まあ、アデル・エネル、好きだし!

期日前投票

猛暑の中、
都知事選の期日前投票済ましてきました。
(森林を伐採させ、その開発事業者から献金を受けるような人には、
入れませんでした。)

都知事選の本番は7日ですが、
フランス総選挙の決選投票も7日。
そしてイギリスはもう、目の前!
秋にはアメリカ大統領選挙も。
もちろん他にもあるはずですが。

やっぱり、アメリカの大統領選挙がある年は、
毎回エポック・メイキングになりがちですね。
個人的には、NYT の社説同様、
民主党はバイデンじゃない候補者を立てた方がいい気がしますが、
まあ、オバマもまだ、バイデン押しだって言うし。
民主党については、結局オバマの意見が気になります。
オカシオ=コルテス、出てこないかなあ。

2024年7月2日火曜日

「マクロン大統領“賭け”に負けた?」

強の授業では、当然、

フランスの選挙の話をしました。

1つのクラスは、『戦争より愛のカンケイ』を見る予定だったので、

まさに「ちょうどいい」感じ。

と言うのもこの映画には、

2002年の大統領選挙の場面があり、

そこでは、決戦投票に進んだジャンマリ=ルペン氏も、

ちらっとですが登場するからです。

マリーヌ率いる国民連合の、以前の姿、ですね。


通勤時は、このニュースを聞きました。

https://www.youtube.com/watch?v=DpE_FLhAcFY&t=222s

おもしろかったです。

27年の大統領選挙、興味あります。

フランスがフランスでなくなってしまわないことを、

わたしは願っています。


2024年6月29日土曜日

『インサイド・ヘッド』

院生の1人が好きだというので、

ふだんはほとんど見ない、アニメを見てみました。

『インサイド・ヘッド』(2015)

ピクサーの作品で、

感情を5種類に分け、それぞれを擬人化し、

ある少女の内面を描いています。

まあ……

わたしはアニメは苦手なので……


「イマジナリー・フレンド」が登場するんですが、

最近公開された『ブルー』の場合とは、

随分扱いが違うようです。

 

「おなまえ かいて」

ガザで戦争が始まってなもない頃、
こんなニュースがありました。


「現代詩手帖 5月号」の、

<特集・パレスチナ詩>から、詩を1つ引用します。

******************************:


おなまえ かいて    ゼイナ・アッザーム


あしに おなまえかいて、ママ

くろいゆせいの マーカーペンで

ぬれても にじまず

ねつでも とけない

インクでね


あしに おなまえかいて、ママ

ふといせんで はっきりね

ママおとくいの はなもじにして

そしたら ねるまえ

ママのじをみて おちつけるでしょ


あしに おなまえかいて、ママ

きょうだいたちの あしにもね

そしたらみんな いっしょでしょ

そしたらみんな あたしたち

ママのこだって わかってもらえる


あしに おなまえかいて、ママ

ママのあしにも

ママのとパパの おなまえかいて

そしたらみんな あたしたち

かぞくだって おもいだしてもらえる


あしに おなまえかいて、ママ

すうじはせったい かかないで

うまれたひや じゅうしょなんて いい

あたしはばんごうになりたくない

あたし かずじゃない おなまえあるの


あしに おなまえかいて、ママ

ばくだんが うちに おちてきて

たてものがくずれて からだじゅう ほねがくだけても

あたしたちのこと あしがひょうげんしてくれる

にげばなんて どこにもなかったって 

2024年6月20日木曜日

「認めない」

何人かの先生たちとだべっていた時、
ある英語の先生(50歳くらい?)が、

「父は僕の仕事を、仕事として認めないんですよ。
本読んで、何かしゃべって、なんて」

と言いました。
ちょっと驚いたんですが、
その時は授業開始時間になってしまったので、
翌週、ちなみに父上のご職業は?
と訊いてみました。
大企業のエライ人で、
大学教員なんて虚業だ、と言っているのかな、
と想像して、それを確認したかったわけです。

「いや、農家です」

手で、土をいじって、
作物を収穫し、それを売って金銭を得る、
それが仕事なんだと。

そうでししたか。

『ロルナの祈り』

順番が逆になりましたが、
先週のゼミでは、やはりダルデンヌ兄弟の、

『ロルナの祈り』(2008)

を見ました。
以前、言及しています。


もともと好きな映画を、
こうして久しぶりに見てみて、
やっぱり良かったと思えるのは、
なんというか、安心しますね。
(久しぶりに見て、
ぜんぜん面白くない! と感じることも結構ありますから。)






『午後8時の訪問者』

昨日の大学院ゼミでは、

『午後8時の訪問者』(2016)

を見ました。
わたしにとっては、7年ぶり、みたいです。
(アマプラにあります。)


で……

前回見た時より、ずっといいと感じました。
わたしが「90点!」と言ったら、
院生たちは驚いていました。
彼らは、そこまでいいとは感じなかったようです。

出だしの、診療の場面。
患者の体内の音が、聴診器を通じて聞こえてくるかのよう。
その後も、音楽は一切流れず、
その分観客は、微細な音に耳を澄ますことになります。

主演のアデル・エネルは、とてもよかった。
生硬な感じと、柔らかな感じが同居して、存在感もありました。
シャワーから出てきて野菜を炒めてるシーンなんかも、
わたしは惹かれました。
(おそらくこういうところは、感想が分かれるでしょうけど。)

ダルデンヌ兄弟は、やっぱり好きです。

2024年6月14日金曜日

『流麻溝十五号』

7月26日公開の、

『流麻溝十五号』

の試写を見る機会がありました。


HP はこれ;


1953年の台湾。
蒋介石に率いられた台湾政府は、
自分たちにとって不都合な人たちを、
政治犯として収容所に送り、
そこで「再教育」を図っていました。
映画は、その過酷な実態を、実話をもとに描いています。
台湾の「黒歴史」を、台湾の監督が告発しているわけです。
それも、21世紀になってやっと可能になったわけなんでしょう。

でもやっぱり、聞くのと、こうして見せられるのとでは、
まったく感触が違いました。
特に、言葉。
よく分からない点もあるんですが、
台湾語、北京語、広東語、そして日本語、などが使われています。
(日本語話者は、日本の植民地だった時代から、
台湾にいた人たちです。)
また国民党の兵士たちも、
もとはといえば中国の中国のさまざまな地域の出身なので、
それぞれの出身地の言葉を使っているようです。
(これは中国からの留学生に聞いたのですが、
「標準語」を使っているのは、
出身地云々ではなく、高い教育を受けた人たち、
ということだそうです。)
字幕付けは、ものすごく大変な作業だったに違いありません。

台湾に興味がある方はもちろん、
現代史に興味がある方も、必見だと思います。

2024年6月7日金曜日

「鋳掛松」

先週から今週にかけての通勤では、神田伯山の

「畦倉重四郎」(全19話)

を聞きました。
凄惨な場面もあるのですが、
とてもおもしろかったです。
(第19話だけは、2ヴァージョンあり。)


これが無料っていうのは、
なんだか、申し訳ないです。

で、その流れで、これを聞きました;

「鋳掛松」



鋳掛屋の松五郎、の話です。
鋳掛屋というのは、鍋などを修繕する仕事。
人に感謝されるが、低収入です。
時代は江戸の天保年間です。

前半はコメディタッチだったんですが、
後半、鋳掛屋になった松五郎が、両国橋に来たときのこと。
隅田川には、芸者たちを乗せ、
高級な酒と料理に舌鼓を打つ、船遊びの客たちがいます。
一方橋の上では、炎天下の中、
赤ちゃんを背負い、幼い子の手を引いて、
枝豆を売っている女性がいます。
しかもこの幼い子は裸足なのですが、
それは草履を買うお金がないからなのです。

鋳掛屋松五郎は、自分も貧乏ですが、
草履のお金を母親に与えます。
で、そのままいい話で終わるのかと思いきや、
彼は突然、なぜ世の中には金持ちと貧者がいるのか、
という疑問と直面するのです。
ちょっとびっくりしました。

で、簡単に調べてみると、
この講談の作者は、
日本で最初に『共産党宣言』を翻訳した1人で、
社会主義者の堺利彦だと知り、二度びっくり。
「改造」に発表されたもので、
全体を通せば2時間はかかるらしいです。
(白山の講談は約30分。)

いろんな出会いがありますねえ。

2024年6月1日土曜日

『ケープタウン』

南アフリカとフランスが共同制作した映画、

『ケープタウン』(2013)


を見てみました。
ずっと「リスト」に入れてたんですが、
原題が Zulu(ズールー族)であることに気づき、
これは、と思ったわけです。
オーランド・ブルームも出ています。
(12禁です。)

緊迫感のある映画で、
薄っぺらいヒューマニズムじゃない点も好感が持てました。
二人組の刑事、
上司アリは、ズールー族の男性で、
白人の部下ブライアンは、アパルトヘイト時代に裁判官を務めていた父を持っています。
ただ彼は、この父親の所を嫌悪し、そのまま決裂しています。

アリは、アパルトヘイト時代、苦しめられた側ですが、
復讐よりも「許す」ことを優先しています。
ブライアンは、そうしたことより、個人生活が大変。
飲んだくれで、妻に逃げられ、息子には拒否され、お金はありません。

ただこの映画の厳しさは、
善良で寛大だと思っていたアリが、変わってゆくこと。
そしてその怒りの対象は、アパルトヘイトの過去と結びついています。
過去の亡霊が蘇るのです。

少し、理解しづらいところもあったんですが、
トータルとしてはおもしろかったです。
この映画、授業で使いたいですが、
わたしが、きっちり説明できる自信がありません。
南アの映画は、とにかく言語が入り乱れていて、そこが特に難しいです。




『狼たちの午後』

大学院ゼミでは、久しぶりに

『狼たちの午後』(1975)

を見て、院生が、それについて書かれた論文を読解する、
ということをしました。
『目に見えるものの署名』という本に収められている、
現代の大衆文化にみられる階級とアレゴリー──政治映画としての『狼たちの午後』」
です。
有名なマルクス主義批評で、
鋭い部分は確かに鋭いんですが、
書かれたのが1970年代で、
それは新自由主義が登場する前の時代なので、
たとえば、コングロマリットについてのイメージ(というか位置付け)も、
今とは違っています。
でも、いい試みでした。

その発表した院生が、
ラストシーンについて言ったコメントが、
私が昔見て感じたことと同じだったので、
なぜか嬉しい気がしました!

この映画については、
こんなことを書いたこともありました。


2024年5月24日金曜日

『足にさわった女』

小説『足にさわった女』は、
3度映画化されていますが、
今回見たのは最後の、つまり1960年のヴァージョンです。

『足にさわった女』(1960)   増村保造監督


スリである京マチ子を、刑事であるハナ肇が追う、という物語です。
軽いコメディで、スピード感もあります。
と同時に、1960年という時代が、
とても濃厚に刻印されています。
ヒロインは、1960年時点で、25, 6歳、と言われているので、
1935年あたりの生まれということになります。
(となると、6歳の時に太平洋戦争が始まったと。)
そして彼女の父親は、まだ開戦前に、
スパイの嫌疑を親戚からかけられ、自殺しています。
ヒロインは、親と共に追い出された村に20年ぶりに戻り、
親戚たちに復讐することを考えていたんですが、
探して行ってみると、そこにもう村はありません。
米軍の、厚木基地なのです。

ヒロインはラスト、自ら逮捕してくれと言い出し、
実際刑事に逮捕されます。
「歴史」が代わりに復讐をしておいてくれたので、
ヒロインは、目標を失い、
管理される「公」の側に戻って来るかのようです。

ただこれは、あくまで「風俗映画」であり、
そんなに深い意味を求めるような作品ではないようです。

『その土曜日、7時58分』

大学院ゼミ、
今週は、シドニー・ルメット監督の遺作、

その土曜日、7時58分』(2007)

を見てみました。
ルメット監督は好きなのに、
なぜかこれは見逃していました。


(原題は、Before the Devil Knows You're Dead ですが、
これはアイルランドの言い伝え、
"May you be in heaven a full half-hour before the devil knows you're dead"
「悪魔があなたの死を知る30分前に、あなたが天国にいますように」
から来ているそうです。
いいタイトル!)

フィリップ・シーモア・ホフマンと、イーサン・ホーク。
2人は兄弟で、
それぞれの事情でお金がありません。
(イーサンは、フィリップの妻と浮気中でもあります。)
そこでフィリップは、
自分の両親が営む小さな宝石店を襲う計画を立てます。
宝石には保険がかかっているので、
怪我さえしなければ、誰も痛まない、というわけです。
そして兄は、その実行役を弟のイーサンに振ります。
が、この弟が、絵に描いたような「ダメ男(loser)」。
彼は、別の男を引っ張り込み、
この男がすべてを無茶苦茶にして……

宝石店強盗を中心に、
そこに至る過程と、その後の経過が語られるんですが、
真の、というか、核心の問題は、
フィリップと父親の関係です。
父親と息子の物語はとても多いですが、
この映画は、その中でも、
かなり厳しい描き方です。

フィリップ・シーモア・ホフマンは好きな俳優の1人で、
もちろんそれなりに良かったですが、
この映画では、イーサン・ホークのダメぶりが素晴らしく、
こちらに目を奪われました。
いい映画だと思いました。

2024年5月20日月曜日

『勝手にしやがれ』

今日の授業で、
もう何回目なんでしょう、

『勝手にしやがれ』(1960)

を見ました。

やっぱりおもしろい!
正直言って、今一つピンと来ないゴダール作品もあるんですが、
やっぱりこれは別格というか、
音楽も速度も俳優もいい。

途中に出てきて印象に残る、

不老不死で死ぬこと
Devenir immortel, puis mourir

歳をとると、このセリフの意味がリアルになってきます。
その後、最後にかかるのはモーツァルト(クラリネット協奏曲)だし。

見ていて、あっという間の90分でした!

2024年5月14日火曜日

ベスト・ショットを探せ!

『パリ、ジュテーム』の中の、

Loin du 16e

は、映画の授業のウォーミングアップによく使います。
で、今回は、
ちょっと趣向を変えて、
一応レポートを書いてもらった後で、さらに、
ベスト・ショットをあげてもらいました。
(5分の映画です。よければ参加してみてください!)


大学院の授業なので、7人しかいませんでしたが、
そのうち2人が、わたしと同じ意見でした。
もちろん、「正解」があるわけじゃありませんが、
わたしとしては、もう、ここしかないと思うのです。
それは、2分28秒に1分10秒足したところです。
(いきなり「答え」の数字が目に入らないようにしてます!)
ここには、階級と、その底辺の、
暗く狭い空間に閉じ込められたシングル・マザー、アナが、
とても印象的に捉えられています。
しかもこれに続くのは、そのリバース・ショットで、
穴が下から階級を見上げています。

授業では、なかなかショット分析までいかないのですが、
もちろんこれもおもしろいですね。

Polina Osetinskaya

YouTubeを見ていて、
驚かされるような演奏に出会うことが時々あります。
実は数日前、
突然BWV1060をずいぶん聴いてないことに気づき、
無性に聴きたくなって、
家にあるCDを次々(と言っても4枚ですが)かけて聴きました。
ただ、それでも足りない気がして、
YouTubeで物色していたんですが、
その時たまたま、
BWV1052が目に入り、ちょっと聞いてみたところ、
なんというか、
聞いたことがないような演奏で、
最後まで聞いてしまいました。
これです;


音楽を語る語彙がないので、
うまく表現できませんが、
とにかく、聞いたことがないタイプに感じられました。
もちろん彼女の他の演奏もチェックしましたが、
やはりこういう感じの音でした。
たとえば、


この第一変奏を聴いただけでも、
何か違う気がします。

繰り返し聴いた時、
印象は変わってくるかもしれませんが、
今日の通勤の行き帰りは、
彼女の演奏を聞いていました。

『黒いスーツを着た男』

この映画については、
以前「ふらんす」に書きました。


この連載は1年間(12回)あったのですが、
中では、うまく書けた方だと自分では思いました。
で、
その後も授業で使っていて、
今日また、映画の解説をしたのですが、
上の文章を書いた時よりも、
かなり理解が深まっていると自分でも感じました。
まあ、何年も授業で扱って、
何度も何度も見て、
授業で使う解説をブラッシュアップしたきたわけですから、
当然と言えば当然ですが。

『最強のふたり』や『サンバ』も、
けっこう詳しいと想うのですが、
この『黒いスーツを着た男』も、
同じくらい詳しくなった気がしています。
でも授業以外、使いようもないんですけどね!


2024年5月9日木曜日

The Birds

大学院のゼミで、ヒッチコックの

『鳥』(1963)

を見てみました。(アマプラ無料)


この映画は、
わたしがこどものころは、
割と頻繁にテレビで放映されていて、
三回くらいはみた記憶があります。
ただもちろん、今は、違って見えます。
(当たり前!)

この映画は、
サンフランシスコ近郊のある海沿いの街で、
鳥たちが人間に襲いかかる様を描いています。
だたそこにはとてもはっきりしたきっかけがあるのですが、
それは、メラニーをいう女性の訪問でした。
彼女は若く、美しく、セクシー
(金髪で、真っ赤なマニキュアをして、比較的短いスカートを履き、
その身のこなしは、スカートから伸びた脚を強調する印象があります)で、
古い価値観など気にかけず、
どこでもタバコをふかし(1960年代です)、
気に入った男性がいれば自分から追いかけ、
単独行動を厭わない自立した人間です。
そんなメラニーが、
保守的で旧弊な街を訪れた時、
鳥たちは彼女を襲い、
さらには、彼女がいる街そのものを襲うのです。
1人の場合を除いては、
鳥たちが襲ってくる時、そこには必ずメラニーの姿があります。
(その例が的なケースは、
映画的な要請、
つまりパニック映画としての雰囲気の醸成のためたど考えられます。)
そしてクライマックスは、
メラニーの部屋のベッド(←もちろん記号でしょう)を占拠していた鳥たちが、
一斉に彼女に襲いかかるシーンです。
このシーンは、1分ほど続くでしょうか。
彼女が攻撃され、血を流して傷つく様子が、
延々と映し出されます。
明らかに彼女は「処罰」されています。

そしてラスト、
メラニーは、好きな男性の母親
(彼女は旧い価値観の擬人化です)
の肩にもたれかかります。
つまり彼女は、
旧い秩序に敗北したわけです……

この映画でのヒッチコック(←カトリックです)は、
陰惨なほど保守的です。
とてもよくできた映画ですが、
作品を貫く価値観は、そんな感じでした。

2024年5月6日月曜日

ヴァレリー・ムレジェヌ講演会

6月5日、日仏会館にて、

ヴァレリー・ムレジェヌ講演会「IJKL:今日アーティストであること」


が行われます。
参加無料です!


アーティストのサイト:https://valeriemrejen.com/

2024年5月5日日曜日

『捜索者』

1955年と言いますから、
『ゴジラ』の翌年に公開された西部劇、

『捜索者』

を見てみました。
以前見た時は、評判ほどおもしろいとは思わなかったんですが。


この映画は、
公開当時の評価は芳しくなく、
その後どんどん評価が上がっていた作品として知られています。
ジョン・フォード監督の代表作は『駅馬車』だとわたしは思いますが、
いや、『捜索者』の方が上だ、という声もあります。

舞台は南北戦争の3年後、つまり明治維新の年です。
(映画のラストは、その6年後。)
見ていて何となく思い出したのは、
この映画には、感情移入できる人物が見当たらない、ということです。
主役のジョン・ウエインはアウトサイダーなんですが、
元南軍の兵士で、矛盾した人間に見えます。
つまり、兄夫婦のいる「暖かい家庭」に帰還するくせに、
そうした生活や価値観には馴染まない態度だし、
コマンチに連れ去られた姪を救出(=家族制度を守る)しようとするものの、
そしてその過程では、
牧師兼隊長である人物(=共同体の規範を象徴)の命令に従うものの、
5年後、やっと見つけた彼女が、
コマンチの酋長の妻の1人になっていることを知ると、
彼女を殺そうとするのです。
もう白人じゃない、と彼はいうのです。
矛盾は、ふつうは魅力的なものです。
ただ彼の場合、それは魅力には感じられません。

とはいえ、すごく好意的に見れば、
彼は変化したとも言えます。
その後意見を変えた彼は、姪を連れ帰ることに賛成します。
また、コマンチの血が入っているという理由で毛嫌いしていたワカモノを、
自分の遺産の相続人に指名します。
学習はしているのです。
ただ、白人共同体 vs.「インディアン」という善悪の構図の中で、
彼の位置は中途半端です。
共同体に入らないのに、人一倍「インディアン」の殺戮に燃えているのです。

もちろん映画ですから、
風景の美しさや、
戦いの場面の迫力なども要素としてあるわけですが、
好きな映画とは言えません。
でも、教材としてなら、抜群かもしれません。

『パルプ・フィクション』

1994の映画、

『パルプ・フィクション』

久しぶりに見てみました。

この映画については、
もう多くのことが語られていて、
付け加えるような感想はないんですが、
改心するギャング、という、
いわば倫理的なテーマと、
いわゆる「不道徳」な表現との落差の大きさが、
今見ても相当なものだと感じました。
ブラクスプロイテーションの影響などが明らかで、
そちらに目が行きがちですが、
この映画の持つ倫理性を掘り下げた論文も読みたいと思いました。

2024年5月2日木曜日

2024年5月1日水曜日

『フォーリング・ダウン』

アマプラで、アメリカ映画、

『フォーリング・ダウン』(1993)

を見てみました。


妻と子供に去られ、軍関係の職も失った、
中年の白人男性ビル(マイケル・ダグラス)。
精神的に不安定な妻と2人暮らしで、
ヒスパニック系の女性部下に慕われている、
退職の日を迎えた白人男性ブレンダガス(ロバート・デュバル)。
物語は、別れた家族に会うことに取り憑かれたビルの、
さまざまな破壊的行動と、
彼を追うブレンダガス刑事の追跡劇、
ということになるのでしょう。
ただ注目点は、
ビルが襲いかかってゆく相手が、
アジア系、ヒスパニック系、
ホモフォビアのネオナチ、
不必要な道路工事を続ける工事人たち、
会員制ゴルフクラブの金満老人たち、
美容整形で財を成した成金、
であることなのでしょう。
中でも念入りに描かれるのが移民系の人たちで、
ビルが差別主義者なのは明瞭です。
特に、アジア(韓国)系のドラッグストアの店主は、
ブタの置物と一緒に映し出され、
さらに店のカーテンは黄色(←黄色人種)であり、
ビルの差別感情が濃厚に描かれます。
ビルは、自分の置かれた個人的・経済的状況を、
「構造的に理解」することができず、
目の前のもろもろを構造だと勘違いしている、という指摘もあります。
なるほどね。

日本でのキャッチコピーは、
「衝撃のパニック・アクション」
だったようですが、
全然違うような気が……

Gaza, Gaza, Sorbonne est avec toi !

フランスでも。

https://twitter.com/PalestineEmb/status/1785457545613840570

https://www.humanite.fr/societe/bande-de-gaza/blocage-de-la-sorbonne-en-soutien-a-gaza-une-intervention-de-la-police-en-cours


もちろん、Sorbonne だけではありません。

https://www.youtube.com/watch?v=qgB5pnmi-K8




反ユダヤ主義

「ほぼすべての人道組織が言っていることに同意するのは,

反ユダヤ主義ではない」

2024年4月28日日曜日

 『我らの生涯最良の年』

アマプラ無料の、

『我らの生涯最良の年』(1946)
(The Best Years of Our Lives)

を、久しぶりに見てみました。


制作年からも分かる通り、
戦後すぐに公開されたアメリカ映画で、
主な登場人物は三人の帰還兵です。
数年の従軍ののち故郷に戻った彼らには、
それぞれの事情があります。
なかなか良くできた、しかもおもしろい映画です。

そして見終わって思うのは、
登場人物それぞれにとって、
人生における the best years はいつだったのか、
いつなのか、いつになるのか、ということです。
それに答えるのは、簡単ではありません。
ワイラー監督は、
男性のファンタスムも描きこんでいますが、
それは現実ではなく、願望にしか見えません。

一番説得力のあるシーンは、
妻ともうまくいかず、やっと見つけた「つまらない」仕事も失い、
行くあてもなくなった帰還兵の1人が、
軍の、解体を待つ夥しい戦闘機が並ぶ飛行場を歩くところです。
この飛行機たちは、明らかにこの帰還兵、
そして多くの帰還兵たちの運命のメタファーに見えます。
ただその解体された飛行機は、
くず鉄になるわけではないというのが、
未来への可能性に開けているわけですが。
ただこれはあくまで可能性でしかありません。

広島も、Japも、出てきます。
当然ながらアメリカにも、戦後はあったわけです。

2024年4月27日土曜日

新しい人

野球の話です。

今年、ベイスターズのドラフト1位選手は、
オープン戦ずっと好調で、
新人ながら開幕スタメンを勝ち取り、
さらに、開幕1、2戦では、
とても印象的で華やかな活躍を見せました。
その後も、一度くらい? 活躍した試合がありましたが、
それ以外は結果が出ず、
厳しいインコース攻めに対応することもできず、
素人目にも、
体重が踵に乗っているように見えて、
打てそうな感じがありませんでした。
派手に活躍したシーズン初め、
パフォーマンスもまた派手だったため、
相手チームの反感を買ったんじゃないかというコメントも、
多く見られました。
まあ、たしかにたしかにそういうこともあったのでしょう。

そして今日、彼は打順が1番から8番に下げられました。
とはいえスタメンですから、やはり期待されている選手なのでしょう。
彼は2本ヒットを打ち、
(体もブレてないように見えました)
2アウト満塁で回ってきた第4打席、
大観衆が総立ちになるようなホームランを放ちました。
(わたしも見ていて、声が出ました!)
彼は小さくガッツポーズをして、
慌ててそれをやめて、
ほとんどニコリともせずダイヤモンドを一周しました。

その後彼がライトの守備につくと、
彼の名を叫ぶ大合唱が起こりました。
彼は、目を潤ませ、外野席にお辞儀をし、
それでもすごいコールは鳴り止まず、
先輩に促された彼は、
再び深々と、スタンドに向かってお辞儀をしました。

ヒーローインタヴューでも、
はしゃいだところはまったくなくて、
一昨日の、チャンスを潰した反省を述べ、
今日はやっと「ちょっと」だけ打ててよかった、
応援のおかげだと言って、
また目を潤ませていました。

打てなくて、辛かったんですね。
ファンたちは、気楽にああだこうだと言っていますが、
とてつもないプレッシャーだったんでしょう。
応援しないのは、ムリになってしまいました。
ガンバレ、ワカゾー!

大学院ゼミ

ゼミも始まって、初回は

『ピアノ・レッスン』

2回目は同じカンピオン監督の最新作、

『パワー・オブ・ザ・ドッグ』

を見て、色々話し合いました。

この2本、構造が似ています。
女性1人と男性2人のいわゆる三角関係が基本にあり、
さらに女性には子供がいて、
さらに男性二人は、それぞれ違う「世界」の属していて、
ピアノと繋がりのある女性は、
男性たちの2つの世界両方と関わり、
彼女の子供もまた、2つの世界と関わっていくのですが、
この母親と子供の、
2つの世界に対する関わり方は同じではない……
これらはみんな、2作に共通することです。

わたしは、『ピアノ・レッスン』の方がデキがいいと思いました。
何と言っても、ヒロインの魅力に差があるからです。
ただしこの作品、
ラストに置かれたシークエンスがいかにも蛇足で、
そこが勿体無いと思っています。
その、ヒロインが言葉を学ぶシークエンスがなければ、
ヒロインと一体化しているピアノの「音」は、
最終的には、言葉やその代用ではなく、
「沈黙」そのものに向かっていくものであることが、
きれいに描出されると思うからです。
でもそれにしても、いい映画だと思ってはいますけれど。

2024年4月22日月曜日

吉本隆明全集34

今、晶文社から刊行が続いている

『吉本隆明全集』

ですが、来週、34巻が出ます。
で、その巻の、月報を書かせてもらいました。


とても光栄です!

3年生たち

今日の「フランス語」の授業は、
主に3年生が履修してい流のですが、
人数も少ないので、
彼ら自身の興味と、
フランス関連の事柄を結びつけるようにして、
「雑談」の時間を長めにとりました。

まずはサッカー好きの学生。
これはもうたくさんありますね。
ジダンからアルジェリア、植民地主義、
ベルベル人、マルセイユ……
おもしろかったのは、
ムバッペはフランス人だけど、
両親は何人だと思う?
とこちらが訊いた時、
学生が皆、両親のどちらかはフランス人で……
と答え始めた事です。
そう、国籍=血統主義、という前提に知らず知らず立っているので、
そんな答えになるのでしょうね。
もちろん、出生地主義について話しました。
(日本の閉鎖性も。)

それから自転車部の学生。
彼はツール・ド北海道にも出たことがあって、
これは当然、Tout de Franceの話になります。

建築の学生は、最近瀬戸内海の豊島に行ってきたと。
アートの島ですね。
これは、数年前にワークショップをやった小豆島の思い出を。

アルペン・スキーのをやってる学生もいました。
で、往年のあの選手の話をしようと思って、
名前を思い出せなかったんですが、
なぜでしょう、
今はすぐに思い出せました、
ジャン=クロード・キリー、ですね。

学生たちは、ただ座っているとわからないけれど、
話してみると、
それぞれにいろんな活動をしています。
聞いていて楽しいです!

2024年4月19日金曜日

イラン

ウクライナもガザも、
まだまだ「解決」にはほど遠いのに、
イランとイスラエルの対立が、
2つの侵略を目立たなくさせつつあります。
これはある程度は、
イスラエルの意図でもあるのでしょうか。

イランは、ペルシャ語を話すペルシャ系で、
アラビア語を話すアラブ系ではありません。
(このことは、どうもよく誤解されているようです。)
また世界で、イスラム教<シーア派>を国教としている国家は、
イランだけです。

「イラン映画」は、いい作品がたくさんあります。
例えば、






近くて遠いのか、遠くて近いのか。
ペルシャ語が専門の知り合いは1人しかいませんが、
彼女の意見を聞いてみたいです。

2024年4月18日木曜日

Merci(s)


 なんだか裏表紙だけあげるっているのも品がない気もしますが、

『フラ語入門』を宣伝してくださってる白水社に Mille mercis を込めて。


(さて、Mille mercis ? それとも複数の s はいらない??

https://www.lalanguefrancaise.com/orthographe/mille-mercis-ou-mille-merci )

2024年4月16日火曜日

一回り

今日で、
今年度の担当クラス、一巡りしました。
まあ、例年通りの滑り出しと言っていいと思います。
いつもと違ったのは、
大学院の授業「映画と都市」の履修者が多かったことくらい。
(まあ、来週は少し減っていると思いますが。)

そして今日、
5年ほど前に退職された先生がたまたま大学にいらしていて、
久しぶりに、
以前よく一緒に行った蕎麦屋さんでランチしました。
26日に締め切りが!
と言っているあたり、
昔通りで嬉しかったです。

2024年4月12日金曜日

授業開始

学部の「フランス語」の授業と、
大学院のゼミ、
ともに水曜日から始まりました。

フランス語のほうは50人ほどで、
通常よりほんの少し少ないです。
でまあ、
最初の授業はいるもそうですが、
みんな緊張してるので、
ちゃんと聞いてくれてます。
少し発音練習もしましたが、
ちゃんと声も出ていて、
しかもわりと上手くて、
ひとまず安心です。

ただこのクラス、
一番前の2,3列はほとんど座っていなくて、
後ろの方は満杯です。
こういう座り方をしているクラス、
時に見かけますが、わたしのクラスでは珍しいです。
今後どうなるんでしょう?

でもとにかく、
職業病というか、
授業をやるとテンションが上がって元気になります。
1年生は1コマだけなので、
楽しみな授業です!

2024年4月7日日曜日

「ウザイ」はどこから

まあ、5分ほどで調べただけで、
間違ってるかもなんですが……

ウザイ、という語はよく耳にするし、
考えてみたら自分でもけっこう使ってる気もしますが、
今日、ふと、
語源は何?
と思って、検索してみました。
その結果は;

擬態語 うじゃうじゃ(こまかいものがたくさん)
  ☟
うざうざ
  ☟
うざっこい
(こまかいものが集まっていて煩わしい)
  ☟
うざったい
(昭和40年代、東京多摩地区の若者言葉)
  ☟
ウザイ

のようです。
大元が、うじゃうじゃ、だったとは!
そしてわたしたちは、
昭和40年代から50年代にかけて高校生だったので、
「うざったい」はめちゃめちゃ日常語でした。
それがいつか全国に広まり、
今のウザイにまで辿り着いたんですね。

なんだか、少し歴史に参加した気分です!

2024年4月6日土曜日

辞書

新学期に、学生に辞書について説明するときは、
薄っぺらいのじゃなければなんでもいいけど、
ただ、
古いのはダメ、
と言っています。
ママが使ってた、みたいな辞書を持ってくる学生が時々いるんですが、
もう、まったく使い物になりません。

もちろん今は、
ネット上にも辞書的なものはあるし、
わたしもよく使っています。
「ふらんす」4月号でも、いろいろ紹介されてましたね。

ただそれはそれとして、
ふつうの仏和辞典も確認したいので、

(というのも、例えばCNRTL

新語には強い wiktionnaire

なんかと仏和の比較もおもしろいです。
かなり違うことも少なくありません。)

わたしは電子辞書も持ち歩いているんですが、
やっぱりエアに入れた方が使いやすいので、
仏和辞典  for mac で探して、2つ買ってみました。
新学期で安くなっているみたいだったし。

でも、仏和辞典の新しいのを買うのは久しぶりで、
なんかフレッシュになった感じで、嬉しいです!
(紙の辞書は、わたしたち教員は、
献本してもらえることが多いので、「買う」機会はあまりありません。
ただこの頃は、あまりないかな。)

ぜんぜん回し者じゃないですが、
買ったのは、ここです。