2021年3月31日水曜日

Ensemble ?


一緒に見るのはいいけど、
近過ぎない?

『高地戦』

以前、院生から勧められた韓国映画、

『高地戦』(2011)

を見てみました。


これは……、傑作だと思います。
今までに見たいわゆる「戦争映画」の中で、
ナンバー1だと言ってもいいかも。
(少なくとも、
『地獄の黙示録』や、
『戦場のメリークリスマス』などよりも、
わたしはこちらのほうが、はるかにグッときました。)

朝鮮戦争末期、
「停戦」の期待が何度も、何度も裏切られ続け、
戦地では、日々死者が増え続けています。
そしてそれは、激戦地であるこの「高地」では、なおさらです。
今日は南が占領し、明日は北が奪還し、そしてまた……
この繰り返しの中で、ただ、いたずらに、
死者の数だけが募っていくのです。
そんな中、
「高地」を預かる精鋭部隊内に、
スパイがいるという疑いが持ち上がります。
派遣されたカン中尉は、
そこでかつての友人、スヒョク中尉と再会します。
ただ、おとなしくてひょろっとしていたかつての二等兵が、
今は、見違えるような目の男に生まれ変わっていました……

戦争映画ですから、戦闘場面はもちろんあります。
多分これでも現実よりは「美しい」のでしょうが、
それでも、そこにグロテスクな触感は確かにあります。
ただ、この映画が優れているのは、
(やや古めかしい言い方になってしまいますが)
「人間が描けている」からです。
その明るさ、葛藤、希望、闇……
ある人物は言うのです、
おれはもう、ずいぶん前に死んだんだ……

正直言って、この映画、
涙なしには見られません。
韓国と北朝鮮を語るときの、
「どうしても外せない映画」
に入れるべき一本だと感じました。

GF 場所代え

先日、GF のことを書きました。
ついさっきも、風呂上り、
1個食べました。
ものすごくおいしかったです。

で、
そのさっき食べたGFは、
先週まで買っていたのとは別のスーパーで買ったものです。
以前のスーパーの品物の味が落ち、
新しいものが入荷する気配もないので、
別の店を探したところ、
ありました、前よりもっとおいしいGF を売ってる店が!
ラッキー!

実はこのスーパーは、
なんとなく雑然としていて、
レジがちょっと離れたところにあったりして、
あんまり好きじゃなかったんですが、
GF がおいしので、
君子豹変す!
ということで、
急に常連になりました。
(まあ、君子からはほど遠いんですが!)

おいしいうちに、
食べられるだけ食べとこう!

あといくつ寝ると、新学期

4月1日が近づいてきました。
その日は、中野キャンパスで、
総合芸術系のガイダンスがあります。
(もう何年も前から、
入学式よりも前に、ガイダンスが行われます。)

今年度は、わたしの研究室に、
また一人映画フリークが入ります。
ただ彼の場合、
かなりアメリカ映画に特化しているので、
それ以外の、さまざまな映画にも触れて、
さまざまなさまざまなことを経験して欲しいと思っています。

実は彼は、学部生時代に、
わたしの「ワールド映画ゼミ」に参加していて、
その中では飛び抜けたレポートを書いていました。
で、いつしか仲良くなり、
総合芸術系を目指してくれたわけです。

ただ、修士の2年というのはあっという間。
なんとか、充実した日々を送って欲しいです。

2021年3月28日日曜日


3月25日、@三省堂池袋店
Merci beaucoup !

春といえば、やっぱり語学の季節。
わたしも今年度は、
NHKラジオで、
イタリア語(←2回目)と韓国(初めて)を聞くつもりです。
イタリア語は、音読してて楽しいです。
文法は、フラ語と激似だし。
韓国語も、もちろん音読楽しいんですが、
母音と子音は考えれば分かる、っていうレベルだと、
なかなかすらすらは読めません。
はやく読めるようになりたい!

H&M、NIKE、ADIDAS

とこれら3社をこの順で並べて、
この列はなんでしょう?

中国新疆ウイグル自治区における人権問題は、
かなり大きい問題だと感じています。
(もちろん、香港も。)
中国政府は、この「疑念」を否定していますが、
EU、アメリカ、イギリス、カナダ、
が人権侵害を告発しているし、
YouTube には、BBCが発表している現地レポートもあり、
中国の言い分を鵜呑みにすることは難しいでしょう。

で、もろもろの国からの告発に対抗して、
中国国営TV などが、名指しで批判している企業、
それが上に挙げた3社なのです。(朝日新聞・3/26)
直接的には、これら3社が、
「人権抑圧のある新疆産の綿花は使わない」
と発表したことに対しての対抗措置だと言います。
H&M は、
「いかなる政治的な立場も代表していない」
と言い訳(?)しましたが、
批判は止んでいないと。

そして実は、中国による批判の矛先は、
無印やユニクロにも向かっているんですが、
無印は、中国メディアの取材に対して、
「我々は新疆産の綿花を使っている」
と釈明したそうです。
Mmm、それが事実であってもなくても、
「釈明」する必要があったのか、どうか。
もちろん一企業にとっては、
国家間の揉め事に巻き込まれて売り上げが落ちるのは避けたいでしょうが、
今回は、国家間と言っても、
核にあるのは人権問題です。
あまり日和った「釈明」をすると、
企業の印象が変わりもします。
無印では、メモもセーターもカレーもお菓子も買います。
本音を言えば、
もっと毅然として欲しかったです。
(「ビジネスと人権」については、
もうかなり前から論議されてきていますが、
まだまだ、本気で受け取られていない印象があります。)

中国が、もし世界のリーダーになりたいなら、
長い目で見て、現在のような政治的方向づけは、
大きなマイナスになるでしょう。
そしてそうは思っていないところが、
中国の帝国的な側面なのでしょう。

(一方で、有名ブランドの、
いわゆる「スウェットショップ」問題も、
解決されているとは感じません。
これは、新自由主義そのものの問題でもあるのでしょう。
そしてこれもまた、人権問題だと言えるわけです。
中国が、もしその点を指摘したのだったら、
論議の印象はずいぶん変わっていたでしょうが、
「人権」の価値が相対的に高くない中国で、
そういう話にはならないのでしょう。)

それから North Face。
こちらはわたしは縁がないんですが、
石油企業との間で「バトル中」とのニュースが。

2021年3月27日土曜日

Family Business

同じタイトルのアメリカ映画がありましたが、
今回見たのは、フランスのコメディー・ドラマです。


ちょっと変わった設定です。
まず、ユダヤ系の肉屋さんがあります。
老主人は、妻を亡くした後、
商売がうまくいっていません。
さらに、ピーターパンな長男は、肉屋を継ぐのをイヤがっています。
が、そんなとき、この長男が、
「もうすぐ大麻が合法化される」
というネタを仕入れます。
出所が大臣の娘なので、信憑性は高そうです。
そこで長男は思いつきます、
肉屋をやめて、大麻を育てよう!
で、いろいろ画策するんですが、
あれこれあって、結局、
一家総出で、この大麻事情に取り掛かる、という物語です。

最初は、この設定で大丈夫?
と思って見てたんですが、
まあ、結局シリーズ1の最後まで見てしまいました。
まあ、おもしろかった、のかな?

長男ジョゼフを演じるのは、
先日コメントした『俺はマンデラになる』にも出ていた、
有名ユダヤ人俳優、ジョナタン・コーエンです。
で、彼の姉役が、ジュリア・ピアトン。
彼女は、この映画でクレール役を演じていました。
それからここにも出てました。

そしてジョゼフの恋人役が、
リナ・アル・アラビなんですが、
↓の映画の時の、シリアを目指す学生役とは、打って変わって印象でした。

2021年3月26日金曜日

夕陽・2




今日の午後6時頃です。
flamboyant、
という語を思い出しました。

2021年3月24日水曜日

夕陽


昨日の夕方、
近所の川縁の桜は?
と思って通りかかると、
むしろ、夕陽が、その光が、
印象に残りました。

ソファも



いろんな場所で時を過ごすManonですが、
ここにいる時間もけっこうあります。
新聞を読んだり、映画を見たりしていると、
横に来て体を密着させたりすることも。

2021年3月21日日曜日

『俺はマンデラになる』

ネトフリのフランス映画、

『俺はマンデラになる』(2020)

を見てみました。
ちょっと総花的なコメディーなんですが、
それがうまく嵌っていて、
またその総花そのものに意味があり、
わたしはとてもおもしろかったです。


この映画の原題は、

Tout simplement noir 

なんですが、ここでの noir は「黒人」のこと
(前に On est とか Je suis とかが省略されている)
なので、
「ごく単純に黒人だっていうこと」
くらいの日本語になるでしょう。
もちろん、そのニュアンスはさまざまですが。

ジャン=パスカル・ザディは、36歳の黒人コメディアンで、
白人の妻と息子の3人暮らし。
(この映画では、この「黒人」「白人」は重要ファクターなので、
あえてそういう書き方をします。)
で彼は、フランスの黒人が被ってきた差別を告発しようと、
一大デモを企画します。
行進コースは、
レピュブリック(共和国)からナシオン(国家)までという、
デモの定番です。
(詳しくは、『エキゾチック・パリ案内』を!)
で、その宣伝のためもあり、
パリ市庁舎に単身押し掛け、大騒ぎをするのですが、
そこはあっという間に警官に取り押さえられます。
ただ、その一部始終を、
ドキュメンタリーにするために撮影していて、
それをSNSに挙げることで話題作りにしようと企みます。
で、この企みは成功します。
まず、人気黒人コメディアン、ファリーが、
テレビでこのヴィデオについて肯定します。
これを見たJP はファリーに会いに行き、
彼に、有名黒人を紹介してくれるように頼みます。
ファリーはOK し…… というお話です。

で、この流れから、
マジで黒人有名人がたくさん登場します。
(ただし、「黒人」と言えるかどうかビミョーな人もいて、
そのあたりから、そもそも「黒人」てなに?
みたいな話も出てきます。)
ちょっと挙げるだけでも、
テュラム、
ジョイスタール、
エリック&ラムジー、
ソプラノ、
マチュー・カソヴィッツ、
オマール・シー……
豪華でしょう!?
また久しぶりに、
アメル・シャアビの顔も見えました。
やはり「黒人」が重要である、この映画の監督・主演でした。

また、実は今ネトフリで視聴中の『ファミリー・ビジネス』に主演している、
これは有名ユダヤ人俳優、
ジョナタン・コーエンも出演していました。

でもわたしが特にウケタのは、
(つい先日、シャモワゾー役でも出会った)
リュシアン・ジャン=バテイストと、
Casa Départ の監督、ファブリス・エブエが言い合う場面です。
リュシアンがCasa Départ を「奴隷制をからかってる」と批判すれば、
ファブリスもまたリュシアンのこの作品について、
「黒人のステレオタイプだ」を言い返すのです。
するとリュシアンは、すかさずこう答えるのです、
「おれの作品は、黒人がどうのじゃなくて、
家族がテーマなんだよ、そう、ケン・ローチみたいな感じだよ」
いやあ、リュシアンの作品は、どれ一つとして、
ケン・ローチには似てません!
もちろんわたしとしては、どちらも好きですけど!

この場面は、単純におもしろいのですが、
「黒人」やその「歴史」を描くことの難しさ、微妙さ、
がユーモラスに、かつうまく表現されていたと思いました。

そして映画が終わった後に残るのは、
フランスで noir であることはまったくもって simple じゃない、
という事実なのです。

2021年3月20日土曜日

GF 2

数ある食べ物の中で、何が好きと言って、
やっぱりリンゴとグレープフルーツが上位に来るのは間違いありません。
で、1か月ほど前でしょうか、
朝一番に食べるものを、
リンゴからGFに切り替えました。
リンゴの味が落ちてきて、
GF はフロリダ産が出回ってきたからです。

今年のGF は、とりわけデキがいいとは言えないようです。
でも、それでもわたしは好きで、
朝1個、風呂上りに1個食べます。
(GF 2、と勝手に呼んでみてます。)
で今日などは、
夕食が韓国料理だったので、
そこはチャミスルを登場させ、
そうだ、GFを絞ってみよ、
という感じで飲んでみました。
Mmm、そりゃうまいでしょ。
というわけで今日は、3個食べることになります。
(1個 98円なので、まあいいことにします、
スタバもほとんど行ってないし!)

チャミスルは、まあ、韓国の映画やドラマには、
他の酒は存在しないのか?
というくらいたびたび登場します。
いつだったかスーパーで買ったとき、
おまけでミニ・グラスもついてきたので、
それを使うことももちろんありますが、
今日はそういうわけで、大きめのグラスを使いました。

そこにフロリダ産がある限り、
GF 2 は続きます!

Caïd

2017年に制作され、
映画祭で賞も獲ったのに、
どうも配給業者の手違い(!)によって公開されなかった映画、

Caïd

ただ、これに目を付けたNetflix が出資し、
シナリオを書き換え、
ただし同じ出演者で撮り直したのが、
短編シリーズ、

『密売人』

です。
1本が10分弱で、全部で10話。
これが、すごい緊張感で、おもしろかったです。


舞台はマルセイユ近郊。
出所したばかりのトニーは、
ドラッグのディーラーの若きボスであり、
同時に期待のラッパーでもあります。
そして物語は、
彼の新曲のMVを撮影、という枠組みの中で展開します。
そう、たまたまヴィデオの撮影に来た二人が、
一人はいわば立会人として、
もう一人はその記録者として、
物語を見届けてゆくわけです。
この点が、この作品の最大の魅力となっています。

監督は、インタヴューにおいて、
優等生的な発言(「悪の道を否定することがテーマです」)をしていますが、
もちろんこの映画の魅力はそんな教訓ではなく、
いわゆる映画的なスリリングさにあるのでしょう。

そしてもう一つ、映画の魅力を下支えしているのが、
音楽です。たとえば、


かっこいい。Wawawa♫

視線の問題というのは、
小説でも映画でも避けて通れませんが、
この映画は、それを考える材料にもなるのでしょう。
観客の視線と物語の間にはカメラがありますが、
それは、ここでは、物語の一部なのです。

2021年3月18日木曜日

il y a 5 ans


ピクチャ を整理してたら出てきた、
Manon の5年前の写真。
まだ赤ちゃんだった頃……

sociale

昨日、Le gang des Antillais のことを書きましたが、
1つ忘れてました。
ラスト近く、主人公はこうつぶやきます。

... notre lutte à tous ne doit pas être raciste, mais bien sociale.

……わたしたちみんなにとっての闘争は、
人種主義的なものではなく、社会的なものであるべきだ。

この sociale は、「社会階級間の」とも訳すことができ、
そうなると、階級闘争を指すことになるのでしょうが、
映画内の文脈から考えれば、「社会的」ということになるでしょう。
また raciste は、もちろん race 「人種」から来ているわけことですが、
この語はしばしば、「民族」の意味で(間違って)使われます。
ここもそうだとすれば、
「民族主義的なものではなく」
となるのでしょうが、
これは、どちらで訳しても、まあ否定されているわけだし、
主人公の気持ちに大きな差異は生まれないでしょう。
(認識には、差があると思いますが。)

今も世界中で、raciste な運動がたくさん続いていることを考えると、
このセリフは、単純ながら、
なかなか味わい深いんじゃないかと思いました。
「民族」の概念は、
「国家」や「宗教」に利用されると、
あるいは「革命」に利用される場合でも、
たいてい碌なことは起きないわけですからね。

2021年3月17日水曜日

Le Gang des Antillais

これ、DVD買って積読にしたままになっていたんですが、
ネトフリにあることに気づいて、そのまま視聴に突入しました。

『ウエストインディーズ・ギャング』(2016)

原題は Le Gang des Antillais ですから、
アンティル諸島の人々のギャング、のことです。
(つまり、邦題の「西インド諸島」は、
厳密には、やや広すぎるわけです。)


舞台は1970年代のパリ。
(といっても、パリの景観はほぼまったく目を引きません。
バルベス、などが、名前として出てくるのみ。)
60年代に始まった、BUMIDOMという制度、
つまり、海外県から、就職斡旋付きで「本国」に移住する制度を使って、
多くの移民がフランスにやってきたのですが、
そうした人たちの中に、
主人公ジミーも、
彼の仲間になる3人の「ギャング」たちも、
ジミーの恋人のリンダも、いたわけです。
ただ、
この片道切符だけを支給するやり方は、
うまく機能しませんでした。
仕事と言ってもそれは、掃除夫、家政婦、
のようなものがほとんどで、
そこには実体化された差別が厳然とあったからです。
こんな状況の中で、
主人公たちは、「ギャング」となってゆくわけです。
(といっても、少人数で郵便局を襲うだけです。
基本的に、人は傷つけません。)

このギャングたちがやや特殊なのは、その動機においてでしょう。
もちろん、お金のための犯行ですが、
そこには、資本主義への反逆、
(この時期、カリブ海出身者の間では、
キューバ的な社会主義革命が目指されていました。)
アンチ白人思想、
差別への反感、
なども入り混じっているからです。
もちろん、革命絡みの映画だと、
こういうことはあるわけですが。
そしてまた、今回のこの映画が、
そのあたりを深く描き切れているかと言うと、
必ずしも oui とは言いにくいかもしれませんが。

そしてこの映画、
詳しい事情は分からないのですが、
出演者の顔ぶれが変わっています。
しがないカフェの店長にマチュー・カソヴィッツ、
主人公の子ども時代を知る女性にロマーヌ・ボーランジェ、
主人公の恋人をジタ・アンロ、
(ジャマイカ系の彼女は今回、
カールの強い髪型で登場します。)
そして何と言っても、
実名で登場するシャモワゾー役を、
リュシアン・ジャン=バティストが演じているのです。
グアドループ系で、クレテイユを描いた映画の、
監督・主演でした。




この最後の映画は、ネトフリで見られます。
『目元が似てる君へ』、です。

「どうしてパリに住んでるんですか?」

https://www.youtube.com/watch?v=YCuU4SjcS2A

おもしろかったです。

(もっといろんな場所で訊いたら、

もっとおもしろかったでしょうけど。)

2021年3月16日火曜日

隠れてるつもりですけど、

 


なにか?

『26年』

映画のゼミで見せる韓国映画といえば、

『国際市場で逢いましょう』

がなんと言っても筆頭です。
韓国の現代史が、時代ごとにうまく描かれているからです。
ただこの映画、足りないものがあります。
それは光州事件であり、民主化運動であり、北との相克です。
で、それを埋めてくれるのは、

『タクシー運転手 ~約束は海を越えて』
『1987』
『The Net  ~網に囚われた男』

などが有力候補です。
(『愛の不時着』も入れたいところですが、
授業ではムリですね。
ほんとは、こっちのほうがいいと思います。
「北」が、人間的に描かれているので。)
そうそう、『ペパーミント・キャンディー』も重要ですね。


で、今回見た

『26年』


ですが、このタイトル、
光州事件から26年経って、という意味です。
主人公たちは、
それぞれに父、母、姉を事件で喪っています。
そしてそこに、元戒厳軍の兵士が加わるのです……

これは評価の難しい映画です。
前半、主人公たちの動機が説明されてゆく部分は、
事件の重さがずっと響いています。
そして後半、
元大統領の暗殺を企てる経緯では、
アクションやサスペンスが前に出てきます。

ただ、この映画が、韓国ではヒットしたという事実は重要でしょう。
映画の時間的舞台は2006年ですが、
公開当時の 2019年にあっても、
光州事件にまつわる思い、
それはルサンチマンに近いのでしょうが、
そうしたものは消えていないということの、
証明になっているのだと感じられるのです。

韓国映画はやはり、
政治性が強くて、
それは大きな武器であり、
観客にとっては魅力でもあります。
『26年』が名作かどうかは措くとしても、
少なくとも日本では、
半永久的に、
こうした映画は出てこないのでしょう。

2021年3月14日日曜日

Elle est en forme.

 


かわいい💛

『ファイナル・テーブル』

ネトフリで、

『ファイナル・テーブル』

という、料理の対決番組(全10話)があって、
今日それを見終わりました。
まあ、かつての「料理の鉄人」ととても似ていますが、
こちらは、まず最初に24人の料理人が集まり、
その中で勝ち抜き戦が行われる点が違います。


毎回作られる料理は、
見た目がかなり美しく、
みていて飽きません。
その上、料理人たちのバックグラウンドが紹介されるので、
一人一人に思い入れが生まれ、
彼らが一層魅力的に見えてきます。
この、料理人対たちがもつ人間的な魅力が、
とても大きな要素だと感じました。

また料理について言えば、
そこではもう「多様性」が当たり前になっていて、
だよね~、と感じました。
また、料理のコンセプトが問われることも多く、
生態系、環境、食というもの、
などについてのある程度深い理解が求められているのも、
単なる「美食」番組に終わらない、好感ポイントでした。

ただし、? なポイントもなくはありません。
まず、料理が「国単位」で捉えられていたこと、
そして、課題となる料理には、
「アメリカ料理」や「ブラジル料理」、「メキシコ料理」があったのに、
「中国料理」が入っていないこと、
また、最後に優勝するのが、……であること、
などです。
こういう点では、アカデミー賞的だといえるかもしれません。

でも、それを差し引いても、
料理って、ほんとにすごいなあと思います。
あれらの材料が、あんな料理に変身するんですから!

『ハイ・フォン:ママは元ギャング』

ベトナム映画、

『ハイ・フォン :ママは元ギャング』(2019)

をネトフリで見てみました。


かつてはホーチミンのクラブで用心棒をつとめ、
今は田舎で借金の取り立て屋をしているヒロイン、ハイ・フォン。
ただ彼女がこの田舎にやってきたのは、
自分の後悔だらけの人生に「意味」を与えるため、
つまり、妊娠中だった子供をひとりで育てるためでした。
が、ある日、それほどにも大事にしていた娘が、
人身売買組織に誘拐されます。
一味を追い、彼女はまた闇の世界へ……

というわけで、物語は型通り。
足を洗った元渡世人が、
何らかの理由で闇世界に舞い戻るわけですね。
このタイプ、もう何十本も見た気がします。
古くはアラン・ドロンの『ブーメランのように』などがありますが、
このタイトル、そのままですね。
ただ、今回の映画がちょっと違うのは、
戻っていくのが女性であること、
そして、実はマフィアのボスもまた、女性なのです。

まあ、あまりにツッコミどころが多く、
アクションも、まあ……という感じでした。
ただ、ベトナムの田舎やホーチミンの街の様子は、
見ていておもしろかったです。
ベトナムの俳優たちの声も、
なんともいえない特徴があって。

この映画、2019の公開時点では、
ベトナムでの映画興行収入歴代第1位を取ったそうです。
人気女優の主演ということもあるでしょうが、
やはり、ベトナムの風情が感じられるのも、
よかったのかもしれません。

『韓国語のしくみ』

昨日、出かける直前に、
ふと思い出してあわてて買った(DLした)のは、

『韓国語のしくみ』

そういえば、白水社に、
「しくみシリーズ」ってあったよなあ、
と思い出したわけですね。
(こういう時は、
本屋さんにいかなくていいキンドルは便利。
もちろん、本屋さんは必要ですけど。)

で、
途中で寄ったマック
(ここのマック、テラス席が広くてわりと好き。
ラテ以外頼まないですけど!)
で、さっそく最初のほうを読んでみました。
ただ、読むだけだと感触がないので、
とりあえず、出てきた例文を写しながら、
そこにヨミガナも書きこみながら、です。
こんな感じ。


なんだか、ちょっと習字みたいで楽しいです。
そしてこの本、いいです。
なんにも知らない読者に向けて、
決してオーヴァーフローにならないよう、
いい感じの小出しが続き、
スルスルと引き込まれる感じ。
もちろん、まだ全体の 0.000001%くらいなんでしょうけど、
すこ~しでも触れた感じはします。
こんな感じで写しながら、
もうちょっとやってみるつもりです。

(まあ、これだけ韓国ものをみているわけで、
少しくらいは分かりたいです。
オモニやアボジやアラッソやシバラマやケッチャナなどは、
よくわからないまま耳に残っているし。)

2021年3月13日土曜日

『イソケンと二人の王子様』

ノリウッドでもう一本、
と思って(ネトフリで)選んだのが、これ。

『イソケンと二人の王子様』(2017)

なんだかふにゃっとしたタイトルですが、
原題は単に Isoken(←ヒロインの名前)です。


舞台はナイジェリアのラゴス。
イソケンは、ヨルバ人の「いい家」に育ち、
3姉妹の中で一人だけ、ロンドンの大学を出ています。
で今は、バリバリ仕事をし、充実した34歳なんですが、
彼女の母も姉妹も、
早く結婚しろとうるさいのです。
とくに母親は、結婚こそが女性の人生の最重要事だと信じ込み、
ほとんど毒親状態です。
そんなときイソケンの前に、二人の男性が現れます。
一人は、名家の出で、事業に成功し、またやさしく、「完璧」なオセボ。
もう一人は、写真家で、自由で、楽しく、
イソケンの心を解放してくれるケヴィンです。
ただ「問題」は、
ケヴィンがオイボ、つまり白人であることです……

分かりやすい三角関係の物語です。
二人の男性の「タイプ」も対照的で、
これも分かりやすい。
でもこれが、わたしたちにとって見慣れない物語であるのはもちろん、
ケヴィンが白人であることが、
大きな負債であるかのように描出されるからです。
白人と付き合うなんて、白人コンプレックスそのものじゃん?
劣等感の裏返しなのよ、
というわけです。
やっぱりこのあたりが、
一番の見どころだと思いました。

またイソケンの母親の頑迷ぶりも、なかなか印象的。
唐突ですが、
「よくおごってくれる綺麗なお姉さん」
の中の、ヒロインの母親を思い出しました。
彼女も相当でした。
物語の中には、
しばしば古い価値観を背負う人物が登場するわけですが、
それが母親になるのか、父親になるのかは、
それぞれの文化圏の状況と関係があるのでしょう。
もちろん、頑迷さにも、
いろんな種類があって、
『私たちの青春時代』に出てくる母親は、
フランス的な「エリート」の生き方を強要するところがありました。

この『イソケン』は、見ている間、
映画というよりドラマを見ている感覚になります。
それは、時間の流れが(良くも悪くも)淡々としていて、
凝集や飛躍があまりないからなのでしょう。
潤沢とは言えない予算で作られ、
ある程度の観客動員が必須であるノリウッドの、
それは特徴なのでしょうか?

2021年3月12日金曜日

『狩りの時間』

去年の4月にネトフリで公開された映画、

『狩りの時間』

を見てみました。
主演は、『シグナル』でプロファイラーを演じたイ・ジェフン。
この時はよかったんですが……

近未来、と言っていいんでしょうか、
経済危機に陥り、
IMF から莫大な借金をしたものの返済できず、
失業者は街に溢れ、
希望の見えない国となった、韓国。
このある種のディストピアで、
ワカモノ4人が、
賭博場のドルを盗み出す計画を立てます。
暴落を続けるウォンは、盗む価値さえないのです。
無謀な計画は、成功したかに見えました。が、
そう思ったのも束の間、
まるでターミネーターのような追跡者が、
彼らの足跡を追い始めます……

まあ、つまり、B級アクション、ということなんでしょう。
希望がない街で一発逆転、
というのは分かりますが、
実際に描きたいのは、アクション、及びそこに至る心理なのでしょう。
ワタシ的には、50点くらいでした。
まあ、駄作と言っていいと思います。

2021年3月11日木曜日

『オロトゥーレ』

ハリウッド、ボリウッド、と(一応)並び称される、
ノリウッド。
ナイジェリア映画のことですね。
(もう少しローカルですが、
ナイジェリアのカノで作られるイスラム系の映画を、
カニウッド、と呼ぶこともあるようです。)

最近気づいたのですが、
ネトフリには、10本以上のノリウッド作品が挙がっています。
せっかくなので、とりあえず、と思って見てみたのが、

『オロトゥーレ』です。


この「オロトゥーレ」というのは、
ヒロインの名前です。
彼女はジャーナリストで、
ナイジェリアの人身売買の現状をリポートすべく、
売春婦になりすまして潜入取材を試みます。
やはりジャーナリストである恋人が、
バックアップします。

映画が始まった当初、
色彩は豊かだし、音楽は派手だし、パーティーはあるしで、
なかなか賑やかで元気のいい映画だと感じました。
が、
ある晩ヒロインが、売春婦として出かけた政治家のパーティーで、
薬を飲まされ、乱暴されてしまいます。
これは単純にびっくり。
どうやらわたしは、無意識のうちに、
女性記者はどんな危機にあってもギリギリでうまくかわし、
ワルの組織には鉄槌が下るだろうと思っていたようです。
実はこの映画、そうじゃありませんでした。

ヒロインと仲良くなる売春婦は、
田舎にいる妹と一緒にヨーロッパに渡ることが夢で、
ブローカーにお金を渡しています。
たまったら、連れてってやる、というわけです。
で実際、やがてお金がたまり、
彼女と妹は、他の10人ほどの売春婦と一緒にバスに乗せられるのですが、
こうした流れを取り仕切っているマフィアは、
たしかに彼女らを渡欧させはするものの、
それは彼女らを売春婦として働かせるためなのです、ヨーロッパで!

ひどい現実です。
でも女性たちには、この渡欧以外、
現状を変える選択肢はないのです。
たとえ、今より悪くなるかもしれないとしても。

特に印象に残ったのは、
マフィアが、女性たちを洗脳しようとするシークエンス。
魔術師は、女性たちを裸にし、
その肌に動物の地を塗ったかと思うと、
今度は棺に横たわらせ、
主人に背いたらわたしは棺に入る、
と唱えさせるのです。

軽い映画だろうという予想は裏切られました。
この映画で描かれたナイジェリアは、
ほとんどディストピアです。

「 コロナ時代の銀河 ——朗読劇「銀河鉄道の夜」と10年」

オンラインで見られるんですね!

以下、管さんによる紹介文です。

************************

震災後に古川日出男(小説家)、小島ケイタニーラブ(音楽家)、柴田元幸(翻訳家)とともに作り各地で上演してきた朗読劇『銀河鉄道の夜』ですが、この春には『コロナ時代の銀河』と題した新ヴァージョンを完成させました。
もともと上演する土地と場所に合わせて必ず台本と演出を変えてきましたが、今回は以下の2ヴァージョンを制作しました。
1)奥多摩町の旧小河内小学校にて無観客上演したものを撮影し、河合宏樹監督(『うたのはじまり』『兵士A』ほか)が映像作品として完成させました。これは3月11日午後2時46分より無料公開(配信)します。
2)下北沢の本屋B&Bにて、明日3月11日夜に無観客ライヴ上演=配信するもの。こちらは有料の書店イベントです。
この2のチケット売り上げをもって1の制作費用に充てますので、ぜひごらんいただき、ご支援いただければさいわいです。詳細は以下をごらんください。
無料配信については
書店イベントについては
からチケットをご購入ください。
はなはだ勝手なお願いですみません!1は予想をはるかに超えた強烈な映像作品となりました。古川日出男の類例のないヴィジョンが生んだ鎮魂の劇の、河合宏樹による徹底的な再解釈です。この映像作品を見て、ぼくは初めて、自分たちの劇がどういうものなのかわかりました。

2021年3月9日火曜日

ボルドー大学と

今日は、ちょっとおもしろい Zoom に参加しました。
勤務先である明治大学の理工学部の中に、
電気工学を専門にしている学科(&大学院)があるんですが、
そこの大学院生たちと、
ボルドー大学の学生たちの交流を進めるプログラムがあります。


お互いに留学生を受け入れることも含め、
まあいろいろなレベルで親交を深めてゆくわけです。
で、その一環として今日は、
ボルドー大学で行われている日本語の授業に、
ゲストとして、日本から学生が参加し、
わたしもそこに混ぜてもらった、というわけです。

総勢30人弱で、
いくつかのブレイクアウトルームに分かれたわけですが、
わたしが入った部屋には、
フランスから2名(男子と女子)、
そして日本側からも院生が2名(男子)が参加しました。
日本人の学生が、
AとBではどちらが好きですか?
みたいな質問をして、
フランスの学生がそれに答え、
またその答えを踏まえて、
問いを膨らませてゆくわけです。 

中でおもしろかったのは、
日本のマンガは何が好き?
という問いに対して、
フランス人男子が『東京喰種』と答えると、
即座に日本人学生が、
本棚から『東京喰種』を抜き出して、
画面にかざして見せたこと。
そしてフランス人女子学生が『進撃の巨人』を答えると、
期待にたがわず、
同じ学生がやはりそのマンガの表紙をカメラにかざしたのでした。
ナイス!

ちなみにより日本語ができる女子学生の方は、
K-POP が好きで、
寿司が好きで、
日本には一度行ったことがあり、
ボルドーよりも(まあどちらかといえば)パリが好きで、
都会が好きで、
買っている猫の名前はギズモで、
知っている日本人と言えば宮崎駿、
ワールドカップは見るけど、
ムバッペも知ってるけど、
サッカーは詳しくない、
夏には友だちとプールに行くけど、
泳ぐよりはビーチボールで遊んでいて、
男の子との出会いはプールよりもパーティー、
ということでした!

Zoom だから当たり前ですが、
日本にいて、
フランスの大学のオンライン授業に参加できるのって、
やっぱりおもしろかったです!

Paris / Hiraly Hahn

ヒラリー自身が紹介してくれています。


Mmm... box-set はムリだけど、
CD は買います。
楽しみ!

いい子でお座り

 


でも、あなたの席はここじゃないでしょ!?

2021年3月8日月曜日

『サンティネル』

ネトフリの新作、

『サンティネル』(2021)

を見てみました。


シリアで過酷な戦闘を経験し、
精神にダメージを受けたクララ。
彼女はフランスに帰還すると、
母親と妹のいるニースに配属されます。
そこで、「サンティネル」をやれ、というわけです。

sentinelle は、「歩哨」。
パリなどでも、軍服に身を包み、
マシンガン(?)を携え、
数人一組で練り歩く彼らの姿を目にします。
シャトレでも、シナゴーグ近辺でも。
ただ、
シリア帰りの彼女にとっては、
なぜわたしが? という仕事でもあるようなんですが。

そしてある時、
彼女は妹のナターシャに誘われナイト・クラブに出かけます。
(そう、クララもナターシャもロシア系フランス人なのです。)
姉はそこで、ある女性と出会い、
一夜を共にします。
一方妹は、羽振りのよさそうなロシア人たちに合流し、
一晩連絡がありませんでした。
そして、その午後、
傷ついたナターシャが病院に救急さんそうされたという連絡が入ります。
もちろん、警察は動き始めます。が、
その無力さを知ったクララは、
復讐のための行動を開始するのです……

と、
つい長々と書いてしまいましたが、
それくらい、わかりやすい、見慣れたストーリーです。
この映画は、
復讐ものであり、
軍人のトラウマものであり、
姉妹ものであり、
スーパー・ウーマンものであり、
(これは珍しい)ロシア系フランス人ものでもあります。
そう、ニースもの(?)でもありますね。
ただ、残念ながら、
このうちどれひとつも、
A評価には至っていない印象です。
最後まですんなり見られるし、
アクション・シーンは悪くないと思いますが……

クララを演じたオルガ・キュリレンコは、
ウクライナ系で、2001年にはフランス国籍も取得。
007 でボンド・ガールを演じたこともあり、
『パリ、ジュテーム』の「マドレーヌ界隈」では、
吸血鬼を演じてもいました。

そして妹を演じたマリリン・リマは、
最近見たこの映画で人魚でした。


パリの人魚は、ニースにいました!

2021年3月6日土曜日

ヘビロテ

For Tracy Hide という名前のバンドをご存知でしょうか?
新宿のタワレコでは、

「日本が世界に誇るシューゲイズドリームポップバンド」

と紹介されています。
シューゲイザー、ですね。

で、
彼らの4枚目のアルバムが出たのですが、
これがびっくりするほどいいです。
わたしは、シューゲイザーに馴染んできたわけではまったくないのですが、
このアルバムには、
いろんな音の記憶が呼び覚まされる感じがして、
しかも、まぎれもなく21世紀で、
このところのヘビロテとなっています。

たとえばこんな曲。


この曲、実はアルバム版では、
このあとオバマの演説(!)が聞こえてくるのです。
また、
YouTube にはないのですが、
Radio Days という切ない系の歌は、
毎回一緒に歌っています。
ほとんどの曲の作詞/作曲を担当している夏bot 、
才能があるのはもちろん、
すごい記憶の厚みを感じます。

「市大授業」

これ、おもしろそう。(特に4限は。)


われらが明治でもやればいいのに。
(って自分で企画しろって?)

2021年3月5日金曜日

『消えたアイリス』

ロマン・デュリス&ジャリル・レスペールの、

『消えたアイリス』(2016)

を見てみました。
(原題は Iris 。
もちろん「アイリス」ではなく「イリス」。
女性の名前です。
劇中の字幕では「イリス」なのに、
なぜかタイトルは「アイリス」。
C'est quoi, ça ?


物語は、ちょっと複雑。
(予備知識ゼロでも十分ついていけますが。)
パリ3区にある銀行の経営者と、その妻がいて、
あるランチの後、妻がいなくなります。
そしてその午後、
仕事に戻った夫に一本の電話が。
奥さんを預かっている、返してほしかったらお金を。
でも実は、奥様と犯人はグルなのでした……。
ただここまでで、話の10%ほど。
このあと、いくつもの「実は……」が繰り出されてゆきます。

いわゆるフランス的「エロスもの」扱いのようですが、
その点はまあそれほどでもなく、
むしろ物語の変化が見どころなんでしょう。
まあ、75点くらい?

ロマン・デュリスという俳優は、
なんといっても、
いつまでたっても大人になれない「可愛い」やつ、
という役を演じると、
鼻白むくらいハマリます。
ただ今回はそうではなく、
貧しく、バツイチの、前科のある冴えない男、の役です。
彼なりによかったと思います。
ちょっと重さがないけれど、
その分たしかに華はあるのです。

銀行家の妻を演じたのは、
かつて『日々の泡』にも出ていたシャルロット・ル・ボン、
刑事役には、わたしの好きなアデル・ベンシャリフ。
彼は、『サンバ』では偽の滞在許可証を売り、
『パリ、ジュテーム』の「お祭り広場」では、
主人公からギターを奪うチンピラでした。
『預言者』や『クロース・エネミーズ』にも出てましたね。

2021年3月4日木曜日

『ベイルート』

レイラ・ベクティが出演しているので気になっていた

『ベイルート』(2018)

やっと見ました。


主な舞台は、1982、
つまりレバノン内戦中のベイルート。
アメリカの諜報部員カルが
アラブ系のテロリスト集団に誘拐されます。
そして彼らが交渉役として指名してきたのが、
10年前に同じベイルートでのテロで妻を失い、
今はアメリカの民間企業にいるメイソンでした。
カルとメイソンはかつての親友でしたが、
実は、テロリスト集団を率いているのは、
かつてメイソンが世話をしていたカリムでした。
彼は、イスラエルに逮捕された兄と、
カルとの捕虜交換を要求。
けれどもイスラエルは、
自分たちはその兄を拉致していないと主張し……
というお話。

ネットをつらつら見てみると、
この映画への批判が目立ちます。
それは、「映画」として平凡であり、
リズムもイマイチ、シナリオもフツウ、というわけです。
そしてそれ以外にも、
アラブ人の描き方がステレオタイプだ、という指摘もあり、
それはその通りでしょう。
ただ、
わたしの印象では、
この手の映画としては緊張感もあり、
特に遅いと感じるシークエンスもなく、
アラファト議長やイスラエル、アメリカの思惑も
(単純ながら)それなりに分かり、
うまく整理できているように感じました。
(もちろん、レバノン内戦はそんなに単純じゃない、と言われれば、
それはその通りでしょう。)

むしろ、わたしが気になったのは、
ラスト近く、延々と星条旗を映し出していたこと。
これがあると、要は、
レバノン内戦を舞台としたアメリカ(人)の物語、
をこそ描きたかったという意図が鮮明過ぎて、
ちょっと盛り下がりました。

ベイルートを描いた映画としては、
やはり、『キャラメル』が一番好きです。

『チョ・ピロ 怒りの逆襲』

韓国映画です。
フィルム・ノワール的なタイトルで、
実際そうでした。

チョ・ピロは悪徳刑事。
こんな給料でやってられるか、
というわけで、積極的・計画的にもろもろ盗みます。
ただ、ある時、
警察の押収品の保管庫から麻薬を盗み出そうとしたとき、
まさに盗むの真っ最中に火事が起こり、
若い相棒が死んでしまいます。
実はこの火災、チョ・ピロとはまったく関係ない事件に絡んで、
周到に仕組まれたものでした。
ここから、
2つの事件が交錯し、
思わぬ展開に発展する……というわけです。

ただし、ほんとうに「思わぬ展開」かといえばそうでもなく、
もうそういう展開しかない、と、
すぐに分かります。
そういう意味では様式的で、
ただ、様式美までいってないのが、やや弱い、かな。

小さなことで印象に残るのは、
チョ・ピロのなくなった相棒の女友達のこと。
彼女が着ているジャージは、
実は、セウォル号事件で亡くなったかつての親友のものなのです。
若い子の命が失われた、そのことを記憶すること、
その鎮魂を行うこと、
それが、この映画の背負うものだと言えば、
ちょっと言い過ぎでしょうか?
(やっぱり言い過ぎかな。)

2021年3月3日水曜日

『ミセン』終了

先日もちょっと触れた『ミセン』、
ついに見終わりました。
囲碁の世界を諦めた主人公が、
新米商社マンとして働く中で、
喜びと挫折を繰り返してゆくお話です。
最初はスピード感が足りない気がしたんですが、
だんだん良くなってきて、
途中からは楽しく見られました。

ちょっと抵抗があった点は、
セクハラ、パワハラ、家父長主義、
などの描写をするときの演出が、
かなりあざといことです。
その意図は分かるんですが、
でも、ハラスメントが続く場面を見ているのは、
やっぱりイラっとします。
誰かバシッと言ってやれ!
と思うわけですが、
なかなかそうはならない。
まあ、それが現実だとも言えるわけですが、
やっぱりね。

主人公の上司役を演じたイ・ソンミンは、
実質主役級の配置でした。
かれはこちらでも主役でした。


わたしは好きな俳優です。

2021年3月1日月曜日

丸善へ

今日はいい天気だったので、
ちょっと近くの丸善に行ってみたところ、
ディスタンスを取って並ぶとはいえ、
レジへの行列がハンパなく長く伸びていました。
これ、人が多いという点については、
自分もその一人なので何とも言えませんが、
それはともかく、
本屋さんが盛況で、
嬉しくなりました。
この徒歩圏にある丸善、
ものすごく便利なので、
ゼッタイつぶれて欲しくありません。
だから、平日にガラガラだったりすると心配になるのですが、
今日は賑わっていて、
ああ、よかった!

今日は文庫を何冊か買っただけですが、
そういえば、最近話題の芥川賞受賞作も読みました。
タイトルからして、ポップな作品を想像していましたが、
すごく「文学」だと感じました。

本と言えば、これ、



おかげさまで重版になったようです。
白水社の編集者の、熱心な紹介活動のおかげです。
Merci beaucoup !
来年度、この教科書で勉強する学生たちが、
充実した時間を過ごせますように!

2021年2月27日土曜日

ここでボードレール

今、韓国ドラマは『ミセン』を見ています。
最初の数話、
進みが遅すぎて止める寸前でしたが、
そのギリギリのあたりから調子が出てきて、
その後はまあまあ順調に見ています。
性差別、学歴差別、パワハラ、などが大盛りの「サラリーマンもの」、
と言っていいと思いますが、
かつて囲碁に打ち込みモノにならなかった主人公の、
挫折と再起、そして「成長」が物語の縦糸になっています。


で、
さっき見ていた12(だったか13だったか)話の最後、
何の前触れも説明もなく、
(といっても、物語とのリンクはありますが)
主人公の内的独白という形で、
突如ボードレールの散文詩が現れた時は、びっくりしました。

***************************************

酔いたまえ

 つねに酔っていなければならない。すべてがそこにある。
これこそが唯一の問題なのだ。おまえの 両肩を砕き、地
へとおまえを前のめさせる〈時間〉の、恐るべき重荷を
感じないためには、休むこと なく酔わなければならない。
だが何によってか。酒に、詩に、あるいは美徳に、おま
えの思うままに。だが酔いたまえ。
 そうしてもしも時折、宮殿の階段の上で、濠の緑の草
の上で、おまえの部屋の陰鬱な孤独の中で、 酔いがすで
に減じあるいは醒め切り、目覚めるのならば、たずねた
まえ、風に、波に、星に、小鳥に、 大時計に、逃げる
すべてのものに、嘆くすべてのものに、回るすべての
ものに、歌うすべてのものに、 話すすべてのものに、
今、いずれの時かとたずねたまえ。そうすれば風は、
波は、星は、小鳥は、大 時計は、おまえにこう答え
るだろう。「いまや酔う時である! 〈時間〉に酷使
される奴隷にならない ためには、酔いたまえ。絶え
ることなく酔いたまえ! 酒に、詩に、あるいは美徳
に、おまえの思う ままに。」 
(阿部良雄訳)

**************************************

ドラマの中では、
純粋に情熱を傾けるのだ、
くらいの意味で使われていましたが、
おそらくこの詩は、
それほど朗らかなものでないでしょう。

韓国では、
詩集がよく売れるのだという話を聞いたことがありますが、
こういう形でボードレールが使われるほどなんでしょうか?
そうだとしたら、
すごいですねえ……

2021年2月25日木曜日

Manon sur le cabinet

コロナ籠りの御多分に漏れず、
部屋の中を少しはマシにするため、
キャビネットを置いてみたいと思いました。
が、
探してみるといいのは値段が高くて手が出ません。
で、
カップボードが壊れかかっていたので、
そうだ、どうせ捨てるなら、
ちょっとDIYにチャレンジしてから、と思い直し、
ガラス扉が付いた上段の、
天板だけを(けっこう苦労して)分離し、それを、
突起物を取って平らにした下段に載せてみました。
すると……


けっこううまくいったんじゃないでしょうか!

そして、新しいものを探検するのに余念のないManon登場。


222 の日に撮りました。

2021年2月23日火曜日

L’«Histoire des gros mots» sur Netflix

« Fuck », « shit », « bitch », « dick », « pussy » et « damn », 
chaque épisode s’attache à un mot, 
pour nous raconter son histoire. 
On apprendra ainsi que la résistance physique augmente de 5% quand on jure
 - c’est un scientifique qui nous l’assure - 
ou que l’acteur le plus grossier de tous les temps est Jonah Hill, 
talonné par Samuel L. Jackson.

これは、よく宿題に使う RFI のラジオ・ニュースの一節です。
これです。


で、つまり、
ネトフリのコレを紹介しているわけです。


いくつか見てみましたが、
なかなかおもしろいです。
ニコラス・ケイジ、もともと嫌いじゃないし。
(ただ、宿題には使えませんけど!)

2021年2月22日月曜日

Adolescentes

MFFFにも上がっていて、
Amazon Prime でも見られるドキュメンタリー、

Adolescentes (『私たちの青春時代』)2020

を見てみました。


わたしは、
周囲の映画フリークたちと違って、
ドキュメンタリーはあまりたくさんは見ていないので、
評価に自信はないのですが、
今回の作品、なかなかよかったです。
アナイスとエマという二人の少女が、
13歳から18歳まで成長してゆく様子が映し出されるのですが、
その間、パリでは2度のテロ事件があり、
大統領もオランドからマクロンへと変わってゆきます。
そうした中で、
普遍的な悩みと、
フランス的な悩みと、
その両者が巧みに組み合わされていて、引き込まれます。

13歳から18歳と言えば、
当然、高校進学が間に挟まっていて、
エマは普通科へ、
アナイスは職業科へ進みます。
そうした制度について、知識としては知っているわけですが、
実際にその制度の内部で生きるワカモノのナマな感情の襞は、
初めて見たように思いました。

この映画、このままアマプラで見られるなら、
来年度はぜひ、学生に見せたいと思います。

2021年2月21日日曜日

『ハーフ・オブ・イット:面白いのはこれから』

同僚の先生が、
「これ、あんまりいいんで、5回見た!」
と言うので、それなら、と思って見てみたのが、
ネトフリ・オリジナルの、

『ハーフ・オブ・イット:面白いのはこれから』

(でも今ちょっと検索したら、
かなりの話題作だったようです。
気づきませんでした!)


アメリカの田舎町。
主人公は、高校生の3人、
中国系で成績優秀なエリー・チュー、
アメフト部のポール、
ヒスパニック系でモテ系のアスター。
で、アスターに恋したポールが、
ラブ・レターの代筆をエリーに頼んで……
というお話。
まあ、「三角関係」の話だとも言えるし、
「シラノ・ド・ベルジュラック」を思い出すとも言えるし。

この映画は、かなりよかったです。
新鮮で、丁寧で、美しい。
物語の枠組みや、
引用されるもろもろの芸術はともかく、
なんというか、
映画の核が新しい。
たしかに、もう1回見たくなります。

J'adore Naomi !

大坂なおみ選手、やりましたね!
昨日は、夕方のいい時間帯だったので、
ゆっくり応援できました。

で、気づいたのは……


これはセレーナとの対戦中ですが、
よ~く見ると、
左足が地面から浮いているのがわかります。
そして、



打ち終わると、今度は右足が浮いています。
しかも、運動エネルギーは、
回旋に使われていて、
軸が前に出ているわけでもなく。
すごいなあ、と思います。

このところしばらく、
テニスには悩みがあって、
それは「振り切れない」ということでした。
これは、いろいろ理由はあって、
たとえば、インパクトを意識し過ぎると、
そこでラケットにブレーキがかかってしまうとか、
コントロールを意識するあまり、
振りが小さくなってしまうとか、
などが挙げられるでしょう。
とはいえ一番の理由は、
(これは周囲の人たちも口をそろえてそう言うんですが)
相手に迷惑をかけまいとして腕が縮こまる、
ということです。
まあね、そうなりますよね。

でも!
大坂選手(や、ほかの選手たち)のダイナミックなプレーを見ている内、
なんとなく、
こちらも吹っ切れた気がしてきました。
特に、わたしとしては、
アド・サイドの外目の返球に対して、
(右利きの選手が)回り込んでフォアで逆クロスに打ち込む姿に、
その思いが強くなります。
あんな風に、
ビュッと振ろう!
と思うわけです。

できるかどうかはともかく、
気持ち的には、楽になりました。

2021年2月18日木曜日

失言ではなく

「失言」とは、デジタル大辞泉によれば、

言うべきではないことを、うっかり言ってしまうこと。

となっています。
そう、「うっかり」なんですね。

このところの、
元首相、与党幹事長、与党の派閥の首領たちの、
(そして経済同友会代表幹事も)
あまりと言えばあまりの「わかってなさ」加減には驚きますが、
彼ら「大物」たちの発言は、
決して失言ではないのだと感じます。
そう、「うっかり」じゃない、
あれは本心、
彼ら「裸の王様」たちの思考そのものなんでしょう。
だから、「失言」を取り消すために出てきて、
さらに「失言」を重ねる……。
というわけでやっぱり、
あれは失言じゃなく、
彼ら「お山の大将」たちの頭の中そのものなのでしょう。
そして残念ながら、
そうした思考回路は、
多くの人たちの中に、今なお巣食っているのでしょう。

だからやっぱり、数値目標は必要。
さまざまな場面でのクオータ制、わたしは賛成です。

2021年2月17日水曜日

Coup du chapeau !

ムバッペやりました!
メッシの目の前で、coup du chapeau です!
Mmm、これでアウェーが、
いつかみたいなボロ負けじゃなければいいわけですね。


メッシとムバッペ、
世代交代と言ってしまえばそれまでですが、
もう、オーラが違っているような……。
(でも、グリーズマンのシュートは惜しかった!)

2021年2月15日月曜日

『フェリチタ!』

MFFF のラスト
(といっても未見の作品も残ってしまいましたが)
はコレを見ました。

『フェリチタ!』(2019)

この映画も、
主役の3人がいい感じで、
見ている間は楽しかったです。


ティモテとクロエ、
この「刹那的」という語がぴったりの夫婦は、
その分楽し気で、愉快でさえあります。
(もちろん、未熟でもあるわけですが。)
そして二人には、娘のトミーがいます。
彼女はイヤーパフを愛用していて、
両親の喧嘩など、
聞きたくないものを聞かないために、
そのパフを使うのです。
そしてこの3人の日々は、
ある種のロード・ムーヴィーとして描出されます。

大昔のことですが、
「俺たちの旅」というドラマがあり、
高校生だったわたしたちは、
まあ欠かさず見ていたものでした。
中村雅俊扮する大学生が、
これがまた絵にかいたような「刹那的」な人間であり、
彼を取り巻く「まともな」友人や先輩は、
彼にあきれながら、でも、
彼の生き方への憧れを捨てられないのです。
高校生にとっては、
この「幅」、ないし2つの生き方の往還のようなものが、
微妙にリアルに感じられていたわけです。

ただ、「刹那的」という語彙は、
親しかった(と言っていいのか)国語の先生からの借用です。
わたしたちが熱心に見ていたので、
彼もある時見てくれたようで、
その後、この「刹那的」という語彙を使って、
彼なりの解釈をしてくれたのでした。
なるほどね、と思いました。

……と、そんなことを思い出させる映画だったわけです、今回は。
なにか素晴らしく新しいものはありませんでしたが、
佳作にはなっていたんじゃないでしょうか。

2021年2月14日日曜日

Filles de joie


終わりが明日に迫ったMFFF、
慌てて見たのが、

Filles de joie(2020)


なんとなく思っていたのとは違っていましたが、
これはこれでおもしろかったです。
ただこのおもしろさは、
作品の示す新しさ、というよりも、
俳優たちの魅力に負うところが多かったように思います。
また、先に言ってしまうと、
この映画の舞台が(おそらくは)北フランスのRoubaix で、
となれば当然この映画、


との繋がりが生まれてきて、
なんとサラ・フォレスティエはこれら両方に出ていて、
これは意図的な選択だったんだろうと感じました。
確証はありませんが。

(Filles de joie の舞台が Roubaix だと判断したのは、
ドミニクという女性のスマホの待ち受け画面の上部に、
おそらくは現在地を示すだろう Roubaix という表示が、
チラ見できたからです。
あとはもちろん、ベルギー国境が近いし。)

主役は3人の女性たち。
まずアクセル(サラ・フォレスティエ)は、
離婚訴訟中で、幼い3人の子どもたちと、
彼女の母親との5人暮らし。
裕福とは言えないものの、
彼女は一人で、一家の団地暮らしを支えています。
ウザイのは口出ししてくる元夫だけです。
2人目のコンソ(アナベル・ラングロンヌ←注目!)は、
モデルのように長身の若いアフリカ系女性で、
アクセルの隣で一人暮らし。
ただ職安では、
BACもなくてキャリアもないなら、
どんな仕事でも受け入れないとね、お掃除でも、
と言われ、わたしには夢がある、
と言って席を蹴ります。
最後は最年長のドミニク(ノエミ・ルヴォヴスキ)は、
看護師として働きながら、
夫、息子、娘、の生活を支えています。
でも、反抗期の娘ゾエとも、
それ以外の二人とも、
うまく心的なつながりを保てていません。
そして……
この3人は、別の顔も持っているのです。
彼女らは、朝、クルマに乗って国境を越え、
仕事場に向かいます。
それは、なかなか立派な売春宿です。

それぞれに問題を抱えた女性3人が、
同じ職業的選択をし、
深い連帯が生まれてゆきます。
たとえ彼女らに降りかかる困難が既視感のあるものであるとしても、
3人の連帯は本物です。
その意味ではもちろん、
これは女性の友情の映画にちがいありません。
そしてそれが、
Roubaix という記号と結びついているわけです。

ギリでしたが、
見ておいてよかったです。

『ファミリー ~兄弟の歩む道』

2017年のドイツ映画、

『ファミリー ~兄弟の歩む道』

をネトフリで見てみました。
よかったです。


ベルリンの移民地区。
そこに、トルコ系の3兄弟が暮らしています。
長兄は5年の刑期を終えたばかりで、
次兄はダウン症で肥満気味、
末弟は借金まみれのギャンブラー、です。
映画の中では、麻薬がらみの犯罪や、銃撃などもあるのですが、
全体としては、ウォームな雰囲気が感じられます。
それは、白黒の画面のせいもあるでしょうし、
この3兄弟の部屋に転がり込んだ女性のせいもあるでしょうが、
やはりなんといっても、
無邪気な次兄と、
なんとしても彼を守ろうとする兄弟二人の愛情が、
映画の底流に流れているからなんでしょう。

この映画のレヴューを見てみたら、
スコセッシの『ミーン・ストリート』(1973)や、
カソヴィッツの『憎しみ』(1995)と比較しているものがありました。
前者は見てないのですが、
後者とは、たしかに比較できるかもしれません。
なんといっても白黒だし、
周縁化されている移民系の若者が主人公だし、
大都市が舞台だし。

そして!
わたしにとって新鮮だったのは、音楽です。
おなじみ Rachid Taha の大ヒット曲、Ya Rayah が流れるのです。
これです。


この曲は、
この映画の中でも重要な位置にありました。


考えてみれば、Rachid Taha はアラビア語で歌う人気歌手ですから、
フランス映画にもそれ以外の映画にも出てきて、当然なのですが、
「アラブ文化」という文脈で、
ベルリン郊外とパリ郊外が結びつき、
それはとても新鮮なものでした。

どんな作品があるかなあ、
とネトフリ内をぶらぶらしていて、
予備知識もなく「これいいかも」と見始めたのですが、
なかなかいい作品に当たりました。

2021年2月13日土曜日

『カミーユ』

MFFFの中で、一番気になっていた作品、

『カミーユ』

をやっと見ました。
よかったです。


実話に基づいています。

舞台は中央アフリカ、
時は内戦時の2013年前後。
若いヨーロッパ系フランス人であるカミーユ・ルパージュは、
子どもの頃からの夢を追って、
中央アフリカに向かいます。
当時彼の地では、キリスト教系の「反バラカ」と、
イスラム系の「セレカ」が対立し、
殺戮の応酬が続いていました。
その現実を取材し、
報道写真家としてデビューしようと考えたわけです。
紆余曲折合ったものの、
ちょうど、フランス軍の介入の時期と重なり、
フランスでのニュース需要が高まったため、
彼女の写真は有名雑誌に掲載されることに。
彼女の夢は(一応)叶いました。
が……
繰り返されるむごたらしい殺人を目の前にして、
彼女は自分の仕事の意味を疑い始めます。
いわゆる人気報道写真家は、
需要の波が引いた中央アフリカを離れ、
ウクライナなど、
取材要請のある土地に向かいますが、
彼女にはそれもできません。
中央アフリカが、どうしても気になるのです……

ある夜の場面が印象的でした。
それは、男たちと同行し、
戦闘に疲れて帰ってきたカミーユに対して、
女性たちは、たらいにお湯を汲んで、
体を洗ったら?
と言う場面です。
言葉は通じないのです。
でも、女性たちは微笑んで、
カミーユの髪も洗ってあげるのです。
カミーユも彼女らに気持ちを預けています。
これが、転機になります。

ラスト近く、
中央アフリカで彼女と行動を共にしていた人たちを指して、
彼女は言います、
mes frères humains
と。