2018年9月21日金曜日

『長恨歌』


スタンリー・クワン監督の、2005年の映画、

『長恨歌』

を見てみました。
この映画、
日本版もフランス語版もなかったのですが、
幸い英語版を発見し、見ることができました。

舞台は上海。
ストーリーはむしろ単純で、
サミー・チェン演じる女性の半生を、
彼女を求めた男たちとの関係を中心に描いています。
ただ、全体がいくつかのパートに分かれていて、
その間の時間がかなり飛ぶので、
そこがちょっとわかりにくかったです。
ある人物について、
彼は1984年に死んだ、
と(暗転した画像を背景に)字幕が出るのですが、
その後の物語は、まだ70年代だったり。
(字幕が悪いのかもしれませんが。)

基本的な視点は、
レオン・カーフェイ(って、『ラマン 愛人』の彼です。)演じる、
程先生のものです。
そして彼は、
ヒロインのことがずっと好きなんですが、
その思いは(一応)秘められたままです。

新中国建国前から始まって、
文革を経由し、
改革開放の波の中でヒロインは死に、
程先生が2000年代に亡くなったところで物語は終わるのですが、
映画は、
しかし上海は死なないのだ、
と締めくくられます。
この街の映像はほとんど出てこないのですが、
つまり、
この上海を離れないヒロインこそは、
一つの時代の上海を象っているのでしょう。
(男たちは、どこからか来て、どこかへ行きます。)

来週の、
大学院の最初の授業で、
この映画を見る予定です。

2018年9月20日木曜日

『長江哀歌』

ジャ・ジャンクー監督の 2006年の作品、

『長江哀歌』

を見てみました。
漢字なので、
ついこれがオリジナル・タイトルなのかと思ってしまいますが、
そうではありませんでした。
原題は、『三峡好人』。
三峡ダムで知られる地域、
特に、完全に水没する町、奉節を舞台にしています。


山西省の違法な炭鉱で働いている労働者、サンミンは、
16年間会っていない妻と娘に会いに、
奉節にやってきます。
彼は妻を、当時の3000元で「買った」のでした。
奉節は「女が多く、売られる女も多い」のです。
ただし彼は、妻にやさしく接しました。
それでもなぜか、
子供を産んだ後、
妻は故郷・奉節へと帰ってしまったのです。
しかしサンミンが来てみると、
かつての妻の実家は、
すでに水没していました。
ここから、彼の本当の妻探しが始まります。

そしてもう一人、
やはり山西省で看護師をしていた女性、シェン・ホン(チャオ・タオ)もいます。
彼女は、
もう2年間、
時折かかってくる夫からの電話を待って暮らしていたのですが、
夫に話さなければならないことができたのです。
夫は、どうやら、
水没する家に暮らす人たちを、
違法に追い出す仕事を仕切っているようなのですが……

この2つのストーリーは、
いくつかの章によって構成されています。それは、
煙草、酒、茶、飴、
などと題されていて、
つまりそこでは、
庶民の生活が焦点化されていることが宣言されているようです。

静かな、堂々として映画でした。
ただ、住民100万人以上を移住させたこの三峡ダムの建設と、
その周辺でもがくように生きる人々の暮らしの関係、
るいは、
そのことと、
サンミンやシェン・ホンの「旅」との関係、
さらには、
山西省から、奉節を経て上海へ向かうというシェン・ホンの移動の意味など、
今はまだうまく言うことができません。
もう少し、
考えてみる必要がありそうです。
もちろん、いい映画ではありました。

2018年9月18日火曜日

『帰ってきたヒトラー』

2015年のドイツ映画、

『帰ってきたヒトラー』

を見てみました。(アマゾン・ヴィデオ 200円)

https://www.youtube.com/watch?v=I4a5XgNT6vQ

現代のドイツに、
ヒトラーがタイム・スリップして現れるというコメディですが、
なかなかよくできていて、おもしろかったです。

しばしば指摘されることですが、
ヒトラーは、たしかに「選ばれた」のであって、
たとえば軍事的に国民を制圧したわけではありませんでした。
そのへんの事情をよく踏まえていて、
今右翼が台頭している国々の人には特に、
身につまされる作品となっていました。
ドイツ、フランス、スウェーデン、日本……

2018年9月17日月曜日

『オオカミは嘘をつく』

2014年の映画、

『オオカミは嘘をつく』

を見たのですが……

なぜ見たかと言えば、
イスラエル映画で、
それもアラブ人居住区が主な舞台だったからです。
が、
少女の誘拐事件を題材にしており、
興味の湧かないものでした。
ま、ハズレることもありますね。



2018年9月16日日曜日

Mademoiselle

Le Fils de Jean がよかったので、
続けてフィリップ・リオレを、
と思って見たのが、

『マドモワゼル』(2001) 日本版アリ

なんですが……
わたしにはイマイチ、というか、
ゼンゼンでした。

https://www.youtube.com/watch?v=IcHnEUw-8lk

要は、夫と、二人の子供たちと、
仕事があって、幸せに暮らしていたクレールが、
24時間の恋に落ち、
でも、それは24時間で終わって、
いい思い出となる、
こんなにまじめに見える女性の背後にも、
こんな物語がありえるのだ、というお話です。

この物語そのものは、
悪いわけじゃないんですが、
若い恋人を演じるジャック・ガンブランが、
ミス・キャストな気がしました。
で、彼は、あと二人と組んで、
パーティーなどの余興芝居をして歩く仕事なんですが、
よくわからない。
この男の生き方などに、
思い入れを持つことができませんでした。

(この映画のメディア評はかなりいいです。
全然わたしと見方が違います!)

Le Fils de Jean

『君を想って海をゆく』のフィリップ・リオレ。
今回見たのは、彼の2016年の作品、

Le Fils de Jean (『ジャンの息子』)

です。
設定自体は既視感があるものの、
とても丁寧に作られていて、
いい映画だと思いました。

https://www.youtube.com/watch?v=a8gN1yP62dI

33歳のマチューはバツ1で、
隔週末は息子のヴァランタンと過ごしています。
元妻との関係も、悪くはありません。
ドッグフードの販売会社に勤めてながら、
サスペンス小説も書いていて、
1冊だけは本になっています。
ある日、そんなマチューのもとに、一本の電話が。
あなたの父親(ジャン)がなくなり、その父親から預かったものを渡したい、
と言うのです。
実はマチューは、父親を知りません。
母も、ほとんど何も教えてくれないまま、
3年前に他界しました。
そして訊いてみると、
マチューには兄弟もおり、
彼らはみんなモントリオールに住んでいることがわかります。
父親の葬儀に出るために、
そして兄弟たちに合うために、
マチューはモントリオールに飛びます。
空港では、
知らせをくれたピエールという人物、
父親の友人だったという老人が迎えてくれます。
そして、マチューのルーツが、
次第に明らかになってゆくのです。
父親は、ほんとうにマチューの父親なのか……?
それとも……?

<以下ネタバレ>

わりと多くの人物が登場します。
まずは、マチューの兄弟とされる二人。
つまりジャンの息子たちです。
兄はモトクロスのチャンピオンで「飲んだくれ」、
弟は弁護士で金に執着しています。
(二人はユダヤ系ですが、
実質的にはまったく無宗教的です。)
また、ピエールと、
その妻、娘も重要です。
実はピエールこそ、
マチューの父親なのです。
がんを患ったピエールは、死期を悟り、
友人の話をでっちあげてマチューに連絡したのです。
遺品として、
かなり高価な絵をプレゼントするつもりで。
これを売って、会社を辞めて、
小説を書くことに専念するんだ、
好きなことをする、それが人生だ、
と、ピエールはマチューに言うのです。

ピエールの妻は、当初作り話を信じますが、
すぐに、自分の夫こそが、
マチューの父だと気づきます。
そしてマチューに、西洋医学の治療を拒むピエールを説得して、
治療を始めるように説得してくれと懇願するのです。
30年前の1度の裏切りより、
今目の前にいる夫が大事です……。
また、かつて「飲んだくれ」と付き合っていたピエールの娘は、
今は双子の娘を抱えた心理療法士ですが、
彼女の心は、(そしてマチューもまた)
完全に大人になり切ってはいません。
またピエールには、もう一人娘がいるのですが、
彼女はオーストラリアにいて、音信不通です。
(理由は語られません。)

映画のラスト近くなり、
ピエールがマチューの父親だと判明するあたりから、
画面はとても張り詰めてきます。
けれど、マチューがピエール一家をパリに招き、
行く、と返事するあたりから、
その緊張はほどけ、暖かい和解が見えてきます。
空港でマチューを見送るラストは、
記憶に残るものでした。

フィリップ・リオレ、
さすがです。

2018年9月14日金曜日

Vive la France

昨日は、
大学で業務があったついでに、
夜、二人の先生と暑気払いをしました。
(まあ、もう「暑気」は遠ざかりましたが!)

なんてことはない店で、
大学の話、仕事の話、
そして夏の旅行の話、など。
なんてことはないんですが、
楽しかったです。

で……

2013年のコメディー映画、

Vive la France

を見てみました。
ずっと「積読」になっていたのですが、
エミリー・カーンがちょっと出ている、
というのを(無理やり)動機にして。

https://www.youtube.com/watch?v=OHUPwzOWMEA

タブリスタン、という、
誰にも知られず、
国連にも加盟させてもらえない(架空の)国。
お偉方たちは、
自分の国の存在を示すため、
なぜか、エッフェル塔爆破計画を思いつきます。
で、指名された二人は、
訓練の末フランスに向かいますが、
パリはストのため、
飛行機はコルシカに。
そこから二人は、
知り合った女性とともに、
もちろん騒動を引き起こしながら、
ロードムーヴィー的にパリに向かい……というお話。

まず、掴みでおもしろかったのは、
2人がフランス語の特別レッスンを受ける場面。
大事なのはこの10語、と言って黒板に示されたのは


1と2(ça va)と10(au revoir)以外は、
教科書には出てこない奴ですね。
正しい綴りは

conard
conasse
salope
pauvre con
merde
putain
Fais chier

やっぱり、教科書向きじゃありません!
でもたしかに、使われてるんですけどね。

映画としては、まあ、
気晴らしにはいいかもしれません。

2018年9月12日水曜日

24 jours ~ casting

24jours には、有名俳優も多く出ています。

まず、「ユダヤ人」側として、

ザブー・ブレットマン
パスカル・エルベ

がいます。
ザブーについては、
数日前にも書きました。
パスカル・エルベは、
やはりこれでしょうか。

http://tomo-524.blogspot.com/2014/12/blog-post_8.html

(また先日、彼が主演した

Les mauvais joueurs (2005)

という映画も見ました。
サンティエのユダヤ人社会を舞台にしているんですが、
彼の奥さんを演じたのは、
リン=ダン・ファン。
彼女は、『インドシナ』『真夜中のピアニスト』、
そしてTout ce qui brille にも出てました。
ユダヤ人の奥さんにアジア系を持ってくるあたりは、
おもしろいですね。
もう10年以上前の映画ですけど。)

監督のアレクサンドル・アルカディーを含め、
彼らはリアルなユダヤ人なのでしょう。

映画の中の、唯一のアジア系は、
オドレ・ジャコミニ(Audrey Giacomini)です。


wiki 情報では、おじいさんの両親が、
ヴェトナム系とブルターニュ出身者だったようで、
となるとオドレ自身は、
1 / 8 アジア系なのですね。
(アジア系なのは、一目見て分かりますが。)
大きな役はこれからのようです。

そして警察側ですが、

ジャック・ガンブラン
エリック・カサノヴァ
エミリ・カーン

らがいます。
エミリ・カーンは、
『最強のふたり』の中で、
画廊の販売員を演じていました。
チョイ役ですが、印象に残る人でした。


彼女、とても多くの作品に出てるんですが、
大きな役には恵まれていないようです。
(『最高の花婿』の、三女役がありますが。)
顔が整い過ぎているんでしょうか?

(アーウィン・ショーのある短編に、
とても美人なんだけど、
役がもらえない女優さんが出てきます。
その理由は、グレタ・ガルボに似てるから!
彼女は、
新人にとって、有名女優に似てるってことが何なのか、あなたにわかる?
と泣くのでした。)

24 jours

アレクサンドル・アルカディー監督の作品は、
これまでにも何本か見てきました。
中でも、これはよかったです。

http://tomo-524.blogspot.com/2016/08/ce-que-le-jour-doit-la-nuit.html

で今回は、彼が2014年に発表した作品、

24 jours

を見てみました。
この「24日」というのは、
2006年の1月20日から、2月13日までの24日間のことです。
この24日間に、ある大事件がありました。
とてもよくまとめられている記事があったので、
リンクを貼ります。

https://blog.goo.ne.jp/harumi-s_2005/e/4b1d536137cb83d1e988e33f0e6fee9e

映画は、この事件を直接扱っています。

https://www.youtube.com/watch?v=MYVJpPK7QPY

とても印象深い映画でした。
題材が題材だけに、
「おもしろい」という表現はためらわれますが。

この12年前の事件、
犯人たちは「差別思想」が何なのかさえ知らなかった気がします。
だからこそ逆に、
この犯罪には、
ユダヤ人に対する根深い差別があったとも言えるのでしょう。

映画は全編、緊張感が絶えることなく、
強いサスペンスを保っていました。
メディア評の中には、
「むごい結末に至ることを知っている」中で、
こうした作劇はいかがか、という批判もありましたが、
(そして観客動員も伸びなかったようですが)
それはドメスティックな見方というもので、
映画は世界中で見られることを考えるべきでしょう。
つまり、事件のことを初めて知る観客が多くいるはずだということです。

いい映画でした。

*刑事たちの会話の中で、
“la fille du RER”
という事件が言及されていました。

http://tomo-524.blogspot.com/2013/11/la-fille-du-rer.html

2018年9月11日火曜日

Belle comme la femme d'un autre

パリのヴィデオ屋さんで10本ほどDVDを買ったんですが、
全部で55ユーロだったので、
1本あたり平均で700円くらいでしょうか。
で、今日2本見たんですが、
残念ながら「×」と「△」でした。

1本目は、イザベル・カレとジルベール・メルキの共演。
これだと、もうスト―リーなんか読まずに買ってしまうわけですが、
だめでした。
というか、途中でやめてしまいました。


もう1本も、
オリヴィエ・マルシャル、
オドレ・フルロ、
ザブー・ブレットマン、
3人が揃っているので、
それだけで買いのパターンです。

Belle comme la femme d'un autre(『他人の妻のように美しい』2014


男が女に結婚を申し込む。
女は男を信じているのに、なぜか、
彼の思いを試したくなり、
それ専門の「トラップ」会社に申し込む。
送り込まれた美女。
でも今回、この美女は男に恋して……という(たわいない)お話。

オドレ・フルロは、
『最強のふたり』で、
オマール・シーに言い寄られる役どころでしたが、
なんというか、
いわゆる「いい女」系の役どころをこなす俳優ではない印象でした。
でも、今回の映画でも、
トラップを仕掛ける側なので、
そういう印象があるのかもしれないし、
むしろないからこそ、
(あくどくならないように)
こういう役を振られるのかもしれません。
また、O・マルシャルはノワールなイメージが強いので、
どこかで拳銃を抜きそうな感じ(!)が、
ずっとしていました。

この映画、
フランスでのメディアの評価はことのほか低く、
でも、
この程度にしょうもないフランス映画って、
たくさんあるようにも思うのですが……

たわいないものとしては、
わたしは「△」でいいと思いました。


*ザブーは、このテレビ映画の監督でした。

スウェーデン総選挙

https://jp.reuters.com/article/se-election-idJPKCN1LP0U6

先日、この話題がフランス2のニュースでも取り上げられていました。
スウェーデンの街角で、
右派に投票する、という人たちが口にするのは、

「外国人移民のせいで犯罪が増えた」

「彼らのが保険を使うので、経済が悪くなった」

というようなものでしたが、
インタヴュアーが、
「犯罪率は上がってませんけど?」
とか、
「スウェーデン経済は好調な数字ですけど?」
と突っ込むと、
それまで冷静さを装っていた人たちが、
とにかくダメなの!
みたいな反応になっていました。
(日本のインタヴュアーには、
これは望めないんですよね、残念ながら。)

右派は、
不安をあおり、
根拠のないことを刷り込むわけですね。

2018年9月10日月曜日

『グッバイ・レーニン』

2003年公開の、
とても有名と言ってもいい映画、

『グッバイ・レーニン』

を見てみました。
わたしは初めて見ました。(Amazon Prime で。)

https://www.youtube.com/watch?v=4SL8zZt5XKc

今から15年前の映画で、
さらに、
映画の舞台となっているのは、
ベルリンの壁崩壊(1989)前後ですから、
公開年の14年ほど前です。
(つまり、ベルリンの壁崩壊から、
来年で30年も経つんですね。)

映画の設定はコメディー的で、
東ドイツを深く信奉する母親が倒れ、
8か月間昏睡している間に、
壁は崩壊し東西は統一。
でも、どんな小さなショックもダメ、と医者に言われた息子は、
東ドイツがなお存続しているというフィクションを、
ベッドにいる母親の前で繰り広げる、というお話です。
この母親の夫は、
10年以上前に、西に亡命しています。

今見ると、コメディーとしては、
テンポが遅いと感じられました。
やや説明的な部分もあるし。
で、そう思いながら見ていたのですが、
見終わって考えてみると、
(単純なことではありますが)
要は、この母親は西ドイツの象徴なわけですね。
壁が崩壊した今、
それはもう存在しないのだけれど、
人々の記憶の中にだけは確かに存在するわけです。
東ドイツへのレクイエム、
なんですね。
そう考えると、なかなか捨てがたい映画なのかなと感じました。
(そして西へ行った夫は、
民族分断を象るわけなのでしょう。)
ただ個人的には、
レトロスペクティヴなのはあまり好みではなんですけどね。

*主人公の仕事仲間を演じたフロリアン・ルーカスは、
この映画では、ヒロインに寄り添う優しい男を演じていました。

http://tomo-524.blogspot.com/2018/07/letrangere.html

ここでは彼が、優しいドイツ、でした。

Patients

以前、ラッパーの Grand Corps Malade(GCM) について、
ほんのちょっとだけ触れましたが、
彼のアルバムは何枚か買って、聞きました。
わたしが好きだったのは、たとえばこの曲。


で、
このサン=ドニ出身のラッパーは、
『患者』という自伝的小説も書いていて、
それを(自由に)映画化したのが、同タイトルの、

Patients (2017)

です。


GCMは、ハンディがあり、
しかも196cmの長身ゆえ、
この名前にしたそうです。
で、バスケットボールの、
アマチュアとしてはかなりの選手だった彼は、
ある夏のコロック(子供の林間学校的なもの)で
アニマトゥール(引率者兼盛り上げ係的なもの)をしていたとき、
水が十分入っていないプールに飛び込んで、首をやられ、
当緒はまったく動けなかったのですが、
懸命のリハビリの結果、
上のヴィデオで見られる通り、
松葉杖で歩けるところまで来たそうです。

映画は、GCMらしき主人公が、
事故後の手術を終えたところから始まります。
そして映画内の時間の95%が、
病院かリハビリセンターの内部です。

病院で、主人公Benは友たちができます。
みんな車いすでの生活です。
陽気で、4歳の時から車いすのファリド。アラブ系です。
リハビリの効果がなく、「希望」を抱けないトゥーサン。アフリカ系です。
自殺未遂を起こすスティーヴ。白人です。
本人は交通事故と言っていましたが、
実は失恋の末の、クルマでの自殺で障害を負った、
アラブ系で美人のサミア……。
それ以外にも、
記憶が10分しか続かないサミール、
街のワルで、拳銃で撃たれたエディーもいます。
(みなハンディキャッパーですが、
その内実はさまざまです。

一番印象に残ったのは、
Benたちがある夜、
センターの周りに広がる森に「冒険」に行く場面。
暗い森の中で、彼らは話すのです。
障碍者に合うように作られた椅子も、
フォークも、
ベッドもある。
なのに、障碍者に合うように作られた「希望」がないのはなぜなのか、と。

挿入されたラップもなかなかよくて、
作られる価値のある映画だと思いました。

*サミアを演じた Naila Harzoune  は、
これらの映画にも出ていたのですが、
今回が一番印象的でした。

http://tomo-524.blogspot.com/2017/09/taularde.html

この映画の「囚人・2」でした。
それから、

http://tomo-524.blogspot.com/2016/07/made-in-france.html

これは日本版『メイド・イン・フランス』が出ています。

2018年9月9日日曜日

Drôles d'oiseaux

2017年制作の映画、

Drôles d'oiseaux (『奇妙な鳥たち』)

を見てみました。
70分という、短めの映画です。


Mavie(マヴィ、つまり、my life)は、
トゥールからパリに出てきます。
ちょっと田舎に疲れた、という感じです。
で、頼った画家の友人(ヴィルジニ・ルドワイアン)は、
不倫の恋に忙しく、
全然マヴィを構ってくれません。
そんな時マヴィは、近所のカフェに貼ってあった募集に応募します。
本屋さんでのパートタイムです。
行ってみると、
そこには老店主がいるだけ。
面接をするでもなく、仕事が始まります。
そしてこの、厭世的で、反抗的で、
やたらと金持ちの老人とマヴィの間に、
恋愛(に似た感情?)が芽生えてくるのです……。

会話が「詩」的で、
全体的にありそうもない話ではあります
(老店主は、実は政治犯で、
もう29年間イタリア警察から逃げている、とか)が、
見ているのはイヤではありませんでした。
清潔感があるというか。
マヴィの性格設定も、好感が持てます。
そして背景のパリも、きれいです。
(あくまで背景でしかありませんが。)

じゃあ、この映画に足りないものはなにか。
まあ、足りないものだらけですが、
これだけわずかなもので作った映画というのも、
逆におもしろいかもしれません。

1つ、これは感覚なんですが、
ところどころ、
ブニュエルを思わせる演出がありました。
鳥や昆虫の使い方とか、
(今はほとんど見なくなった)アイリスアウト/アイリスインとか。
関係あるのでしょうか??

「資格はない」


5日・朝日新聞、夕刊。

2018年9月7日金曜日

アレオラ!

アレオラ、大奮闘ですね。

https://www.youtube.com/watch?v=Lt96cyw0xkc

彼は、両親ともにフィリピン系。
ポスト・ロリスは、アレオラでしょうか。

Ouvert la nuit

サブリナ・ウアザニとオドレ・トトゥーの共演ということで、
楽しみにしていた映画、

Ouvert la nuit (2016)

を見てみました。が、
基本的にわたしの苦手なタイプ、
つまり、映画監督が出てくる映画、
演出家が出てくる芝居、のような、
自意識が過剰に露出してくるタイプの作品でした。

https://www.youtube.com/watch?v=7Locez8wWIc

劇場主のルイジ(本名はルイ。この辺にも自意識が。)は、
明日の初日を前に、
金策などのためにパリの夜を走り回る、
という設定なので、
おもしろくなる可能性は十分あったと思うのですが……

途中、日本人の演出家が出てくるのですが、
彼の名前は「ダザイ」でした。
また、バスに乗り込んでくる花売りの役で、
Booder が登場していました。
彼と言えば、これ

http://tomo-524.blogspot.com/2013/02/b-httpwww.html

ですが、
実はこれにも出てました。

http://tomo-524.blogspot.com/search?q=halal+police

SMS



2014年のコメディ映画、

SMS

を見てみました。

https://www.youtube.com/watch?v=CywJbD8QjgY

細かいところはけっこう込み入っているのですが、
要は、
妻と男の子がいるローランに、
次々と災難が降りかかるという話です。
まずは、建てたばかりの家が、
派手に水漏れした後に、大火事に。
さらに、子供を学校に送っていく途中にスマホを盗まれ、
犯人を追いかけている間に息子が行方不明、
実際は清掃人に助けられ母親のもとにいたのですが、
父親失格の烙印を押され、
妻は子どもと一緒に別の男のもとへ、
また仕事上も穴が開き、
自分の小さな会社が差し押さえの対象に……
という具合です。
もちろんコメディですから、
不幸もまた、おもしろおかしく語られます。
俳優の中では、ローランの元カノを演じた
Géraldine Pailhas (ジェラルディン・ぺラス)
が、いい感じで印象に残りました。
(まあ、そう見える役どころではありますが。)

で、
おもしろいのかといえば、
それなりにおもしろいものでした。
途中、息子がローランの実子かどうかが問題になり、
DNAテストまでするのですが、
最後、その結果をローランは見ずに燃やしてしまいます。
自分はこの子を愛し、この子の父親であり、
それはDNAなんか関係ない、
自分の選択なんだ、というわけです。
なかなかいいですね。

*ローランの部下役で Naidra Ayad、
カシェールを扱うエピスリの店主役で、
Daniel Cohen
が出演しています。
彼は、Tout ce qui brille においても、
ユダヤ人役でした。
ま、名前がすでにね。
それから、ローランの妻は、
Anne Marivin
が演じています。
彼女はこちらでは主演でした。

http://tomo-524.blogspot.com/2011/04/il-reste-du-jambon.html

これでもいい役でしたね。

http://tomo-524.blogspot.com/2015/05/bienvenue-chez-les-chtis.html


*上の画像は、ラスト近くの一場面です。
「パリ」の外、メトロの Garibaldi 駅の前ですね。
映画の中では、初めて見ました。

La Pirogue

2012年制作の、
フランスーセネガル映画、

La Pirogue

を見てみました。
pirogue とは、小型の船のことです。

https://www.youtube.com/watch?v=Tbg140PT2Hk

『サンバ』の原作小説も、
映画 Hope も、
アフリカからヨーロッパを目指すときの過酷さを描いていました。
『海は燃えている』もそうでした。
今回の La Pirogue も、
そうした作品の1本です。

ダカール郊外の海岸沿いの村。
この村の男たち、とりわけ若者たちは、
ここにいて希望を抱くことができません。
で、
小舟で7日かかるカナリア諸島(スペイン領)に渡り、
そこからヨーロッパに行って仕事を持つことを夢見ています。
そして一人、また一人と、
海に出てゆきます。

バイは、妻も幼い子供もいて、
小舟に乗るつもりはありませんでした。が、
さまざまな事情が重なり、
結局、30人乗せた小舟に、
彼は船長として乗り込むことになります。
しかしもちろん、
船は簡単に「スペイン」に着けるはずもありません……

映画のクレジットによれば、
2005-2010 の期間に、
アフリカ人が30000人がこうした試みをし、
そのうち5000人が命を落としているそうです。
6人に1人……。
この映画の中でも、何人もが死んでゆきます。
また途中では、
モーターが故障してただ浮かんでいるだけの船とも行き合います。
もう5日も何も食べてないと、彼らは叫ぶのです。が、
バイの船にはもうこれ以上乗れないのです。

バイの知り合いの若者アブーは、
漁師の父を海で失くし、
でも彼はミュージシャンを目指しています。
ジャンベもギターもコラもできます。
しかも彼には、ぱりで待っている仲間がいるのです。
行かせてあげたい……
また、二人の子供を預けて船に(無断で)乗り込んだ女性、ナフィーも、
パリで仕事があるのだと言っています。
彼女は、夫がかつて密航中に死んだにもかかわらず、
この船に乗ったのです。
子供たちのために、働こうとしているのです。

船には、セネガル人だけではなく、
ギニア人たちも乗っています。
ほとんどがイスラム教徒です。
彼らの中には、海を見ること自体初めてで、
帰りたいと泣き続けるものもいます……。

映画の中では、
ウォロフ語が中心ですが、
フランス語も20%くらい出てきます。
おもしろいのは、
フランス語が、
ウォロフ語のセリフの途中に、
まるで言語の変化などないかのように挟まることです。
ちょっと不思議な感じです。

日本語版があれば、
授業で見せるところなんですが。

2018年9月5日水曜日

『ダンケルク』

去年の夏ごろ公開され、
世界で大ヒットした映画、

『ダンケルク』

を見てみました。

https://www.youtube.com/watch?v=WaGE0evEpgQ

この映画は、1940年、
つまりWWⅡの初期、
ダンケルクの沿岸に追い詰められた英・仏の兵士40万人を、
いかに救出するかという作戦
(いわゆるダイナモ作戦)
を描いたものです。

構成は少しひねってあって、
「一週間」としての陸、
「一日」としての海、
「一時間」としての空が、
クロス・カッティング的に繋がれてゆきます。
(ただ、時間の圧縮度が違うので、
ちゃんとしたクロス・カッティングではありません。)
この構成、なんの意味があるのでしょう?
基本的には、それぞれの場所で、
時間の流れ方が違う、ということなのでしょう。が、
むしろこれは、
映画内の緊張感を長く保つための方便にも見えました。

「感動」的な作品なのでしょうが、
結局は、
国のために死ぬことを「美」としている点で、
わたしは受け入れがたいです。
こんなオチに至っている時点で、
凡庸なエンタメとしか言いようがありません。
たしかに、「撤退」することを描き、
なんでもかんでも進軍、
という(インパール作戦のような)無謀さは初めからありませんが、
それでも、最終的には同じことでしょう。
民間人が軍に協力する行為を、
英雄的で素晴らしいものとして称揚するのも、
(それをしている個人個人の気持ちは尊いとしても)
結局は戦争肯定に繋がる気がします。

それにしても、戦争って、
なんと壮大なムダなことでしょうか。

**********************************************

映画のデキとは別として、
このダイナモ作戦が行われたダンケルクは、
こんな映画とも関係がありました。

http://tomo-524.blogspot.com/2013/02/blog-post_17.html

http://tomo-524.blogspot.com/2018/03/comment-jai-rencontre-mon-pere_12.html

そして、あの『最強のふたり』の中で、
フランソワ・クルゼの文通相手の女性が住んでいたのが、
ということはラストシーンも、
ダンケルクなわけですね。

Agathe Cléry

もう20年前に見た作品なので、
ほとんど記憶にないんですが、
かつて『人生は長く静かな河』という映画がありました。
で、
その監督であるエティエンヌ・シャティリエの、
2008年の作品、

Agathe Cléry

を見てみました。
これ、もっと早く見るべきでした。
ミュージカル的歌や踊りも登場するコメディーで、
おもしろかったです。

https://www.youtube.com/watch?v=_85JoH0sAM0

タイトル・ロールであるアガトは、
白人ばかりの化粧品会社でマーケティングの責任者です。
今一番のオシは、美白化粧品。
そんな彼女が、
珍しい(実在する)病気になり、
その結果、
なんと肌が黒くなってしまうのです。
人種差別主義者である彼女にとって、
これは一大事。
深い「絶望」の中で、
会社は解雇され、夫は逃げ出し、
白人専用のアパルトからも追い出されます。
で、
職探しも難航しますが、
ついに彼女は「黒人」として生きることを受け入れます。で、
その結果雇ってくれたのは、
白人は雇わない、というポリシーの会社でした。
しかも、その黒人社長と、
お互いひとめぼれ。
アガトの新たな人生が始まります。
が、やっと掴んだ幸せの真っただ中で、
なんと彼女の病気が治ってしまいます。
彼女はもう戻りたくありませんが、
それでもやっぱり、白人に戻るのです……

もちろん、荒唐無稽な話です。
でも、ちょいちょい挟まる歌や踊りも皮肉が効いているし、
セリフもおもしろいと思いました。

https://www.youtube.com/watch?v=FyG8GDrKe1E

(彼女は、黒人もアラブもアジア人も好きじゃない、
でも、それを除けば、差別主義者ってわけじゃない!
と歌っています。)

ただこの映画、
メディアの評判は全然よくありません。
フランスのメディアは、
こういう人種差別を扱うコメディーはお嫌いなようです。
典型的なのは、(映画が)気づまりだ、
というものですが、
それはむしろ、このフランスの差別的状況と向き合うのが気づまりだ、
ということのようにも聞こえます。
オチが見えてる、という評も多いですが、
そんなことは当たり前です。
見る前から分かります。
ただそれは、映画の評価と直結しないでしょう。

この映画と近いテーマの作品はいくつか思い浮かびます。
Les Keufs (1978)
『ロミュアルドとジュリエット』(1987)
『カフェオレ』(1993)
などです。
もちろん、いろいろ違いもあるわけですが。

ただわたしは、
人種差別を描きながら、
白人も黒人も同様に排外的な会社を経営しているという設定から、
そしてまた、
セリフの中に、

Le métissage, c'est l'avenir de l'humanité.
(混血は、人類の未来だ)

という一節があることから、
深いところでは、
『戦争より愛のカンケイ』と共通するものがあると思いました。

2018年9月4日火曜日

『ローマの教室で 我らの佳き日々』

日本では、2014年に公開されたイタリア映画、

『ローマの教室で 我らの佳き日々』

を見てみました。
(原題は「赤と青」。)

https://www.youtube.com/watch?v=9lC7JXIT5ew

これは、
『パリ20区 僕たちのクラス』
に近い設定で、
実際、共通した雰囲気が感じられました。
舞台はローマの高校。
中心になるのは、3組の人間関係。
それは:

・若くて情熱のある補助教員と、問題児アンジェラ
・偏屈で厭世的な老美術教員と、かつての教え子の女性
・事務能力のある女性校長と、孤児になってしまった男子生徒

です。
無論それ以外にも、
ルーマニア系移民家庭に育ち、
クラスで1番優秀で優等生でもあるアダムや、
アラブ系の女子生徒など、
それぞれに個性のある生徒たちもいます。
(ちなみにアダムには彼女がいて、
二人は発砲事件を起こすことになります。
アダムの父親は、ほとんどルーマニア語しか話しません。)

もちろん、ローマにおける教育問題が描かれているわけですが、
単にその現状というだけではなく、
特に老美術教員と補助教員の関係を通して、
教員というものが通時的に想像されるように導いているのが分かります。
そして、
老教員が語る「古典主義とロマン主義」の講義、
つまり秩序と無秩序のせめぎ合い、といったものが、
このローマの高校にも常にあることが、
いわば通奏低音のように示されることになります。

オチがないのは、
『パリ20区』と同様で、
これは、やっぱりそうとしか作れないよねと感じました。

総合芸術系の「メール」

大学内の事務とのやり取りや、
先生同士の連絡なども、
メールを使っています。
(ラインじゃなく。)
で、
昨日、わたしが寝たのは1:30頃だったのですが、
今朝起きて、今(10:00)確認すると、
総合芸術系の先生たち4人から、ある件について、
5件のメールがたまっていました。
そしてその時間は、

1:30
2:00
4:00
8:00
9:00

これみんな、「午前」ということです。
夜更かしの人と、早起きの人が、
混在している!?

2018年9月3日月曜日

『狙った恋の落とし方』

PC問題は、
結局セキュリティーソフトをアンインストールすることで
解決しました。
(ただ、そのアンインストールが、
通常の手順ではどうしてもできなくて、
苦労したのですが。)

さて、
もう10年も前に話題になった映画、

『狙った恋の落とし方』(2008 / 2010 日本公開)

を見てみました。
中国人観光客に、
北海道ブームを巻き起こしたと言われるあの映画です。


これが、意外と言っては失礼ですが、
なかなかいい感じのラブコメに仕上がっていました。
ヒロインの設定は、
「不倫相手が忘れられない美人」という、
わりとベタな設定ですが、
男のほうが、
二枚目でもなく、
かといってとりわけ冴えないわけでもなく、
ふつうな感じで、
これが新鮮でした。
もちろんルックスこそ「ふつう」であっても、
その言動は堂々としていて、
だからヒロインが惹かれるのも一定の説得力があって、
それが成功した理由なのだろうと感じました。
(ただ、脇役たちの描き方はもう一つという気もしますが。)

現代中国が感じられるエンタメとして、
見る価値はあると思いました。

ちなみに、挿入かはフランス語でした。

2018年8月31日金曜日

PCはなくとも

メインのPCが不調に陥り、
今は、ノートで打っています。
まあ、以前、一台のPCに頼っていた時は、
それがダウンするとかなり焦りましたが、
今は、そうでもないです。
パリにいた時は、ずっとノートだったわけだし。
ただ、デスクトップはwindowsで、
ノートはマックなので、
色々逆だったりはするんですが。

今、パリの詩を書いています。
4人で、小さな本を作る企画です。
本当に出るのか不安もあるんですが、
書くのは楽しいです。
詳しく決まったら、また紹介させてください。

2018年8月30日木曜日

Orpheline

Drancy Avenir
で、フランスにおけるユダヤ人迫害を描いた
Arnaud des Pallières 監督の一番新しい作品、

Orpheline  (2016)

を見てみました。

https://www.youtube.com/watch?v=j9SS6VYsPI8

これは、この映画についての前情報がないと分かりにくいかもですが、
それを知っていれば、
引き込まれるような内容でした。
で、その「前情報」とは、
この映画は一人の女性の前半生を描いているのだが、
それは、年代の違う4人の女優によって演じ分けられる、
ということです。
そしてその4人の中には、

アデル・エネル(27歳)
アデル・エグザルホプロス(20歳)

の二人が含まれ、
残る二人は、13歳と、6歳の子役です。
4人は、視覚的には、必ずしも似てませんが、
物語の文脈で見ていれば、同一人物と考えるのに、
不都合はありませんでした。

タイトルの『孤児』から想像できる通り、
ヒロインは、暴力的で破滅型の両親の元に生まれ、
早くから家出を繰り返し、
その後は肉体を使って世の中を渡り、
最後は犯罪にまで関わってしまいます。
(で、妊娠もします。それは希望です。)

ただ、映画の構成はなかなかおもしろくて、
形としては、「現在(アデル・エネル)」で始まり、
そこから順番に、若くなってゆきます。
つまり、見ていると、
ルーツを求めていくような感じ。
でも、ときどき「現在」が差しはさまれるので、
単純ではないんですが。

二人のアデルは、よかったです。
厳密な意味での「必然性」みたいなものは、
この構成では出ようがないので、
それは期待できませんが、
見ていておもしろかったです。
これなら、日本で公開しても、
そこそこいけると思うんですが……?

2018年8月29日水曜日

Papa Lumière

2015年制作の映画、

Papa Lumière

を見てみました。

https://www.youtube.com/watch?v=fP9OHMVE3H4

時は2011年4月、
コートジボワールは内戦状態にありました。
前年の暮の大統領選挙で、
新人候補が勝利したのですが、
それを不正だと主張する現職も勝利宣言し、
二人の大統領が並び立ってしまい、
それが、内戦に発展したのです。
そして、この混乱の真っただ中、
もう30年もコートジボワールの海岸でホテルを経営していたジャックが、
フランスに引き揚げてきます。
離れて暮らしていた娘、サフィ(14歳)と一緒に。
サフィは、ジャックが別れた妻と暮らしていたのでした。
(そしてその妻が高級娼婦であることを、
ジャックも、サフィも知っています。)

だからこの映画は、
いわば「引揚者もの」ということになります。
日本の戦後には、
多く扱われた題材なのでしょう。
ただフランスでは、
アルジェリア独立戦争後も、
こうした「引揚者もの」はほとんど作られませんでした。
フランス人たちは、それを見たくなかったのでしょう。
なので今回の映画も、
その点ではかなり少数派に属していると言えそうです。

主な舞台は、引揚者収容センターのあるニース。
で、映画自体は、とっても静か。
ほとんど何も起こらないと言ってもいいくらい。
アビジャンの情報は、
ときおりテレビニュースが映し出されたりしますが、
それもわずか。

でもわたしは、
なかなか佳作なんじゃないかと思いました。
見えない人を見えるようにしたわけだし、
ジャックとサフィも好感が持てます。

批判的なメディアの中には、
中盤以降、父と子の和解の物語にすり替わってしまった、
と指摘するものもありました。
そうも言えるでしょうが、
この混乱が、
そういう形をとったのだとも言えるでしょう。
父と娘は、もうアビジャンには戻らないわけですから。

1つおもしろかったエピソード。
劇中、サフィが初潮を経験します。
その時、おなじ収容センターにいた女性が、
サフィの頬を軽くたたくのです、パチンと。
何かと思ったら、
それはフランスの(一部の、のようです)習慣で、
あなたは女になり、
これから色々大変なことが始まるから、
その準備のための行為なのだ、というのです。
なんだか、切ないですね。
これは、映画が終わった後の、
サフィの運命を暗示しているのでしょう。

2018年8月27日月曜日

6本

そう言えば、往復の飛行機の中で、
6本の映画を見ました。
まあ、特に帰りは眠い時間帯なので、
エンタメによってしまいましたが。
一応、列挙します。

・The Big Call
中国映画。日本公開未定。
振り込め詐欺の一大グループと、
取締官たちの戦い。

https://www.youtube.com/watch?v=BI4hroNaTeA&pbjreload=10

カードを使った巨大詐欺グループの、
きっちり確立された分業体制というのが、
リアルでした。
エンタメですが。

・Old Beast
中国映画。
賭け事にはまった父親と、
そんな彼を疎ましく思う家族の葛藤、
なんですが、
この父親のダメぶりの雰囲気はけっこう好きでした。

https://www.youtube.com/watch?v=vAT3KdQaIN8

・Love without words
中国映画。
犬肉レストランを抜け出した子犬。
事故で寝たきりになり、
しかも母親を失って落ち込んでいた中年男が、
この犬と出会い、
もう一度生きようとするまでを描きます。
映画としては、弱点が多いと感じました。

・007 スペクター
このシリーズを見るのは、
何年振りでしょう?
要は、実写版のマンガなんですね。

https://www.youtube.com/watch?v=eAQBc3affUU&pbjreload=10

・トレイン・ミッション
リーアム・ニーソン。
NYの、保険会社の営業マンにして、元警官。
突然リストラされたある日、
見知らぬ女性が、
奇妙な依頼を持ち込んできます。
報酬は大金……

https://www.youtube.com/watch?v=ff2xdMY9YJE

プロたちが集まって作ったのは分かります。
で、意図的なんでしょうが、
ジャンルの混交があります。
ブルジョワ・ファミリー、
サスペンス、
クライム、
アクション、
密室もの、
暴走もの……
でも根本には、
アメリカ映画らしく、
「家族愛」が置かれています。

・ペンタゴン・ペーパーズ

https://www.youtube.com/watch?v=vOb8MKgB1qY&pbjreload=10

それに引き換え日本のメディアは……
と、たいていの人が言いたくなるような作品です。
と同時に、
いわゆるハイソな人たちの物語でもあります。
新聞社を相続するって、
どんだけ……

2018年8月26日日曜日

視線 2

もう1つの展示は、これ。

https://www.youtube.com/watch?v=GYM0inEAivE

ここには、
有名画家の絵は(ゴーギャン以外)含まれていませんが、
要は、遠い土地を描いた作品が集められています。


1930年頃の絵で、Charles Fouqueray の「サイゴンの港」。
仏領インドシナ、の時代ですね。



1910-20頃。André Surédaの「トレムセン(アルジェリアの村)の祭り」。



1949年、Roger Reboussin の「火の踊り」。



1931年、Alcide Liotard の「洗面中のマダガスカル女性」。
こうした絵は、現地のフランス人たちにウケタと説明されています。



1936年、Antoine de Lyée  de Belleau の「kât を食べる人」。
kât とは、強力な麻薬作用のある木だそうです。
よく見ると、左手にその枝を持っています。
場所は、ソマリア、エチオピアなど、東アフリカと推定されています。



1936年頃、Fernand Lantoine の Duco Sangharé, Peule。

http://www.leparisien.fr/culture-loisirs/exposition-c-etait-le-temps-des-colonies-11-02-2018-7552506.php


なんと言いましょうか……
というか、簡単なことですね、
要は、植民地主義であり、
植民地主義的な視線です。
上の記事によれば、
こうした「植民地絵画」の展覧会は、
これが初めてだとか。
それもまたびっくりですが、
まあ、そうかもしれません。
フランスに限らず、
スペインもデンマークもイギリスもドイツも、
自らの植民地主義について、
「反省」の言葉を述べたことはまだありません。
(村山談話は画期的でした。)

会場内で絵を見ている人たちからは、けれども、
反省的な雰囲気は感じませんでした。
こうした作品が、今でも、
エキゾチズムとして消費されてしまう可能性があるのは、
否定できないでしょうね。

視線

ケ・ブランリ博物館では、
3つの企画展が行われていました。
そのうち2つはなかなか充実していました。

1つはこれ。

https://www.youtube.com/watch?time_continue=2&v=RstU6GpNa9A

子供向けの雑誌などにおいて、
開拓者たち、あるいは彼らが見た世界が、
どのように描かれていたのか、
というものです。
たとえば、この20, 21, 54, 55の人たち。



説明によれば、彼らは「日本人」だそうです。
これは革命の頃の本のイラスト。

また、こんなものも。


まあ、ありがちですが、
「与える者」としてのヨーロッパ人が描かれています。


パリからきた少年の冒険、
なわけですが、
彼の背後に、亡霊のように、
得体のしれないもののように、描かれている人たちがいます。


以前『タンタン』が植民地主義的だと批判されたことがありましたが、
この展示の文脈に置けば、
批判が正当であることは明白です。

(つづく)