このところ急に暑くなり、
イマイチ体がついていかない感じですが、
なんとか今日あたりから、
少し慣れてきた気もします。
で、
先日の大掃除中に出てきた本の中に、
『美について』という新書がありました。
これは、著者である今道友信先生の授業に出ていたとき、
読んだものです。
この本が、
教科書に指定されていたのかもしれません。
パラパラ見ただけで、
ものすごくマジメに読んでいるのが分かります。
傍線や書きこみが多く、
今はここまで線引かないなあ、という感じ。
で、
拾い読みすると、
今道先生、まっこうからバルト批判を展開していました!
これにはびっくり。
記号論的解釈とは、
産業社会構造を(暗に)モデルとしたものであり、
それはどこまでいっても人間不在だ、
ということのようです。
もちろん、なるほど、と思う部分もあって、
それは、たとえば小説でも映画でも、
記号的に解釈した後は、
必ず「一回性」に戻らなければならない、
という部分です。
たしかにね、
作品は、記号の寄せ集め、ではないですね。
今道先生は、
わたしが大学時代に教わった中では、
一番厳しい先生でした。
わたしにとっては、
父親と同じ年齢、同じ旧制高校なので、
親近感もありました。
大掃除って、こういう発見がつきものですね。