2018年7月30日月曜日

『おじいちゃんの里帰り』2

先日、この映画をゼミで見たと書きました。
で、授業後、ゼミ生たちに補足したメールを出しました。
それを、ここにも貼ってしまいましょう。

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昨日お話したことに、少し補足します。
ポイントは、「語り(ナラティヴ)」です。

Nくんが、映画の中の、

トルコ → ドイツ :現在
トルコ ← ドイツ :過去

という2つの交差する方向(オリエンテーション、ヴェクトル)を
指摘してくれました。
で、これは

現在 :物語(として描かれる)
過去 :回想(として語られる)

ことになるわけですが、問題は、この「語られる」ということです。

語るのは、3世(で妊娠中)のチェナン。
けれども、語られる内容は、
明らかにチェナン自身は体験していないことばかりです。
中心には、もちろん「おじいちゃん」である1世の記憶があるわけですが、
中には、トルコにとどまったいた「おばあちゃん」が、
銀行(?)でお金を受け取る場面もあり、
これは「おばあちゃん」の記憶です。
つまりこのチェナン語りは、いわば「ニセモノ」であり、
彼女の肉体(=声)を通して実際に語っているのは、
「おじいちゃん&おばあちゃん」、
つまり1世たちだということになります。
これはなにを意味するのか?
これは、チェナンと「おじいちゃん&おばあちゃん」の、
一体化、ないし同一化、だと言えるでしょう。
だから、ラストで語られる「我々」についての「思想」は、
きわめて1世的なものになったのだと言えるでしょう。

さらに、

チェナンが語る相手は、やはり3世のチェンクです。
彼の場合は、話を聞くプロセスが、
一体化、同一化のプロセスになっています。
というのも、最後の演説の場面、「おじいちゃん」の言葉は、
チェンクの肉体(=声)を通して提示されるからです。

つまり、

チェナンがチェンクに「語る」という構造は、
この二人の3世に対して、
(それぞれ別の形ではあるけれど)
1世との同化をもたらすことになっている、
と考えられるわけです。

この先には、当然、
ナショナル・アイデンティティーと
エスニック・アイデンティティーの問題が横たわっています。
しかもドイツは、「国」として、
多文化主義を掲げたことはありません。
受け入れると言っていただけです。
考えてみてください。

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肉体、というより、
身体、と言ったほうがよかったでしょうか?
でもここは、肉体な感じなんですよね。

『トランシルヴァニア』

数日前、
トニー・ガトリフの Djam を見ましたが、
トニー続きということで、

『トランシルヴァニア』(2006)

を見てみました。
主演は、ファティ・アキン作品でお馴染みの、
ビロル・ユーネルです。
今回の彼も、
タナトスが強めの役で、
なかなか魅力的でした。

https://www.youtube.com/watch?v=OXDI_WOKLZA

ガトリフの映画らしく、
音楽はやっぱり重要なんですが、
お話そのものは、ちょっと逸れていくというか、
滑っていくものでした。
(もちろん、本当の主人公は、
こうしたもろもろのトポスとなるトランシルヴァニアだ、
とも言えます。)

イタリア人のジンガリーナは、
フランスから海外追放された恋人を探して、
ここ、ルーマニアのトランシルヴァニアにやってきます。
彼女は妊娠しているのです。
そして、あるお祭りの途中、
ミュージシャンである恋人を見つけるのですが、
彼はあまりに冷たく、もう終わりだ、と告げて立ち去ります。
どうしていいかわからなくなった彼女は、
一緒に来ていた友人からも逃げ出し、
当てもなく彷徨します。
そしてそんな時、
以前出会っていた、トルコ系のブローカーの男と再会し、
2人の、やさぐれた道中が始まります……

ビロル・ユーネルは、
やさぐれさせたら天下一品。
対抗できるのは……
『セリ・ノワール』などのパトリック・ドヴェール、
かな?

音楽は、ガトリフ監督らしく、
イケテます。
印象的だったのは、
やさぐれ男が村のミュージシャンたちを雇い、
雪原で飲んだくれて踊るシーン。
おじさん音楽家たちは、ふいに演奏をやめて、
こういうのです。

音楽は、生きるためのものだ。
苦しむためのものじゃない。

これは、監督自身の言葉でもあるのでしょう。

「フランスのW杯優勝は「アフリカの勝利」なのか 」

ワールドカップが終わって早2週間。
この、「アフリカの勝利」だという指摘も、
一段落ついて(?)、まとめられています。

http://www.liberation.fr/debats/2018/07/28/coupe-du-monde-la-victoire-de-la-france-n-est-pas-celle-de-l-afrique_1669369

また日本でも。

https://www.buzzfeed.com/jp/yoshihirokando/france-africa?utm_term=.ww04vwWJXO#.djWZKrV1Pz

これについては、堀茂樹先生が、
ズバリと言ってくれています。

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このノア君は、国籍とエスニシティを混同し、
ナショナルアイデンティティを民族性に還元している。
差異主義の米国人は普遍主義のフランスの理念性を理解できず、
その無知ゆえにフランスの現実を曲解し、
いつもこの手の偉そうなトンチンカンを言う。

米国人ノア氏の多文化主義的言説は
レイシズム”racism”でないとしても、
"racialism"を帯びている。

オーストリア生まれの作家S・ツヴァイクはユダヤ系だったが、
ユダヤ人である事を意識せず、
完全にドイツ語圏文化に同化し、
両次大戦間には欧州を代表する程の知識人として活躍していた。
その彼に、
お前は「本当は」ユダヤ人だ、
その「本当の」アイデンティティを自覚しろと迫ったのがナチスであった。

他人が標榜するナショナル・アイデンティティを素直に認めず、
その人をエスニシティに回収して定義する「民族的ルーツ主義者」は、
レイシストを裏返しただけの偽アンチ・レイシストです。

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御意。

2018年7月26日木曜日

『サッカーことばランド』


『パリのすてきなおじさん』で大ブレークした、
金井真紀の新刊です。
今度はサッカー、ですが、
もちろん、サッカーのことに詳しくなくても、
十分楽しめます。
なにしろ、ことば、ですから。
フランス語、ドイツ語、イタリア語、スペイン語、などはもちろん、
タイ語、ベトナム語、ズール―語、アラビア語……などなど、
さまざまな言語での、
サッカーオモシロ表現が詰まっています。
たとえば、
「イスラムの服を着せる」
「ちぢまったスミレ」
「ピアノを運ぶ人」
などがでてきますが、これって!?

そして金井さんとくれば、やっぱりイラスト。
彼女のイラストは、ぜんぜん匠気がないところが大きな美点で、
今回も、やさしいイラストと出会うことができます。
造本もステキ。

どうぞご覧になってみてください!

2018年7月25日水曜日

前期ゼミ終了

大学院のゼミでは、
このところドイツ映画を続けて見ていました。
昨日は、ファティ・アキンの3部作に続き、
『おじいちゃんの里帰り』を。
この映画、いくつか問題点があるように思うのですが、
それは別として、
トルコ系移民1世、2世、3世の関係が、
ややステレオタイプであることを差し引いても、
分かりやすく描かれていて、
わたしたち日本人には、
この60年ほどのパースペクティヴを感じるという意味で、
とても参考になると思います。

ドイツ語ができないので、
論文を書くことは出ませんが、
もっと見たいと思っています。

2018年7月22日日曜日

Djam

フランス人の父と、
アンダルシア系ロマ人の母を持ち、
アルジェリア生まれの監督、トニー・ガトリフ。
彼の作品は、
いつも音楽が重要な役目を果たしているんですが、
今回見た

Djam (2017)

もまた、「レベティコ」が大活躍していました。
このレベティコとは、1920~30年代に登場した、
ギリシャの大衆音楽なんですが、
当初その演じ手の中心にいたのは、
トルコから移民してきたギリシャ系の人たちだったようです。
で、映画の中でも、
「ギリシャとトルコがミックスしてできた音楽」
と説明されています。

https://www.youtube.com/watch?v=nUsguCbEAng

若きギリシャ人女性ジャムは、
叔父さん(シモン・アブカリアン)と暮らしていたレスボス島から、
イスタンブールに行くことになります。
実は、叔父さんの持っている古い船の修理のためには、
ある特殊な部品が必要なんですが、
それは、イスタンブールの知り合いの鍛冶屋に作ってもらうしかないのです。
で、ジャムが、そのお使いに行くわけです。
そしてそこで、パリ南郊、
シャントネー・マラビーのシテ出身の少女、
アヴリルと知り合い、
そこから、二人の無軌道な旅が始まります。
(いや、本当は旅なんかしていないで、
さっさとレスボスに帰らなければならないんですが。)

ジャムは、ギリシャ語とフランス語(と英語)が話せます。
かつて、パリの、義父のレストランで働いていたからです。
でこの少女が、明らかに「変わり者」なんですが、
それがまさに彼女の魅力でもあります。
彼女は踊り、歌い、
嫌いだった祖父の墓には pisser します。
アヴリルのほうは、なにやら訳ありなんですが、
印象的なのは、
ジャムと一緒にレスボスに渡った時、
アヴリルがショックを受ける光景です。
海辺には、何隻もの小型ボートが、
そしてその脇には、
数えられないほどの救命胴衣が捨てられていたのです。
それらはみな、
ヨーロッパを目指した移民たちが捨てていったものなのでしょう……

ジャムのおじさんの船は、また動き始めます。が、
彼の家は、銀行に差し押さえられてしまいます。
緊縮財政のギリシャが、
そういう形で描きこまれるわけです。

風変わりな主人公と、
やや風変わりな物語。
でも、おもしろい映画でした。

2018年7月21日土曜日

Guerrière

『クロッシング・ウォー』で、
アフガニスタンのドイツ兵の姿を見たわけですが、
そういえば、
ドイツを舞台に、
アフガン難民の少年が登場するドイツ映画があったはず、
と思って積んであるDVDを探してみると、
ありました、これです。

Guerrière (2011)

フランス語字幕で見たのでこのタイトルですが、
日本で公開されたときは、
『女闘士』だったのですね。

https://natalie.mu/eiga/news/229581

画質がイマイチですが、全編版がありました。(英語字幕)

https://www.youtube.com/watch?v=2S3ZwkaGEik

旧東ドイツ地区。
マリザは、恋人ともども、
バリバリのネオ・ナチです。
ヒットラーを崇拝し、
黒人やアジア人を見かければ、
片っ端から襲いかかる……
で、ある時マリザは、
バイクに二人乗りしていたアフガニスタンからの難民兄弟を、
クルマで引っ掛けて逃げ去ります。が、
その行為は彼女の心の中で、
罪の意識に変容してゆきます……

思い出されるのは、
もちろん、『フレンチ・ブラッド』です。
この映画のスキンヘッズたちも、
やはり激しく暴力的でしたが、
この『女闘士』との違いは、
当然ながら、
主人公が男か女か、でしょう。
『女闘士』には、
ヒロインとパラレルに描かれる15歳の少女も登場し、
彼女らの家庭も描かれます。

作品としては、
『フレンチ・ブラッド』のほうがよくできていると感じます。
それは主に、
映画が持つ「社会」への意識の差なのでしょう。
ただもしも、アフガニスタンの少年がもっと深く描かれていれば、
またちがった印象になったかもしれません。
この少年の苦しみも、喜びも、
今一つ迫ってきませんでした。
そこが、弱点なのでしょう。

『クロッシング ウォー』

昨日見た L'Étrangère がよかったので、
同じ Feo Aladag 監督の作品を(AmazonPrimeで)見てみることにしました。
(オーストリア出身の女性監督です。)
これです。

クロッシング ウォー(2014)

この映画は、アフガニスタンを舞台に、
タリバンから自らを守ろうとする村民たちと、
彼らを応援するドイツ軍の活動を描いています。

https://www.youtube.com/watch?v=7XbRcCPRpFY&t=41s

背景事情としては……

911 直後の2001年10月、
アメリカとイギリスはアフガニスタンに侵攻すると、
タリバン政権を倒し、
傀儡的なカルザイ政権を擁立。
けれどもアフガニスタンの状況は安定せず、
ついに2006年、
アメリカとイギリスはNATOに協力を要請し、
それに応えたドイツは、2500人を派兵。
これが、ドイツにとっての、悪夢の始まりでした。
というのも、このあと11年間に、
ドイツは結局 85000人を派兵し、
54人の犠牲者を出すことになるからです。

(以上は、田中宇この記事から。
https://tanakanews.com/100207afghan.php )

戦争ものですが、
ハリウッド的な戦闘シーンはありません。
それは、現地の人たちの状況を描きこんでいることと、
裏表の関係にあるでしょう。
この点は、L'Étrangère に似ているかもしれません。
どちらか一方の視点からだけ描くことはしていません。
(この映画の場合なら、
ドイツ軍兵士の視点をキープすれば、
ヨーロッパの観客は「くつろいで」見ることができるでしょうが、
アフガニスタン村民の視点が入ることで、
くつろいでばかりもいられなくなります。)

L'Étrangère ほどのデキではないように思いますが、
それでも、悪くない映画だと思いました。

2018年7月20日金曜日

L'Étrangère

『愛より強く』で、
鮮烈な女優デビューを果たしたシベル・ケキリ。
彼女が2010年に主演したドイツ映画、

L'Étrangère  (Die Fremde)

を見てみました。
とてもよかったです。
(『そして、わたしたちは愛に帰る』の第1部で、
トルコ系の娼婦を演じた Nursel Köse が、
レストランのマネージャーとして登場します。)

https://www.youtube.com/watch?v=D3NkwryRdLE

シベル演じるヒロイン、ウマイは、
トルコ系ドイツ人で、結婚して、
イスタンブールに嫁いた女性です。
(DVDのパッケージでは「ドイツ系トルコ人」、
wiki では「トルコ系ドイツ人」となっており、
見る前は「?」でしたが、
結局、どちらも間違ってはいないわけですね。)
で、そういうウマイでしたが、
夫の暴力(彼女に対して、そして最愛の息子ジェムに対して)に
耐え切れず、
意を決して、
ドイツの実家に戻ります。が、
両親は彼女が期待していた対応はしてくれません。
おまえを愛しているが、
おまえは夫に属している、
何回か殴られるくらいなんだ、
というわけです。
イスラムを核とするトルコ系コミュニティに属する両親、
およびその家族にとって、
子連れで出戻った娘など「恥」でしかありません。
家族が、ジェムを「誘拐」して、
イスタンブールに連れ帰る計画を知ったウマイは、
ある未明、息子を捨てて実家を出ようとしますが、
玄関ドアには鍵がかかっています。
ウマイは、警察に連絡し、保護を求めます……

話しは、まだこの後、
二転三転するのですが、
語られるエピソード自体は、
「初耳」のものはありませんでした。が、
それを表現するシベルが素晴らしい。
演出は、過度なのか抑制されたものなのか、
メディアでは見方が分かれていますが、
わたしは過度だとは思いませんでした。
(ただ一か所、ラスト・シークエンスのラスト・シーンだけ、
少し疑問が残ったのですが。)

図式的に言うなら、
両親と家族が属する伝統的な価値観と、
ウマイが生きようとする価値観の対立ということになりますが、
こういう場合のセオリー通り、
ウマイは、両親を愛しているのです。
そこに苦しさの根源があります。
そもそもウマイが個人主義的な道を選ぼうとしているのは、
思想的な選択ではなく、
DVな夫から逃れるためでした。
もしもやさしい夫だったら、
ウマイもまた、イスラムのコミュニティにとどまっていたでしょう。
そして彼女の父親も、
娘への愛を抑圧しているのです。

映画のラストでは、
悲惨な事件が起こります。
これを避けるためにしなければいけないこと、
それを探すことを、
この映画はうながすようです。

この映画、
実は『婚礼』という作品と大きな共通点があります。

http://tomo-524.blogspot.com/2018/01/blog-post_78.html

本人も!

話題のネイマール・チャレンジ、
本人まで参加してます!

https://twitter.com/InvictosSomos/status/1019958772641533954

しぶとい!

そしてベルギーのマルチネス監督は、
決勝でのフランスのプレーを、

une performance plutôt moche
「どっちかっていえばみっともないプレー」

https://fr.yahoo.com/sports/news/roberto-martinez-le-selectionneur-de-la-belgique-flingue-le-jeu-des-bleus-064650380.html

と批判しています。
でもまあ、結果として優勝してるので、
記事の書きぶりも、
みょうに落ち着いていますね。

2018年7月16日月曜日

撮影はポグバ




...Il y a quelques mois, il était donné pour mort au Mali,

parce qu'il se bat pour le pays,

il est au régiment médical.

On l'a sauvé.

Il a perdu une jambe, un bras, il a été abîmé de partout.

J'ai fait sa connaissance au mois de juin,

on ne voit qu'une chose,

c'est son sourire,

comme vous pouvez le voir ce soir.




...Il m'a dit:

"J'ai une faveur à vous demander.

Après-demain, quand vous verrez les joueurs,

dites-leurs qu'ils ont fait rêver un petit Français comme moi",

c'est pour ça que je voulais vous l'emmener,

parce que je voulais que vous vous rendiez compte de ce que vous faites.


ああ、ちょっと感動的ですが……

マクロンは、経済右派だけど、
文化左翼なので、
ポグバを始めとする移民系フランス人には優しいのでしょう。
でも、
この優勝の場面に、
マリからの帰還兵、
それも片腕を片足を失った兵士を連れてくるのは……
だって、マリの戦争は、
フランスのエゴですから。
それをワールドカップの文脈に乗せて正当化するのは……

多民族国家としてのフランスが、
98年の時のように、
広く評価されるようになればいいと思っています。

C’EST FAIT !

応援はしていましたが、
まさかほんとに優勝するとは!!!

おめでとうございます!!!

2018年7月15日日曜日

ラス2に

前期の授業もあと1週間ほどとなりましたが、
大学院の授業だけは月曜なので、あと2回あります。
(明日は休日ですが、授業実施日です。)
で、
最後の2回、「映画と都市」で何を見せようかと思い、
考えた挙句、
『憎しみ』と『猫が行方不明』にしました。
なぜか?
前者が1995年で、後者が1996年の制作。
しかも後者は、1995年の大統領選挙の時代が舞台なので、
まあ、ほぼまったく同じ時代を描いていると言えるでしょう。
にもかかわらず、なんて似てない!
パリ郊外の荒れたワカモノと、
バスティーユ界隈の下町の人情。
これが、同時に進行していたというのが……
ほとんど眩暈です。
(でも、落ち着いて考えれば、
そういうものなんでしょうけど。)
この落差を、最後に味わうことにします。

そしてこの場合の1つのお楽しみは、
両方の作品に出ている俳優がいること。
そう、ジネディーヌ・スアレムです。
彼は、先日見せた『戦争より愛のカンケイ』にも出てたわけなので、
院生たちは、3度、
彼と出会うことになります。
これは初めての企画ですが、
けっこういいかも!

『ムースの隠遁』

イザベル・カレは、1971年生まれで、
もう、おそらく50本以上の映画に出演しているでしょう。
有名なのはもちろん、
評価も高いのでしょう。
わたしが見たのは、
たかだか10本程度なので、
この女優の全体像を語る資格はないのですが、
好きな女優の一人ではあります。
(すごく、とまではいかないけど。)
わたしには特に、
Tellement proches (2009)
の時の彼女が好印象でした。
(まあ、映画そのもがとってもいいし。)

https://www.youtube.com/watch?v=cMOqwjo5_-U

(今、彼女のキャリアを確認していて初めて気づいたのですが、
なんと、デビュー作は、
『ロミュアルドとジュリエット』(1989)
なのでした。
この映画は、シナリオ版の教科書があり、
以前、よく授業で使っていました。
なつかしいです。
この映画は、残念なことに、
日本版のDVD出てなくて、
VHSしかありません。
フランス版はあるんですが。)

で今回は、
イザベル・カレが妊娠中に撮ったという、
『ムースの隠遁』(2010)
を見てみました。

https://www.youtube.com/watch?v=N52FnZ2ReOg

ブルジョワカップルがいて、
2人とも麻薬依存で、
ある時男は死に、女(ムース)は生き残る。
そして彼女は、自分が妊娠していることを知る。
迷った挙句、産むことを選択し、
田舎の別荘に「隠遁」する。
するとそこに、死んだ男の弟が現れ、
仲良くなるものの、
ゲイである彼は、やがて去ってゆく。
そして出産。
あの弟が見舞いに来る。
赤ちゃんを彼に預け、
ムースは失踪する……というお話。

まあ、特に言うことのない作品です。
気は強いけど、
結局は甘ったれのヒロイン、ムース。
映画の最初と最後に映るパリの景色も、
あきらかに映像美優先で、
とくに意味もない。
監督の資質なのでしょうか。

2018年7月13日金曜日

Il est au top !

エムバペ、インタヴュー!

https://www.youtube.com/watch?v=nf0KPXLz5E4

(字幕あり←マチガイもあり)


2018年7月12日木曜日

カメラマン席へ

暑い日が続いています。
明後日は、
フランス vs. クロアチア
になりましたね。
楽しみです!

で、
準決勝で、クロアチアがゴールを決めた後、
喜びのあまりカメラマン席になだれ込むシーンがあって、
あのカメラマンの写真が見たいな、
と思っていたら、
やっぱりありました。

https://twitter.com/YuriYurisky?ref_src=twsrc%5Etfw%7Ctwcamp%5Etweetembed%7Ctwterm%5E1017318208989204481&ref_url=http%3A%2F%2Fwww.goal.com%2Fjp%2F%25E3%2583%258B%25E3%2583%25A5%25E3%2583%25BC%25E3%2582%25B9%2F%25E3%2582%25AF%25E3%2583%25AD%25E3%2582%25A2%25E3%2583%2581%25E3%2582%25A2%25E4%25BB%25A3%25E8%25A1%25A8%25E6%25AD%2593%25E5%2596%259C%25E3%2581%25AE%25E7%259E%25AC%25E9%2596%2593%25E4%25B8%25AD%25E5%25BF%2583%25E3%2581%25AB%25E3%2581%2584%25E3%2581%259F%25E3%2582%25AB%25E3%2583%25A1%25E3%2583%25A9%25E3%2583%259E%25E3%2583%25B3%25E3%2581%25AF%25E3%2582%25AF%25E3%2583%25AC%25E3%2582%25A4%25E3%2582%25B8%25E3%2583%25BC%25E3%2581%25A0%25E3%2581%25A3%25E3%2581%259F%2F4718xhixf1h21a9szb6qme1wc

しかも!
ここに挙がっている「ネイマール・チャレンジ」、
ウケる!
(エムバペも注意しないと!)

2018年7月8日日曜日

Une vie ailleurs

ウルグアイ戦でゴールしたグリーズマンは、
例のゴール・パフォーマンスを見せませんでした。
それは、ウルグアイ・チームに、
アトレティコ・マドリーの同僚にして、娘の名付け親である、
ディエゴ・ゴディンがいるからだ、
ということでした。

http://www.leparisien.fr/sports/football/coupe-du-monde/uruguay-france-griezmann-le-plus-uruguayen-des-bleus-02-07-2018-7803501.php

まあスアレスは、
「あいつはフランス人だ。ウルグアイ人とは違う」
と苛立っているようですが。

で……

そういえば、
ウルグアイが舞台になっている映画があったはず、
と思って積んであるDVDをかき分けると、
ありました、これです。

Une vie ailleurs(2017)

この映画、
フランスのメディアのウケはイマイチだったのですが、
わたしはよかったです。

https://www.youtube.com/watch?v=FTIyIlNPspU

シルヴィー(イザベル・カレ)は、
5年前に元夫(ウルグアイ人)が連れて行ってしまった息子フィリペを探し、
ついに、
ウルグアイのモンテヴィデオにいることを突き止めます。
今息子は9歳です。元夫は亡くなっています。

彼女は、assistant sociale(民生委員)のメディ
(という名前なら、アラブ系ですね。
ラムジー・ベディアが演じます。)
と一緒に、息子を奪還すべく、
ウルグアイに降り立ちます。
計画では、
メディがフィリペを連れ出し、
モンテヴィデオからブエノスアイレスまで船で密航
(フィリペのパスポートがないとウルグアイを出国できないので)
し、そこから、
飛行機でフランスに戻る予定です。
が、
計画はすぐに座礁します。
というのも、フィリペは今、
祖母と、若くてやさしい叔母に愛され、
またサッカー仲間の友だちも多く、
なんとも幸せそうに暮らしていたからです。
もともと、よき母親になれておらず、
今もそうなる自信のないシルヴィーにとって、
それはショッキングなことでした。
フィリペは、ここにいたほうが幸せかもしれない……
でも、だとしたらこの5年間、
自分は何を探していたのだろう……

まず、ウルグアイ人とフランス人のカップルがいる。
そして、その子供がいる。
かれはスペイン語とフランス語が(両親同様)できる。
そしてヨーロッパ系のフランス人女性は、
アラブ系フランス人男性と、
ウルグアイに向かう。
行ってみると、
アルゼンチン人の女優が演じるウルグアイ人が、
自分のキャリアをあきらめて、
甥を育てている。
彼女もまた、スペイン語とフランス語を話す……

ラムジー演じる民生委員がアラブ系であることに、
フランスのメディア評は触れません。
それは、PC的にまずいのかもしれないし、
まあラムジーは有名ですから、
言わなくても分かるということもあるでしょう。
でも日本でこの映画を見ていると、
その点をスルーすることはできない気がします。
日本の映画研究においては、
こうした指摘を「ラベリング」だとして、
避けることもあるようですが、
わたしはそうは考えません。

で、
1つおもしろかった場面。
ラムジーが、フィリペを含む子供たちに、
最高の選手って?
と訊いた時のことです。
最初の子は、「スアレス!」。
そして、「ロナルド!」。
そしてフィリペは、「ベンゼマ!」。
もちろんラムジーは、
嬉しそうな顔をするわけです。
このあたり、
ラムジーがアラブ系だからこそ、
生きるネタじゃないでしょうか?
世界は、交じり合っていますね。

2018年7月7日土曜日

En demi-finales !

危なげなかったです。
Varane は素晴らしかったですね!
いつもながら Kanté も。

さあ、次が(実質)決勝!?

2018年7月6日金曜日

À mon âge je me cache encore pour fumer

かつて、『神々と男たち』という映画のことを書きました。

http://tomo-524.blogspot.com/2011/04/des-hommes-et-des-dieux.html

これは、1996年のアルジェリア、
つまり内戦真っただ中のアルジェリアの田舎を舞台としてたのですが、
今日見た映画、

À mon âge je me cache encore pour fumer(2017)

は、その1年前、
つまり 1995年の、首都アルジェを舞台にしていました。
もちろん人々は、内戦の大きな渦の中にいます。

https://www.youtube.com/watch?v=4j7MSbT7RY4 

この映画を見ることにしたのは、
まず、ヒアム・アッバスが主演であること。
(やっぱり、一番だ! と思う女優です。)
そして、あのビウーナも出ているということ。
さらに言えば、
『この齢になって、タバコはまだ隠れて吸ってる』
というタイトルに惹かれたこともあります。

原作が戯曲だったこの映画は、
ほとんど全編、女性用のハマム(公衆浴場)が舞台です。
とても要約しにくいのですが、
縦糸になるのは、
過激派の兄に殺されそうになり、
このハマムに逃げ込んできた臨月の女性が、
最後には、無事出産するまでの過程、
ということになるのでしょう。
ただここはハマムですから、
さまざまな階層の、思想の、経歴の、女性たちが、
さまざまに交錯します。
中で一番目立つのは、
やっと離婚できた! と叫びながら入ってきた女性。
(彼女はほとんどフランス語ではなします。)
彼女はかつて、スカートを穿いていたという理由で、
夫から体に酸をかけられた過去があるのでした。

戯曲の映画化は、
基本的は好きじゃないんですが、
この作品は、
たしかに作る価値があると思いました。

倉石信乃詩集・『使い』

総合文化教室の尊敬する同僚である倉石さんは、
なんと言っても日本を代表する写真評論家であるのですが、
実は倉石さんには、主演映画もあります。

http://www.hikarie8.com/court/2018/05/post-246.shtml

おお、カッコイイですね!

で、そんなマルチな倉石さんが、
ついに!
待望の詩集を発表されました。
『使い』です。

https://www.amazon.co.jp/使い-倉石-信乃/dp/4783736030/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1530802765&sr=1-1&keywords=%E5%80%89%E7%9F%B3%E4%BF%A1%E4%B9%83

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たとえば朝が早く訪れるとき
郵便受けが小さく鳴って そこまで歩くとき
鳴ったのか 気配でわかったのか
空耳だった 音がして 家の入口まで歩くとき
空耳はない 空耳は空耳
いちばん最後の距離
ぜんぶの終わりの家の残り
もうない 残りはない
それでもまだ 距離を測ってばかり  (「ホームシックネス」より)

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雑駁な感想しか書けないのですが……

わたしたちは、言ってみれば、
さまざまなアンビヴァレンスに囲まれて生きています。
そのことを、ほとんどいつも見落としながら。
ここで詩人は、
そうしたものどもに目を見開くだけでなく、
アンビヴァレンスをそのまま飲み込み、
さらには、
いくつものアンビヴァレンスが生成、
あるいは増殖する「時間」を滑り続けるように見えます。
そこで感情は、
輪郭のない影のように、
立ち上がっては溶け、
散ってはまた収斂してゆくようです……

2018年7月4日水曜日

リバティー、お疲れ様!

今日、リバティー・アカデミーのフランス語講座(前期)が、
無事終了しました。
みなさま、お疲れ様でした!
こうして一緒に勉強してきて、
打ち上げに乾杯するのは、いいものです。

ガンジーのよく知られた言葉に、

明日死ぬつもりで生きよ。
永遠に生きるつもりで勉強せよ。

というのがありますが、
この、永遠に生きるつもりで勉強する、っていうのは、
とてもいいですね。
リバティーの生徒さんたちの素晴らしいところは、
自然にこれができているところです。
見習います!


『ガザの美容室』

現在上映中のこの映画、

http://www.uplink.co.jp/gaza/

これですね。

http://tomo-524.blogspot.com/2017/09/degrade.html

ぜひ日本版DVDもお願いします!
(それがあると、授業で使えます!)

2018年7月2日月曜日

LA VIE DE CHÂTEAU 2

DVD ジャケットに、
2人の監督に対するインタヴューが載っていました。

ーなぜシャトー・ドー?
セドリック・イド
アフリカ系のぼくとモディにとっては、
ここはずっと馴染みの街だったし、神話の街だからね。
もちろん、ぼくたちにとってだけ、というわけじゃないけど。
シャトー・ドー駅周辺のいくつかの通りでは、
さまざまなジャンルの音楽、ダンス、
そして流行のファッションなんかが生まれてきた。
ここで生まれた文化は、とてつもなく影響力があるんだけど、
それはアフリカで生まれ、
ディアスポラによって拡散されたものなんだ。

モディ・バリー
ここは間違いなく、パリの中心部にありながら、
真に庶民的と言える最後の街さ。
もちろんこの街には、暗い面もある。
でも今回はコメディーを選んだわけで、
だからぼくたちは、悲惨主義(misérablisme)に陥ることなく、
この街の陽のあたる面を描いたんだ。
ここに暮らす人たちのヴァイタリティーが、
ぼくたちをそういう方向に仕向けたんだね。
僕たちが描きたかったのは、
このパリの片隅の街が持つ創造性、
そして溢れるほどのエネルギーだったんだ。


またこれ以外にも、
冒頭でかかるジョゼフィン・バケールの Paris...Paris が、
Djibril Diop 監督の Touki Bouki への暗示であること、
そこではセネガルの若者がパリを夢見ていたこと、
シャトー・ドーにいる人たちの大半が不法移民で、
かれらが着飾ったりいい時計をしたりするのは、
それによって、かつて「夢見られたパリ」を表現していること、
映像的には、70年代の深作欣二監督
(てつまり、『仁義なき戦い』シリーズですね)
の影響を受けていること、
などが語られていました。

スペインも

ああ、ポルトガルに続いて、
スペインも負けるなんて!
ほとんどず~~っとボールを持ってたのに……
しびれるゲームでした!

2018年7月1日日曜日

LA VIE DE CHÂTEAU

シャトー・ドーと言えば、
アフリカ系女性向けのヘア・サロンがひしめく界隈。
でここは、
パリ警視庁:未成年保護部隊
の中では、
アラブ系家族の実家がある場所としても設定されていましたが、
今日見た

https://www.youtube.com/watch?v=MwKBJkObsVs

は、もう全編シャトー・ドー全開の映画でした。
まあ、タイトルが『シャトー(・ドー)での暮らし』なわけですから、
当然とも言えますが。

主人公はシャルル。
コートジヴォワールの最大民族であるバウレ系である彼は、
今や、このシャトー・ドーの「顔」です。
いつも颯爽とおしゃれをし、
たくさんの客引きたちのリーダーとして、
カリスマ的に君臨しています。
が、そこに、
彼の地位を狙う若者ベベが現れます。
自分こそ「未来」だとうそぶく彼は、
サロンの女性マネージャーとも仲良くなり、
シャルルを追い落とす画策を練っています。
一方シャルルは、
いくらリーダーとはいえ客引きであることに飽き足らず、
自分の店を持つ算段を(秘密裏に)進めています。
クルド人老人(←詩人です)が経営する、
客の来ない男性用理容室が標的です。
さらにそんな折、
新たなヒット商品を見つけたと確信するソニアは、
インド人からその商品の素材を仕入れようとするのですが、
さまざまな行き違いと勢力争いの中で、
話しはもつれていき……

これは良くも悪くも、
シャトー・ドーの「サークル」内の話で、
そこには、コートジヴォワール系のいくつかの民族や、
ナイジェリア人たち、
インド系、
クルド系、
中国系、など、
さまざまな民族が入り乱れ、
それはおもしろい点です。
弱点は、ちょっと詰め込み過ぎで、
話しがもつれ過ぎていることでしょうか。
でも、わたしはおもしろかったですが。

シャルルは名乗るとき、
Je suis Charles, comme le prince.
(おれはシャルル、プリンスと同じさ。)
と言うのですが、
あるとき、どうして王様じゃなくて王子なの?
と突っ込まれ、
だってパリにいるのは、
(あなたのような)女王たちだけだからさ!
と答えたりします。
なかなかいいですね!
彼を演じるのは、
『イングロリアス・バスターズ』や、
テレビ・ドラマの『TAXI ブルックリン』にも出ている、
ジャッキー・イド。
彼は、本当はブルキナベでパリ郊外育ちだと、
インタヴューで答えていました。
英語もとてもうまいです。

またライヴァルのベベですが、
彼はサッカー・フリークらしく、
さまざまな国の代表ユニフォームを着て登場します。
中には、日本のそれも含まれています。
そして彼の話は、
たいていサッカーの比喩で語られるんですが、
その中のキーワードの1つが、

lucarne

です。これは「天窓」なんですが、そこから転じて、
「(サッカーの)ゴールの上隅」
を意味しています。
さあ、おまえの lucarne(目標)な何だ?
何て言うわけですね。
これもちょっとおもしろかったです。

Et puis Mbappé...

いやあ、すごいものを見ました。
あっという間の90分でした。
記憶に残る試合になりました。
緩急、そして
その「急」のスピード。
ワクワクしました!