2021年7月2日金曜日

Les héritiers

今週、『奇跡の教室 ~受け継ぐ者たちへ』を、
授業で取り上げました。
これは以前、ここでも紹介しました。


ただ、
この時書かなかったことを
(授業中にしゃべっているうちに)
思い出したので、
そしてネットでざっと見たところ、
(日本語では)指摘している記事がなかったので、
一応、書いておくことにします。

と、ちょっと大げさに始めましたが、
なんてことはありません。
この Les héritiers という タイトルですが、
実はあのピエール・ブルデューの著作にも、
同じタイトルの作品があるのです。

映画の方は、何を「受け継ぐ」のかといえば、
それは「記憶」なのでしょう。
ショアーの、
ナチの、
ナチに協力したフランス警察の、
亡くなった人たちの、記憶……
それが、学校を舞台にして展開するわけです。
ここで学校は、「受け継ぐ」行為の舞台です。
一方ブルデューはといえば、
「受け継」がれるのはいわば「資本」です。
なんなら、「階級」と言ってしまってもいいのでしょう。
そして学校は、それが「受け継」がれる、
再生産される場だというわけです。
(それじゃだめじゃん、とブルデューは考えています。)

映画には、豊かな文化資本と巡り会う機会のない生徒たちが、
多く登場します。
彼らと学校の関係を見ていると、
ブルデュー的な再生産が起きることは、
今でもなお、
間違いないことのように見えます。が、
映画の主人公であるゲゲン先生は、
そういうシステムに穴を開けようとしているように見えます。
おそらく独身である彼女は、
いわば独身を貫くマリアンヌとして、単独で、
(いや、厳密には司書の女性と一体化しながら)
ワカモノを首都に、
「フランス」に導き入れるのです。

……そして、
『燃ゆる女の肖像』が気に入ったなら、
この『奇跡の教室』を復習するのも悪くないと思います。
ノエミ・メルランは、やっぱり一番輝いています。