2022年6月28日火曜日

父性の不在

今日のランチ、
同僚たちと近所の(おいしい)そば屋に行ったのですが、
なんと臨時休業。
ショックを堪えつつ、
斜め向かいのチェーンのラーメン店に向かい、
そこで冷やし中華を食べました。
まあ、同僚と一緒だと、
無駄話がとてもおもしろいので、
ランチのレベルが下がってしまったことも、
すぐに忘れてしまいます。

で、
食事を終えて店を出ると、
暑い……
この肌に直接来る感触は、
まぎれもなく「8月」のものです、
6月なんですが!

今日の映画のゼミでは、
先週見た『奇跡の教室』の解説をしました。
この映画、
まあ宣伝文句的には、
「落ちこぼれクラスがコンクールで優勝!?」
くらいでしょうが、
学生たちのレポートの多くは、
多民族的な生徒たちが、
最初は対立していたけれど、
コンクールのための作業を通して、
自然に共生していくようになる、
というもので、
もちろんそれはそうなんです。
が……

この10年、たった一度だけ、
この映画の特徴は「父性の不在」だ、
と書かれたレポートがありました。
これは、今M2の、
わたしの研究室にいる学生が、
去年書いてきたものです。
これは、別のでゼミで教えていた文脈から導かれたことなんですが、
このレポートを見たときには、
学生が成長している手応えがあって、
嬉しかったです。
まあそれはともかく、
『奇跡の教室』のヒロインであるゲゲン先生は、
その母親の死は語られるんですが、
父親にはまったく触れられません。
また彼女をサポートするのも中年女性で、
その女性にも「男の影」がありません。
生徒たちも、母と子、が2組描写されますが、
やはり父親はまったくの不在なのです。
これはなにか。
ゲゲン先生が「マリアンヌ」(「自由、平等、友愛」の擬人化)
だとしたら、
彼女は、もう恋人を持つ気がないようなのです。
そして恋人が「政治的選択」を表わすとすれば、
現状、選ぶべき選択肢はないことになります。
つまりこのマリアンヌはシングルで、
多くの子どもたち(生徒たち)を育てる母親なのです。
なんとマリアンヌは、シングル・マザーで、
現状を諦め、未来に託す決心をしているように見えるのです。
一見「父親」に見える校長は、
未来=多民族的な生徒たち、を育てる気はなく、
ゲゲン先生や生徒たちにしてみれば、
彼はいわば見捨てられた父親であり、
実質、不在も同然なのです……

『奇跡の教室』は、
一見「文科省推薦」的ですが、
実は、恐ろしいメッセージを含んでいると思います。