2011年10月20日木曜日
『帰還の謎』
ハイチで生まれ、23歳のときモントリオールに亡命し、
今はハイチとケベックを行き来する作家、
ダニー・ラフェリエール。
彼が、33年ぶりにハイチに帰還した時のことをつづった小説、
『帰還の謎』
を読みました。
結論:とてもおもしろかったです。
小説、と言いましたが、
実際には「行分け」で書かれている分量のほうが多くて、
フツーの「小説」とはちょっと違います。
でも読みやすいので、構える必要は全然ありません。
目次は、こんな感じです;
http://www.fujiwara-shoten.co.jp/shop/index.php?main_page=product_info&products_id=1211
小説全体の始まりでもある「電話」は、こんな風に始まります;
その知らせが夜をふたつに分かつ。
熟年になれば誰しも
いつかは受け取る
避けがたい電話。
父が亡くなった。
そして彼は、父親がひとりで暮らしていたNYに向かいます、
氷に包まれたモントリオールから、
よれよれの『帰郷ノート』(セゼール)を鞄に入れて。
作家の父親の過去は、
読み進めるうちに次第に明らかになってきます。
それは作家の帰還の中に、父親不在の、いわば「失われた子供時代」を、
取り戻そうという意図が潜んでいたからでもあります。
それは切なく、厳しく、ハイチという背景なしには語りえないことです。
帰路の切符をもたぬ旅だけが
家族、血縁、
狭い愛郷心からぼくらを救うことができる。
けれども今、作家は死んだ父親が待つマンハッタンの教会へ向かいます。
そして葬儀。教会に集まる父の友人は、
ハイチ系のタクシー運転手が多い。
父のことをこんなに近くから見るのは
これが初めてだ。
手を伸ばしさえすれば
父に触れられる。
それをしないのは、
生前、
父がふたりのあいだに保とうとした距離を
尊重するからだ。
(……)
タクシーは五十番街で
酔っ払いみたいに進路を外れている。
平然としている霊柩車も水の上で滑る。
まるでバラデールにいるみたいだ。
ハイチのヴェニスと呼ばれる、父の生まれ故郷。
そしてラフェリエールは、ハイチに向かいます。
父の死を、母に伝えるために。
(ここからが第二部です。)
33年ぶりのハイチ。
しかしそこはハイチなのです。
二百万人以上の住民のうち
半分が文字通り飢えている町というものを
あなたは考えたことがあるだろうか?
(……)
ぼくはこの町にいる。
ヴィラット通りとグレゴワール通りの角で輝く
太陽のもとで、
生きているという単純な喜び以外には
一度として
何も
起こらない町に。
ここから、彼の長い旅が始まります。
そして終わり近く、作家はついに、
父親の生まれた村、バラデールにも訪れるのです……
ハイチには、なかなか行く機会がありません。
でもこの本を読むと、上っ面な旅行よりも、
ハイチの、ヴードゥーの、その「実」の一端に触れた気がします。
最後に、東京中日に載った書評を。
http://www.tokyo-np.co.jp/book/shohyo/shohyo2011101603.html