2020年9月4日金曜日

『愛の不時着』

 全14話、ついに見終わりました。

1話80分程度のものが多いので、

延べ約20時間弱くらいでしょうか。

エンタメとしておもしろかったので、

長くは感じませんでした。


テレビ・ドラマとはいえ、

政治ドラマ、

心理劇、

犯罪映画、

アクション、

家族映画、

などの要素が、

ジャンル混交風に織り交ぜられています。

そしてその中心にあるのは、

もちろん恋愛物語なんですが、

この恋愛は、

現代的な貴種流離譚の様相を呈しています。

現代の貴種、それは、

資本主義国家においては、

事業を成功させた財閥系のお嬢さまであり、

独裁国家においては、

権力の中枢の近くにいるものの息子、

なのでしょう。

ここで描かれる「恋愛」は、

そうした意味での「貴種」同士の出会いによって生まれます。

そして彼らは、

38度線のどちら側にいるかによって、

どちらかが「流離」状態に陥るのです。


<以下ネタバレします>

この二人の恋愛の、未来における可能性は、

だから、

こちらでもあちらでもなく、

第三の地にしかないことは、

物語が始まってすぐにわかります。

そしてそれが、スイスであることも。

この(誰でも気づくだろう)予想は当たってしまいますが、

ちょっと違っていたのは、

二人は「あちら」と「こちら」に属したまま、

年に2週間だけ会える、というオチです。

これはどういうことでしょう?


シリーズ全体で、もっとも印象に残るシークエンス、

それはまさに、軍事境界線を舞台にした、

「捕虜」交換のそれでしょう。

そこには、厳然とした「戦争中」である事実が、

はっきりと刻印されています。

だから、

ラストのスイスの風景がどれほど美しくとも、

いやむしろ美しければ美しいほど、

民族が分断されているという事実が浮き上がってしまうのです。

そういう意味では、

一見ハッピーエンドに見えるこの物語は、

どうしようもなくアンハッピーだと言えるのでしょう。


このシリーズが、

北朝鮮の人たちを「人間」として描き、

それがヒットの理由だ、という見方は、

間違ってはいないのでしょう。

ただそれは、今に始まったことではなく、

映画の世界では、もう20年前から行われていることです。


また、根本的に「家父長主義」的な部分があることも否めません。

善人と悪人がはっきりしていて、

(唯一、「盗聴者」を除けば)

「継母」を否定的に描くのもよくない伝統です。

ただ一方では、

好感の持てる人物たちも多く、

それはこのシリーズの美点なのでしょう。


富豪の娘と、権力者の息子、という構図は、

「寓話」だから許される設定なのでしょう。

楽しめましたが、

深い意味で、ツッコミどころはやはりある気がします。