2015年6月21日日曜日

『愛しきは、女 ラ・バランス』

今日見たのは、
1982年のフィルム・ノワールで、

『愛しきは、女 ラ・バランス』

です。
(原題は La Balance 「密告屋」です。)

https://www.youtube.com/watch?v=HAi11eRjqtA

実はこの映画、
かつてVHSで見たことがあります。
今調べてみると、
日本版VHS は1987に発売されていますから、
その頃でしょう。
ビデオ・レンタル屋さんで借り、
大して面白くないな、と思ったのを覚えています。
そして今日、25年以上ぶりに見たわけですが、
まったく違う印象を受けました。
なかなかいい映画だと感じました。

まず目を引くのは、有名俳優が多く出演していること。
クロード・ベリ
ナタリー・バイ
フィリップ・レオタール
モーリス・ドネ
チェッキー・カリョ
豪華です。

パルージは、ベルヴィルを含む13分署の刑事。
ある日、彼と通じていたワルの組織内の密告屋が殺されます。
パルージは、その組織の親玉であるマシナを捕えるため、
新たな密告者が必要になりますが、
その候補に挙がったのが、
マシナに恨みを抱いているポン引き、デデでした。
パルージは、デデとその情婦であるニコルに、
激しい圧力をかけ、密告屋に仕立て上げます。
そして、マシナ逮捕を目指すのですが……
「裏切り」というのは、
フィルム・ノワールが好むテーマの一つですが、
この映画は、いわばそれを真正面から扱っていると言えるのでしょう。

わたしが面白かったのは、
やはり、ベルヴィルをはじめとする、
さまざまな場所(土地性)の描写でした。
かつてベルヴィルの街角に立っていたニコルが、
今はマドレーヌ界隈で仕事をしているものの、
やがて、ベルヴィルに舞い戻ったり。

そういえば、彼女がマドレーヌで客を引く場面、
あるヨーロッパ系の男に声をかけるのですが、
彼は値段を聞くと、ピガールのほうが安いよ、
と言って立ち去ります。
そして次にクルマで通りかかった黒人男性は、
彼女を見ると「乗れよ」というのですが、
彼女は「今忙しいの」と言って断ります。
そして男性が行ってしまうと、
すかさず背後から刑事が言うのです、
Même les putes sont racistes !(娼婦まで人種差別主義者なのかい!)
Bon, papiers !(身分証明書!)
Vos papiers, s'il vous plaît. (身分証明書をお願いします、でしょ?)
On n'est pas à Barbès, ici. (ここはバルベスじゃないのよ。)

この最後のニコルのセリフ
英語字幕では、アラブ人地域にいるわけじゃない、
となっていますが、ビミョーにずれているでしょう。
(仕方ないと思いますが。)
そしてニコルですが、彼女は娼婦で、
ヨーロッパ系白人で、黒人の客はとらない、
そして、白人的なマドレーヌ界隈では許されないが、
バルベスでなら、ぞんざいな口のきき方も許される、
と思っていることになります。
ほんとに raciste だってことになりそうですね。
(最初は彼女の友達に見えた娼婦仲間のサブリナが、
あとでニコルを裏切るのは、
これと関係があるのでしょうか。
サブリナは黒人です。)

もうひとつ。
カスタという名前で、
デスクの後ろにコルシカの旗を飾っている刑事がいるのですが、
(つまり彼はまちがいなく、コルシカ出身という設定なわけです。
ちなみに、「ベルギー人」というあだ名の刑事もいます。)
彼がアラブ系のワルをいたぶりすぎ、
それを上司に咎められる場面があります。
上梓は言うのです、もうアルジェリア戦争は終わったんだぞ、と。
するとカスタは答えるのです、
たしかにアルジェリアは失ったかもしれないが、
ベルヴィルはまだ失っちゃいませんぜ、と。

ただしこの映画では、
クロード・ベリがほんとうはアラブ系である点は、
完全にスルーされています。
80年代においては、
アラブ系のやり手刑事というのは、
まだ早すぎたのでしょう。