このところ、
「ギグ・ワーク」や「ギグ・エコノミー」という言い回しを見かけます。
どうも、まだはっきりと定義されてはいないようですが、
要は、単発の仕事、それによって支えられる経済のあり方、
くらいのところなんでしょう。
ワークの方の代表は、ウーバー・イーツだと言われるようです。
ただこの形態、一見「かっこいい」とも言われ、
またデザイナーなどクリエイティブ系の仕事も、
そういう名称で呼ばれることがあるため、
むしろプラスのイメージを持っている場合もあるのでしょう。
けれど、
ウーバーは同じではありません。
ウーバーのドライバーは「従業員」ではなく、
「個人事業者」なのです。
つまり、団体交渉もできないし、
事故っても自分で処理しなきゃならないし、
つまり、法的にまったく保護されないわけです。
『家族を想うとき』の主人公もまた、
絵にかいたようなギグ・ワークの中にいました。
そんな仕事しかなかったからです。
またヘルパーをしていた妻の働き方も、
ギグ・ワークと呼べるものでした。
二人は人生の時間と尊厳を奪われていきます……。
『アマゾンの倉庫で絶望し、ウーバーの車で発狂した』
の中には、ウーバーのドライバーの過酷な労働が紹介されています。
そしてまたこの本は、
アマゾンの倉庫での、
異常に管理された労働も紹介しているのですが、
このイギリスの倉庫では、
イギリス人は少数で、
東欧からの労働者がメインだと言います。
ああ、これはまさに、
『この自由な世界』とぴったり一致しています。
イギリスには、
(良くも悪くも)
学ぶべき点が多くあるようです。