2015年4月21日火曜日

Lulu femme nue


先週から、
明治大学リバティー・アカデミーが始まっていて、
今日はその第2回でした。
で、
授業の最初におしゃべりしたのは、
昨日見たこの映画、
Lulu femme nue (「リュリュ、裸の女)」
についてでした。
上の画像は、原作マンガです。

https://www.youtube.com/watch?v=RYSE573r8Nc

(イタリア語字幕版なら、YouTubeに全編版があります。)

Lulu は、Lucie の通称です。
(彼女の場合は、Lucienne ではありません。)
高校生を筆頭に3人の子供があり、
フランスの田舎(中部の大西洋岸近辺)で、
小さな自動車修理店を営む夫ともに暮らしています。
でも彼女は、自分で「仕事」がしたくて、
ちょっと離れた街に出て、ハローワークを訪ねます。
が、なんのキャリアもない彼女に「仕事」はありません。
Lulu は、なにか糸が切れたようになり、
帰りの列車に(わざと)乗り遅れ、
そして翌日も、海辺をさまよいます。
(家の近くに住む妹には、時々電話しています。
夫からのメッセージには、答えません。)
そしてその後、
偶然知り合った風来坊のような男と仲良くなり、
お金のない彼女は、
彼のキャンピングカーに寝泊まりし、
深い関係になってゆきます……

話しとしては、これで3分の1くらい。
この後、別の街では、
孤独な老女と仲良くなり、
ある(縮こまっている)若い女性には、
もっとやりたいことをやれと言い……

前回見た『パリ、ただよう花』のホアが、
ある「喪失感」を抱いていたとするなら、
Lulu もまた、別の種類の「喪失感」を抱え込んでいます。
それはたしかに、
かつて「ブルジョワの倦怠」と呼ばれたものとは違いますが、
一方で、それと近似値的でもあります。
Lulu は「ブルジョワ」ではありませんが、
彼女の暮らしぶりは、
往年の「ブルジョワ」のレベルに近づいているとも
言えそうだからです。

主演のカリン・ヴィアールに惹かれて見た映画ですが、
なかなかの佳作でした。
ちゃんと、「人間」が描かれていました。
(ただし、やはり女性監督だからか、
女性がこまやかに、深い現実感をもって描かれているのに対して、
男性の描写は、やや物足りない面もありましたが。)