というわけで、
71年前の今日、玉音放送があったわけですが、
予定通り、
『日本のいちばん長い日』
を見てみました。(1967年・岡本喜八版)
何十年かぶりですが、
畑中少佐のファナティックな様子は、
記憶の底からもよみがえる気がしました。
https://www.youtube.com/watch?v=rfYkl2nOGxw&list=PLFa3he_I_McMAn03_J2mNv3SXIpQ6-thC
https://www.youtube.com/watch?v=8v2bDBxAw4g 新版
まず、
あと2週間早く降伏していれば、
あの2発はなかったのに、と思うと……
マッチョなものはもちろん、
時にはそしてそれをやさしく包むものさえ、破滅への道を切り開いてしまうこと。
製作者の意図とは別に、
そうしたことを思いました。
*************************************
昭和二十年八月十五日午後東京駅 及川均
正面降車広場
だまっていた。
だまって拡声器の前に立っていた。
壁がくずれていた。
赤錆びた鉄骨の間から空が陥ちていた。
莫大量の重さをせおって。
そして風呂敷包をさげておれは歩きだした。
2016年8月15日月曜日
2016年8月14日日曜日
Ce que le jour doit à la nuit
アレクサンドル・アルカディー監督と言えば、
Grand Pardon Ⅰ, Ⅱ
L'Union sacrée
などが強く印象に残っています。
http://tomo-524.blogspot.jp/2013/09/lunion-sacree.html
で、今日は、
彼の「最高傑作」(Paris Match の評)とされる、
Ce que le jour doit à la nuit
Grand Pardon Ⅰ, Ⅱ
L'Union sacrée
などが強く印象に残っています。
http://tomo-524.blogspot.jp/2013/09/lunion-sacree.html
で、今日は、
彼の「最高傑作」(Paris Match の評)とされる、
Ce que le jour doit à la nuit
を見てみました。160分という長尺です。
これは、感動しました。
大河ドラマというか、叙事詩というか、
大きな歴史のうねりを背景にしながら、
ほとんど天上的な愛を描き、
そんな愛がそれほど不自然に見えないという、
かなりの離れ業を達成していると感じました。
舞台の99%はアルジェリアです。
(オラン及びその近くの町。そしてアルジェ。)
時代的には、
1939年のアルジェリアから始まり、
戦争を経て、
戦後、そしてアルジェリア戦争、戦争終結、
そして一瞬1970年を挟んで、終わりは2010年。
主人公は、1930年頃に生まれたはずの男の子。
彼はユネスというアラブ名を持つアラブ人。
(ただし、ベルベル系のなのでしょう、青い目と白い肌です。)
でも、彼の一家がワルの企みにはまり、
彼は、薬局を営む叔父のもとに預けられ、
そこで成人することになります。
彼はとても愛されますが、そこでは、名前を、
ジョナスと変え、アラブ性を隠すことを強いられます。
(友達はみな知っていますが。)
そうした彼が、ユダヤ人の女性と恋に落ちます……。
俳優も充実していて、
ユネスの叔父が、『ムッシュ・ラザール』のモハメッド・フェラグ。
そのフランス人妻(カトリック)に、
La première étoile のアンヌ・コンシニ。
ユネスの恋人の母親が、『ニキータ』のアンヌ・パリロー。
友人の父親に、ヴァンサン・ペレーズ。
そして恋人役は、
エジプト系ユダヤ人を父に持つノラ・アルネゼデール。
ユネスはと言えば、
ベルベル系モロッコ人の父とフランス人の母を持つ
Fu'ad Aït Aattou です。
こういう映画が日本で公開されないのは、
また、同じヤスミナ・カドラ(←女性名ですが、本人は男性)の小説の映画化としては、
これがあります。
http://tomo-524.blogspot.jp/2015/09/lattentatkamikaze.html
これも『テロル』という邦題で、訳されています。
これがあります。
http://tomo-524.blogspot.jp/2015/09/lattentatkamikaze.html
これも『テロル』という邦題で、訳されています。
2016年8月13日土曜日
『ぜんぶ、フィデルのせい』
ギリシャ系フランス人監督として知られるコスタ・ガヴラス。
彼の娘であるジュリー・ガヴラスも監督なんですが、
彼女の撮った
『ぜんぶ、フィデルのせい』(La Faute à Fidel ! )
を(タイトルに惹かれて)見てみました。
(「フィデル」とは、カストロのことで、実際キューバでは、親しみを込めて、
またラウルと区別するためもあり、
フィデルと呼ばれているそうです。)
https://www.youtube.com/watch?v=mrdolzPS3zo
1970年。
主人公は9歳の女の子アンナ。
弁護士の父と雑誌(「マリ・クレール」)の編集者の母、
庭付き一戸建てのパリの家、
キューバ出身の家政婦、
カトリック系私立小学校、
に囲まれてブルジョワ生活を満喫していた彼女ですが、
スペイン系の父親の妹が、
フランコ政権を逃れてパリにやってきたことで、
事態は一変します。
父親は、今まで妹たちを助けなかったことに罪悪感を感じ、
また、妻とのチリ訪問をきっかけに、「コミュニスト」に変身。
ブルジョワ的環境をすべて捨て去り、
チリ移民らの支援に乗り出します。
妻もまた、(ヴェイユ法以前なので)中絶の権利獲得に奔走します。
そんな中、ブルジョワ的生活が恋しいアンナは、
なかなか変化を受け入れられないのですが……
というお話。
(すべての変化は、だから、フィデルの(革命思想の)せい、
となるわけです。
もちろん、「ヴォルテールのせい」という表現を、
踏まえているのでしょう。
こんな映画もありました。
http://tomo-524.blogspot.jp/2013/01/la-faute-voltaire.html
時事的エポックは2か所あって、
・ド・ゴールの死(le 22, 11, 1970)
・チリ・クーデタ(le 11, 09, 1973) ←もう一つの 9.11
です。
70年代のフランスの左派にとって、
このチリの問題が大きかったことは、
『戦争より愛のカンケイ』でも描かれていました。
父コスタが、チリのクーデターを描いた『ミッシング』をとった時、
ジュリーは11歳だったと言います。
アンナの造形には、監督本人の経験が使われているのでしょう。
映画としては、やや単調&単純だと言えなくもないですが、
こうした作品も、日本映画ではお目にかかりません。
アンナは、かわいかったです。
彼の娘であるジュリー・ガヴラスも監督なんですが、
彼女の撮った
『ぜんぶ、フィデルのせい』(La Faute à Fidel ! )
を(タイトルに惹かれて)見てみました。
(「フィデル」とは、カストロのことで、実際キューバでは、親しみを込めて、
またラウルと区別するためもあり、
フィデルと呼ばれているそうです。)
https://www.youtube.com/watch?v=mrdolzPS3zo
1970年。
主人公は9歳の女の子アンナ。
弁護士の父と雑誌(「マリ・クレール」)の編集者の母、
庭付き一戸建てのパリの家、
キューバ出身の家政婦、
カトリック系私立小学校、
に囲まれてブルジョワ生活を満喫していた彼女ですが、
スペイン系の父親の妹が、
フランコ政権を逃れてパリにやってきたことで、
事態は一変します。
父親は、今まで妹たちを助けなかったことに罪悪感を感じ、
また、妻とのチリ訪問をきっかけに、「コミュニスト」に変身。
ブルジョワ的環境をすべて捨て去り、
チリ移民らの支援に乗り出します。
妻もまた、(ヴェイユ法以前なので)中絶の権利獲得に奔走します。
そんな中、ブルジョワ的生活が恋しいアンナは、
なかなか変化を受け入れられないのですが……
というお話。
(すべての変化は、だから、フィデルの(革命思想の)せい、
となるわけです。
もちろん、「ヴォルテールのせい」という表現を、
踏まえているのでしょう。
こんな映画もありました。
http://tomo-524.blogspot.jp/2013/01/la-faute-voltaire.html
時事的エポックは2か所あって、
・ド・ゴールの死(le 22, 11, 1970)
・チリ・クーデタ(le 11, 09, 1973) ←もう一つの 9.11
です。
70年代のフランスの左派にとって、
このチリの問題が大きかったことは、
『戦争より愛のカンケイ』でも描かれていました。
父コスタが、チリのクーデターを描いた『ミッシング』をとった時、
ジュリーは11歳だったと言います。
アンナの造形には、監督本人の経験が使われているのでしょう。
映画としては、やや単調&単純だと言えなくもないですが、
こうした作品も、日本映画ではお目にかかりません。
アンナは、かわいかったです。
2016年8月11日木曜日
L'Ennemi intime
おととい見た Loin des hommes を見て、
そういえば、見ずにきてしまった映画を思い出しました。
ブノワ・マジメル主演の、
『いのちの戦場 ――アルジェリア1959――』(2007)
(原題は L'Ennemi intime 『親しき敵』)
https://www.youtube.com/watch?v=Ma_1v8aMYIY
この戦争を、フランスが「戦争」として認めたのは、なんと1999年。
でもこれは、まぎれもなく戦争でした。
しかも、フランス軍による拷問、
(禁止されていた)ナパーム弾の使用、
一般人の虐殺、
など、完全なる戦争犯罪の宝庫です。
(独立派のFLN もまた、
ナパーム弾こそ持っていなかったものの、
一般人虐殺などを繰り返しました。)
これがヴェトナム戦争と違う点の一つは、
たとえばこうした映画などを通しての検証の量の差です。
ヴェトナム映画は、ほんとに多い。
でも、アルジェリア戦争がらみは、数えるほどです。
その意味では、作られる価値があったのだと思います。
ただ、Loin des hommes に比べると、
登場人物たちがわりと単純で、
良くも悪くも分かりやすいです。
途中、『ぼくたちのムッシュ・ラザール』で主演した、
フェラグが出てくるのですが、
彼の役は、第二次大戦にフランス兵として参戦し、
勲章までもらったアルジェリア人で、
しかも今は、独立側にいる、という設定です。
彼は、フランス兵たちに銃殺されそうになった時、
この勲章を取り出し、胸につけるのです……
やっぱり、戦争は、サイテーです。
そういえば、見ずにきてしまった映画を思い出しました。
ブノワ・マジメル主演の、
『いのちの戦場 ――アルジェリア1959――』(2007)
(原題は L'Ennemi intime 『親しき敵』)
https://www.youtube.com/watch?v=Ma_1v8aMYIY
この戦争を、フランスが「戦争」として認めたのは、なんと1999年。
でもこれは、まぎれもなく戦争でした。
しかも、フランス軍による拷問、
(禁止されていた)ナパーム弾の使用、
一般人の虐殺、
など、完全なる戦争犯罪の宝庫です。
(独立派のFLN もまた、
ナパーム弾こそ持っていなかったものの、
一般人虐殺などを繰り返しました。)
これがヴェトナム戦争と違う点の一つは、
たとえばこうした映画などを通しての検証の量の差です。
ヴェトナム映画は、ほんとに多い。
でも、アルジェリア戦争がらみは、数えるほどです。
その意味では、作られる価値があったのだと思います。
ただ、Loin des hommes に比べると、
登場人物たちがわりと単純で、
良くも悪くも分かりやすいです。
途中、『ぼくたちのムッシュ・ラザール』で主演した、
フェラグが出てくるのですが、
彼の役は、第二次大戦にフランス兵として参戦し、
勲章までもらったアルジェリア人で、
しかも今は、独立側にいる、という設定です。
彼は、フランス兵たちに銃殺されそうになった時、
この勲章を取り出し、胸につけるのです……
やっぱり、戦争は、サイテーです。
Rio フォント
リオ・オリンピックで使われているフォント、
いいですね。
https://www.youtube.com/watch?v=hsuzs_tJqxQ
これを見ると、
(繋がり具合はともかく)
字自体の形は真似できますね。
さすが Dalton Maag.
いいですね。
https://www.youtube.com/watch?v=hsuzs_tJqxQ
これを見ると、
(繋がり具合はともかく)
字自体の形は真似できますね。
さすが Dalton Maag.
Qui vive
レダ・カテブ主演の映画、
Qui vive
を見てみました。
このタイトル、 qui-vive という形だと「誰だ」、
être sur le qui-vive だと「監視する」、
となるわけですが、
主人公の仕事が大型スーパーの警備員であることから、
このタイトルが付いているのでしょう。
https://www.youtube.com/watch?v=kILoqQjLUPs
主人公シェリフは、看護師を目指していますが、
すでに3回、受験に失敗しています。
で、次の受験を目指し、今は警備員をしているんですが、
そこに、毎日、まだ高校生くらいの、悪ガキたちがやってきます。
これがウザイやつらで、
なにかとシェリフにちょっかいを出してきます。
シェリフは、バスで知り合った女性と仲良くなりますが、
一緒に出掛けたクラブで、またそいつらと出会い、もめごと。
そのご、さらに大きなトラブルに発展し……
というお話。
スーパーの警備員といって思い出すのは、
これです。
http://tomo-524.blogspot.jp/2016/02/cesar-2016.html
この映画、今月末から、
日本でも公開されるんですね。
La loi du marché
『ティエリー・トグルドーの憂鬱』というタイトルです。
http://measure-of-man.jp/
当たり前ですが、どちらの作品の場合も、
「スーパーの警備員」という仕事が、
フランス社会で持っている意味を踏まえることが必要です。
しかしそれにしても、
映画の日本語訳タイトルって、相変わらずですねえ。
アメリカ版(英語版)のタイトルは、
たいてい直訳なので、
日本語タイトルの超訳ぶりが目立ちます。
もちろん、フランス語と英語のほうが、
はるかに訳しやすいということはあるにしても。
一概に否定はしませんが、
いつまでたっても「愛」と「憂鬱」と「眠れ」(的命令形)ばかりでは、
ほとんどラベリングにも感じます。
この『ティエリー・トグルドーの憂鬱』は、
決して個人の「憂鬱」ではなく、
フランス社会の問題だと思うのですが。
Qui vive
を見てみました。
このタイトル、 qui-vive という形だと「誰だ」、
être sur le qui-vive だと「監視する」、
となるわけですが、
主人公の仕事が大型スーパーの警備員であることから、
このタイトルが付いているのでしょう。
https://www.youtube.com/watch?v=kILoqQjLUPs
主人公シェリフは、看護師を目指していますが、
すでに3回、受験に失敗しています。
で、次の受験を目指し、今は警備員をしているんですが、
そこに、毎日、まだ高校生くらいの、悪ガキたちがやってきます。
これがウザイやつらで、
なにかとシェリフにちょっかいを出してきます。
シェリフは、バスで知り合った女性と仲良くなりますが、
一緒に出掛けたクラブで、またそいつらと出会い、もめごと。
そのご、さらに大きなトラブルに発展し……
というお話。
スーパーの警備員といって思い出すのは、
これです。
http://tomo-524.blogspot.jp/2016/02/cesar-2016.html
この映画、今月末から、
日本でも公開されるんですね。
La loi du marché
『ティエリー・トグルドーの憂鬱』というタイトルです。
http://measure-of-man.jp/
当たり前ですが、どちらの作品の場合も、
「スーパーの警備員」という仕事が、
フランス社会で持っている意味を踏まえることが必要です。
しかしそれにしても、
映画の日本語訳タイトルって、相変わらずですねえ。
アメリカ版(英語版)のタイトルは、
たいてい直訳なので、
日本語タイトルの超訳ぶりが目立ちます。
もちろん、フランス語と英語のほうが、
はるかに訳しやすいということはあるにしても。
一概に否定はしませんが、
いつまでたっても「愛」と「憂鬱」と「眠れ」(的命令形)ばかりでは、
ほとんどラベリングにも感じます。
この『ティエリー・トグルドーの憂鬱』は、
決して個人の「憂鬱」ではなく、
フランス社会の問題だと思うのですが。
Loin des hommes
レダ・カテブ出演の映画、
Loin des hommes(2014)
を見てみました。
見終わった後に気づいたのですが、
この映画、去年日本で公開されていたのですね。
http://www.farfrommen.com/aljeria.html
日本版のDVD は、これから出るんでしょうか?
出るといいですね。
予告編です。
https://www.youtube.com/watch?v=77G5AmsL9xQ
アルジェリア戦争は複雑です。
フランス VS. アルジェリア
みたいな簡単な話じゃないんですね。
上に示した日本版のHP から引用すれば、
******************************
フランス本土とフランス領であったアルジェリアの内戦であると同時に、
アルジェリアでフランス本国と同等の権利を与えられていた
コロンと呼ばれるヨーロッパ系入植者と、
ベルベル人やアラブ系住民などの先住民との民族紛争
及び親仏派と反仏派の先住民同士の紛争、
かつフランス軍部とパリ中央政府との内戦でもある。
*****************************
これが映画の背景です。
主人公ダリュは、フランス人入植者の子どもで、
アルジェリア生まれ、アルジェリア育ち。
第2次大戦では、司令官としてイタリア戦線に参加、
スナイパーでもありました。
今は、退役軍人として、アルジェリアの田舎の小学校で、
アラブ系のこどもたちにフランス語を教える静かな日々を過ごしていました。
そしてやがて、1954年が巡ってくるのです。
ある日、フランスの憲兵が彼のもとに、
一人のアラブ人(=殺人容疑者・レダ・カテブ)を連れてきます。
そして彼を、Tinguit の裁判所まで連行しろ、と命じられます。
彼はしぶしぶ、この大人しく敬虔な容疑者を一緒に出発します。
ところが、道中は危険だらけ。
まさに、1954です。
二人は無事につけるのか、
そもそも、このアラブ人の殺人とは何だったのか、
なぜ彼は逃げようとしないのか、
が、次第に明らかになります。
原作はカミュの、『追放と転落』の中の一篇、「客」。
映画の後読み直してみましたが、
短かいとは思っていましたが、
予想以上に短くて、
まあ、原作とはいっても、
枠組みだけ、という感じです。
(カミュの他の作品のエピソードも使われているとのことです。)
でも、レダ・カテブもいいし、
(ちょっと予習は必要だけれど)
いい映画だと思いました。
Loin des hommes(2014)
を見てみました。
見終わった後に気づいたのですが、
この映画、去年日本で公開されていたのですね。
http://www.farfrommen.com/aljeria.html
日本版のDVD は、これから出るんでしょうか?
出るといいですね。
予告編です。
https://www.youtube.com/watch?v=77G5AmsL9xQ
アルジェリア戦争は複雑です。
フランス VS. アルジェリア
みたいな簡単な話じゃないんですね。
上に示した日本版のHP から引用すれば、
******************************
フランス本土とフランス領であったアルジェリアの内戦であると同時に、
アルジェリアでフランス本国と同等の権利を与えられていた
コロンと呼ばれるヨーロッパ系入植者と、
ベルベル人やアラブ系住民などの先住民との民族紛争
及び親仏派と反仏派の先住民同士の紛争、
かつフランス軍部とパリ中央政府との内戦でもある。
*****************************
これが映画の背景です。
主人公ダリュは、フランス人入植者の子どもで、
アルジェリア生まれ、アルジェリア育ち。
第2次大戦では、司令官としてイタリア戦線に参加、
スナイパーでもありました。
今は、退役軍人として、アルジェリアの田舎の小学校で、
アラブ系のこどもたちにフランス語を教える静かな日々を過ごしていました。
そしてやがて、1954年が巡ってくるのです。
ある日、フランスの憲兵が彼のもとに、
一人のアラブ人(=殺人容疑者・レダ・カテブ)を連れてきます。
そして彼を、Tinguit の裁判所まで連行しろ、と命じられます。
彼はしぶしぶ、この大人しく敬虔な容疑者を一緒に出発します。
ところが、道中は危険だらけ。
まさに、1954です。
二人は無事につけるのか、
そもそも、このアラブ人の殺人とは何だったのか、
なぜ彼は逃げようとしないのか、
が、次第に明らかになります。
原作はカミュの、『追放と転落』の中の一篇、「客」。
映画の後読み直してみましたが、
短かいとは思っていましたが、
予想以上に短くて、
まあ、原作とはいっても、
枠組みだけ、という感じです。
(カミュの他の作品のエピソードも使われているとのことです。)
でも、レダ・カテブもいいし、
(ちょっと予習は必要だけれど)
いい映画だと思いました。
2016年8月10日水曜日
2016年8月9日火曜日
2016年8月8日月曜日
アルタ・ドブロシ
最近、
『黒いスーツを着た男』
を見直す機会がありました。
http://tomo-524.blogspot.jp/2015/03/blog-post_11.html
で、そういえば、
ここでモルドヴァ移民を演じているアルタ・ドブロシは、
『ロルナの祈り』にも出ていたことを思い出し、
久しぶりに引っ張り出して見てみました。
https://www.youtube.com/watch?v=HIShW3LZ4ws
いい映画ですよね。
で、アルタ・ドブロシですが、
ここで彼女は、アルバニア移民を演じています。
(彼女は両作品とも、基本的には、
フランス語を話しています。)
『黒いスーツを着た男』
を見直す機会がありました。
http://tomo-524.blogspot.jp/2015/03/blog-post_11.html
で、そういえば、
ここでモルドヴァ移民を演じているアルタ・ドブロシは、
『ロルナの祈り』にも出ていたことを思い出し、
久しぶりに引っ張り出して見てみました。
https://www.youtube.com/watch?v=HIShW3LZ4ws
いい映画ですよね。
で、アルタ・ドブロシですが、
ここで彼女は、アルバニア移民を演じています。
(彼女は両作品とも、基本的には、
フランス語を話しています。)
見ていて、
『黒いスーツを着た男』と『ロルナの祈り』の間には、
1つ共通点があるのに気づきました。
それは、ともに都市を舞台に、移民を登場させ、
その背景も観客に意識させながら、
いわばそうした時事的問題を、
最終的に、普遍的な問題に接続させている点です。
それは、「命」の問題。
前者は、事故で死んだ男を通して、
後者は、ヤク中の死と、
彼の子を妊娠しているという幻想を通して。
そしてアルタ・ドブロシですが、
彼女の存在感はなかなかすごいです。
画面に現れるだけで、そこにいる、という感じがします。
もっと見てみたいと思いました。
2016年8月5日金曜日
『シン・ゴジラ』(2e)
『シン・ゴジラ』、
昨日見て、
今日も見てしまいました。
劇場で、同じ映画を二日続けて見るのって、
いつ以来? という感じですが、
それくらい、この映画は魅力的です。
(というわけで、昨日の投稿は引っ込めました。
まあ、基本的な印象は変わっていないのですが。)
映画館のモギリのバイトの学生によれば、
早くも「5回目(!)」という人もいたそうです。
**********************************
以下、ネタバレあります。
**********************************
この映画には、
つい語りたくなるような細部が、
多く仕込まれています。
これは、言うまでもなく、
作品にとって重要なことがらで、
これは今回、かなりうまくいっていると思いました。
(海外の観客には、たとえば日本の現実への皮肉などは、
伝わりにくいかもしれませんが。)
ただ、この映画のポイントはやはり、
ゴジラとは何者か?
ということに尽きるでしょう。
そしてこの問いには、当然、
ゴジラはどこに向かっていたのか?
という問いも含まれるわけですが、
こちらの答えは明白です。
ゴジラが向かっていたのは、
皇居以外ではありえません。
最後、東京駅で、西向きに倒れ、
そしていったん起き上がるゴジラは、
皇居の和田倉門まで、
あと200m の地点で凍結したことになります。
もちろん、皇居のほうを向いて。
実際、何度か映し出される地図の中でも、
明らかにゴジラの道程は皇居を目指しています。
登場人物たちは、
誰一人そのことに触れませんが、
製作者が気づいていない可能性はゼロです。
で、ゴジラは何者なのか?
これも、それほど答えにくい問いではないかもしれません。
ゴジラはまず、原子力技術の化身であり、
F 1 (暴走した原発)の化身でもあるのでしょう。
夢の技術であると同時に、人間には手に負えないもの、
また、
凍結されるか核攻撃で破壊するほかないもの、
というわけです。
(もちろん凍結は、最終処理ではまったくないわけですが。)
そしてゴジラはまた、
東北を代表とする「地方」の抱く、
東京に対する屈折した怨嗟そのものとも言えるでしょう。
東北は、もう100年ほども、
様々な形で東京に奉仕する役目を押し付けられてきました。
しかも今、帰宅困難だの避難だのという実のない言葉で、
故郷を捨てさせられているわけです。
(棄民政策、という指摘さえあります。)
その、積もり積もった怨念を考えないなら、
ゴジラのあれほどの怒りは理解しえないでしょう。
ゴジラが東京を破壊するシーンは、
カタストロフィックで、
美しくもあり、悲しくもあります。
その無類の破壊能力は、まさに原子力エネルギー的ですが、
その根底にある怒りを、
見逃すことはできません。
原子力技術と東北の怒り。
この二重性こそ、ゴジラの本体だと感じました。
というわけで、とてもいい映画だと思うのですが、
どうしても気になることが一点あります。
それは、自衛隊賛美です。
(自衛隊についての態度ではなく、
その賛美を、作品のモチーフの1つとしてしまったということです。)
わたしには、ここがとても残念です。
この一点がなければ、手放しで褒めることができたのに。
でもやっぱり映画はおもしろいです。
そして映画は、やっぱり、最低2回は見ないと。
2回目で気づいたことが、
いくつもありました。
それにしても『シン・ゴジラ』は、
モニターじゃなく劇場で見るほうが、ずっと良さそうです。
昨日見て、
今日も見てしまいました。
劇場で、同じ映画を二日続けて見るのって、
いつ以来? という感じですが、
それくらい、この映画は魅力的です。
(というわけで、昨日の投稿は引っ込めました。
まあ、基本的な印象は変わっていないのですが。)
映画館のモギリのバイトの学生によれば、
早くも「5回目(!)」という人もいたそうです。
**********************************
以下、ネタバレあります。
**********************************
この映画には、
つい語りたくなるような細部が、
多く仕込まれています。
これは、言うまでもなく、
作品にとって重要なことがらで、
これは今回、かなりうまくいっていると思いました。
(海外の観客には、たとえば日本の現実への皮肉などは、
伝わりにくいかもしれませんが。)
ただ、この映画のポイントはやはり、
ゴジラとは何者か?
ということに尽きるでしょう。
そしてこの問いには、当然、
ゴジラはどこに向かっていたのか?
という問いも含まれるわけですが、
こちらの答えは明白です。
ゴジラが向かっていたのは、
皇居以外ではありえません。
最後、東京駅で、西向きに倒れ、
そしていったん起き上がるゴジラは、
皇居の和田倉門まで、
あと200m の地点で凍結したことになります。
もちろん、皇居のほうを向いて。
実際、何度か映し出される地図の中でも、
明らかにゴジラの道程は皇居を目指しています。
登場人物たちは、
誰一人そのことに触れませんが、
製作者が気づいていない可能性はゼロです。
で、ゴジラは何者なのか?
これも、それほど答えにくい問いではないかもしれません。
ゴジラはまず、原子力技術の化身であり、
F 1 (暴走した原発)の化身でもあるのでしょう。
夢の技術であると同時に、人間には手に負えないもの、
また、
凍結されるか核攻撃で破壊するほかないもの、
というわけです。
(もちろん凍結は、最終処理ではまったくないわけですが。)
そしてゴジラはまた、
東北を代表とする「地方」の抱く、
東京に対する屈折した怨嗟そのものとも言えるでしょう。
東北は、もう100年ほども、
様々な形で東京に奉仕する役目を押し付けられてきました。
しかも今、帰宅困難だの避難だのという実のない言葉で、
故郷を捨てさせられているわけです。
(棄民政策、という指摘さえあります。)
その、積もり積もった怨念を考えないなら、
ゴジラのあれほどの怒りは理解しえないでしょう。
ゴジラが東京を破壊するシーンは、
カタストロフィックで、
美しくもあり、悲しくもあります。
その無類の破壊能力は、まさに原子力エネルギー的ですが、
その根底にある怒りを、
見逃すことはできません。
原子力技術と東北の怒り。
この二重性こそ、ゴジラの本体だと感じました。
というわけで、とてもいい映画だと思うのですが、
どうしても気になることが一点あります。
それは、自衛隊賛美です。
(自衛隊についての態度ではなく、
その賛美を、作品のモチーフの1つとしてしまったということです。)
また、国のために命を捨てるのは尊いという思想も語られます。
(登場人物の言葉ではあるけれど、
映画の声でもあると言えるでしょう。)
この思想には賛成できません。わたしには、ここがとても残念です。
この一点がなければ、手放しで褒めることができたのに。
でもやっぱり映画はおもしろいです。
そして映画は、やっぱり、最低2回は見ないと。
2回目で気づいたことが、
いくつもありました。
それにしても『シン・ゴジラ』は、
モニターじゃなく劇場で見るほうが、ずっと良さそうです。
2016年8月1日月曜日
Rihanna 登場
Stade de France に、
先週のBeyoncé に続き、
今度は Rihanna が登場したようです。
http://www.lemonde.fr/musiques/article/2016/08/01/rihanna-feline-perdue-dans-l-arene-du-stade-de-france_4976865_1654986.html
ちょっと目を引くのは、二段落目。
かつて(ワールドカップを制した)1998年、
この(同じ)場所で une France black-blanc-beur を夢見た人々、
さまざまな出自を持ち半分は女性である人々が、
今は、カリブ出身の女性(リアーナ)に魅せられている……
のあたり。
そうでした、リアーナはデビュー当時、
カリビアンであることがウリでしたね。
それから、1998。
気にしているせいか、
このところよくこの1998を見かけます。
1つの大きなエポックなんですね。
それにしてもリアーナは、
わたしが最初に、渋谷のショーケースで、
3メートルくらいの距離で見た時から比べると、
なんとビッグになったことでしょう!
先週のBeyoncé に続き、
今度は Rihanna が登場したようです。
http://www.lemonde.fr/musiques/article/2016/08/01/rihanna-feline-perdue-dans-l-arene-du-stade-de-france_4976865_1654986.html
ちょっと目を引くのは、二段落目。
かつて(ワールドカップを制した)1998年、
この(同じ)場所で une France black-blanc-beur を夢見た人々、
さまざまな出自を持ち半分は女性である人々が、
今は、カリブ出身の女性(リアーナ)に魅せられている……
のあたり。
そうでした、リアーナはデビュー当時、
カリビアンであることがウリでしたね。
それから、1998。
気にしているせいか、
このところよくこの1998を見かけます。
1つの大きなエポックなんですね。
それにしてもリアーナは、
わたしが最初に、渋谷のショーケースで、
3メートルくらいの距離で見た時から比べると、
なんとビッグになったことでしょう!
2016年7月31日日曜日
Vous avez du répondant.
今日見ていた映画の中のセリフ。
つまり、質問などに対して、うまく答える、反応する能力のことを
répondant
と言っているわけですね。
手元の辞書には、
書いていない使い方でした。
Vous avez du répondant.
*répondant masculin (Indénombrable)
1.(Courant) Capacité à répondre aisément et
avec virulence à une question, à une attaque, à un embarras. Il ne se laisse
pas faire, le bougre, il a du répondant.
(wikitionnaire)つまり、質問などに対して、うまく答える、反応する能力のことを
répondant
と言っているわけですね。
手元の辞書には、
書いていない使い方でした。
Gare du nord
レダ・カテブ(1977生まれ/イスマエル役)、
ニコル・ガルシア(1946生まれ・ピエ・ノワール/マチルド役)、
そしてフランソワ・ダミアンが出演している、
Gare du nord (「北駅」)
を見てみました。
監督は、ドキュメンタリーを多く撮ってきた
クレール・シモンです。(女性です。1955年生まれ)
北駅には、メトロ、RER、TGV、そしてEurostar も来ます。
https://www.youtube.com/watch?v=bpMudPLh21M
訳2時間の作品ですが、
その95%は、北駅の構内です。
といっても、メインのホールは広々していて、
その明るさから言っても、
ほとんど「外」ではありますが。
北駅を舞台にして、
そこで働く人たち、そこを行き交う人たちを描いているので、
ストーリーはごくシンプルです。
以下ネタバレあります*************************
イスマエルは、社会学の博士論文を書くため、
北駅で聞き取り調査をしています。
そして彼が声をかけた中に、
歴史学の教授であるマチルドがいました。
(彼女は、体の具合がよくないようです。)
イスマエルの積極さの前で、
マチルドも次第に彼にひかれてゆき、
二人はあるときついに、RERのE線のホームの陰にある、
「セックス部屋」呼ばれている物陰で、キスします。
でも、その様子は、監視カメラに収められていて、
翌日、駅職員にからかわれます。
「おまえ映ってたぞ、年取った女性と」そのせいもあってか、
彼は彼女から距離をとりますが、
彼女のほうは、
「小娘みたいに恋してるの、わたし?」
とつぶやくまでに。
(劇中の二人の年齢はわかりませんが、
リアルだと、31歳差です。
監督は、マチルダと自分を重ねているのでしょうか?)
けれど実は彼女、
どうやら化学療法を受けているらしく、
ある日、「今日が最後です。明日は手術だから」
とメールしてきます。
イスマエルはその時、
看護婦たちのデモに参加し、
北駅の線路を占拠、
駅を大混乱に陥れてようとしているときでした。
やがて警官隊が到着。
逃げるイスマエル。
そしてそれを見つけたマチルドは彼を導き、
警官の目を欺くために、熱烈なキスをします……
この二人の物語が、メインです。が、
小さなエピソード的には、
とても多くの人が出てきます。
靴屋のイラン人、
キオスクのネパール人、
(彼はボビニーに住んでいます。)
エクステを売り歩くコンゴ人、
ロマン・ギャリ―の『約束の夜明け』を落とす老人……。
そしてある父親(ダミアン)は、
家出した娘を探し続けます。
しっとりして、いい映画だと思いました。
(そうそう、幽霊も出てきます、ちょっとだけ。
そういうテイストも、少しあります。)
実はラストで、
イスマエルのもとに、
マチルドが死んだ知らせが入ります。
彼女も、北駅の幽霊になるのでしょうか。
*マチルド、と聞いて、イスマエルが歌いだすのは、この歌。
♪ Mathilde est revenue...
https://www.youtube.com/watch?v=PwSWfuk9PIs
2016年7月30日土曜日
Papa Was Not a Rolling Stone
2014年に公開された、
シルヴィー・オアイヨン(Sylvie Ohayon)監督の、
を見てみました。
https://www.youtube.com/watch?v=EjUt6acK4Qc
タイトルはもちろん、
テーンプテーションズのヒット曲、
Papa Was a Rolling Stone
から来てきます。
https://www.youtube.com/watch?v=HcSDqZVKJDU
で実際、劇中でこの曲がかかります。
さて物語ですが、
舞台は、1980年代のラ・クルヌーヴ。
パリの北東郊外です。
そしてそこには、"4000"と呼ばれる有名なシテ(団地群)があるのですが、
その住民は、映画内では
「ピエ・ノワール、アラブ人、ユダヤ人、イタリア人、ポルトガル人……」
だと紹介されますが、
その時画面に映っているのは黒人です。
この映画の登場人物たちは、みなそこに住んでいます。
ステファニーとファティマは、二人とも高校3年の親友同士。
ステフの母はユダヤ人(オール・アティカです。リアルなユダヤ人女優ですね)。
もちろん母方の親戚もみんなそうです。
父はカビール(ベルベル人)だということですが、
すぐに亡くなってしまうので、ほとんど出てきません。
つまりステフは、
アラブ系(アルジェリア系・ベルベル系)&ユダヤ系のフランス人、ですね。
また、ステフが6歳の時に来た継父は、
なにかという小さな娘をたたく、まったくダメなやつです。
フィフィは言うまでもなくアラブ系で、
ちょっとふくよかなんですが、
誰かにその点をいじられると、すごい勢いで言い返します。
(ある時、ユダヤ人の同級生に「デブ」と呼ばれ、
「メガネ野郎! あんたなんか、ナナ・ムスクリーニのくせに!」
と言い返すと、そこからつかみ合いの喧嘩になり、
ついに彼女は、
Sale juif !(汚いユダヤ人!)
と言い放つのですが、
それまで「まあまあ」という感じで二人を押させていた友達たちが、
その瞬間、
フィフィ、それはだめ、謝りなよ、
というあたり、よかったです。
ちなみにステフの継父は、
時に彼女に対し、
Sale bougnole de youpine !
と、かなりひどい差別的な罵りを吐きます。
訳は控えますが、アラブ人とユダヤ人を同時に侮辱しています。)
ステフは、勉強もできるし、
ダンスも才能に恵まれ、
このどちらかを生かして、
なんとかこの4000を
(というか、怠け者の母と暴力的な継父のもとを)
離れたいと思っています。
つまり、ペリフの向こう、「パリ」に行き、
パリ大学に行きたいのです。
でもそれを知ったフィフィは、とても怒ります。
ここが嫌なの? 私じゃいやなの?
というわけです。
フィフィは、ここで、「ふつう」に結婚して、子供を育てることを望んでいます。
「パリ」は、彼女にとって遠いです。
(フィフィは言います、
「パリにいるのはおかしな奴よ、へんな名前(プレノン)の。
冷酷な奴と、死にぞこないなの。
それにどこも車だらけ。
こことは違うから、ベンチで落ち着いておしゃべりなんてできっこないの。
危険なの、パリは」と。
これは面白いですね。
ほとんどの場合、「パリ」から、
(あるいは日本からでも、「パリ」というメガネを通して、
「郊外は危険だ」
というのが決まり文句ですから。)
ステフは、アラブ系のラバと恋に落ち、
実は妊娠してしまいます。
彼女にとっては、中絶しかないのですが、
そのお金がなくて途方に暮れていると、
いつもはダメダメな母親が、お金を用意してくれます。
「わたしが助けなかったら、だれが助けるの?」
という母親。これはいいことをしました。
結局ステフは、パリ大学に入学を許可され、
4000を離れることに。
その出発の場面、
恋人ラバの太っちょの父親も現れ、
「いい成績を取れよ。
おまえが立候補したら、
おれはお前に入れるからな。
(あんた、フランス人じゃないだろ?)
いや、フランス人さ。セ・フラン(céfran)じゃないぞ、
(れっきとした)フランス人(フランセ)さ。
なにしろ、ちょっとは豚肉だって食べるしな……
いや、ほんのちょっとだよ」
アラブのおじさんのセリフとしては、
ユーモラスで、いい感じですね。
そしてほんとの最後、
もう、ラバにとっては、もう手の届かない世界に旅立つステフに、
彼は言うのです、
「今度お前が話題になるのを聞くのは、テレビを通してだぞ、OK ?
それか、新聞か、OK ?」
ワルですが、気持ちのやさしい男の子です。
というわけなんですが、
この作品の監督の経歴を見ると、
ほとんどステフそのままなんです。
これは、自伝だったのですね。
(自分の書いた同名小説の映画化です。)
だから、80年代にする必要もあったのでしょう。
そしてステフ役のドニア・アシュール。
彼女も、父親はチュニジア系、母親はロシア系で、
彼女自身はフランス人。
そして最近では、監督業もしているようです、若いのに!
http://www.lemonde.fr/afrique/article/2015/06/19/doria-achour-un-travelling-entre-paris-et-tunis_4658141_3212.html
実を言えば、
一つの作品として見た場合、
いくつか弱いところがあると感じます。
ただ、エピソードの一つ一つが魅力的なので、
それは◎だと思いました。
「パリ」に行きたいアラブ系&ユダヤ系のステフと、
4000にとどまりたいアラブ系のフィフィ。
そこを、もっと前に出すと、
(少なくともわたしには)もっと立ち上がってくると思いました。
Tiens-toi droite と Jun Miyake
授業で久しぶりに、
『パリ警視庁:未成年特別保護部隊』
を見ることがあって、
そういえば、たとえばカリン・ヴィアールに比べると、
マリナ・フォイスの作品は
あまり見ていなかったことに気づきました。
で、とりあえず
Tiens-toi droite
を見てみました。
この作品は、3人の、
それぞれ独立心に富んだ女性たちが、
それぞれの挑戦をするうちに、
その運命が交差してゆく、というお話です。
おもしろいのは、予告編が3種類、
つまりその3人それぞれを中心に作られていることです。
まずは、ミス・ニュー・カレドニアの若いリリ。
(ただし彼女は、北フランスの炭鉱の町、Arenberg 出身。
お父さんは実際炭鉱夫で、
「男遊び」が激しい彼女は、思春期からたびたび、
親戚のいるニュー・カレに隔離され、
結局そこにいついたのでした。)
https://www.youtube.com/watch?v=I0e8fukmmRQ
たくさんの娘たちを育て、ほとんど燃え尽き寸前のサム。
(彼女の娘たちは、リリの大ファン。)
https://www.youtube.com/watch?v=VFL2bKyTEhw
そしてマリナ・フォイス演じる、人形会社の企画職についたルイーズ。
(相続したクリーニング店はつぶれましたが。)
https://www.youtube.com/watch?v=5LUJCAwys-g
で、出だしの15分ほどはいい感じなんですが、
その後は、ちょっと「イラチ」が続く感じ。
リリ役のローラ・スメット(ナタリー・バイとジョニー・アリディの娘)は、
かわいいのですが、彼女もまた、落ち着きません。
公開当時、好意的な批評は少なかったようなんですが、
題材もメンバーもいいので、
ちょっともったいなかったかもしれません。
そうそう、挿入歌は Jun Miyake(三宅純)。
「虹は遠く」も使われ、
フランス映画で日本語が聞こえてきて、
不思議な感じでした。
https://www.youtube.com/watch?v=78FxgB6MnM4
『パリ警視庁:未成年特別保護部隊』
を見ることがあって、
そういえば、たとえばカリン・ヴィアールに比べると、
マリナ・フォイスの作品は
あまり見ていなかったことに気づきました。
で、とりあえず
Tiens-toi droite
を見てみました。
この作品は、3人の、
それぞれ独立心に富んだ女性たちが、
それぞれの挑戦をするうちに、
その運命が交差してゆく、というお話です。
おもしろいのは、予告編が3種類、
つまりその3人それぞれを中心に作られていることです。
まずは、ミス・ニュー・カレドニアの若いリリ。
(ただし彼女は、北フランスの炭鉱の町、Arenberg 出身。
お父さんは実際炭鉱夫で、
「男遊び」が激しい彼女は、思春期からたびたび、
親戚のいるニュー・カレに隔離され、
結局そこにいついたのでした。)
https://www.youtube.com/watch?v=I0e8fukmmRQ
たくさんの娘たちを育て、ほとんど燃え尽き寸前のサム。
(彼女の娘たちは、リリの大ファン。)
https://www.youtube.com/watch?v=VFL2bKyTEhw
そしてマリナ・フォイス演じる、人形会社の企画職についたルイーズ。
(相続したクリーニング店はつぶれましたが。)
https://www.youtube.com/watch?v=5LUJCAwys-g
で、出だしの15分ほどはいい感じなんですが、
その後は、ちょっと「イラチ」が続く感じ。
リリ役のローラ・スメット(ナタリー・バイとジョニー・アリディの娘)は、
かわいいのですが、彼女もまた、落ち着きません。
公開当時、好意的な批評は少なかったようなんですが、
題材もメンバーもいいので、
ちょっともったいなかったかもしれません。
そうそう、挿入歌は Jun Miyake(三宅純)。
「虹は遠く」も使われ、
フランス映画で日本語が聞こえてきて、
不思議な感じでした。
https://www.youtube.com/watch?v=78FxgB6MnM4
2016年7月29日金曜日
『消えた声がその名を呼ぶ』
ほとんど知識がないので、
アルメニア人と言って思い出すのは、
シルヴィー・ヴァルタン、
シャルル・アズナブール、
それからサローヤンくらいなんですが、
以前ここで触れた長編映画も、
アルメニア人移民を描いていました。
http://tomo-524.blogspot.jp/2015/07/mayrig-588-rue-paradis.html
そしてアルメニア人虐殺問題は、
今も、その認定さえ、確立されていません。
最近も、こんなことが。
http://www.asahi.com/articles/ASJ6T56YHJ6TUHBI01H.html?ref=chiezou
今日見たのは、
『消えた声がその名を呼ぶ』
https://www.youtube.com/watch?v=33ZR5VXxkQQ
この作品は、W.W.Ⅰ 当時の、アルメニア人が置かれた状況、
彼らに向けられた理不尽な暴力を背景に、
一人の父親が、
別れ別れになってしまった娘を、
どこまでも、どこまでも探してゆく物語です。
(ロードムーヴィー的でもありますが、
過酷すぎて、そうした言い方がしにくいです。
また、小さなエピソードとして、
戦後、解放されたアルメニア人が、
自分たちを苦しめてきたトルコ人に対して石を投げる場面があります。
虐殺とは比較になりませんが、
やはりこの場面があったほうが、
多少ともバランスが取れていると思いました。)
主演はタハール・ラヒム。
彼はまた一つ、いい仕事をしたのではないでしょうか。
アルメニア人と言って思い出すのは、
シルヴィー・ヴァルタン、
シャルル・アズナブール、
それからサローヤンくらいなんですが、
以前ここで触れた長編映画も、
アルメニア人移民を描いていました。
http://tomo-524.blogspot.jp/2015/07/mayrig-588-rue-paradis.html
そしてアルメニア人虐殺問題は、
今も、その認定さえ、確立されていません。
最近も、こんなことが。
http://www.asahi.com/articles/ASJ6T56YHJ6TUHBI01H.html?ref=chiezou
今日見たのは、
『消えた声がその名を呼ぶ』
https://www.youtube.com/watch?v=33ZR5VXxkQQ
この作品は、W.W.Ⅰ 当時の、アルメニア人が置かれた状況、
彼らに向けられた理不尽な暴力を背景に、
一人の父親が、
別れ別れになってしまった娘を、
どこまでも、どこまでも探してゆく物語です。
(ロードムーヴィー的でもありますが、
過酷すぎて、そうした言い方がしにくいです。
また、小さなエピソードとして、
戦後、解放されたアルメニア人が、
自分たちを苦しめてきたトルコ人に対して石を投げる場面があります。
虐殺とは比較になりませんが、
やはりこの場面があったほうが、
多少ともバランスが取れていると思いました。)
主演はタハール・ラヒム。
彼はまた一つ、いい仕事をしたのではないでしょうか。
2016年7月27日水曜日
Arrêtez-moi là
Paris というテレビ・シリーズについて、
春に書きました。
http://tomo-524.blogspot.jp/2016/03/paris-6-episodes.html
これが、とっても気に入ってしまったので、
同じ監督の作品を見てみることにしました。
Arrêtez-moi là
です。
タイトルからも察せられる通り、
主人公はタクシー・ドライバーです。
レダ・カテブが演じています。
https://www.youtube.com/watch?v=DpxTulBwYZ4
ニースのタクシー・ドライバー、サンソンは、
2年前から始めたこの仕事が気に入っており、
また1年半前から付き合っている彼女もいます。
そんな彼が、
ある日、
少女の誘拐容疑で逮捕、
なんとか無実の罪であることを証明しようとしますが、
結局1年後の裁判で、懲役22年を言い渡されます。
しかし、その判決が出たとほぼ同じ瞬間、
誘拐されたはずの少女が、
遠く離れた土地で監禁されていたのが見つかります……
これはいわゆる「無実の罪」ものであるのはたしかですが、
それにニュアンスを与えているのは、
レダ・カテブ演じるサンソンの、
日常を愛する態度や、
獄中にあっても飼い猫ガーシュインを心配するやさしさなんでしょう。
一方恋人は、
彼のことが好きなんですが、信じきれない。
また誘拐された少女の母親も、
とてもいい感じの人なんですが、
やはり彼を疑います。
(まあ、無理もないでしょうが。判決は有罪だったわけだし。)
傑作でも問題作でもないけれど、
俳優の良さが目立った作品でした。
(ただ、ニースのあのプロムナードが映し出されるたび、
心が痛みましたが。)
春に書きました。
http://tomo-524.blogspot.jp/2016/03/paris-6-episodes.html
これが、とっても気に入ってしまったので、
同じ監督の作品を見てみることにしました。
Arrêtez-moi là
です。
タイトルからも察せられる通り、
主人公はタクシー・ドライバーです。
レダ・カテブが演じています。
https://www.youtube.com/watch?v=DpxTulBwYZ4
ニースのタクシー・ドライバー、サンソンは、
2年前から始めたこの仕事が気に入っており、
また1年半前から付き合っている彼女もいます。
そんな彼が、
ある日、
少女の誘拐容疑で逮捕、
なんとか無実の罪であることを証明しようとしますが、
結局1年後の裁判で、懲役22年を言い渡されます。
しかし、その判決が出たとほぼ同じ瞬間、
誘拐されたはずの少女が、
遠く離れた土地で監禁されていたのが見つかります……
これはいわゆる「無実の罪」ものであるのはたしかですが、
それにニュアンスを与えているのは、
レダ・カテブ演じるサンソンの、
日常を愛する態度や、
獄中にあっても飼い猫ガーシュインを心配するやさしさなんでしょう。
一方恋人は、
彼のことが好きなんですが、信じきれない。
また誘拐された少女の母親も、
とてもいい感じの人なんですが、
やはり彼を疑います。
(まあ、無理もないでしょうが。判決は有罪だったわけだし。)
傑作でも問題作でもないけれど、
俳優の良さが目立った作品でした。
(ただ、ニースのあのプロムナードが映し出されるたび、
心が痛みましたが。)
2016年7月26日火曜日
Made in France
今日見たのは、
去年の11月18日に公開予定だったものが、
その5日前に起きた、
あのパリのテロの影響で公開が延期になり、
結局公開されないまま、
DVDとして発売された作品、
Made in France
です。
ほとんどの場合、
映画は現実の半歩後ろを行くものですが、
この作品は、半歩前を描いていたわけですね。
https://www.youtube.com/watch?v=XRTCxKPRr9s
主人公サムは、
父親がアルジェリア系の労働者、
母親はフランス人女性、
そして彼自身はムスリムで、
フランス語もアラビア語もできるジャーナリストです。
彼は、自分の置かれた文化的状況を活用し、
イスラーム過激派集団(ジハーディスト)に潜入調査を開始します。
もちろん、他の人には書けないルポルタージュをものするつもりなのでしょう。
サムの仲間は3人。
アフリカ系で、気のやさしいシディ。
やはりアフリカ系で、きわめて気の強いドリス。
そしてヨーロッパ系白人で、
その両親はブルジョワ&カトリックであるクリストフです。
(クリストフは、ユセフと改名します。)
そしてここに、パキスタンで訓練を受けた、
見るからに目がヤバイ男、ハッサンが帰ってきます。
彼はこのチームのリーダーに収まり、
テロ計画の実行を企てます。
計画が進む中、ある小さな事件の際、
血迷ったユセフが警察に発砲したため、
結果シディが警官に射殺されます。
一番気のやさしかったシディが……。
恐れを抱いたサムは、
ついに警察に駆け込み、経緯を話し助けを求めますが、
警察は、
おまえは共犯だ、
免罪してほしければ、ほんとのリーダーが誰か突き止めてこい、
と迫ります。
<この後ネタバレします。>
その後、「上」から計画がハッサンを通して伝えられます。
標的は、なんとシャン・ゼリゼです。
サムは焦りますが、
「上」は誰なのか、
ハッサンは決して語りません。
そして、一番攻撃的に見えたドリスが、
別れた妻が引き取った娘への思いから、
シャン・ゼリゼ攻撃を拒否します。
「警察でも軍でも国家施設でもかまわない。
でも、子供を殺してなんになる?」
と言うのです。
ハッサンは、説得を試みますが、
それが無駄だと悟ると、彼を殺してしまいます。
(とここまでくると、赤軍派の内ゲバが思い出されます。)
そして計画のXデーが迫る中、
ついにサムの正体がハッサンに露見してしまいますが、
その中でわかったのは、
実は「上」など存在しないこと。
アラビア語さえできないハッサンは、
いかにも背後に巨大組織があるフリをしながら、
4人を自分の計画に利用していただけだったのです。
彼は、コーランさえ、ほんの一部分しか知らないのです。
警察が駆け付け、
危機一髪サムは生還しますが、
ハッサンは射殺、
ユセフは自作の爆弾の犠牲になります。
サム以外、全員死んでしまったわけです。
この映画は、こわいです。
それは、テロの怖さと、
人間が陥る狂気の怖さです。
以前、Ne m'abandonne pas という映画について書きました。
http://tomo-524.blogspot.jp/2016/05/ne-mabandonne-pas.html
こうした映画が連続して作られること自体、
いかに今が、テロの時代かということを物語っているのでしょう。
去年の11月18日に公開予定だったものが、
その5日前に起きた、
あのパリのテロの影響で公開が延期になり、
結局公開されないまま、
DVDとして発売された作品、
Made in France
です。
ほとんどの場合、
映画は現実の半歩後ろを行くものですが、
この作品は、半歩前を描いていたわけですね。
https://www.youtube.com/watch?v=XRTCxKPRr9s
主人公サムは、
父親がアルジェリア系の労働者、
母親はフランス人女性、
そして彼自身はムスリムで、
フランス語もアラビア語もできるジャーナリストです。
彼は、自分の置かれた文化的状況を活用し、
イスラーム過激派集団(ジハーディスト)に潜入調査を開始します。
もちろん、他の人には書けないルポルタージュをものするつもりなのでしょう。
サムの仲間は3人。
アフリカ系で、気のやさしいシディ。
やはりアフリカ系で、きわめて気の強いドリス。
そしてヨーロッパ系白人で、
その両親はブルジョワ&カトリックであるクリストフです。
(クリストフは、ユセフと改名します。)
そしてここに、パキスタンで訓練を受けた、
見るからに目がヤバイ男、ハッサンが帰ってきます。
彼はこのチームのリーダーに収まり、
テロ計画の実行を企てます。
計画が進む中、ある小さな事件の際、
血迷ったユセフが警察に発砲したため、
結果シディが警官に射殺されます。
一番気のやさしかったシディが……。
恐れを抱いたサムは、
ついに警察に駆け込み、経緯を話し助けを求めますが、
警察は、
おまえは共犯だ、
免罪してほしければ、ほんとのリーダーが誰か突き止めてこい、
と迫ります。
<この後ネタバレします。>
その後、「上」から計画がハッサンを通して伝えられます。
標的は、なんとシャン・ゼリゼです。
サムは焦りますが、
「上」は誰なのか、
ハッサンは決して語りません。
そして、一番攻撃的に見えたドリスが、
別れた妻が引き取った娘への思いから、
シャン・ゼリゼ攻撃を拒否します。
「警察でも軍でも国家施設でもかまわない。
でも、子供を殺してなんになる?」
と言うのです。
ハッサンは、説得を試みますが、
それが無駄だと悟ると、彼を殺してしまいます。
(とここまでくると、赤軍派の内ゲバが思い出されます。)
そして計画のXデーが迫る中、
ついにサムの正体がハッサンに露見してしまいますが、
その中でわかったのは、
実は「上」など存在しないこと。
アラビア語さえできないハッサンは、
いかにも背後に巨大組織があるフリをしながら、
4人を自分の計画に利用していただけだったのです。
彼は、コーランさえ、ほんの一部分しか知らないのです。
警察が駆け付け、
危機一髪サムは生還しますが、
ハッサンは射殺、
ユセフは自作の爆弾の犠牲になります。
サム以外、全員死んでしまったわけです。
この映画は、こわいです。
それは、テロの怖さと、
人間が陥る狂気の怖さです。
以前、Ne m'abandonne pas という映画について書きました。
http://tomo-524.blogspot.jp/2016/05/ne-mabandonne-pas.html
こうした映画が連続して作られること自体、
いかに今が、テロの時代かということを物語っているのでしょう。
2016年7月25日月曜日
Nous trois ou rien
去年公開され、
レイラ・ベクティが出ているので楽しみにしていた映画、
を見てみました。
レイラ・ベクティが出ているので楽しみにしていた映画、
Nous trois ou rien (『3人じゃなきゃ』)
を見てみました。
(昨秋の東京映画祭で上映されたようです。
その時のタイトルは、「スリー・オブ・アス」)
監督・脚本・主演は、人気コメディアンのケイロン。
で、この映画は、監督であるケイロンが、
自分の父親であるヒバット・タビブの人生を、
実話に基づいて描いたものです。
物語は、1955年のイラン南部の村から始まり、
ヒバットの政治への目覚め、
反政府活動による7年半に及ぶ投獄、
そしてその後のフェレシュテ(=レイラ)との出会い&結婚、
そして赤ちゃんを連れて3人で、
再び迫ってきた政府の追ってから逃げ回る日々……。
とここまでで半分ちょっと。
その後、各地を転々とした後、
ついに、パリ郊外のスタンに到着します。
一時的なものだったはずの滞在ですが、
そこに3人は定住し、
地域とも深くかかわっていくことになるのです。
物語の1つの結節点は、
1979年のイラン・イスラーム革命でしょう。
これによりシャーは退きましたが、
ヒバットたちが望んでいた民主主義はホメイニによって否定されます。
その結果、ヒバットや仲間たちは、それぞれ、
イランに残るか、外国へ向かうか、
重い選択を迫られることになるわけです。
全体のトーンはコメディーで、
笑えるジョークもたくさんあります。が、
描かれている内容は、とても笑えないものばかり。
この落差が、このフィルムの1つの特徴なんでしょう。
民主主義を目指したイラン人青年の人生。
そのパリでの後半生。
日本版が出たら、
ぜひ「ワールド映画ゼミ」で使いたいと思います。
自分の父親であるヒバット・タビブの人生を、
実話に基づいて描いたものです。
物語は、1955年のイラン南部の村から始まり、
ヒバットの政治への目覚め、
反政府活動による7年半に及ぶ投獄、
そしてその後のフェレシュテ(=レイラ)との出会い&結婚、
そして赤ちゃんを連れて3人で、
再び迫ってきた政府の追ってから逃げ回る日々……。
とここまでで半分ちょっと。
その後、各地を転々とした後、
ついに、パリ郊外のスタンに到着します。
一時的なものだったはずの滞在ですが、
そこに3人は定住し、
地域とも深くかかわっていくことになるのです。
物語の1つの結節点は、
1979年のイラン・イスラーム革命でしょう。
これによりシャーは退きましたが、
ヒバットたちが望んでいた民主主義はホメイニによって否定されます。
その結果、ヒバットや仲間たちは、それぞれ、
イランに残るか、外国へ向かうか、
重い選択を迫られることになるわけです。
全体のトーンはコメディーで、
笑えるジョークもたくさんあります。が、
描かれている内容は、とても笑えないものばかり。
この落差が、このフィルムの1つの特徴なんでしょう。
民主主義を目指したイラン人青年の人生。
そのパリでの後半生。
日本版が出たら、
ぜひ「ワールド映画ゼミ」で使いたいと思います。
2016年7月24日日曜日
Uu Français
Un Français(2014) という映画を見てみました。
(『フレンチ・ブラッド』という邦題で、日本でも、
今年初めのマイ・フレンチ・フィルム・フェスティバル2016において、
期間限定で配信されていたようです。
つまり、字幕版も存在はするんですね。)
https://www.youtube.com/watch?v=hBZGOCXf3KQ
この作品、公開時には、
なかなかの「話題」になったようです。
というのも、中心的に描かれるのが、
極右のスキンヘッドたちだからです。
この100分に満たない映画の時間的舞台は、
1994~2013の19年間です。
もちろん、時間はとびとびに繋がれ、
確かに飛躍はあるのですが、
わたしには、それはぜんぜん不自然には感じられませんでした。
主人公はマルコ。
彼は、仲間のスキンヘッズたちと、
アラブ人、黒人、ユダヤ人たちを、
手あたり次第痛めつけては、日々を送っています。
ほぼ、ナオ・ナチだと言ってもよさそうです。
けれどマルコは、そうした憎しみと暴力の日々に、
だんだん疲れてきます。
結婚して子供まで作ったコリーヌとも、
彼女の極右的過激さゆえ、
うまくいかなくなり、
結局マルコは、仲間とも妻とも離れ、
いわば「まっとうな」人生を歩み始めます。
(ただし、かつての仲間が逮捕されれば面会に行くし、
入院すれば会いにも行きます。いい人です。)
一方、かつての仲間の一人は、
本を書き、ついには政治家として活動を始めます。
もちろん、極右の政治家です。
マルコと彼らの距離は、
もう、もとには戻らないところまで行き着きます……。
この映画の中では、3回、
フランス国歌が歌われる場面があります。
まずは、まだマルコがバリバリのスキンヘッズだった頃のこと。
ほんとになんでもない、
ごくごくふつうの小さなカフェに押し掛けたマルコたちは、
店主に包丁を突き付けた上で、
静かにお茶とゲームを楽しんでいたアラブ系の老人3人に対し、
テーブルをゲームごとひっくり返し、
立たせ、並ばせ、
そして国歌を歌うことを強要するのです。
2度目は、ある豪壮な邸宅内でのこと。
極右の連中(そこには多くの背広組もいます)の集まりにおいて、
ル・ペン父がニュースに現れた後、
彼らは国歌を合唱するのです。
ただしマルコは、その輪に加わりません。
そして3度目は、1998年のワールドカップ決勝戦が中継されている、
海の家でのこと。
店主もマルコも客たちも、
レ・ブルーの活躍に、
喜びに満ちた国歌を歌うのですが、
そこには、黒人も、アラブ人もいるのです。
そして今度はマルコも、一緒に歌います。
(この場面の直後、やはり極右のマルコの妻は、夫に向って、
「アラブ野郎がフランスを優勝させたからって、何が面白いの?」
と食って掛かります。)
これら3度の国歌の場面は、
マルコの変化をはっきりと示しているのでしょう。
巧みな演出だと思いました。
ネット上で見てみると、
完全に毀誉褒貶ですが、
わたしは、いい映画だと思いました。
タイトルの「一人のフランス人」は、
マルコでもあり、仲間の一人一人でもあり、
要は、このフィルムに登場するすべての一人一人なのでしょう。
エンディングは、2013年に行われた、
mariage pour tous(=つまりは、同性婚を認めること)に反対する極右たちの、
かなり大掛かりなデモの様子がテレビに映し出されます。
ミッテラン引退の時代に始まり、
1998を経て、
2013に至っても、
極右は依然として、強烈に、
存在しているのでした。
(『フレンチ・ブラッド』という邦題で、日本でも、
今年初めのマイ・フレンチ・フィルム・フェスティバル2016において、
期間限定で配信されていたようです。
つまり、字幕版も存在はするんですね。)
https://www.youtube.com/watch?v=hBZGOCXf3KQ
この作品、公開時には、
なかなかの「話題」になったようです。
というのも、中心的に描かれるのが、
極右のスキンヘッドたちだからです。
この100分に満たない映画の時間的舞台は、
1994~2013の19年間です。
もちろん、時間はとびとびに繋がれ、
確かに飛躍はあるのですが、
わたしには、それはぜんぜん不自然には感じられませんでした。
主人公はマルコ。
彼は、仲間のスキンヘッズたちと、
アラブ人、黒人、ユダヤ人たちを、
手あたり次第痛めつけては、日々を送っています。
ほぼ、ナオ・ナチだと言ってもよさそうです。
けれどマルコは、そうした憎しみと暴力の日々に、
だんだん疲れてきます。
結婚して子供まで作ったコリーヌとも、
彼女の極右的過激さゆえ、
うまくいかなくなり、
結局マルコは、仲間とも妻とも離れ、
いわば「まっとうな」人生を歩み始めます。
(ただし、かつての仲間が逮捕されれば面会に行くし、
入院すれば会いにも行きます。いい人です。)
一方、かつての仲間の一人は、
本を書き、ついには政治家として活動を始めます。
もちろん、極右の政治家です。
マルコと彼らの距離は、
もう、もとには戻らないところまで行き着きます……。
この映画の中では、3回、
フランス国歌が歌われる場面があります。
まずは、まだマルコがバリバリのスキンヘッズだった頃のこと。
ほんとになんでもない、
ごくごくふつうの小さなカフェに押し掛けたマルコたちは、
店主に包丁を突き付けた上で、
静かにお茶とゲームを楽しんでいたアラブ系の老人3人に対し、
テーブルをゲームごとひっくり返し、
立たせ、並ばせ、
そして国歌を歌うことを強要するのです。
2度目は、ある豪壮な邸宅内でのこと。
極右の連中(そこには多くの背広組もいます)の集まりにおいて、
ル・ペン父がニュースに現れた後、
彼らは国歌を合唱するのです。
ただしマルコは、その輪に加わりません。
そして3度目は、1998年のワールドカップ決勝戦が中継されている、
海の家でのこと。
店主もマルコも客たちも、
レ・ブルーの活躍に、
喜びに満ちた国歌を歌うのですが、
そこには、黒人も、アラブ人もいるのです。
そして今度はマルコも、一緒に歌います。
(この場面の直後、やはり極右のマルコの妻は、夫に向って、
「アラブ野郎がフランスを優勝させたからって、何が面白いの?」
と食って掛かります。)
これら3度の国歌の場面は、
マルコの変化をはっきりと示しているのでしょう。
巧みな演出だと思いました。
ネット上で見てみると、
完全に毀誉褒貶ですが、
わたしは、いい映画だと思いました。
タイトルの「一人のフランス人」は、
マルコでもあり、仲間の一人一人でもあり、
要は、このフィルムに登場するすべての一人一人なのでしょう。
エンディングは、2013年に行われた、
mariage pour tous(=つまりは、同性婚を認めること)に反対する極右たちの、
かなり大掛かりなデモの様子がテレビに映し出されます。
ミッテラン引退の時代に始まり、
1998を経て、
2013に至っても、
極右は依然として、強烈に、
存在しているのでした。
「セクシュアリティマップ」
昨日見た『不機嫌なママにメルシー』には、
セクシャル・ダイヴァーシティーという視点も一応ありました。
セクシャル・ダイヴァーシティーという視点も一応ありました。
この「セクシュアリティマップ」には、
12通りのありようが列挙されていて、
わかりやすいです。
これ、授業で使おうと思って、
プリントまで作ったのですが、
結局時間がなくて、お蔵入りになってしまいました。
2016年7月23日土曜日
『不機嫌なママにメルシー』
手元にあったので見てみました。
https://www.youtube.com/watch?v=IuvIE8uD71c
一人二役は、たしかに驚異的でしたが、
まあ、それ以外は……
ナヌー・ガルシア、ダイアン・クルーガー、レダ・カテブと、
脇役に期待しましたが、
出番は多くなく……
以上!
https://www.youtube.com/watch?v=IuvIE8uD71c
一人二役は、たしかに驚異的でしたが、
まあ、それ以外は……
ナヌー・ガルシア、ダイアン・クルーガー、レダ・カテブと、
脇役に期待しましたが、
出番は多くなく……
以上!
「ふらんす」8月号、発売
8月号は、「オリンピックの楽しみ方」です。
http://www.hakusuisha.co.jp/book/?book_no=243358
「映画の向こうにパリが見える」は、
<それでもこの街しかない>
と銘打ち、『友よ、裏切りの街に眠れ』を取り上げました。
原題の Un p’tit gars de Ménilmontant からも明らかなように、
舞台はメニルモンタンです。
https://www.youtube.com/watch?v=EI1bmR4A4mA
メニルモンタンといえば、映画のなかでも出てきたシャルル・トレネのこの曲。
https://www.youtube.com/watch?v=KECtE-1S9HE
まあ、映画全体の雰囲気は、
この曲調とはだいぶ違うんですけどね。
よろしければ!
http://www.hakusuisha.co.jp/book/?book_no=243358
「映画の向こうにパリが見える」は、
<それでもこの街しかない>
と銘打ち、『友よ、裏切りの街に眠れ』を取り上げました。
原題の Un p’tit gars de Ménilmontant からも明らかなように、
舞台はメニルモンタンです。
https://www.youtube.com/watch?v=EI1bmR4A4mA
メニルモンタンといえば、映画のなかでも出てきたシャルル・トレネのこの曲。
https://www.youtube.com/watch?v=KECtE-1S9HE
まあ、映画全体の雰囲気は、
この曲調とはだいぶ違うんですけどね。
よろしければ!
アイヌの
まだまだ、
氷山の一角ですね。
http://www.asahi.com/articles/ASJ7H4S2NJ7HIIPE01B.html
くぼたさんも先日指摘なさっていましたが、
おととい書いたサラ・バートマンの話と、
まっすぐ繋がっているでしょう。
氷山の一角ですね。
http://www.asahi.com/articles/ASJ7H4S2NJ7HIIPE01B.html
くぼたさんも先日指摘なさっていましたが、
おととい書いたサラ・バートマンの話と、
まっすぐ繋がっているでしょう。
小野正嗣さん、インタヴュー
http://www.huffingtonpost.jp/2016/07/15/intervew-of-masatsugu-ono_n_11010034.html
もしも「美しい日本」なるものがあるとしたら、
その「美しさ」は、
純粋さからはほど遠い雑種的な成り立ちを持っているものだと思います。
*****************************
同感です。
「雑種」って、いいですね。
もしも「美しい日本」なるものがあるとしたら、
その「美しさ」は、
純粋さからはほど遠い雑種的な成り立ちを持っているものだと思います。
*****************************
同感です。
「雑種」って、いいですね。
2016年7月22日金曜日
総文・前期締め
今日は、われらが総合文化教室の、
前期終わりのお疲れさま会がありました。
(本来はあと一週間後くらいなんですが、
その日は出席できない人が多く、
今日に繰り上げです。)
大学勤めには、
授業はもちろん、
いわゆる「研究成果」を求められもするし、
なかなかの量の学内業務も(もれなく)付いてきますが、
この総合文化教室の一員でいられることは、
わたしにとっては、
これ以上ないくらいの幸運だと思っています。
どの先生の話もおもしろいし、
またこちらが何をしゃべっても、聞いてくれます。
というか、それに絡んで話を(いい意味で)複雑にしてくれます。
ふだんはなかなかゆっくり話せないのですが、
こんな時には、ほんとに総文の良さを実感します。
感謝。
前期終わりのお疲れさま会がありました。
(本来はあと一週間後くらいなんですが、
その日は出席できない人が多く、
今日に繰り上げです。)
大学勤めには、
授業はもちろん、
いわゆる「研究成果」を求められもするし、
なかなかの量の学内業務も(もれなく)付いてきますが、
この総合文化教室の一員でいられることは、
わたしにとっては、
これ以上ないくらいの幸運だと思っています。
どの先生の話もおもしろいし、
またこちらが何をしゃべっても、聞いてくれます。
というか、それに絡んで話を(いい意味で)複雑にしてくれます。
ふだんはなかなかゆっくり話せないのですが、
こんな時には、ほんとに総文の良さを実感します。
感謝。
Vénus noire
ケシシュ監督のVénus noire(『黒いヴィーナス』)は、
もちろんその存在は気になっていたものの、
舞台が19世紀前半だということもあり、
なかなか手が伸びずにいました。
ただ、先週のイベントに関連して、
ここで見ないといつ見る!
と思って、見てみました。
YouTube に、フランス語字幕の完全版がありました。
(画像は、DVDよりかなり荒いですが。)
https://www.youtube.com/watch?v=3rKZ9rhnylY
この映画は、サラ・バートマンという女性の、
後半生を描いています。
南ア出身で黒人(ホッテントット←これは蔑称)である彼女は、
「このままここにいても、一生メイドとして過ごすだけ。
一緒にイギリスに行って、一稼ぎして、
そのあとまたここに戻り、
優雅に暮らせばいいじゃないか」
という白人の口車に乗り、イギリスに渡ります。
けれど、待っていたのは……
彼女は、見世物小屋で檻に入れられ、人間と獣の中間的存在として、
劣った種として、
縁日の呼び物となります。
もちろんそれは、
彼女が期待していた仕事とは程遠く、
彼女の自尊心は踏みにじられます。
そして客足が遠のくと、
今度はフランス人とともにパリに渡り、
そこでもまた、さらにエスカレートした役割を演じさせられます。
そして……やがて興行主から見捨てられたサラは娼婦となり、
そこで病気を発症し、
売春宿さえ追われ、街角に立つことに。
さらに、死に絶えた彼女の体は、
解剖のサンプルとして、
高値で売り飛ばされてしまいます。
(そして標本となった彼女の肉体の断片は、
なんと、1974年まで、
パリのMusée de l'Homme に展示されていました。
でも、その後南アが返還を要求し、
2002年、サラは生まれ故郷の大地に戻ることができました。)
いい映画だと思います。
この作品を見たので、
これで(やっと)ケシシュ作品は全部見たことになりますが、
このVénus noire がそのリストにあるのとないのとでは、
全体の印象に大きな違いがあると感じました。
日本では、『アデル』の監督として知られているわけですが、
あの『身をかわして』だけでなく、
こんなフィルムも撮っているんですね。
植民地と宗主国の関係、
その間に生まれる(アンビヴァレントな)視線。
サラの肉体は、その視線そのものを体現しているようです。
もちろんその存在は気になっていたものの、
舞台が19世紀前半だということもあり、
なかなか手が伸びずにいました。
ただ、先週のイベントに関連して、
ここで見ないといつ見る!
と思って、見てみました。
YouTube に、フランス語字幕の完全版がありました。
(画像は、DVDよりかなり荒いですが。)
https://www.youtube.com/watch?v=3rKZ9rhnylY
この映画は、サラ・バートマンという女性の、
後半生を描いています。
南ア出身で黒人(ホッテントット←これは蔑称)である彼女は、
「このままここにいても、一生メイドとして過ごすだけ。
一緒にイギリスに行って、一稼ぎして、
そのあとまたここに戻り、
優雅に暮らせばいいじゃないか」
という白人の口車に乗り、イギリスに渡ります。
けれど、待っていたのは……
彼女は、見世物小屋で檻に入れられ、人間と獣の中間的存在として、
劣った種として、
縁日の呼び物となります。
もちろんそれは、
彼女が期待していた仕事とは程遠く、
彼女の自尊心は踏みにじられます。
そして客足が遠のくと、
今度はフランス人とともにパリに渡り、
そこでもまた、さらにエスカレートした役割を演じさせられます。
そして……やがて興行主から見捨てられたサラは娼婦となり、
そこで病気を発症し、
売春宿さえ追われ、街角に立つことに。
さらに、死に絶えた彼女の体は、
解剖のサンプルとして、
高値で売り飛ばされてしまいます。
(そして標本となった彼女の肉体の断片は、
なんと、1974年まで、
パリのMusée de l'Homme に展示されていました。
でも、その後南アが返還を要求し、
2002年、サラは生まれ故郷の大地に戻ることができました。)
いい映画だと思います。
この作品を見たので、
これで(やっと)ケシシュ作品は全部見たことになりますが、
このVénus noire がそのリストにあるのとないのとでは、
全体の印象に大きな違いがあると感じました。
日本では、『アデル』の監督として知られているわけですが、
あの『身をかわして』だけでなく、
こんなフィルムも撮っているんですね。
植民地と宗主国の関係、
その間に生まれる(アンビヴァレントな)視線。
サラの肉体は、その視線そのものを体現しているようです。
2016年7月20日水曜日
メラニーは
クッツェーは、魅力的な小説家です。
ノーベル賞作家ですから、
なんというか、古典的で正統的なものかと構えてしまいがちですが、
実際はきわめて現代的で、ストーリー・テラーとしても一級で、
しかも、そのいわば読みやすい文章の奥に、
簡単にはほどけない魅力的な謎が、
絡まるように伏流しているのです。
(全然ちがうんですが、ふと、ウェルベックを思い出したりもします。)
そのクッツェーの作品の中で、
文庫にもなっていて手に取りやすいものの一つが、
『恥辱』です。
この小説の仕掛けについては、
『鏡のなかのボードレール』、およびくぼたさんに教えられるまで、
見逃していたことがいくつもありました。
たとえば、メラニーという女子大学生についてもその一つです。
http://esperanzasroom.blogspot.jp/2016/07/blog-post_20.html
こんな貴重な指摘を、
ブログで公開してくれるなんて、
くぼたさん、なんとふとっぱらな!
ノーベル賞作家ですから、
なんというか、古典的で正統的なものかと構えてしまいがちですが、
実際はきわめて現代的で、ストーリー・テラーとしても一級で、
しかも、そのいわば読みやすい文章の奥に、
簡単にはほどけない魅力的な謎が、
絡まるように伏流しているのです。
(全然ちがうんですが、ふと、ウェルベックを思い出したりもします。)
そのクッツェーの作品の中で、
文庫にもなっていて手に取りやすいものの一つが、
『恥辱』です。
この小説の仕掛けについては、
『鏡のなかのボードレール』、およびくぼたさんに教えられるまで、
見逃していたことがいくつもありました。
たとえば、メラニーという女子大学生についてもその一つです。
http://esperanzasroom.blogspot.jp/2016/07/blog-post_20.html
こんな貴重な指摘を、
ブログで公開してくれるなんて、
くぼたさん、なんとふとっぱらな!
2016年7月19日火曜日
15e
『フラ語入門』、
おかげさまで15刷りとなりました。
いつもながら、使っていただいたみなさんに、感謝。
(これから使ってくれるだろうみなさんにも、感謝 par avance。)
ちゃんと役に立ってるといいんですが。
◆
今日の授業で、2つの総合文化ゼミ、
「パリを歩く」と「ワールド映画」、
ともに無事終了しました。
特に前者は、か~な~りレポートがきつかったのですが、
ほとんどの人がついてきてくれて、嬉しかったです。
ほんとは、半期じゃなく、1年かけて成長を見届けたいのですが、
カリキュラム上、それは難しいので、
どうしても濃くなってしまうのでした。
学生のみなさんは、お疲れ様でした!
おかげさまで15刷りとなりました。
いつもながら、使っていただいたみなさんに、感謝。
(これから使ってくれるだろうみなさんにも、感謝 par avance。)
ちゃんと役に立ってるといいんですが。
◆
今日の授業で、2つの総合文化ゼミ、
「パリを歩く」と「ワールド映画」、
ともに無事終了しました。
特に前者は、か~な~りレポートがきつかったのですが、
ほとんどの人がついてきてくれて、嬉しかったです。
ほんとは、半期じゃなく、1年かけて成長を見届けたいのですが、
カリキュラム上、それは難しいので、
どうしても濃くなってしまうのでした。
学生のみなさんは、お疲れ様でした!
2016年7月18日月曜日
2016年7月17日日曜日
「語学学習用イヤホン」
「人の声のみがくっきりして聞き取りやすく、
外音の遮音性にも優れている」イヤホンだそうです。
http://trendy.nikkeibp.co.jp/atcl/pickup/15/1003590/070700364/?ST=trnmobile&P=2
ただ現実には、
周りは音だらけなので、
最終的には、
そうした状況での聞き取りが必要になるわけですが。
(あえて周囲の物音を取り入れている学習用CD もあるのは、
そのためでしょう。
『フラ語デート会話』もそうです。
「つゆだくだく、一丁!」
とかね。)
外音の遮音性にも優れている」イヤホンだそうです。
http://trendy.nikkeibp.co.jp/atcl/pickup/15/1003590/070700364/?ST=trnmobile&P=2
ただ現実には、
周りは音だらけなので、
最終的には、
そうした状況での聞き取りが必要になるわけですが。
(あえて周囲の物音を取り入れている学習用CD もあるのは、
そのためでしょう。
『フラ語デート会話』もそうです。
「つゆだくだく、一丁!」
とかね。)
申請そのものが「できないように」
なんの申請かというと、
「原発差し止め仮処分」の申請なんですね。
申請できないなら、止められることもありません。
何言哉。
http://www.asahi.com/articles/ASJ7F55ZRJ7FPLFA005.html
そして、これもあります。
沖縄の保育所、幼稚園、小中学校のエアコン補助廃止。
http://ryukyushimpo.jp/news/entry-317153.html
何言哉。
「原発差し止め仮処分」の申請なんですね。
申請できないなら、止められることもありません。
何言哉。
http://www.asahi.com/articles/ASJ7F55ZRJ7FPLFA005.html
そして、これもあります。
沖縄の保育所、幼稚園、小中学校のエアコン補助廃止。
http://ryukyushimpo.jp/news/entry-317153.html
何言哉。
「黒い女たちの影とともにたどる旅」を終えて
というわけで、
「黒い女たちの影とともにたどる旅
ボードレールからクッツェーまで」
『鏡のなかのボードレール』(共和国)刊行記念
無事終了しました。
来てくださった方たちは、
とてもウォームに、かつ熱心に聞いてくださり、
とてもありがたいことでした。
このイベントは、なんといっても、くぼたさんの新著、
『鏡のなかのボードレール』
の魅力を伝えることが重要だったのですが、
それは著者自らが、
その肉声を通じてさまざまな切り口から語ってくださり、
またぱくきょんみさんの朗読
(『鏡のなかのボードレール』に所収の、
ジャンヌ・デュヴァルの視点によるライティング・バックによる短編)
も側面から強力に支持し、
かなりの程度成功したのではないかと思っています。
「黒い女たちの影とともにたどる旅
ボードレールからクッツェーまで」
『鏡のなかのボードレール』(共和国)刊行記念
無事終了しました。
来てくださった方たちは、
とてもウォームに、かつ熱心に聞いてくださり、
とてもありがたいことでした。
このイベントは、なんといっても、くぼたさんの新著、
『鏡のなかのボードレール』
の魅力を伝えることが重要だったのですが、
それは著者自らが、
その肉声を通じてさまざまな切り口から語ってくださり、
またぱくきょんみさんの朗読
(『鏡のなかのボードレール』に所収の、
ジャンヌ・デュヴァルの視点によるライティング・バックによる短編)
も側面から強力に支持し、
かなりの程度成功したのではないかと思っています。
(イベント後の書籍販売は、異例の売り上げだったようです。
もちろんそれは、もともとの書籍の斬新さがあってこそですが。)
わたしはほぼうろうろしていただけですが、
でも、参加させていただけて、光栄でした。
打ち上げでは、かつて
『エキゾチック・パリ案内』
でお世話になった編集のMさんとも再会でき、
また、著名な詩人たちのご尊顔を拝することができ、
楽しい時間となりました。
2016年7月15日金曜日
いよいよ明日
B&B、いよいよ明日になりました。
この数日は、明日の準備一本に集中しています。
もちろんメインはくぼたのぞみさんのお話を伺うことなんですが、
多少とも、話しやすい環境を作れれば、という感じで。
それにしても、イベントの副題にある、
「ボードレールからクッツェーまで」
は、日本には、
くぼたさん以外にできる人はいないんじゃないでしょうか?
この大物二人(方や19世紀フランスの、方や20世紀南アフリカの)が、
どう繋がるのか?
その繋がりの発見は、何を意味するのか?
さらにそれは、わたしたちの<今>の何を照らすのか?
その辺を、ぜひ伺ってみたいと思います。
お席には、まだ「若干の余裕」(©こんぺい)があるようです。
お待ちしています!
この数日は、明日の準備一本に集中しています。
もちろんメインはくぼたのぞみさんのお話を伺うことなんですが、
多少とも、話しやすい環境を作れれば、という感じで。
それにしても、イベントの副題にある、
「ボードレールからクッツェーまで」
は、日本には、
くぼたさん以外にできる人はいないんじゃないでしょうか?
この大物二人(方や19世紀フランスの、方や20世紀南アフリカの)が、
どう繋がるのか?
その繋がりの発見は、何を意味するのか?
さらにそれは、わたしたちの<今>の何を照らすのか?
その辺を、ぜひ伺ってみたいと思います。
お席には、まだ「若干の余裕」(©こんぺい)があるようです。
お待ちしています!
2016年7月12日火曜日
土曜日(『鏡のなかのボードレール』)
さて、土曜のB&B のイベントが近づいてきました。
http://bookandbeer.com/event/20160716_baudelaire/
今回のメインは、くぼたのぞみさんの新著、
『鏡のなかのボードレール』
です。
くぼたさんにとってボードレールは、
学生時代から読み込んでいた詩人であり、
また、その後の分厚く濃密でしかも広い視野のお仕事が、
その読みを一層深めているのがよ~く伝わってきました。
それは、単に19世紀の詩人を読むことではなく、
現代までを貫く、1つの視線の経験だとも言えるようです。
ボードレールは、実はわたしにとっても、
もしかしたら1番好きな詩人かもしれません。
(フランスに限れば、ということですが。)
『鏡のなかのボードレール』を読んでいて、
つい原文に当たってしまい、
そうなるとほかの翻訳も引っ張り出したりして、
なんだか、大学院時代に戻ったような、
懐かしい気分になったのでした。
ちなみに、
単なるクッツェーの一読者として言うなら、
わたしは『マイケル・K』が一番グッときました。
もしまだでしたら、こちらもぜひ。
http://bookandbeer.com/event/20160716_baudelaire/
今回のメインは、くぼたのぞみさんの新著、
『鏡のなかのボードレール』
です。
くぼたさんにとってボードレールは、
学生時代から読み込んでいた詩人であり、
また、その後の分厚く濃密でしかも広い視野のお仕事が、
その読みを一層深めているのがよ~く伝わってきました。
それは、単に19世紀の詩人を読むことではなく、
現代までを貫く、1つの視線の経験だとも言えるようです。
ボードレールは、実はわたしにとっても、
もしかしたら1番好きな詩人かもしれません。
(フランスに限れば、ということですが。)
『鏡のなかのボードレール』を読んでいて、
つい原文に当たってしまい、
そうなるとほかの翻訳も引っ張り出したりして、
なんだか、大学院時代に戻ったような、
懐かしい気分になったのでした。
ちなみに、
単なるクッツェーの一読者として言うなら、
わたしは『マイケル・K』が一番グッときました。
もしまだでしたら、こちらもぜひ。
2016年7月10日日曜日
『清岡卓行の円形広場』書評
佐々木幹朗さんによる書評です。
http://www.sankei.com/life/news/160710/lif1607100017-n1.html?utm_source=dlvr.it&utm_medium=twitter
「甘美な地獄」というのは、
たしかに「らしい」です。
http://www.sankei.com/life/news/160710/lif1607100017-n1.html?utm_source=dlvr.it&utm_medium=twitter
「甘美な地獄」というのは、
たしかに「らしい」です。
2016年7月9日土曜日
2016年7月8日金曜日
2016年7月4日月曜日
ゲイ・プライド・パレードで
踊ってますね、トルドー首相!
https://www.theguardian.com/world/video/2016/jul/04/canadas-pm-justin-trudeau-dances-at-gay-pride-in-toronto-video?CMP=twt_a-world_b-gdnworld
素晴らしいなあ。
一方日本については、
「国歌」を歌えと命じる前首相のニュース。
https://www.theguardian.com/sport/2016/jul/04/japan-rio-olympic-athletes-told-sing-anthem-loud-or-unworthy-yoshiro-mori?CMP=twt_gu
https://www.theguardian.com/world/video/2016/jul/04/canadas-pm-justin-trudeau-dances-at-gay-pride-in-toronto-video?CMP=twt_a-world_b-gdnworld
素晴らしいなあ。
一方日本については、
「国歌」を歌えと命じる前首相のニュース。
https://www.theguardian.com/sport/2016/jul/04/japan-rio-olympic-athletes-told-sing-anthem-loud-or-unworthy-yoshiro-mori?CMP=twt_gu
2016年7月3日日曜日
PC 復活
今日は暑かったですね!
最近は、あまり冷たいものは摂らないんですが、
さすがに今日は、
アイス煎茶だのアイス・デカフェだのこくしぼりライム&レモンだのカルピスだの、
冷たいものを多く飲んでしまいました。
ところでここ数日、
PC がご機嫌斜めで、
最初はウイルスかと思ったんですが、
みっちりスキャンしても何もなくて、
でもどんどん動かなくなり、
ついにリカヴァリーすることに。
まあ、データはこまめにとってあるので、
それは大丈夫なんですが。
(なにしろ、内容はともかく、
発表してない完成論文が2本ありますから、
これだけはなんとしても消させません!)
で、その後もいろいろ(リンクが開かないとか)あって、
やっとさっき、PC が完全に復活してくれました。
よかった~!
今はレポートも、ネット提出&ネットでコメント、ですから、
ないわけにはゆきません。
さっそく明日は、30本ほどのレポート読みです。
また暑いのかな?
最近は、あまり冷たいものは摂らないんですが、
さすがに今日は、
アイス煎茶だのアイス・デカフェだのこくしぼりライム&レモンだのカルピスだの、
冷たいものを多く飲んでしまいました。
ところでここ数日、
PC がご機嫌斜めで、
最初はウイルスかと思ったんですが、
みっちりスキャンしても何もなくて、
でもどんどん動かなくなり、
ついにリカヴァリーすることに。
まあ、データはこまめにとってあるので、
それは大丈夫なんですが。
(なにしろ、内容はともかく、
発表してない完成論文が2本ありますから、
これだけはなんとしても消させません!)
で、その後もいろいろ(リンクが開かないとか)あって、
やっとさっき、PC が完全に復活してくれました。
よかった~!
今はレポートも、ネット提出&ネットでコメント、ですから、
ないわけにはゆきません。
さっそく明日は、30本ほどのレポート読みです。
また暑いのかな?
2016年6月29日水曜日
2016年6月27日月曜日
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