2020年3月17日火曜日

『凍える牙』

Amazon Primeを「散歩」していて、
ふとソン・ガンホの顔が見えたので、
(しかも無料のものなので)
ちょっと覗いてみたら、
またもや、おもしろいのでした。
それは、

『凍える牙』(2012)

https://www.youtube.com/watch?v=hw07UUl8F3w

です。
あとから知ったのですが、
これは乃南アサの同名小説の映画化なのでした。
(だから、映画はたしかによかったのですが、
それがどの程度まで原作に負っているのか、
わたしは小説は未読なのでそれはわかりません。)

Amazon の作品紹介によれば、
ある男の体が、突如発火、炎上。
しかもその体には、獣の噛み跡があった。
この事件の捜査に、
昇進を逃し続けてきた男性刑事と、
新人女性刑事が当たることになる……
というような説明がなされていて、
この「発火」だの「炎上」だのに注意が行きますが、
それはごくごくささいな発端に過ぎず、
捜査の過程で浮上する物語の肝は、
狼犬と人間の交流であり、
また、その物語を駆動するホモソーシャルな世界と、
新人女性刑事の軋轢なのでした。

<ネタバレします>

犬が出てくる、
しかも人を襲う犬が出てくる映画といえば、
『ホワイト・ドッグ』や  Les Chiens がすぐに思い浮かびます。

http://tomo-524.blogspot.com/2016/08/blog-post_25.html

今回の映画は、この2作とは違って、
犬(正確には狼犬)の象徴性が多層的です。
単純に言ってしまえば、
それは「愛」と「憎しみ」、なのでしょう。
その「疾風」と名づけられた犬は、
子どものころから
「家族のように」(←というのも別の問題に発展しますが)
可愛がられ、
少女は、深い心の交流を果たしてきました。
が、その少女は、
家出したのをきっかけに、
悪者の毒牙にかかり、
ジャンキーにされ、売春を強要され、病気をうつされ、
精神を病んでしまうのです。
優秀な犬のトレーナーであった少女の父親は、
疾風を可愛がりながら、
同時に、殺人マシンとして育ててしまうのです。
それは娘を食い物にしたものたちへの復讐のためですが、
やはりトレーナー自身も、
そんなことをさせることへの苦しみを抱えています。

一方、新人刑事のウニョンは、
コンビであるサンギル(ソン・ガンホ←さすが)からも、
チーム全体からも、
「女は雑用でもやって後ろにいればいい」
という態度で迎えられます。
ただこの映画は、ウニョンや周りの男たちの表情から、
これが旧弊な男性中心主義であるを、
はっきり示していて、
そこらへんが無自覚な作品とは違っています。
ウニョンも、
「男性」性を内面化することではなく、
自分なりのやり方で捜査を切り開いてゆきます。
そして物語において、
彼女は異動させられ、
巡査に戻ることになりますが、
それは必ずしも「女性」の敗北には見えません。
ラストシーンが、
ウニョンと少女がバイクで疾走する場面であることが、
その証明だと言えるのでしょう。

なんの予備知識もなく、
予告編さえ見ずに、
ふらっと見始めた映画が、
こんなにおもしろいなんて……
韓国映画を見続けるわけです。