2021年9月15日水曜日

『麻雀放浪記 2020』

またもや、白石和彌監督の作品です。

『麻雀放浪記 2020』(2019)

有名な同名小説を、
いわゆるタイム・スリップものとして脚色したのがこの映画です。


結論から言うと、
エンタメとしては十分おもしろかったです。

雀士であるテツは、1945年11月5日、
麻雀中に雷に打たれ、
2020の浅草にワープします。
メイン・ストーリーは、
彼が1945に戻れるのか、
また、2020において、
彼の麻雀はどんな形になるのか、
ということ。
で、サブ・ストーリーが、
テツと、
2020で彼を助ける地下アイドル・ドテ子との恋愛です。
(彼女のネーミングは、
原作から来ているわけですが、
今の時代、ちょっと使うのがイヤです。)

彼女は、単純なようでいて、
考えてみるとなかなか複雑です。
まあ雑に言えば、自尊心が希薄で、
求められれば誰とでも寝てしまうのです。
(「嫌われたくないから」という理由で。)
これはもう、
現代の女子学生たちに勧められるような生き方ではまったくないのですが、
かといって、彼女自身は、
嫌いになることはできないキャラです。
(それは、自己犠牲が徹底しているからであり、
無限の受容を象っているからでもあるんですが、
ただ、
そういうキャラを「嫌いになることはできない」
と書いてしまうと、それもまた、
男性的ファンタスムをなぞっていることにもなるでしょう。
なので、さっきはそう書きましたが、
一応、撤回しておきます!)

また、彼女の中には、
「強者」への憧れがあるように描かれています。
それは、厳しくいえば隷従の希求とも言えるでしょう。
(厳しすぎますが。)
「強者」は「動物」として出現し、
それがやがて……

そして、メイン・ストーリーに戻ると、
これは、『凪待ち』でも描かれた、
ギャンブル依存が根底にあります。
ギャンブルのスリルを通してしか、
生きている実感を感じられない、というわけです。
たしかにギャンブルには、
強烈に高揚させるところがあるし、
中毒性もあるのでしょう。
今回のテツは、1945から来ました。
つまりギャンブラーは、
過去にも、現在にもいるということですね。