2022年1月7日金曜日

『フリーガイ』

去年の公開時、
院生たちが話題にしていたこの映画、

『フリーガイ』(2021)

を、ディズニー・プラスで見てみました。
『デッドプール』のライアン・レイノルズが主演です。


これ、なかなか話が込み入っているます。
というのも、現実世界と、ゲーム内の世界、
2つの世界が同時に走っており、
何人かは、その両方に登場するからです。
(ゲームの世界では、「キャラ」として、ということですが。)

キーズとミリーは、
協働してあるゲームを作ったのですが、
「スナミ・スタジオ」はそのコードを盗用し、
「フリー・シティー」というゲームを大ヒットさせます。
のんきな(?)キーズはその会社で働いていますが、
ミリーの方は、スナミの盗用を証明すべく、
「フリー・シティー」にキャラとして入り込んでいます。
そしてその調査の過程で、「ガイ」に出会うのです。
で、そのガイとは誰か?
彼はもともと、ゲーム「フリー・シティー」内の背景キャラ(=モブキャラ)で、
その他の多くのモブキャラ同様、
毎日毎日同じ一日を繰り返すように設定されています。
しかも「フリー・シティー」は、
ゲーム参加者が「フリー」に好きなことをし放題、
強盗でも殺人でもし放題というゲームなので、
モブキャラとはつまり、
毎日毎日そのカモになるだけの「人生」なのです。
けれどもその一人であるガイは、
街である女性を見かけ、ほとんど一目惚れした結果、
同じ毎日の繰り返しに疑問を抱き始めます。
そう、自分の意思を持ち始めたのです。
そしてその女性とは、まさにミリーのキャラであり、
ガイは彼女の調査に協力するようになっていきます……

<以下ネタバレします>

この映画は、
いろんな視点で語ることができそうです。
ただ、これはたまたまですが、
先日見た『僕たちの先の道』という、
一見似ても似つかない映画と、
大きな共通点があることに気づきました。
それは、主人公がインディー・ゲームを作っていて、
そのゲームの中に、自分の好きな相手への思いを込めている、
という点です。
そして両作品とも、
(その実現の形はちがうものの、)
ゲームに込められた思いが、
現実に返ってくるのです。
これは、不思議な発見でした。
わたしは、いわゆるゲームはほとんどしませんが、
2つの作品では、
現実とゲーム世界が合わせ鏡のようになっており、
ゲームは意外にも、
こんなに現実とリンクしているんだと思わされました。

「フリー・シティー」は、
横暴なものたちに蹂躙される空間であり、
庶民(=モブキャラ)は、
彼らに利用され捨てられる存在として描かれています。
もちろんこれもまた、
現実の戯画なのでしょう。
ただしゲーム世界なら、
それをある「理想の社会」に変身させることも可能なわけですね。
その生みの親である「現実」のほうは、
そんな気配がほとんど見えないところが、
なんとも言えず皮肉ですけど……